limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 75

2019年12月13日 12時45分56秒 | 日記
8月がスタートした日、田納取締役の光学機器事業本部長就任も正式にオープンになり、いよいよ“開戦”の日へ向けてのカウントダウンが始まった。O工場の浜総務部長が帰った翌日、大きなダンボール箱が僕宛に届いた。「なんじゃこりゃ!めちゃくちゃ重たいぜ!」鎌倉が思わず悲鳴を上げた代物は、用賀事業所からの“贈り物”だった。「鎌倉、美登里を呼んでくれ!至急、検討を始めたい!」「そりゃいいが、中身は何なんだよ?」「新機種230AFシリーズの図面さ!用賀の城田と長谷川に依頼して、“直近の図面一式”を送らせたのさ!サンプルもあれば“寄越せ”と言ってあるから、重たい訳!」「用賀のツテを頼った訳は?」「O工場の設計に言えば“筒抜け”になっちまうだろう?城田と長谷川なら、山ほど“貸し”があるから、“裏取り”にも協力してくれると踏んだのさ。奴ら“これでチャラですからね!”何て抜かしてたが、“気が付いた点は教えてください!”とも言ってたから、指摘する事があれば、双方に取って“利”があるって事!」箱を開けながら言うと「転んでも“タダ”では起きないか?まあ、いい。美登里を呼んで来るさ」鎌倉はインターフォンで美登里を呼んだ。基本的には、男女の寮に異性は立ち入り禁止だが、男子寮の談話室だけは、例外で“寮生会”の会場もここだった。5分もしない内に、美登里は飛んできた。「さて、解読に挑むぞ!美登里、外装パーツとフレキ及び基板の図面を当たってくれ!僕は、ボディとその他の機種の図面を当たって見る!」「了解です!」2人で図面の解読に挑み始める。鎌倉は、専門外なのでこの手の作業には向かないから、サンプルの開梱に当たる。「Y、これがボディらしいな!」「どれどれ、ふーむ、これでまず1つ謎が解けた!」僕はサンプルを手にして子細に見入った。「何が分かりました?」美登里も続けて手にする。「樹脂成型の型に、レール板をセットして樹脂と一体化する手口だよ。これなら、1発でボディが出来上がる!工数が一気に減らせるな!」「でも、ネジ穴はどうするんだよ?」鎌倉が核心を突いた。「“タップビス”を使うつもりだろう。ネジを使うと思われる場所の穴がやたらと深いのが特徴さ。屑が詰まらない様に考えてある!ミラーボックスとの合体面は、全てレール板に面してるし、これなら強度を保ったまま、軽量化と組立工数の削減を両立出来る寸法だ!」「でも、レール面はどのタイミングで引くんだろう?」美登里も核心を突いた。「どうやら、最終調整の直前に引く様だぜ!パトロネ室の穴を見ろ!DX接点が入る穴以外に縦に5つ小穴が開いてるだろう?レール面を引いた後、そこからメモリーにデーターを書き込んで調整をするつもりだろうよ。これで、半固定抵抗は不要になるから、作業も楽になる!」「へー、これで“個体差”も含めて微調整が正確になりますね!」「今回は、AFだからな。フランジバックが多少ばらついても、個体毎のデーターさえ正確に書き込めば、AFセンサーがばらつきを補正しちまう!良くここまで詰めたもんだ!」「でも、この270AFってどう言うコンセプトなんだろう?カバーがやたらと大きく作ってありますよ?」「それは、長谷川に聞いた事がある!“単3電池4本ないし、6本で動かすとしたら、下駄を履かせるしかありませんから”ってな。230AFシリーズの基本電池は“2CR5”って言うリチウム電池。グリップ部分に装着する事になってるが、下位機種の220AFでは、“バッテリーボックス”って言う別部品で単4電池4本でも動かせる様にしてある!だが、単4電池も手に入るか分からない、ヨーロッパや中南米には、単3電池が不可欠だ。だから、全体を大きくしてバランスを取って、底部に単3電池を押し込むスペースを作った。実質は4機種を同時進行で開発した事になるんだよ!」「230・210が国内向け、220・270は海外向けか?」