「金星周回軌道投入に挑んだ24時間」と題して、今回の失敗の原因について考察してきましたが、新たな報告書も出されたので、特集を延長して続けていきます。
第4部は、今回のトラブルの根本的な原因と考えられる逆止弁CV-Fについてです。
CV-Fに一体何が起こったのか、現在分かっている範囲で解説していきます。
1. CV-Fの機能
金星探査機「あかつき」の軌道制御エンジン(OME)は、燃料と酸化剤を混合させることによって燃焼させる2液式です。燃料と酸化剤はそれぞれ別々のタンクに貯蔵されています。タンク内の圧力を維持するために高圧ヘリウムを使って加圧しています。つまり、圧力が下がると、高圧ガスタンクから配管を通じて高圧ヘリウムガスが流入して、圧力が一定に保たれています。加圧機構は、燃料系統と酸化剤系統で共通ですが、加圧機構の配管を通って燃料や酸化剤が気化したガスが逆流してしまうと、両者が混合してしまい、最悪の場合には爆発が起こってしまいます。NASAの火星探査機Mars Observerは、このような逆流による推薬の混合が起きて爆発したと考えられています。
そこで、燃料や酸化剤の逆流を防止するために、配管の途中に逆止弁が設置されています。燃料タンクの上流にCV-F、推進剤タンクの上流にCV-Oと呼ばれる逆止弁が設置されています。
2. CV-Fの構造
一番上のアニメーションをみて下さい。逆止弁は、高圧ガスタンク側から燃料タンク側への一方通行です。仕組みは単純で、通常はバネの力で弁が右側に位置しているので閉じています。燃料が消費されると燃料タンク圧が低下していき、上流の調圧圧力との圧力差が徐々に大きくなっていきます。圧力差が0.117MPaD以上になると、高圧ガスタンク側の圧力によって弁が左側へと押しやられ、開いた状態になります。すると、圧力が高い方から低い方へ、高圧ガスタンク側から燃料タンク側へ、ヘリウムガスが流れていきます。すると徐々に燃料タンク圧は上昇し、圧力差が小さくなっていきます。そして圧力差が0.014MPaD以下になると、バネの力によって再び閉じた状態となります。したがって、燃料タンク側の圧力が高いときには絶対に弁は開かないので、逆流を防ぐことができます。このような仕組みによって、燃料タンク圧をほぼ一定に保っているわけです。
3. CV-Fの閉塞
OME噴射開始時からの燃料タンクの圧力低下と、噴射開始152秒後の姿勢異常の両方の事象について原因分析を行ったところ、ともにCV-Fの閉塞が考えられうる唯一の原因候補であり、なおかつCV-Fの閉塞によって様々な異常データを説明できることが明らかになりました。それについてはまた改めて…。
閉塞といっても完全な閉塞ではありません。OME燃焼中断とともにバルブは閉じられたはずなので、OME燃焼終了後に見られた燃料タンク圧の上昇は、CV-Fを通ってヘリウムガスが流入した分の変化と考えられ、このことはCV-Fが完全に閉塞しているわけではないことを示しています。このときの圧力の回復スピードをもとに、CV-Fがどの程度開いていたかを推定することができます(上グラフ)。地上試験などでは等価オリフィス面積は0.54mm2だったのに対して、OME燃焼終了直後では0.05mm2前後、本来のクラッキング圧(0.117MPaD)付近では0.002mm2前後であり、99%以上閉塞していたことがここから読み取れます。
4. CV-F閉塞の原因
CV-F閉塞があったことは間違いないようですが、CV-F閉塞の原因については分析・検証中です。
12月27日の報告の時点で可能性が残された原因候補は以下の15項目です。
1) シール部(上アニメーションの茶色の部分)の異材使用による材料適合不良
2) シール部の粘性変形による弁体過挿入
3) 長期逆圧印加による弁体過挿入
4) 摺動部の異材使用による材料適合不良
5) 固定方法不良によるクリアランス悪化
6) 摺動部クリアランスの設計・製造不良
7) 弁体と本体のアライメント不良
8) 摺動による摩耗・表面荒れ
9) 摺動部材料適合不良による面腐食
10) 摺動部製造不良
11) 推薬環境下での生成物の嚙込
12) 想定外の作動回数による摺動生成物嚙込
13) 燃料・酸化剤の生成物による摺動部の粘着
14) 想定外の作動回数による機器部品の破壊・脱落・嚙込
15) バネ系の脱落
これらの項目のうち、一部は再検討によって確認できるかもしれませんが、今後実証試験等が行われることになると思います。
5. CV-F閉塞の時期
CV-Fが閉塞したとしたら、それはいつのことでしょうか。今回のOME噴射開始時から異常が現れたことを考えると、噴射開始時か、あるいはそれよりも前に起こったと考えられます。上のグラフは打ち上げ後現在までの各種圧力・温度データです。丸で囲んだ部分が、CV-Fが作動した可能性のある時期を示しています。このうち打ち上げ直後の5/21に行われたタンク加圧時には、正常に作動していました(3.の図の▲を参照)。するとこれよりは後ということになります。6/28のテストマヌーバではOME噴射が行われましたが、短時間のため推薬の消費量が少なく、CV-Fが作動する程のタンクの圧力低下はありませんでした。その他、数回CV-Fが作動した可能性がある時期がありますが、何れも詳細な圧力データがないか、大きな圧力差が生じなかったため、正常に機能していたかどうかを確認することはできません。
このように、現在のところ、5/21~12/7のうちいつ閉塞が起こったのか、全く分かっていません。また、この閉塞が可逆性のものなのか、非可逆性のものなのかもよく分かりません。これらは、閉塞の原因の絞り込みの中で分かってくると思います。
