トランプ大統領の貿易政策と世界経済
和洋女子大学国際学科教授、山下景秋
トランプ大統領の経済政策の狙いは、アメリカの白人労働者の雇用を守ることと、中国の覇権を抑制することにある。ここでは、前者に関して、トランプ大統領の貿易政策が裏目にでる可能性がある理由を以下に整理して示しておきたい。
1.トランプ大統領の狙いは実現するか
①報復関税
アメリカの輸入高関税によりアメリカの労働者の雇用を回復させようとしても、アメリカ以外の国々の報復関税によりアメリカの輸出が抑えられるから、アメリカの雇用が減少する。
②工場の流出
アメリカの輸入高関税によりアメリカ以外の国々がアメリカへ輸出することが難しくなれば、その対策としてアメリカ以外の国々がアメリカに工場を移す可能性がある。トランプ大統領はこれによってアメリカの雇用を増やそうとしているのだろう。
しかし、このことと対称的に、アメリカ以外の国々がアメリカからの輸入に対して報復関税をかければ、アメリカの企業はその対策として、その工場をアメリカ以外の国々に移す可能性がある。
結局、アメリカの輸入関税とその報復関税により、アメリカへ工場が流入する反面、アメリカから工場が流出する可能性があるので、トランプ大統領が意図するほど、アメリカの雇用は増えない。
③アメリカ以外の国同士で輸出を増やし合う可能性
アメリカの輸入関税によりアメリカへの輸出が難しくなると、その輸出減を埋め合わせるために、アメリカ以外の国々が、アメリカを含まない地域の自由貿易協定(経済連携協定)により、アメリカ以外の国々の間で、お互いに輸出を増やそうとする可能性がある。すなわち、アメリカが離脱したTPP(環太平洋経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携。ASEAN10カ国、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)などに、より多くの国々が参加して、より貿易の自由化を実現しようとする可能性がある。
現に、イギリスは環太平洋の諸国に含まれないにも拘らず、TPPに参加したい意向だと言われている。
④(利上げ→)ドル高→アメリカの輸出の抑制
これはトランプ大統領の政策ではないが、アメリカの中央銀行FRBによる利上げによりドル高が進行する注★と、アメリカからの輸出が難しくなる。
(注★)アメリカの利子(金利)が上がると、アメリカ以外の国の人々や企業は、アメリカに貸すほうがより高い利子が稼げると思って、自国通貨(たとえば円)をドルに替えてアメリカの銀行のドル預金をしようとする(アメリカにおカネを貸すことに他ならない)。その結果、自国通貨はいらない代わりにドルが欲しいという動きが強くなるので、ドルの価値が上がる、つまりドル高になる。
⑤アメリカ企業の対米輸出の減少
中国からの輸入品の多くがアメリカ企業のものだと言われている。
⑥アメリカ企業の原材料・部品購入コストの上昇
アメリカ企業は、多くの原材料や部品を輸入に依存している。半導体も多くは輸入に依存している。アメリカの高関税により、アメリカ企業は品質のいい原材料や部品の入手が難しくなる。
しかも輸入高関税により、その(関税を含む)輸入価格が高くなるので、アメリカ企業の生産コストが上がる。
以上から、アメリカ企業の生産や輸出が滞り利益が減少する。
⑦アメリカの物価の上昇
輸入高関税は、アメリカが外国から輸入する原材料・部品・製品・農産物の輸入価格を上げるので、アメリカの物価が上がる。物価の上昇は、アメリカの消費者の生活水準を低下させる。
⑧アメリカの消費者が求める外国製品の購入が難しくなる
アメリカの消費者が求める外国製品の入手が難しくなる。たとえば、日本車を買いたいアメリカの消費者はそれが難しくなる。
トランプ大統領の貿易政策の結果、以上の①から⑥の理由により、アメリカの生産と輸出そして雇用が増えるどころか減少する可能性がある。③を考慮に入れると、アメリカの輸出だけが増えない可能性すらある。また、⑦、⑧の理由により、アメリカの消費者の不満が高まる可能性もある。
2.世界経済悪化の可能性
トランプ大統領が始めた貿易戦争で、アメリカとそれ以外の諸国の間で貿易が縮小すれば、それ自体で世界経済が悪化する可能性がある。
①新興国経済の悪化
それだけではない。アメリカの利上げとトランプ大統領の輸入制限措置(→ 他国は輸出を増やしてドルを稼ぐことができなくなる)により、トルコのような新興国の通貨の価値が下落している。この結果、トルコなどでインフレが起こっている。
これ自体新興国の経済が悪化することであるが、さらにこのインフレを防ぎ、なおかつ自国通貨の価値を上げようとして、新興国が金融引き締めを行うと、新興国経済が悪化する。現に、アルゼンチンの経済がそうなっている。
②欧州経済悪化の可能性
また、トルコの通貨リラの価値が低下すると、トルコがスペインなどの欧州の銀行から借りていたドルの返済負担が増える注★★ので、トルコはドルを返せなくなる可能性が高まる。そうなれば、欧州の銀行の不良債権が増えて欧州の銀行の経営が悪化する。
