日本の金星探査機「あかつき」は、昨年12月7日に金星周回軌道投入に失敗しました。その原因についての新しい報告があったので、簡単に解説します。
過去の調査報告では、失敗の原因について次のような報告が行われました。
まず、ガス系配管に設置されている逆止弁CV-Fが閉塞したことが根本的な原因であり、これによって弁が開かず、燃料タンクに十分な圧力をかけられなくなった結果、燃料の供給が減少してしまったと考えられました。あかつきの軌道制御エンジン(OME)は、燃料と酸化剤を噴射・混合されて燃焼させる仕組みなのですが、そのうち燃料の供給が減ったことにより、エンジンの燃焼が何らかの悪影響を受けたと思われます。これにより大きな力が生じて機体が大きく傾き、姿勢制御不能になってエンジンを自動停止させたため、予定より少ない加速しか得られず、軌道投入失敗に至りました。詳しくは、以前の記事を参照して下さい。
残る問題は、CV-F閉塞の原因が何か、そして燃料の噴射不足がエンジンにどんな影響を与えたのか、です。それについての原因究明が行われました。
1. CV-F閉塞の原因は
燃料と酸化剤は、ともに上流の高圧ヘリウムガスによって加圧されて、噴射される仕組みですが、燃料や酸化剤が上流に逆流すると、燃料や酸化剤の混合が起き、爆発的な燃焼が起きてしまいます。CV-Fは、燃料の逆流を防ぐためのものです。
その後、再度実証実験等を行った結果、弁内で塩が生成して弁が閉じたまま開かなくなった可能性が高いことが分かりました。もう一つ、どこかの過程でコンタミが起こって弁を閉塞した(要するにゴミが混入した)可能性も完全には否定できないようですが、可能性は低いようです。
塩が生成する仕組みは、燃料と酸化剤との混合です。以下のような反応で硝酸アンモニウム塩が生成します。
4N2H4 + 3N2O4 → 4NH4NO3 + 3N2
しかし設計では燃料側の逆止弁、酸化剤側の逆止弁及び遮断弁によって混合は防がれているはずです。弁が閉じた時、密閉させるために高分子物質でできたシール部が密着することによってリークを防いでいますが、ごく微量のリークが発生するため、ヘリウムガスを実際に通してみてリーク量を測定しています。そしてそのリーク量は全く問題にならないくらい少ないことが分かっていました。しかしこの確認方法に落とし穴がありました。隙間からのリークではなく、シール部の高分子物質の中に酸化剤が染み込んで透過する分をあまり重要視していませんでした。物質の種類によって高分子物質との親和性は異なるため、透過する量が異なります。今回ヘリウムではなく、実際に酸化剤を使って検証したところ、想定していたリーク量の数百倍の量が透過していたことが初めて明らかになりました。これによって、透過した酸化剤が弁の中で燃料と混合していたことが分かりました。
これに基づいて、燃料と酸化剤をタンクに注入してから軌道投入マヌーバを行うまでの6000時間でCV-Fを透過して燃料系統へ流入した酸化剤の積算量を計算したところ、想定よりも2桁多い量の流入があったことが分かりました。
実際の条件に近い条件で実験したところ、混合したガスが反応して実際に塩が生成することが確かめられました。さらに塩が付着することによって、弁の開閉ができなくなることが実証されたのです。
このように、シール部を透過した酸化剤が燃料と混合して塩を生成し、それが弁内部に付着して弁が閉塞した、というシナリオが現時点で最も可能性の高いと考えられます。
2. 燃料供給不足が与えた影響
CV-F閉塞によって燃料タンクを十分に加圧できなくなったため、エンジン噴射開始後、徐々に燃料タンクの圧力が低下していき、燃料の供給が減少していきました。その結果、相対的に酸化剤の割合が高くなり、地上試験では想定していなかった条件での燃焼が行われることになってしまいました。その場合に何が起こるのか、実際に検証が行われました。
当初、加圧不足によって燃料の噴射方向の異常が起こり、インジェクタの噴射方向が変わった可能性や、燃料噴射による壁面の冷却(フィルムクーリング)がうまくいかなくなった可能性もあげられましたが、実証実験で可能性は否定されました。
