ある日のこと。これといって面白味のない授業も終わり、俺はいつものように気がすすまないながらもSOS団の部室に向かって歩を進めていた。
「おや、ここで一緒になるのは珍しいですね」
その途中、古泉に出くわした。どうせ出くわすなら朝比奈さんとの方がよかったが、そんな愚痴を言ってもどうにもならないので現実を受け入れよう。
「涼宮さんはどうされました?」
「職員室に用があるから、先に行ってろだとよ」
「そうですか。では、素直に部室で彼女を待つことにしましょうか」
そんなたいして中身もない会話をしているうちに、俺たちは部室の前に着いていた。
いつものように、入る前にドアをノックする。
「どうぞ」
中から返ってきたのは、若い男の声だった。ここで、俺と古泉は思わず顔を見合わせる。
なぜならSOS団の男子団員は俺と古泉で全員なのであるからして、俺たちがここにいる以上、男の声が中から聞こえてくるという状況は考えづらいのである。
いちおう、アホの谷口や国木田やコンピ研部長氏が部室に来ているという可能性もゼロではない。
だが彼らは部外者だ。一人で部室にいるとは考えにくい。誰か他の団員と一緒にいるのならば、返事はそちらが返すべきではないのだろうか。
とまあいろいろ考えてみたわけではあるが、結局のところ結論は出ない。
ならば直接確かめてみるしかないだろう。俺はもう一度古泉と目配せすると、ゆっくり部室のドアを開けた。
「いらっしゃい」
……ありのままに今起こったことを話そう。
『俺は部室のドアを開けたはずが写真館にいた』
何を言ってるのかわからないだろうが、俺も何が起きたのかわからなかった。
俺は慌てて扉の外に戻り、確認作業を行った。だがたしかに、そのドアの前には「文芸部」の文字が掲げられている。
間違いなくここは、SOS団部室に成り果てたかつての文芸部部室であるらしい。
ええい、いったい何がどうなってるんだ!
◇ ◇ ◇
「私が作ったクッキーなんだけど、よかったらどうぞ」
「では、遠慮なくいただきます」
「……」
「あなたはいただかないのですか?」
「申し訳ないが、そんな気分じゃない」
「そうですか。では朝比奈さんはいかがされます?」
「あ、私はもらいます」
数分後。俺と古泉、それに俺たちのすぐ後にやってきた朝比奈さんは、光写真館の主である光栄次郎さんから紅茶とクッキーを振る舞われていた。
と言っても、俺はまったく手をつけていないが。何せ、この状況が不可解すぎる。
「それにしても、無数の世界をまわる旅ですか……」
「ええ、簡単には信じてもらえないかもしれませんけど……」
「信じるしかないでしょう。見慣れた場所がこんな有様になってたんじゃ」
俺が会話している相手は、栄次郎さんの孫娘である光夏海さんだ。
俺たち三人は、彼女からこの異常事態に関する説明を受けていたのである。
夏海さんの説明を信じるのならば、彼女たち一行はこの写真館ごと様々な世界を巡る旅を続けてきたらしい。
つまり、俺たちから見れば異次元人ということになる。
普通の人間ならこんな話、頭のネジが外れた人間の戯言と聞き流すのかもしれない。
だがすでに宇宙人と未来人と超能力者の存在を認めている俺としては、異次元人だけをつまはじきにするわけにもいくまい。
それに、ただの電波受信しちゃってる人間がこんな怪現象を起こせるはずがない。
「しかし……なぜ俺たちの部室があなた方の写真館に?」
「それはわかりません……。迷惑をかけているというのは理解してますが、私たちにはどうにも……」
「元に戻したいなら、俺たちがこの世界でやるべき事を果たせばいい。
もっとも、それが何かがさっぱりわからないんだがな」
夏海さんの言葉を遮るようにして、新たな声がその場に響いた。
声のした方向に視線を向けると、どうやら声の主は奥の部屋から出てきた茶髪の男らしい。