(注★★)たとえば為替相場が1リラ=2ドル(両辺を2で割って0.5リラ=1ドル)のとき、トルコ人・企業が1ドルを借りてリラに替えると0.5リラになる。たとえば1年後にその1ドルを返すとき、その間リラ安が進行して為替相場が1リラ=1ドルになっていれば、1ドルを返すのに1リラ必要になる。すなわち、実質的に0.5リラ借りていたのに1リラ返すことになる。この意味で返済負担が重くなる。
さらに、銀行経営が悪化すると、欧州の銀行はこれ以上の損失をださないように貸し渋り(返済の確実な優良な企業のみに貸出先を絞る)をおこなうようになる可能性がある。そうなれば、欧州の多くの企業の経営が悪化して欧州経済が悪化することになる。
(なお、この事態は、2009年のギリシャ危機とよく似た状況である。しかし、欧州の銀行からおカネを借りていたのは、ギリシャの場合はギリシャ政府であったのに対し、トルコの場合はほとんどトルコの民間企業である。また、ギリシャの通貨はユーロなので、ギリシャ通貨の価値がユーロに対して下がることはありえないし、ギリシャ経済の悪化だけでユーロの価値がドルに対して下がることはあまりない)
③世界経済悪化の可能性
このように新興国や欧州の経済が悪化すると、これらの諸国に輸出している世界中の国々の輸出が減少して、世界経済が悪化する可能性がある。その世界経済の中には当然、アメリカ経済も含まれている。
3.結論
結局、トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争は、彼が意図するほどの効果をアメリカにもたらさないだろう。
また、トランプ大統領の貿易戦争に加えてアメリカの利上げが加わったことによる新興国の通貨価値の下落により世界経済が悪化することを通じてアメリカ経済が悪化すれば、アメリカの雇用の増加が阻害される可能性がある
以上述べたことから、トランプ大統領の貿易戦争は、アメリカにとって裏目にでる可能性がある、少なくとも彼が意図するほどの効果はないということである。
そのようなことが明らかになってくるとき、果たしてトランプ氏の人気は維持されるだろうか。
昨年、私がツイートで書いたことをもう一度書いておこう。
「AMERICA FIRST→ AMERICA LAST になりますよ」
相手を叩いたつもりが、結局自分を叩く結果になるかもしれない。
#世界経済 #トランプ #貿易戦争
和洋女子大学国際学科教授、山下景秋
トランプ大統領の経済政策の狙いは、アメリカの白人労働者の雇用を守ることと、中国の覇権を抑制することにある。ここでは、前者に関して、トランプ大統領の貿易政策が裏目にでる可能性がある理由を以下に整理して示しておきたい。
1.トランプ大統領の狙いは実現するか
①報復関税
アメリカの輸入高関税によりアメリカの労働者の雇用を回復させようとしても、アメリカ以外の国々の報復関税によりアメリカの輸出が抑えられるから、アメリカの雇用が減少する。
②工場の流出
アメリカの輸入高関税によりアメリカ以外の国々がアメリカへ輸出することが難しくなれば、その対策としてアメリカ以外の国々がアメリカに工場を移す可能性がある。トランプ大統領はこれによってアメリカの雇用を増やそうとしているのだろう。
しかし、このことと対称的に、アメリカ以外の国々がアメリカからの輸入に対して報復関税をかければ、アメリカの企業はその対策として、その工場をアメリカ以外の国々に移す可能性がある。
結局、アメリカの輸入関税とその報復関税により、アメリカへ工場が流入する反面、アメリカから工場が流出する可能性があるので、トランプ大統領が意図するほど、アメリカの雇用は増えない。
③アメリカ以外の国同士で輸出を増やし合う可能性
アメリカの輸入関税によりアメリカへの輸出が難しくなると、その輸出減を埋め合わせるために、アメリカ以外の国々が、アメリカを含まない地域の自由貿易協定(経済連携協定)により、アメリカ以外の国々の間で、お互いに輸出を増やそうとする可能性がある。すなわち、アメリカが離脱したTPP(環太平洋経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携。ASEAN10カ国、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)などに、より多くの国々が参加して、より貿易の自由化を実現しようとする可能性がある。
現に、イギリスは環太平洋の諸国に含まれないにも拘らず、TPPに参加したい意向だと言われている。
④(利上げ→)ドル高→アメリカの輸出の抑制
これはトランプ大統領の政策ではないが、アメリカの中央銀行FRBによる利上げによりドル高が進行する注★と、アメリカからの輸出が難しくなる。
(注★)アメリカの利子(金利)が上がると、アメリカ以外の国の人々や企業は、アメリカに貸すほうがより高い利子が稼げると思って、自国通貨(たとえば円)をドルに替えてアメリカの銀行のドル預金をしようとする(アメリカにおカネを貸すことに他ならない)。その結果、自国通貨はいらない代わりにドルが欲しいという動きが強くなるので、ドルの価値が上がる、つまりドル高になる。