相対的な酸化剤過多により燃焼条件が高温側に変化したと思われますが、実際にその影響を調べるべく燃焼試験が行われました。その結果全例ではありませんが、一部の例でスラスタノズルが破損するという事象が確認されました。スラスタノズル破損部に明らかな欠陥はなく、明らかに異常燃焼による破損でした。燃料不足によりこのような事象が発生することが実際に確かめられました。さらに今回の燃焼試験では、破損後に推力はあるレベルにまで低下したものの、その後は一定の推力が維持されており、これは実際に軌道投入マヌーバの際の推力データの推移と一致する結果でした。
一方、破損が起こらなかったケースでは、不安定燃焼やスロート後方後燃え等の姿勢を大きく変化させる原因となるような事象は確認されませんでした。
このように、機体の姿勢が大きく変化した原因は、スラスタノズル破損であった可能性が高いと考えられました。
3. 今回の調査報告で明らかになったシナリオ
上のような調査結果に基づいて、「あかつき」失敗のシナリオをまとめてみます。
(1) 想定を超える量の酸化剤が、弁のシール部の高分子物質の中を透過していた
↓
(2) 逆止弁CV-F内部で燃料と酸化剤の混合が起こった
↓
(3) 燃料と酸化剤との反応により塩が生成した
↓
(4) 生成した塩によって逆止弁CV-Fが閉塞した
↓
(5) 逆止弁CV-Fの閉塞により、高圧ヘリウムガスによる燃料タンクの加圧ができなくなった
↓
(6) 軌道制御エンジン(OME)の燃焼が始まると、燃料タンクの圧力が徐々に低下した
↓
(7) 燃料の供給量が徐々に減少した
↓
(8) 燃料と酸化剤との混合比が変化し、相対的に酸化剤過多の状態となった
↓
(9) 燃焼条件が高温側に変化した
↓
(10) 熱流束が想定を超えた
↓
(11) スラスタノズルが破損した
↓
(12) 機体に大きな外乱トルクが加わった
↓
(13) 機体の姿勢が急激に変化した
↓
(14) 姿勢変化の大きさが姿勢異常判定指標を超えた
↓
(15) OMEの燃焼が自動的に中断された
↓
(16) 燃焼時間が計画より大幅に短く終わった
↓
(17) 軌道投入に必要な加速量が得られなかった
↓
(18) 金星周回軌道投入に失敗した
結局、高分子物質でできた弁シール部を透過する酸化剤の量を低く見積もってしまったことが、スラスタノズルを破損させるという重大な結果をもたらしたわけです。ほんの小さなことが致命的な結果をもたらす、宇宙開発の難しさを痛感させられます。
過去の調査報告では、失敗の原因について次のような報告が行われました。
まず、ガス系配管に設置されている逆止弁CV-Fが閉塞したことが根本的な原因であり、これによって弁が開かず、燃料タンクに十分な圧力をかけられなくなった結果、燃料の供給が減少してしまったと考えられました。あかつきの軌道制御エンジン(OME)は、燃料と酸化剤を噴射・混合されて燃焼させる仕組みなのですが、そのうち燃料の供給が減ったことにより、エンジンの燃焼が何らかの悪影響を受けたと思われます。これにより大きな力が生じて機体が大きく傾き、姿勢制御不能になってエンジンを自動停止させたため、予定より少ない加速しか得られず、軌道投入失敗に至りました。詳しくは、以前の記事を参照して下さい。
残る問題は、CV-F閉塞の原因が何か、そして燃料の噴射不足がエンジンにどんな影響を与えたのか、です。それについての原因究明が行われました。
1. CV-F閉塞の原因は
燃料と酸化剤は、ともに上流の高圧ヘリウムガスによって加圧されて、噴射される仕組みですが、燃料や酸化剤が上流に逆流すると、燃料や酸化剤の混合が起き、爆発的な燃焼が起きてしまいます。CV-Fは、燃料の逆流を防ぐためのものです。
その後、再度実証実験等を行った結果、弁内で塩が生成して弁が閉じたまま開かなくなった可能性が高いことが分かりました。もう一つ、どこかの過程でコンタミが起こって弁を閉塞した(要するにゴミが混入した)可能性も完全には否定できないようですが、可能性は低いようです。
塩が生成する仕組みは、燃料と酸化剤との混合です。以下のような反応で硝酸アンモニウム塩が生成します。
4N2H4 + 3N2O4 → 4NH4NO3 + 3N2
しかし設計では燃料側の逆止弁、酸化剤側の逆止弁及び遮断弁によって混合は防がれているはずです。弁が閉じた時、密閉させるために高分子物質でできたシール部が密着することによってリークを防いでいますが、ごく微量のリークが発生するため、ヘリウムガスを実際に通してみてリーク量を測定しています。そしてそのリーク量は全く問題にならないくらい少ないことが分かっていました。しかしこの確認方法に落とし穴がありました。隙間からのリークではなく、シール部の高分子物質の中に酸化剤が染み込んで透過する分をあまり重要視していませんでした。物質の種類によって高分子物質との親和性は異なるため、透過する量が異なります。今回ヘリウムではなく、実際に酸化剤を使って検証したところ、想定していたリーク量の数百倍の量が透過していたことが初めて明らかになりました。これによって、透過した酸化剤が弁の中で燃料と混合していたことが分かりました。