第4部は、今回のトラブルの根本的な原因と考えられる逆止弁CV-Fについてです。
CV-Fに一体何が起こったのか、現在分かっている範囲で解説していきます。
1. CV-Fの機能
金星探査機「あかつき」の軌道制御エンジン(OME)は、燃料と酸化剤を混合させることによって燃焼させる2液式です。燃料と酸化剤はそれぞれ別々のタンクに貯蔵されています。タンク内の圧力を維持するために高圧ヘリウムを使って加圧しています。つまり、圧力が下がると、高圧ガスタンクから配管を通じて高圧ヘリウムガスが流入して、圧力が一定に保たれています。加圧機構は、燃料系統と酸化剤系統で共通ですが、加圧機構の配管を通って燃料や酸化剤が気化したガスが逆流してしまうと、両者が混合してしまい、最悪の場合には爆発が起こってしまいます。NASAの火星探査機Mars Observerは、このような逆流による推薬の混合が起きて爆発したと考えられています。
そこで、燃料や酸化剤の逆流を防止するために、配管の途中に逆止弁が設置されています。燃料タンクの上流にCV-F、推進剤タンクの上流にCV-Oと呼ばれる逆止弁が設置されています。
2. CV-Fの構造
一番上のアニメーションをみて下さい。逆止弁は、高圧ガスタンク側から燃料タンク側への一方通行です。仕組みは単純で、通常はバネの力で弁が右側に位置しているので閉じています。燃料が消費されると燃料タンク圧が低下していき、上流の調圧圧力との圧力差が徐々に大きくなっていきます。圧力差が0.117MPaD以上になると、高圧ガスタンク側の圧力によって弁が左側へと押しやられ、開いた状態になります。すると、圧力が高い方から低い方へ、高圧ガスタンク側から燃料タンク側へ、ヘリウムガスが流れていきます。すると徐々に燃料タンク圧は上昇し、圧力差が小さくなっていきます。そして圧力差が0.014MPaD以下になると、バネの力によって再び閉じた状態となります。したがって、燃料タンク側の圧力が高いときには絶対に弁は開かないので、逆流を防ぐことができます。このような仕組みによって、燃料タンク圧をほぼ一定に保っているわけです。
3. CV-Fの閉塞
OME噴射開始時からの燃料タンクの圧力低下と、噴射開始152秒後の姿勢異常の両方の事象について原因分析を行ったところ、ともにCV-Fの閉塞が考えられうる唯一の原因候補であり、なおかつCV-Fの閉塞によって様々な異常データを説明できることが明らかになりました。それについてはまた改めて…。
閉塞といっても完全な閉塞ではありません。OME燃焼中断とともにバルブは閉じられたはずなので、OME燃焼終了後に見られた燃料タンク圧の上昇は、CV-Fを通ってヘリウムガスが流入した分の変化と考えられ、このことはCV-Fが完全に閉塞しているわけではないことを示しています。このときの圧力の回復スピードをもとに、CV-Fがどの程度開いていたかを推定することができます(上グラフ)。地上試験などでは等価オリフィス面積は0.54mm2だったのに対して、OME燃焼終了直後では0.05mm2前後、本来のクラッキング圧(0.117MPaD)付近では0.002mm2前後であり、99%以上閉塞していたことがここから読み取れます。
4. CV-F閉塞の原因
CV-F閉塞があったことは間違いないようですが、CV-F閉塞の原因については分析・検証中です。
12月27日の報告の時点で可能性が残された原因候補は以下の15項目です。
1) シール部(上アニメーションの茶色の部分)の異材使用による材料適合不良
2) シール部の粘性変形による弁体過挿入
3) 長期逆圧印加による弁体過挿入
4) 摺動部の異材使用による材料適合不良
5) 固定方法不良によるクリアランス悪化
6) 摺動部クリアランスの設計・製造不良
7) 弁体と本体のアライメント不良
8) 摺動による摩耗・表面荒れ
9) 摺動部材料適合不良による面腐食
10) 摺動部製造不良
11) 推薬環境下での生成物の嚙込
12) 想定外の作動回数による摺動生成物嚙込
13) 燃料・酸化剤の生成物による摺動部の粘着
14) 想定外の作動回数による機器部品の破壊・脱落・嚙込
15) バネ系の脱落
これらの項目のうち、一部は再検討によって確認できるかもしれませんが、今後実証試験等が行われることになると思います。
5. CV-F閉塞の時期
CV-Fが閉塞したとしたら、それはいつのことでしょうか。今回のOME噴射開始時から異常が現れたことを考えると、噴射開始時か、あるいはそれよりも前に起こったと考えられます。上のグラフは打ち上げ後現在までの各種圧力・温度データです。丸で囲んだ部分が、CV-Fが作動した可能性のある時期を示しています。このうち打ち上げ直後の5/21に行われたタンク加圧時には、正常に作動していました(3.の図の▲を参照)。するとこれよりは後ということになります。6/28のテストマヌーバではOME噴射が行われましたが、短時間のため推薬の消費量が少なく、CV-Fが作動する程のタンクの圧力低下はありませんでした。その他、数回CV-Fが作動した可能性がある時期がありますが、何れも詳細な圧力データがないか、大きな圧力差が生じなかったため、正常に機能していたかどうかを確認することはできません。
このように、現在のところ、5/21~12/7のうちいつ閉塞が起こったのか、全く分かっていません。また、この閉塞が可逆性のものなのか、非可逆性のものなのかもよく分かりません。これらは、閉塞の原因の絞り込みの中で分かってくると思います。
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