鎌倉が聞く。「上カバーの印刷図を見れば分かるだろう?YAブランドは海外。KYブランドは国内。270は実質欧州向け専用機だろうな。そして、いずれは“中東向け”の話も出るんだろうよ」「あの、趣味の悪い“金ピカ仕様”ですか?」美登里が苦虫を噛み潰したような顔で言う。「しょうがないだろう?“金ピカ仕様”にしないと、アラブでは見向きもされないんだから!YKGが泣き付いて来るのは、時間の問題さ!」「成金趣味は置いといてだな、これである程度の進み具合は割れたんだろう?」鎌倉が言う。「基本仕様と骨格が完成したのは、分かった。サンプルの種類から見ても、型も制作し終えたと見ていいだろう。問題は、ボディの生産方法だな!試作段階なら半自動で作れるが、量産となると、どうするつもりなのか?“ロボットを考えるか?人手でやるか?結論は出てません”って、城田も書いてる。サンプル品を見る限り、自動化は厳しいだろうな。レール板のばらつきもあるし、そもそも、型にはめ込む段階でキツイはすだ!」「どうして分かるんです?」美登里が首を傾げる。「精度の問題さ!画面サイズがばらついたら話にならん!ピッタリに作らないとダメだろうよ!となると、冷えた板を温めるかどうかしないと、ブラックアルマイト処理が剥げる恐れがある!それに、樹脂が完全に冷えて固まるまで、どうしても24時間はかかる。試行錯誤の末に辿り着いた結論だ。今からやり直しって話は出来ないだろうよ!」「確かに、樹脂部品は縮みますからね。それを計算しての精度確保だとしたら、今からの工程変更は無理ですね!」美登里が飲み込んだ様だ。「フレキと基板はどうだ?」「CPUが3つ、それに付随するROMもかなりあります。測光とAFは、独立したCPUで動かして、残りが“統括CPU”って感じですかね。プログラムの量はかなり膨大になると思いますよ!液晶画面とボタン類の基板の裏も、余さずに取り回さないと収まり切りませんね。フラッシュを独立させたのは、コンデンサーを置く場所を節約したんじゃないかな?」「あり得る話だな。しかも、電源を本体から取る意味も、チャージ時間を短縮させる腹だろう。概ね8割方は、終わってるよ!残るは、量産に向けての技術開発とプログラムの完成度とレンズだな!50/1.4ないしは、50/1.8が未完成って事が不思議だよ!他のズームレンズは終わってるのにな!」「と言う事は、最終段階に入ったと見ていいのか?」鎌倉が聞く。「最終量産試作の手前で止まってるってとこだろうな。メドが立てば一気に進行し始めるだろう。それにしても、まあ、良くやってるよ!200名欠けてるのにな!」「O工場としても焦ってるって事か?欠員は1人でも補充したい!だから、総務部長が行脚に来たか?」「鎌倉、今直ぐにも人手は欲しいんだよ!だが、“半年”の縛りで困ってるし、国分側が強硬姿勢を崩さない!ジレンマに悩んでるってのが正解だろうよ!」「それに、サブ・アッセンブリーを始める時期が迫ってます!ユニット毎の進捗は不明ですが、蓋物なんかは、そろそろ始めてるかも!」「試作はやってるだろうよ。だが、数は多くないだろう。型に焼き入れをするには、1週間前後は必要だ。まだ、そこまで進んでは居ないだろうよ。“合わせ”をクリアするのと、肉抜き箇所の洗い出しはまだ残ってる可能性がある!」「どちらにせよ、最終段階には来てますね。今月でクリアすれば、年内発売で動くでしょう!」「“クリア”すればな。“白ROM”を使えば、不可能じゃないが、AFだけに下手な事はしないだろう。生産する機種の数も多い。営業の販売戦略もあるし、海外展開もある。10月にスタートするのが順当だろう。焦っても結果は付いて来ないからな!」「やはり、第2次隊の“帰還”を待つ方向ですね!Y先輩、厳しい戦いになりますよ!」「ああ、楽には勝てないだろうな。だが、国分も譲る気配は無い!血みどろの戦いになるぞ!」美登里の問いに、改めて“いばらの道”を進まねばならない運命を見た気がした。

僕等がO工場の“進捗状況”を把握していた頃、“安さん”も着々と手を繰り出そうとしていた。品証の井端責任者には、事業本部の“品質会議”での“釘打ち”を約させてはいたが、「それだけでは足りん!“事業本部会議”とブロック会議で、更に“圧力”をかける!本部長が“必ず実行する”と明言するまでは、決して手を緩めるな!」と言い続けていた。「しかし、ウチの本部長は“副社長”で、しかも“次期社長”の最有力候補。“平取”の田納さんとは“格”が違いますよ!如何に“会長の秘蔵っ子”とは言え、“力の差・発言力”は雲泥の差があります!これ以上、何をやるんです?」と井端さんは勝った気で言った。「井端よ、その慢心が隙を生み、田納さんに付け込まれる元となるのだ!攻めて攻めて攻め切る!グウの根も出なくなるまで、突き詰めなくては“信玄”は勝ち取れん!油断大敵!剣を手に攻め込んで行け!」と激を飛ばし続けていた。「徳永、下はどうなっとる?」「既に“信玄ありき”での体制を取り始めています。前も後ろも、“信玄”の動きに呼応して、生産体制を可変化させる様に、下山田も橋元も逐一調べ上げてます!徳田と田尾は、先行計上に余念がありませんし、検査と返しは“信玄”の采配で進んでます!」「うむ、いよいよ、“信玄”に全行程の采配を任せる時が来たな!次月、9月は格好の舞台になるだろう。ここで、“大戦果”を挙げれば、もう誰も疑う者は居なくなる!そのためにも、日々の進捗管理から目を離すな!勝負は、盆明けになる!“信玄”自らも狙いに来るだろうが、戦える環境が無くては全てが水泡に帰す!徳永、川内を煽れ!徹底して前倒しを急がせろ!」「はい、明日にも直接出向いて、依頼をかけます!」「うむ!次は、O工場へ“矢と鉄砲”を撃ち込まなくてはならんな!“卑怯な真似をした”責任は重い!有村!至急、田納さんへこの書簡を送り付けろ!“2度と下手な真似はしません!”と言わせなくては、枕を高くして眠る事すら出来ん!急げ!」「はっ!」“安さん”は遂に“開戦”に踏み切った。初手は、田納さんへの楔だった。この“矢と鉄砲”を皮切りに、国分の各事業部も一斉に射撃に踏み切った。血で血を洗う争いは、国分側の攻撃から始まったのだ。

「マズイな!ここまで、国分側が強硬に出て来るとは、思わんかった。O工場がしでかした“不始末”を突かれると何も言えん!」“安さん”からの書簡を見た田納本部長は、苦り切った表情で言った。田納さんのセットで入れ替わった、副本部長の表情も強張っていた。「関係各所への挨拶回りは、後回しや!O工場へ一刻も早く行かねばならん!これ以上の“一斉射撃”を喰らう前に、国分側と“和解”へ持ち込まなあかん!」田納さんの焦燥感は強くなるばかりだった。既に、各事業本部長からは、“一部の者は帰せない!”との通告が届いていた。そこへ、現場レベルからも“帰すに及ばず!”の通知が舞い込んだのだ。「しかし、これは異様ですね。上からも下からも攻撃を喰らうのは、想定外です!」と副本部長も言う。「甘いからや!期限より前に“都合があるから帰してくれ!”などと言うからや!これで、やりにくくなってしもた。これ以上放置しとったら、もっと悪くなるばかりや!釘を、五寸釘をブスブスと打ちに行くで!明日は無理やから、明後日には乗り込む!O工場に連絡を入れとけ!全員に説教をたれんと、ほんまに“戦争”になるで!まだ、“局地戦”の内に治めさせんと、流血の惨事になってしまう!電話とメールのダブル攻撃で、“ワシが行くまで動くな!”と言っとけ!」「はい、直ちに!」副本部長は連絡に動いた。「アホが!安田や岩留の恐ろしさを知らんから、こうなるんや!まずは、穏便に“和解”へ持ち込んでからや!」田納さんは、国分からの砲撃に対して応ずる事を禁じた。“どうすれば帰してくれるか?”新本部長は、静かに計算を始めた。

8月は“盆休み”があり、“中抜け”してしまう月である。早いところは、中旬に向けて“減産体制”を取り始める。特に“焼成炉”を抱えている事業部は、初旬から手を付けないと、止められなくなってしまうのだ。無論、止めない事業部もあるが、大抵はメンテナンスも兼ねて、止めるのが普通だ。前後合わせて2週間の準備期間が迫ると、勤務シフトも変わって来る。4直3交代を組んでいる職場は、順次“休暇”を入れ込み始めるし、生産調整で暇になるケースが出て来る。残業も減って、寮も賑やかさを取り戻すのだ。第1次隊の連中は、この機会に余計な荷物を送るか、持ち帰るべく荷造りに追われ始めた。4月に着任してから、久々に故郷に戻れるとあって、ワイワイと騒ぐ者も居た。そんな中、「Y、どうしても“帰らない”のか?」と田中さんが説得に来た。「“誘拐”されたらそれまでですからね!危険を冒してまで帰る理由がありますか?」とはねつけるが「向こうも反省してる!そんな卑怯な真似はせんから帰ろう!」と半ば強引にチケットを押し込んで来る。「旅費などいりません!こっちで自由気ままに過ごしますよ!ご心配なく!」とチケットを突き返す。「うーん、お前だけだぞ!強情なのは!いや、もう1人居たな。美登里も“帰らない”と言ってる!首に縄をかけても“連れ帰れ!”との命が来ているのに、どうすればいいんだ?」田中さんは呻いた。「それこそ、“誘拐する”口実じゃないですか!休暇をどこで過ごしても自由なはずです!僕は、ここで過ごします!休むんですから、別にいいじゃありませんか!」と言い返すと、「O工場の失態だな。“信用が得られない”を理由に返事は出して置くが、くれぐれも仕事をするなよ!休暇は休んでナンボなんだからな!」と田中さんは、取り敢えず引き下がった。美登里が帰らない理由が何なのか?僕は知らなかったが、ヤツもそれなりの覚悟があるのだろうと推察した。「さて、どうやって暇を潰すかな?」僕は南九州の道路地図と睨めっこを始めた。寮の車は既に差し押さえてある!これまでに、走破していない地点を洗い出して、ルートを探り出す。1日で1周が基本なので、5ルートは考えねばならない。後半の3日ないし4日は、恭子達が手を回してくれるはずだ。それまでをどう過ごすか?意外と難題なのに気付いてしまった。「まあ、何とかなるさ!」もう直ぐ鎌倉が上がって来る時間だ。アイツは「偵察も兼ねて見定めて来る!」と言っていた。O工場の近況は、帰った連中の証言から推定出来るだろう。「それにしても、最近、静か過ぎるな?O工場も国分も」僕は田納さんが、応戦せずに“和解”へ動いている事実を把握していなかった。国分側の“開戦”に対して、“静観しろ!”と田納さんが止めた事実を知らなければ、帰らない理由は無かっただろう。だが、そんな情報は皆無であり、聞こえても来なかったのだ。一時的な“情報喪失”に寄って、僕は“大手を振って帰る機会”を誤ってしまったのである。

さて、ここで時間を少し巻き戻して、7月末から8月2日までの事を時系列で整理して置こう。7月末の金曜日の夜は、恭子の指定日なので、2人で過ごしたのだが、明けて土曜日は、実里ちゃんとの1日が待っていた。“車内好き”の彼女とは、隠れる場所さえあれば逢瀬に及ぶハードな旅路ではあるが、久々に2人きりでのドライブに出かけた。「何処まで行きます?」彼女はウキウキとして聞いて来た。「ふむ、これまでの空白地帯は何処だろう?」僕は、改めて考えるとハタと考えに詰まった。大概の場所へは行き尽くしているのだ。新規ルートを開拓するなら、県外へ出るしか無かった。それも、北側の熊本方面か?宮崎北部ぐらいしか思い付かない!「ちょっとストップして!」路肩に車を停めてもらうと、地図を広げて2人して考える。「薩摩・大隅、大抵行き尽くしてるよな。季節柄、行くなら海だが、年中暖かいこっちだと、敢えて選ぶ意味が無い」「そうですね。空白地帯かー。何処だろう?」実里ちゃんも必死に考え出す。「あった!枕崎の坊津へ!」「南の果てですけど、ここは何か?」実里ちゃんが小首を傾げる。「平安の頃から、唐へ行く船はここから、大陸を目指した。今しか行く時は無いかも知れない!」「高速から指宿スカイライン経由、一般道ですね!了解です!飛ばしましょう!」実里ちゃんが車を出す。「高速に乗る前に食料と水を買わなきゃ!」