これに基づいて、燃料と酸化剤をタンクに注入してから軌道投入マヌーバを行うまでの6000時間でCV-Fを透過して燃料系統へ流入した酸化剤の積算量を計算したところ、想定よりも2桁多い量の流入があったことが分かりました。
実際の条件に近い条件で実験したところ、混合したガスが反応して実際に塩が生成することが確かめられました。さらに塩が付着することによって、弁の開閉ができなくなることが実証されたのです。
このように、シール部を透過した酸化剤が燃料と混合して塩を生成し、それが弁内部に付着して弁が閉塞した、というシナリオが現時点で最も可能性の高いと考えられます。
2. 燃料供給不足が与えた影響
CV-F閉塞によって燃料タンクを十分に加圧できなくなったため、エンジン噴射開始後、徐々に燃料タンクの圧力が低下していき、燃料の供給が減少していきました。その結果、相対的に酸化剤の割合が高くなり、地上試験では想定していなかった条件での燃焼が行われることになってしまいました。その場合に何が起こるのか、実際に検証が行われました。
当初、加圧不足によって燃料の噴射方向の異常が起こり、インジェクタの噴射方向が変わった可能性や、燃料噴射による壁面の冷却(フィルムクーリング)がうまくいかなくなった可能性もあげられましたが、実証実験で可能性は否定されました。
相対的な酸化剤過多により燃焼条件が高温側に変化したと思われますが、実際にその影響を調べるべく燃焼試験が行われました。その結果全例ではありませんが、一部の例でスラスタノズルが破損するという事象が確認されました。スラスタノズル破損部に明らかな欠陥はなく、明らかに異常燃焼による破損でした。燃料不足によりこのような事象が発生することが実際に確かめられました。さらに今回の燃焼試験では、破損後に推力はあるレベルにまで低下したものの、その後は一定の推力が維持されており、これは実際に軌道投入マヌーバの際の推力データの推移と一致する結果でした。
一方、破損が起こらなかったケースでは、不安定燃焼やスロート後方後燃え等の姿勢を大きく変化させる原因となるような事象は確認されませんでした。
このように、機体の姿勢が大きく変化した原因は、スラスタノズル破損であった可能性が高いと考えられました。
3. 今回の調査報告で明らかになったシナリオ
上のような調査結果に基づいて、「あかつき」失敗のシナリオをまとめてみます。
(1) 想定を超える量の酸化剤が、弁のシール部の高分子物質の中を透過していた
↓
(2) 逆止弁CV-F内部で燃料と酸化剤の混合が起こった
↓
(3) 燃料と酸化剤との反応により塩が生成した
↓
(4) 生成した塩によって逆止弁CV-Fが閉塞した
↓
(5) 逆止弁CV-Fの閉塞により、高圧ヘリウムガスによる燃料タンクの加圧ができなくなった
↓
(6) 軌道制御エンジン(OME)の燃焼が始まると、燃料タンクの圧力が徐々に低下した
↓
(7) 燃料の供給量が徐々に減少した
↓
(8) 燃料と酸化剤との混合比が変化し、相対的に酸化剤過多の状態となった
↓
(9) 燃焼条件が高温側に変化した
↓
(10) 熱流束が想定を超えた
↓
(11) スラスタノズルが破損した
↓
(12) 機体に大きな外乱トルクが加わった
↓
(13) 機体の姿勢が急激に変化した
↓
(14) 姿勢変化の大きさが姿勢異常判定指標を超えた
↓
(15) OMEの燃焼が自動的に中断された
↓
(16) 燃焼時間が計画より大幅に短く終わった
↓
(17) 軌道投入に必要な加速量が得られなかった
↓
(18) 金星周回軌道投入に失敗した
結局、高分子物質でできた弁シール部を透過する酸化剤の量を低く見積もってしまったことが、スラスタノズルを破損させるという重大な結果をもたらしたわけです。ほんの小さなことが致命的な結果をもたらす、宇宙開発の難しさを痛感させられます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます