自然体で生きるとよくいうが、人間自体不自然なもののような気がする。
病気になればそれを一生懸命治そうと努力する。
しかし一方でそれは自然に起こった病気に対して、少なくとも心の態度としては不自然であり、自然を支配しようとする態度なのかもしれないと思ったりもする。
水の中にいて、もがけばもがくほど沈んでいくように、病気に対してもがけばもがくほど不自然になっていくのかもしれない。
あたかも精神病とか心の病とか呼ばれる病気は、まるで修行をしているようなところがある。
世界の端っこや終わりにたった一人ですくっと立っていられるか、そうした佇まいが試されている気がする。
「あす世界の終わりがきても、今日私はリンゴの木を植える」という言葉があるが、結局は明日ではなく今日という日を与えられていることを感じて、必要に応じていつものようにに過ごすことが、自然体ということなのかもしれない。
地方の、緑が沢山あって、とても綺麗な景色を見ながら、私が何気に自然ってやっぱりいいね~って言ったのです。
そしたら友人が、これは自然じゃない。人の手で整えられているのであって、本当の自然だったら、もっと汚いよ、って。
そう言えばそうですね。
朽ち果てかけてる植物、今生まれようとしている生命、良い菌も悪い菌も一緒にそこにあるわけで、それがあるがままの自然なんです。
きっと人の身体の中でも同じような事が起こっているのだと思います。
身体が、とにかく気持ち良いと思う事をしてあげて下さい。
少しでも不快を感じたらやめてあげて下さい。
きっとbowbowさんの身体が教えてくれるはずです。
そして、bowbowさんの身体の命の力を信じてあげて下さい。
なんか勝手な事言って申し訳ありません。
身体に気持ちの良いことをするというのは大事なんですね。