「それなら、加治木ICの手前で済ませましょう!後は、飛ばしますよー!」“トッポ”は軽快に道を進んで行く。スーパーで食料と水分を買い込むと、車の後席に妙な包みを見つけた。「なんだこれ?」「制服です!先生と生徒の気分でどうです?」思わずブッ飛んだが、彼女の趣味なら受け入れるしかない。高速の乗り入れると、可能な限りスピードを上げた。先は長いのだ。警察に注意しつつ可能な限り先を急ぐ。「あたしの高校時代の制服、まだ着られるんですよ。いつもと違う雰囲気でするのも悪くないでしょう?」実里ちゃんが助手席で笑う。「セーラー服?」「はい!スカートは短めですよ!」彼女は、すっかり乗り気だった。「Y先輩、高校時代の制服は何でしたか?」「ブレザーにネクタイだよ。女子にはインナーにチョッキがあったな」「スカートは?」「ブレザーと揃いのタイトスカートさ」「オシャレですね!あたしは、中高共にセーラー服ですよ。多少はデザインは違いますけど。今日は、高校時代のモノを持って来ました!でも、ネクタイかー!憧れますね!色は?」「濃いワインレッド。裏にイニシャルが白い糸で刺繍がされてた。無くしても分かる様に配慮したんだろうな」「もしかしたら、当時の“彼女さん”と交換しませんでした?」「当たり!幸子と交換してた!」「あー、やっぱりか!タイピンとかは?」「一応はあったけど、2ヶ月で無くなったな。堀ちゃんに貸して、雪枝に渡って、中島ちゃんに行った後は何処だ?今でも謎だが、見事に行方不明さ!」「どうして、そんな事に?」「テスト前の“お守り代わり”さ。苦手な教科はバラバラだろう?僕の得意分野が苦手だって事もあって、奪い合いになってさ、“貸してくれ”で貸し出したら、戻って来なかった。でも、その後、5個は常時持ってたな?女子が“無いと困るよね?”って言って自分のヤツを着けに来るんだ!タイピンにも、イニシャルは彫ってあったから、バレバレだけどね」「そう言うの凄くやりたかった!でも、出来ませんでした!悔しいなー!じゃあ、クリスマスとかは、それこそ争奪戦ですよね?」車は指宿スカイラインへと入っていく。「ああ、セーターにマフラーに手袋とかは、早い者勝ちだし、傘とかペンとか“欲しい本1冊”なんてのもあったな。マフラーと手袋は、日替わりローテーションにしても、余る程もらったな。“お返し”も苦労したし!」「因みに、何を“お返し”にしました?」「アルバムさ。2学期中かけて、“ポートレート写真”を撮りまくって、5人分のアルバムを作ったよ。隠し撮りするのに、バレ無い様に“シレっと”やるのが、意外と苦労だったな」「何枚撮りました?」「全部で200枚だったかな?1人当たり約40枚。機材は、写真部からレンタルした。現像も写真部に手伝ってもらったよ。ただ、“これ綺麗だから写真部の作品展に出さないか?”って言われて、断るのに往生させられたよ」「先輩らしいですね。高校時代から素地はあったんですね。だから、“造り手”になった?」「写す側だと、限界はあるけど、“造り手”なら自分が手掛けた、何かしらのモノを纏った製品を世に出せるだろう?例え外から見えなくてもね!」「自分が手掛けた“証”を出せるなんて、夢がありますよね。卒業する時、先輩は、後輩に“証”を遺しました?」「“校章”を継がせたよ。今日からは、君が後を継げ!って、女子に継がせた!」「それも、先輩らしいですね。男女は関係無し!実力でしょう?」「その通りさ。停学を喰らった過去はあったが、地力で這い上がった猛者だ。上田、遠藤、水野、加藤。地に堕ちて凹んでるのを、這い上がらせて“更生”までさせた。最強の布陣に託したんだ。悔いは無かったよ」「新設校で、先輩が2期生でしたよね?“礎”を築かれた訳ですが、国分工場でも同じ様な事をやられてるのが、自然に見えるのは、素地があったからですよね?」「多分ね。既存システムを“破壊”して、全く新しい土台からやれたのは、高校時代の経験があればこそだろうな。伝統も文化もOBもOGも居ない、“まっさらなキャンバス”があったから、自由にやれた。