うちの制服を着てるが、生徒なのか? 年齢的に少々無理がある気がするが……。
「あの人は?」
「門矢士君です。いちおう、うちのカメラマンということになってます」
「いちおうとか言うな」
夏海さんの紹介に、士という名前らしい男性は不満たらたらといった風情の反応を見せた。
「昼休みの間に少し校内を見て回ったが、この世界は平和そのものじゃないか。俺たちに何をしろって言うんだ」
「たしかになあ。仮面ライダーも怪人もいないんじゃ、俺や士がやらなきゃいけないことなんて見当付かないよ」
士さんの言葉に、いつの間にか部屋の中にいたもう一人の青年が相槌を打つ。
後で聞いたところによると、小野寺ユウスケさんというお名前らしい。
まあそれはおいといて、まず俺は自分の聞き慣れない単語について尋ねることにする。
「あの~、つかぬ事をお伺いしますが、仮面ライダーとは?」
「ああ、そっか。ライダーがいないんじゃわからないか。
仮面ライダーって言うのは一言で言うのは難しいんだけど……。
まあ悪と戦う正義の戦士だと思ってもらえればいいかな」
正義の戦士と来たか……。俺は自分の中でいやな予感がふくれあがっているのを感じながら、さらにユウスケさんに尋ねた。
「さっきの話しぶりからすると、あなた方も仮面ライダーなんですか?」
「まあね。俺と士も仮面ライダーなんだ」
「なるほど。ありがとうございます」
俺はいったんユウスケさんとの会話を打ち切ると、すぐ隣で暢気にクッキーなど頬張っている古泉に話しかけた。
「おい、どう思う?」
「何がですか?」
「しらばっくれるな。お前も想像ついてるだろ。昨日のハルヒの発言だよ」
◇ ◇ ◇
話は前日にさかのぼる。休日恒例の不思議探索に駆り出された俺たちSOS団は、当然の事ながらなんの成果も上げることなく帰路に着こうとしていた。
その途中、映画館の前を通りかかったところでハルヒがふいに足を止めたのである。
「おい、どうしたハルヒ」
そう言いながら、俺はハルヒの視線をたどる。その先にあったのは、とある映画のポスターだった。
「劇場版・超光戦士シャンゼリオンかあ……」
「ああ、これ聞いたことあります! 今、子供たちの間ですっごく流行ってるヒーローなんですよね!」
朝比奈さんが話を合わせにいくが、ハルヒは珍しく薄いリアクションしか見せない。
その視線は、ひたすらポスターに注がれている。
「正義のヒーローねえ……」
「おい、ハルヒ」
どうにもいやな予感がして、俺はハルヒに話しかけた。
「まさかお前、シャンゼリオンを探そうとかそういう突拍子のないことを言い出すつもりじゃあるまいな」
「何バカなこと言ってるのよ、キョン。いくらあたしでも、フィクションと現実の区別ぐらいつくわよ」
「だよな……。悪かったよ。俺の考え過ぎだった」
ここでいったん、俺は心の平穏を取り戻した。だが次の瞬間、その平穏は実にあっさりと崩れ去るのである。
「でもさあ……。フィクションの中のヒーローは実在しなくても、現実にだってヒーローがいてもいいと思わない?」
「は? すまん、ハルヒ。 お前が何を言ってるのかよくわからないんだが……」
「つまり、この世界には存在を一般に知られていない正義の味方がいるんじゃないかってことよ!
ねえ、みくるちゃん! どう思う?」
「ふえええええ!? わ、私ですかあ?」
哀れなことに、予想の斜め上の展開から話題を振られた朝比奈さんはこれでもかというぐらいに戸惑う。
まあ、そんな姿もまたかわいいのだが。
「で、でも、今の世の中で正体どころか存在すら気づかれずにテレビみたいな正義の味方やるなんて無理なんじゃ……」
朝比奈さんの意見は、実にまっとうなものであった。だがハルヒの無理は、そんな道理をいとも簡単に叩き折る。
「甘いわ、みくるちゃん! 一般の技術の上を行ってこそのヒーローなのよ!
