レポート 新しい不登校対策「COCOLOプラン」の批判的検討 No8
8.教育とは何か(日本の教育の本当の姿)
「7.不登校対策の背景 その2」では、中教審や経団連の考え方を述べた。中教審は日本型学校教育が諸外国から高い評価を得ていると自負しているが、日本の学校教育は、ほんとうにそのような素晴らしいものだろうか。
そもそも日本の学校教育は、お国の為に役立つ人づくりから始まった(1872年)。それは侵略戦争をするための道具でもあった。第2次世界大戦の敗北によって挫折し、「日本国憲法」によって否定された(1947年)。(1972~1947・・・75年間)
「日本国憲法」は、この国の歴史上はじめて国民の教育権を保障した。それから77年が経過するが、子どもの発達を保障するものであっただろうか(就学免除されていた障害児が義務教育の対象とされたのは1997年である)。
教育内容を決める教育審議会の会長や教育再生会議の座長の次のような発言がある。今日の教育の本質の一端を伺い知ることができる。
〇国立政策研究所研究員(1980年代)
学習指導要領(教育課程や学習内容の基準を決めている)の内容は3割の子どもが理
解できればいい。
〇三浦朱門(教育課程審議会会長・1990年代)
・国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出
てくる。日本もそういう先進国になっていかなければいけません。それが“ゆとり教
育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどくいっただけ
の話だ。
・できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり
注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、
やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実
直な精神だけを養っておいてもらえればいいんです。
〇野依良治(教育再生会議座長・2006年)
・1000人に1人のエリートを育てる
などなど。(斎藤貴男さんの「機械不平等」参照)
そして、2006(平成18)年の教育基本法改訂によって「人材育成」が教育の目的となった。
エリート育成、人材育成が日本の教育の根底にある考え方なのです。
日本政府は教育に関して国連から勧告を受けている。
〇国連・子どもの権利委員会からの勧告(1998年・2004年・2010年・・)
・過度に競争主義的な環境による否定的な結果を避けることを目的として学校制度
および学力に関する仕組みを再検討すること
・教育について、教育制度が「高度に競争主義的」であるとし、「いじめ、精神的障
害、不登校・登校拒否、中退および自殺」につながることを懸念すると述べている。
〇国連・障害者権利委員会からの勧告(2022年)
・インクルーシブ教育の権利を保障すべき
インクルーシブ教育とは、「多様な子どもがいることを前提とし、その多様な子ど
もたち(排除されやすい子どもたちを含む)の教育を受ける権利を地域の学校で保
障するために改革していくプロセス」のことをいう。
などである。
日本政府はこれらの勧告を受け入れておらず、状況は変わっていない。
1980年代以降日本の教育は大きく変化して行った。それとともにいじめ・不登校が深刻化していったと言える。その行き着いた先が不登校30万人である。この状況は、国の教育政策によって生み出されたものである。
そして、今、不登校対策の名のもとに不登校に特化した新たな学校「学びの多様化学校」が作られようとしている。本レポート 「新しい不登校対策「COCOLOプラン」の批判的検討」で見て来たように、「新しい不登校対策」は不登校問題を解決するものではなく、学びの保障を名目とした新たな選別教育を推し進めるものと言えるだろう。
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