描けた。あの頃は、必死だったが、今、思えば自由を謳歌してた自分が懐かしい。現在も、限りなく近い事をやらせてくれてるが、結果が残せなくてはオシマイだから、プレッシャーとの戦いではあるけど」「それでも、結果は出てるじゃありませんか!飛ぶ鳥を落とす勢いで!」「偶然に過ぎないよ。いつまでも、ラッキーが続くとは限らない!“本番”はこれからさ!」「じゃあ、そろそろ“本番”にしましょうか?場所もいいし」と言うと実理ちゃんは車を駐車帯へ導いた。「奥のしげみの方へ寄せて!それから、しばらく外で待ってて下さい!」と彼女は言うと僕を車外へ出した。指宿スカイラインの中ほどの峰の当たりだった。「どうぞ!」と声がかかる。後部席には、制服姿の実理ちゃんが座っていた。20歳とは思えない程、制服が似合う。「さあ、先輩、抱いて下さい。あたし、もう我慢出来ない!」彼女は、唇を重ねて舌を絡ませると、手を下に導く。バンティは濡れ出していた。「いけない先生ですね。最後まで責任取って下さいね」実理ちゃんは、上を取った。片足にバンティを残したまま、息子を吸い込んだ。「あ・・・、いつもより・・・硬くて・・・、大きい!下から突いて下さい」腰を使って彼女もねだった。“コスプレ”になった“初戦”は激しく求め合う事になり、互いに思いがけず“燃える”事になった。

途中から、指宿スカイラインを外れて、南西方向へ一般道へ降りると、交代で食事を摂った。「先輩、お昼の“お茶会”のルーツは、どう言うモノだったんです?」「担任が生物の先生だったから、生物準備室が会場になったのは、ある種必然性があったが、何しろ入学して最初に仲良くなったのが、女子5人組だったから、“他の女子グループから因縁付けられたらヤバイ!”って思ってね、あれこれ思案した結果、生物準備室が会場になったのさ。先生にとっても僕等にとっても都合が良かったしな!」「5対1ですか!如何にもアンバランスですよね。女子グループ側から見ても、変なと言うか妙な感じには写りますよ。それで、“避難先”が生物準備室?」「ああ、茶葉には事欠かないし、茶器も揃ってたし、先輩達が1から教えてくれたし。それで、3年間昼休みに居付いた訳さ」「そう言う事を考え付くの、先輩得意ですよね!あたしも後輩として、加わりたかったです!どうして、鹿児島と長野に別れて育ったんだろう?」実里ちゃんは、憧れ続けた。「それでも、僕等はこうして出会えた。そして、お互いに愛し合ってる。それで充分じゃないか?」「いえ、高校時代から追いかけていたかった!先輩の背を追って歩きたかったです!今は、毎日見守って居られますけど、先輩には“期限”があるでしょう?あたし、また離れ離れになりたく無いんです!」実里ちゃんは、いつになく強い口調で言った。「先は分からないが、“安さん”が“残留工作”をやってるよ。“貴様は帰さん!”が最近の口癖だよ!」「えっ!先輩“帰らない”つもりですか?」「途中下車出来るか?何もかも中途半端で放り出すのは、僕の“主義”に反する。手を付けた以上は、責任を持ってやり遂げるまで帰る理由が無いだろう?」「あたし、一切聞いてませんでした!わー、残ってくれるんだ!嬉しいです!」実里ちゃんは、キャイキャイとはしゃいだ。「そろそろ、目的地に近いはずだが、目の前の峠の先かな?」「はい、どうやらその様ですね」ちょっとした峠を越えると、忘れ去られた様な入り江が現れた。「坊津です。ここが、遣唐使の港?」「ああ、京の都から、ここまで辿り着くのも大変だったはずだが、この先は文字通りの“命がけ”の渡航。どんな気持ちで旅立ったのかな?」「“命がけ”か。あたし達もそんな感じがします」“トッポ”は、入り江が見渡せる高台に停めた。強い日差し中、海風が吹き抜けて行く。「先輩、あたしと“命がけの恋”をしません?」「もう、してるだろう?」「なら、することは1つしかありませんよね?」実里ちゃんは、腕を絡ませると車へ連行した。「あたしのおっぱいが、もう少し大きければよかった?」「いや、スレンダーも好みだ。でも、濡れやすいのは困りものだな。着替えは必須だ」「大丈夫です。換えは用意してありますから!」後部席は熱い営みの舞台に変わった。