きっとあたしたちが知ってるような科学技術より数倍優れた技術をヒーローは持ってるんだわ!
それを使って、情報を完全に隠蔽しているのよ!
あるいはアメリカ政府あたりがバックに付いていて、徹底的に機密保持を行っている可能性も捨てがたいわね!」
まったくついていけていない俺や朝比奈さんをよそに、ハルヒはさらに熱弁を振るう。
「残念だけど、今のSOS団は団員たった五名の小規模団体……。ヒーローの情報操作能力に立ち向かうにはあまりに戦力不足だわ……。
けどいずれSOS団を天下に名だたる巨大組織にした暁には、きっと社会の闇に潜んだヒーローを見つけ出してみせるわ!」
恐ろしく熱のこもった台詞を吐くハルヒ。俺はそれを、ただ生暖かい目で見守っていたのであった。
◇ ◇ ◇
とまあ、ここまでが昨日の出来事である。
「つまりあなたは、こう言いたいのですね。涼宮さんがヒーローの存在を願ったために、異世界のヒーローである彼らをこの世界に呼び寄せてしまったのではないかと」
「ああ、そうだ」
「その涼宮さんっていうのは、いったい……?」
俺たちの会話を聞いて、疑問に思ったのだろう。夏海さんが、ハルヒについて俺たちに質問をぶつけてくる。
それに答えるのは、古泉の仕事だ。
「涼宮ハルヒさんは、僕たちが所属するSOS団という団体のリーダーです。なかなか魅力的な方ですよ」
「そんな情報はいい。そいつが俺たちとどう関係あるのか話してもらいたいんだ」
「せっかちですねえ。そう言われなくとも、今からお話しするつもりだったんですが」
士さんの催促に見る者を微妙に苛立たせるスマイルで返し、古泉はなおも続ける。
「彼女は自分では気づいていませんが……。この世界を自分の願望通りに変化させる能力を持っています。
つまり、彼女が心の底から願ったことは現実に起きてしまうわけです」
「なんですか、それ。それじゃまるで……」
「ええ。神にも等しい力です」
夏海さんの口にしようとした言葉を、古泉は平然と肯定する。
さすがに衝撃を隠しきれない様子の夏海さんだったが、士さんにとってはたいしたインパクトではなかったらしい。
「だいたいわかった。つまりは、その涼宮ハルヒとかいう奴が鍵を握ってるわけだな。
なら、さっそく会いに行ってやろうじゃないか。俺がやるべき事の手がかりがつかめるかもしれないからな」
言うが早いが、士さんは写真館というかこの部屋を出て行こうとする。
どうでもいいがこの部屋、明らかに広くなってるよな? どう考えても、教室一つ分の広さに収まるスペースじゃないぞ。
物理法則はどうなってしまったんだ。この部屋自体の空間が歪んでるのか?
