昨年10月に田部井淳子さんが亡くなられた
田部井さんは尾瀬保護財団の理事をされていたので2度程お話をしたことがある
今思えばステージ3Cの腹膜癌で余命3か月言われた2013年3月と脳に転移が見つかった2014年10月の間の2013年9月と2014年6月だった
2013年9月の尾瀬サミットでは講演も聞かせていただき、東日本大震災被災地区の東北の高校生を富士登山に連れていく話などされ癌に侵されている話など露程もされなかた
2013尾瀬サミットでの講演
前列右端が田部井さん
2度目の癌を患った2012年以降、海外の山だけでも20か国以上出かけており
2014年に癌が脳に転移してからも再発を公表せず、抗がん剤の副作用に苦しみながらも多くの山に登り、講演やTVや雑誌の取材を受けていたそうだ
2014年7月に抗がん剤治療を止めた後も「日常生活」である山登りを続けた
入院し胸にたまった水を抜いた翌日、東北の高校生と富士登山
癌に苦しみながらも亡くなる3か月前まで日常の山登りを続けられた
この本を読んでいるうちに少しばかり自分が情けなくなってきた
田部井さんは、「病気になっても、病人にはならない」とも言っておられる
そんこともあり、山歩きを再開する準備にとまずはスキーに行ってきた
朝の内は小雪パラつく曇りだったが午後には晴天
日光白根山が山頂まで良く見え爽やかなスキーが楽しめた
本のあとがきに御自身も山登ラーの御主人が奥さんの山行について
「家族のお金を使うのだから妻が女性初に挑戦した方が良い、男の僕が登っても自己満足にしかならない」
と書いておられる。正に内助の功なのだろう
しかし
「妻が海外遠征に行っている間、メキシコのバイクレースに参加したり、子供をサイドカーに乗せてアメリカ横断をしたり」
と好きなことをしていたそうで安心した
本の帯にある「みなさん本当に ありがとう!! 百万遍も ありがとう!!」は
亡くなる5日前に書き残した言葉だそうだ
御主人によれば
「僕ら家族に向けた言葉であるでしょうが、全身で山を楽しみ、人生を謳歌した登山家を支えてくれた多くの人に向けた、素直な感謝の気持ちだったと思います。」と綴られている
田部井さんは自分に素直に生きられ、何の曇りも無く幸せな人生だった様な気がする
(合掌)
田部井さんの山への情熱、東北への思いには感動させられます
御主人はかかあ天下で有名な我が群馬県人
理想の組み合わせだったと思います
病気になっても病人にならぬよう
愚妻の顔色を伺いながら山歩きを続けたいと思う
今日この頃であります
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