坊津の旅から帰ると、「明日は、本来なら千絵先輩なんですが、夏風邪を引かれてダウンしちゃいましたから、“代打”の方が来られます。誰が来るか?は秘密なのでお愉しみに!」と実里ちゃんが言った。「相変わらずの“底無し”だったなー。この次は・・・」「メイドさんに変身します!」「それは無しだ!」笑いながら別れのキスをして車を降りた。「とんでもない事をするなー。さて、明日は誰なんだよ?」僕は首を傾げつつ寮に入った。翌日の朝、寮の前には、見慣れない車が1台待機していた。「Y先輩、おはようございます!」車から降りて来たのは、早紀だった。「君が“代打”って事は・・・」「無論、前回のリベンジですよ!今日は負けませんよ!」と早紀が笑う。持ち時間各6時間の対局が、日曜日のメニューだった。早紀のアパートへ行き、盤を挟んで相対すると「今日は、あたしが先手で!」と早紀が言う。「いいだろう。手抜き無しで行こう!」と受けて立つ。僕は“向かい飛車”を選んだ。角は3三に据えた。互いにゆっくりと手を探り、守りを固めて行く。“頭脳戦”とは意外に疲れるモノだが、リベンジに燃える早紀は、慎重に僕の手を見極めて行った。互いに“銀冠”に組み終えると、早紀が果敢に攻め手を繰り出した。中央で駒がぶつかり、やがて膠着状態になった。手番は僕だ。ここで間違えると一気に形勢は不利になる。昼食とおやつの時間を挟んでも、難解な局面が続いた。夕方近くになって、角交換から同じ手順が3度繰り返された。“千日手指し直し局”が成立したのだ。「引き分けですね」早紀が言う。「ああ、知略の限りを尽くした。持ち時間も短いから、秒読みは無理だろうな」僕も同意して、対局は打ち切られた。早紀が、紅茶を出してくれる。盤から離れれば、通常の会話に移れる。「速攻をかけられると思ってました。囲いを省略して、機先を制されると」「それも考えたが、守りが薄いのは、1手でひっくり返されるから、腰を据えたまでだよ。そっちにも、“早繰り銀”の手があったのに、何故やらなかった?」「“信玄公”の陣形は易々とは崩れません!“鶴翼の陣形”では、“魚鱗の陣”は支えきれませんから。三方ヶ原で家康も敗れていますし、例え角を交換しても、撃ち込む隙が無い。攻防共に決め手を欠いた今回は、心理戦に敗れた結果です」と早紀は分析をした。「勝てる動きをせずに、負けない動きに徹したまでだ。“千日手指し直し局”になったら、“急戦”を選んだだろうな!」「そして、“穴熊”に組む。先輩なら、そうされるはず。“手は緩めても、負けぬ手筋を用意する”とは、流石です。8月も、“先行逃げ切り”で計算されてますよね?」「ああ、しかも“貯金”も積むさ。そうしないと、今の体制では9月が乗り切れないだろう?」「どうして、そんな手を?」「常に先を読んで行くと、後追いが少ない方がミスする確率も下がるだろう?全体を常に半月前にズラして置けば、不意の注文にも応じ易くなる。まだ、完璧では無いが、形は見えて来ただろう?」「ええ、4月とは大違いですよ!全てが一新されました。残るは前ですよね?」「それも、“安さん”が手を尽くしてるはず。この優位を保つのは、容易ならざる事だよ」「しかし、あなたの“辞書”に“不可能”の3文字はありません!必ずや切り抜けるはず。“残留”も含めて、最善を尽くして見せて下さい!」「勿論、そのつもりだ。易々と引くのは、“主義”ではないのでな!」早紀と僕は互いに笑って対談を続けた。