「待ってください、士君!」
俺がそんな戯言を頭の中に巡らせていると、夏海さんが士さんを呼び止めた。
「なんだ、夏みかん」
「その涼宮さんが今どこにいるのか、わかってるんですか?」
「……」
数秒の沈黙の後、士さんは視線を俺に向けてきた。
「そこの少年、案内しろ」
「いや、会ってどうなるものでもなさそうというか、会わせるとまずいというか……。
それに俺は少年じゃなくて……」
俺が自分の名前を士さんに告げようとした、まさにその時。一人の少女が写真館に姿を現した。
言わずと知れた我がSOS団の最終兵器、長門有希である。
「おう、長門か。遅かったな。お前ならもう理解してるかもしれないが、今ちょっと非常事態で……」
俺はやってきたばかりの頼れる少女に現状を説明しようとしたのだが、長門はそれを全く気にも留めずとんでもないセリフを口にした。
「非常にまずい事態。涼宮ハルヒが拉致された」
「な……何ーっ!?」
続く
「おや、ここで一緒になるのは珍しいですね」
その途中、古泉に出くわした。どうせ出くわすなら朝比奈さんとの方がよかったが、そんな愚痴を言ってもどうにもならないので現実を受け入れよう。
「涼宮さんはどうされました?」
「職員室に用があるから、先に行ってろだとよ」
「そうですか。では、素直に部室で彼女を待つことにしましょうか」
そんなたいして中身もない会話をしているうちに、俺たちは部室の前に着いていた。
いつものように、入る前にドアをノックする。
「どうぞ」
中から返ってきたのは、若い男の声だった。ここで、俺と古泉は思わず顔を見合わせる。
なぜならSOS団の男子団員は俺と古泉で全員なのであるからして、俺たちがここにいる以上、男の声が中から聞こえてくるという状況は考えづらいのである。
いちおう、アホの谷口や国木田やコンピ研部長氏が部室に来ているという可能性もゼロではない。
だが彼らは部外者だ。一人で部室にいるとは考えにくい。誰か他の団員と一緒にいるのならば、返事はそちらが返すべきではないのだろうか。
とまあいろいろ考えてみたわけではあるが、結局のところ結論は出ない。
ならば直接確かめてみるしかないだろう。俺はもう一度古泉と目配せすると、ゆっくり部室のドアを開けた。
「いらっしゃい」
……ありのままに今起こったことを話そう。
『俺は部室のドアを開けたはずが写真館にいた』
何を言ってるのかわからないだろうが、俺も何が起きたのかわからなかった。
俺は慌てて扉の外に戻り、確認作業を行った。だがたしかに、そのドアの前には「文芸部」の文字が掲げられている。
間違いなくここは、SOS団部室に成り果てたかつての文芸部部室であるらしい。
ええい、いったい何がどうなってるんだ!
◇ ◇ ◇
「私が作ったクッキーなんだけど、よかったらどうぞ」
「では、遠慮なくいただきます」
「……」
「あなたはいただかないのですか?」
「申し訳ないが、そんな気分じゃない」
「そうですか。では朝比奈さんはいかがされます?」
「あ、私はもらいます」
数分後。俺と古泉、それに俺たちのすぐ後にやってきた朝比奈さんは、光写真館の主である光栄次郎さんから紅茶とクッキーを振る舞われていた。
と言っても、俺はまったく手をつけていないが。何せ、この状況が不可解すぎる。
「それにしても、無数の世界をまわる旅ですか……」
「ええ、簡単には信じてもらえないかもしれませんけど……」
「信じるしかないでしょう。見慣れた場所がこんな有様になってたんじゃ」
俺が会話している相手は、栄次郎さんの孫娘である光夏海さんだ。
俺たち三人は、彼女からこの異常事態に関する説明を受けていたのである。
夏海さんの説明を信じるのならば、彼女たち一行はこの写真館ごと様々な世界を巡る旅を続けてきたらしい。
つまり、俺たちから見れば異次元人ということになる。
普通の人間ならこんな話、頭のネジが外れた人間の戯言と聞き流すのかもしれない。
だがすでに宇宙人と未来人と超能力者の存在を認めている俺としては、異次元人だけをつまはじきにするわけにもいくまい。
それに、ただの電波受信しちゃってる人間がこんな怪現象を起こせるはずがない。
「しかし……なぜ俺たちの部室があなた方の写真館に?」
