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大宰府天満宮の参道。
屋久島から鹿児島空港へ飛び、そこでレンタカーを借り、熊本を目指す。
今回の旅はシルバーウイークに重なり、飛行機のチケットや宿の手配で娘たちが相当苦労してアレンジした。
飛行機のチケットも東京の娘のマイレージ利用なのでルートや日程に制限がある。
それぞれのダイヤにマイレージ利用者の数の制限がある様だ。
宿も現在の全国的宿不足傾向で、それぞれ狙った街での確保が困難だ。
博多か福岡に泊まる希望が、一杯で福岡から1時間ほどの原鶴温泉になった。
鹿児島観光は諦めそのまま熊本に向かった。
目的は熊本城だ。
私は、10年ほど前、御殿が新築された直後に訪れたことがある。
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熊本城 本丸やその周辺には余分な建物がなく、気持ちのよい広さが広がる。
中心の天守閣と櫓は後代に鉄筋で再建されたものだが、御殿は昔ながらの木造でほぼ忠実に再建されている。
韓半島の人々にとっては憎き加藤清正の居城にもかかわらず、彼の地の客が大勢訪れている。
九州は確かにアジアに近い。
城の一角に残る細川刑部の屋敷はほぼ昔の儘に保存公開されている。
畳と縁側の佇まいは今ではあまり経験できない生活空間だ。
宿を取った原鶴温泉は福岡に入る前、鳥栖で大分道に枝分かれしたところに位置する。
福岡博多の奥座敷といった所か。
やはり客は一杯だ。
娘によると浴室が畳敷きになっているのがこの宿の名物らしい。
確かに浴槽以外の洗い場などが全てビニール製の畳でおおわれているが、その上で湯を使い流すのはどうも落ち着かない。
水捌けはよくて、上辺に水はたまらないがなんとなく清潔感は乏しいように思う。
宿の食事にも飽きてきているので、牛肉と豚肉の陶板焼きも、鮎の塩焼きに何か詰め物をしたものが出されたが手を付ける気になれなかった。
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大宰府天満宮本殿。
翌日は福岡へ入る前に大宰府に寄った。
午前中まだ早いのに参拝客がやはり多い。
受験などとは縁がなくなって久しいので忘れていたが、参拝客の中にそれらしい青少年の比率が高い様だ。
前回の訪問時に観ることの出来なかった国立九州博物館を参観すべく、10時の開館を30分ほど待った。
敬老の日で参観料が無料になっていた。
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大きな4階建ての中に展示は4階のワンフロアーだけだった。
展示のテーマはやはりアジアとの繋がりだった。
それなりに興味の持てる展示だったが、時間に追われて1時間も滞在できなかった。
昼は博多でもつ鍋を食べたいということだったので、お目当ての店に開店早々の11時に着いた。
予約はできない店だったが、この時間なら座れるだろうとたかをくくっていたら、もう既に何十組かの列が出来ていた。
諦めた。
ほかの店を探そうとしたが、娘の一人がそこの店以外では食べたくないと強情を張るので、街での昼飯はよしにした。
羽田へ帰る娘は地下鉄で空港に向かい、静岡空港へ飛ぶ我々は車で向かった。
空港でカレーライスを食べた。
静岡空港へ着陸する前は御前崎の岬を大きく迂回して、駿河湾口から侵入する。
その時遠州灘の上を通過するので、我が家が望めるかも知れないと期待した。
九州四国では晴れていた空も空港上空は曇りだとのアナウンスだった。
しかし近づくと浜名湖上空辺りから雲が切れ始めた。
遠州灘の海岸線がきれいに見ることができた。
原子力発電所の敷地や新野川もよく見えたのに、我が家の上空だけに千切れ雲がかかって目視できなかった。