⑤アメリカ企業の対米輸出の減少
中国からの輸入品の多くがアメリカ企業のものだと言われている。
⑥アメリカ企業の原材料・部品購入コストの上昇
アメリカ企業は、多くの原材料や部品を輸入に依存している。半導体も多くは輸入に依存している。アメリカの高関税により、アメリカ企業は品質のいい原材料や部品の入手が難しくなる。
しかも輸入高関税により、その(関税を含む)輸入価格が高くなるので、アメリカ企業の生産コストが上がる。
以上から、アメリカ企業の生産や輸出が滞り利益が減少する。
⑦アメリカの物価の上昇
輸入高関税は、アメリカが外国から輸入する原材料・部品・製品・農産物の輸入価格を上げるので、アメリカの物価が上がる。物価の上昇は、アメリカの消費者の生活水準を低下させる。
⑧アメリカの消費者が求める外国製品の購入が難しくなる
アメリカの消費者が求める外国製品の入手が難しくなる。たとえば、日本車を買いたいアメリカの消費者はそれが難しくなる。
トランプ大統領の貿易政策の結果、以上の①から⑥の理由により、アメリカの生産と輸出そして雇用が増えるどころか減少する可能性がある。③を考慮に入れると、アメリカの輸出だけが増えない可能性すらある。また、⑦、⑧の理由により、アメリカの消費者の不満が高まる可能性もある。
2.世界経済悪化の可能性
トランプ大統領が始めた貿易戦争で、アメリカとそれ以外の諸国の間で貿易が縮小すれば、それ自体で世界経済が悪化する可能性がある。
①新興国経済の悪化
それだけではない。アメリカの利上げとトランプ大統領の輸入制限措置(→ 他国は輸出を増やしてドルを稼ぐことができなくなる)により、トルコのような新興国の通貨の価値が下落している。この結果、トルコなどでインフレが起こっている。
これ自体新興国の経済が悪化することであるが、さらにこのインフレを防ぎ、なおかつ自国通貨の価値を上げようとして、新興国が金融引き締めを行うと、新興国経済が悪化する。現に、アルゼンチンの経済がそうなっている。
②欧州経済悪化の可能性
また、トルコの通貨リラの価値が低下すると、トルコがスペインなどの欧州の銀行から借りていたドルの返済負担が増える注★★ので、トルコはドルを返せなくなる可能性が高まる。そうなれば、欧州の銀行の不良債権が増えて欧州の銀行の経営が悪化する。
(注★★)たとえば為替相場が1リラ=2ドル(両辺を2で割って0.5リラ=1ドル)のとき、トルコ人・企業が1ドルを借りてリラに替えると0.5リラになる。たとえば1年後にその1ドルを返すとき、その間リラ安が進行して為替相場が1リラ=1ドルになっていれば、1ドルを返すのに1リラ必要になる。すなわち、実質的に0.5リラ借りていたのに1リラ返すことになる。この意味で返済負担が重くなる。
さらに、銀行経営が悪化すると、欧州の銀行はこれ以上の損失をださないように貸し渋り(返済の確実な優良な企業のみに貸出先を絞る)をおこなうようになる可能性がある。そうなれば、欧州の多くの企業の経営が悪化して欧州経済が悪化することになる。
(なお、この事態は、2009年のギリシャ危機とよく似た状況である。しかし、欧州の銀行からおカネを借りていたのは、ギリシャの場合はギリシャ政府であったのに対し、トルコの場合はほとんどトルコの民間企業である。また、ギリシャの通貨はユーロなので、ギリシャ通貨の価値がユーロに対して下がることはありえないし、ギリシャ経済の悪化だけでユーロの価値がドルに対して下がることはあまりない)
③世界経済悪化の可能性
このように新興国や欧州の経済が悪化すると、これらの諸国に輸出している世界中の国々の輸出が減少して、世界経済が悪化する可能性がある。その世界経済の中には当然、アメリカ経済も含まれている。
3.結論
結局、トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争は、彼が意図するほどの効果をアメリカにもたらさないだろう。
また、トランプ大統領の貿易戦争に加えてアメリカの利上げが加わったことによる新興国の通貨価値の下落により世界経済が悪化することを通じてアメリカ経済が悪化すれば、アメリカの雇用の増加が阻害される可能性がある
以上述べたことから、トランプ大統領の貿易戦争は、アメリカにとって裏目にでる可能性がある、少なくとも彼が意図するほどの効果はないということである。
そのようなことが明らかになってくるとき、果たしてトランプ氏の人気は維持されるだろうか。
昨年、私がツイートで書いたことをもう一度書いておこう。
「AMERICA FIRST→ AMERICA LAST になりますよ」
相手を叩いたつもりが、結局自分を叩く結果になるかもしれない。
#世界経済 #トランプ #貿易戦争
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