「それはわかりません……。迷惑をかけているというのは理解してますが、私たちにはどうにも……」
「元に戻したいなら、俺たちがこの世界でやるべき事を果たせばいい。
もっとも、それが何かがさっぱりわからないんだがな」
夏海さんの言葉を遮るようにして、新たな声がその場に響いた。
声のした方向に視線を向けると、どうやら声の主は奥の部屋から出てきた茶髪の男らしい。
うちの制服を着てるが、生徒なのか? 年齢的に少々無理がある気がするが……。
「あの人は?」
「門矢士君です。いちおう、うちのカメラマンということになってます」
「いちおうとか言うな」
夏海さんの紹介に、士という名前らしい男性は不満たらたらといった風情の反応を見せた。
「昼休みの間に少し校内を見て回ったが、この世界は平和そのものじゃないか。俺たちに何をしろって言うんだ」
「たしかになあ。仮面ライダーも怪人もいないんじゃ、俺や士がやらなきゃいけないことなんて見当付かないよ」
士さんの言葉に、いつの間にか部屋の中にいたもう一人の青年が相槌を打つ。
後で聞いたところによると、小野寺ユウスケさんというお名前らしい。
まあそれはおいといて、まず俺は自分の聞き慣れない単語について尋ねることにする。
「あの~、つかぬ事をお伺いしますが、仮面ライダーとは?」
「ああ、そっか。ライダーがいないんじゃわからないか。
仮面ライダーって言うのは一言で言うのは難しいんだけど……。
まあ悪と戦う正義の戦士だと思ってもらえればいいかな」
正義の戦士と来たか……。俺は自分の中でいやな予感がふくれあがっているのを感じながら、さらにユウスケさんに尋ねた。
「さっきの話しぶりからすると、あなた方も仮面ライダーなんですか?」
「まあね。俺と士も仮面ライダーなんだ」
「なるほど。ありがとうございます」
俺はいったんユウスケさんとの会話を打ち切ると、すぐ隣で暢気にクッキーなど頬張っている古泉に話しかけた。
「おい、どう思う?」
「何がですか?」
「しらばっくれるな。お前も想像ついてるだろ。昨日のハルヒの発言だよ」
◇ ◇ ◇
話は前日にさかのぼる。休日恒例の不思議探索に駆り出された俺たちSOS団は、当然の事ながらなんの成果も上げることなく帰路に着こうとしていた。
その途中、映画館の前を通りかかったところでハルヒがふいに足を止めたのである。
「おい、どうしたハルヒ」
そう言いながら、俺はハルヒの視線をたどる。その先にあったのは、とある映画のポスターだった。
「劇場版・超光戦士シャンゼリオンかあ……」
「ああ、これ聞いたことあります! 今、子供たちの間ですっごく流行ってるヒーローなんですよね!」
朝比奈さんが話を合わせにいくが、ハルヒは珍しく薄いリアクションしか見せない。
その視線は、ひたすらポスターに注がれている。
「正義のヒーローねえ……」
「おい、ハルヒ」
どうにもいやな予感がして、俺はハルヒに話しかけた。
「まさかお前、シャンゼリオンを探そうとかそういう突拍子のないことを言い出すつもりじゃあるまいな」
「何バカなこと言ってるのよ、キョン。いくらあたしでも、フィクションと現実の区別ぐらいつくわよ」
「だよな……。悪かったよ。俺の考え過ぎだった」
ここでいったん、俺は心の平穏を取り戻した。だが次の瞬間、その平穏は実にあっさりと崩れ去るのである。
「でもさあ……。フィクションの中のヒーローは実在しなくても、現実にだってヒーローがいてもいいと思わない?」
「は? すまん、ハルヒ。 お前が何を言ってるのかよくわからないんだが……」
「つまり、この世界には存在を一般に知られていない正義の味方がいるんじゃないかってことよ!
ねえ、みくるちゃん! どう思う?」
「ふえええええ!? わ、私ですかあ?」
哀れなことに、予想の斜め上の展開から話題を振られた朝比奈さんはこれでもかというぐらいに戸惑う。
まあ、そんな姿もまたかわいいのだが。
「で、でも、今の世の中で正体どころか存在すら気づかれずにテレビみたいな正義の味方やるなんて無理なんじゃ……」
朝比奈さんの意見は、実にまっとうなものであった。だがハルヒの無理は、そんな道理をいとも簡単に叩き折る。
「甘いわ、みくるちゃん! 一般の技術の上を行ってこそのヒーローなのよ!
きっとあたしたちが知ってるような科学技術より数倍優れた技術をヒーローは持ってるんだわ!
それを使って、情報を完全に隠蔽しているのよ!
あるいはアメリカ政府あたりがバックに付いていて、徹底的に機密保持を行っている可能性も捨てがたいわね!」
まったくついていけていない俺や朝比奈さんをよそに、ハルヒはさらに熱弁を振るう。
「残念だけど、今のSOS団は団員たった五名の小規模団体……。ヒーローの情報操作能力に立ち向かうにはあまりに戦力不足だわ……。
けどいずれSOS団を天下に名だたる巨大組織にした暁には、きっと社会の闇に潜んだヒーローを見つけ出してみせるわ!」
恐ろしく熱のこもった台詞を吐くハルヒ。俺はそれを、ただ生暖かい目で見守っていたのであった。
◇ ◇ ◇
とまあ、ここまでが昨日の出来事である。
「つまりあなたは、こう言いたいのですね。涼宮さんがヒーローの存在を願ったために、異世界のヒーローである彼らをこの世界に呼び寄せてしまったのではないかと」
「ああ、そうだ」
「その涼宮さんっていうのは、いったい……?」
俺たちの会話を聞いて、疑問に思ったのだろう。夏海さんが、ハルヒについて俺たちに質問をぶつけてくる。
それに答えるのは、古泉の仕事だ。
「涼宮ハルヒさんは、僕たちが所属するSOS団という団体のリーダーです。なかなか魅力的な方ですよ」
「そんな情報はいい。そいつが俺たちとどう関係あるのか話してもらいたいんだ」
「せっかちですねえ。そう言われなくとも、今からお話しするつもりだったんですが」
士さんの催促に見る者を微妙に苛立たせるスマイルで返し、古泉はなおも続ける。
「彼女は自分では気づいていませんが……。この世界を自分の願望通りに変化させる能力を持っています。
つまり、彼女が心の底から願ったことは現実に起きてしまうわけです」
「なんですか、それ。それじゃまるで……」
「ええ。神にも等しい力です」
夏海さんの口にしようとした言葉を、古泉は平然と肯定する。
さすがに衝撃を隠しきれない様子の夏海さんだったが、士さんにとってはたいしたインパクトではなかったらしい。
「だいたいわかった。つまりは、その涼宮ハルヒとかいう奴が鍵を握ってるわけだな。
なら、さっそく会いに行ってやろうじゃないか。俺がやるべき事の手がかりがつかめるかもしれないからな」
言うが早いが、士さんは写真館というかこの部屋を出て行こうとする。
どうでもいいがこの部屋、明らかに広くなってるよな? どう考えても、教室一つ分の広さに収まるスペースじゃないぞ。
物理法則はどうなってしまったんだ。この部屋自体の空間が歪んでるのか?
「待ってください、士君!」
俺がそんな戯言を頭の中に巡らせていると、夏海さんが士さんを呼び止めた。
「なんだ、夏みかん」
「その涼宮さんが今どこにいるのか、わかってるんですか?」
「……」
数秒の沈黙の後、士さんは視線を俺に向けてきた。
「そこの少年、案内しろ」
「いや、会ってどうなるものでもなさそうというか、会わせるとまずいというか……。
それに俺は少年じゃなくて……」
俺が自分の名前を士さんに告げようとした、まさにその時。一人の少女が写真館に姿を現した。
言わずと知れた我がSOS団の最終兵器、長門有希である。
「おう、長門か。遅かったな。お前ならもう理解してるかもしれないが、今ちょっと非常事態で……」
俺はやってきたばかりの頼れる少女に現状を説明しようとしたのだが、長門はそれを全く気にも留めずとんでもないセリフを口にした。
「非常にまずい事態。涼宮ハルヒが拉致された」
「な……何ーっ!?」
続く
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