そして、8月頭の月曜日。パート朝礼のさなかに“安さん”が1人の女性を伴ってやって来た。最後に“安さん”が割り込みをかけて「今月から仲間に加わる原田さんだ。宜しく頼む!“信玄”ちとツラを貸せ!」と言う。朝礼を閉じると、改めて原田さんを紹介された。「こうした工場に勤務するのは、初めてだそうだ。1から教え込んでくれ!コイツは、Yだが、俺達は“信玄”と呼んでいる。ここに居るのは“武田の騎馬軍団”と恐れられる勇猛かつ優秀な“おばちゃん達”だ。奥には“女武者達”が飛び回っておる!実質的にここから後ろの指揮は、コイツにくれてある。出退勤や休暇の申請は、Yが管理しとるから、総大将の命に従えばいい!Y、貴様は1日も早く戦力となる様に鍛え上げろ!9月が愉しみになって来たぞ!では、宜しく頼む!」と言うと“安さん”は引き上げた。「えーと、まずは、作業着からですよね。今、持って来ますから少々お待ちを」僕は慌ててサイズの合いそうな作業着を探して、原田さんに試着させ、予備も含めて3着を手渡した。「通常体制、スポット・金・銀ベース優先。キャップはその都度で」と指示を送り作業を始めさせると、見学から始めた。検査工程と出荷にも挨拶に連れて行き、炉の前からの流れを追って説明して行く。「ざっとですが、分からない事はその都度聞いて下さい。基本は、この部屋がメイン。お子さんの都合などで遅刻・早退する場合は、届を書いて下さい。用紙はここの棚にありますから。それと、事前に分かっている欠勤日がある様でしたら、ホワイトボードへ書き込みを入れて下さい。何か質問はありますか?」「あの、何とお呼びすれば?」「ああ、“安さん”達は“信玄”なんて呼んでますが、基本的にYと呼んでください。歳は一番下ですから」と言って納得させる。「Y、取り込み中だが、置き場が足りねぇ!隅を借りるぜ!」と田尾が言いに来る。「了解だ。どの程度になる?」「結構あるぜ!来週にならないと動かせねぇ!」「あいよ!」「Y先輩、スポット出てます?」風邪から復活した千絵が飛んで来た。わざわざ出て来たのは、原田さんを観察する腹だろう。「15分くれ。そうすりゃあ、送り込んでも続けてやれる」「金・銀ベースもお願いしますね!」「分かってるよ。続けて送り込んでやる!キャップはその都度で行くぞ!」「はーい!」千絵が戻ると、今度は今村さんが飛んで来る。「“信玄”、追撃速度を落としてくれ!スクリーンに穴が開いちまった!」「交換と修復にどれくらいかかります?」「1時間くれ!手が止まりそうなら、他に考えて回してくれないか?」「了解です。持ち応えるだけの数量はありますから、ご安心を」「悪いね。今晩中にラッシュはかける!明日に期待してくれ!」人の出入りはいつもと変わらない。だが、原田さんには全く意味不明である。「Yさんは、忙しいけんね。あたしらが教えるたい!」西田・国吉のご両名が動いてくれた。午後からは、僕も実技指導に入ったが、意外にも筋は良い。“武田の騎馬軍団”にまた1人、有能な武者が加わろうとしていた。

あっと言う間に8月も中旬を迎え、鎌倉達が故郷へ向かう日がやって来た。定時で上がってから、寮の車を玄関先へ付ける。早めに上がった鎌倉を乗せて、鹿児島空港へと向かうためだ。大荷物をトランクへ押し込むと、美登里も乗せて車は遮二無二、空港を目指す。乗り遅れたらアウト!明日の朝まで便は無いのだ!「裏道スペシャルで行くぞ!」長期滞在の強みを活かして、車は抜け道を駆け抜ける。「Y、出来る限りの情報は集めて見るが、現場じゃないから限度はあるぞ!」「鎌倉、無理はするな!確実に戻って来い!」「香織先輩に宜しく言っといてね!」美登里も注文を付けた。空港へは予定通りに着いた。搭乗手続きを済ませると「Y、お前が帰らないのは、どうも理屈に合わんぞ!」と鎌倉が言う。「克ちゃんや吉田さんだって、戻ってるんだ。後から追って来いよ!」と言うが、「危険は冒せない。どうしても嫌な予感がするんだよ」と言ってやんわりと拒否する。「まあ、お前さんの判断だ。無理強いはしない。じゃあ、行ってくるぜ!」「気をつけてな!」僕等はロビーで別れた。「さて、お土産の宅配の手筈を取るか。折角来たんだから、それぐらいはやっとかないとマズイな」「あたしも送っとこうかな?」美登里と2人で、宅配の伝票を書いた。しばらく、ロビーをぶらつくと「先輩、これからどうします?」と美登里が聞いた。「社食でメシを食うか?そっちは、“宿題”があるんだろう?」と返すと「盆休みまで食い込むなんて、計算外でした。休み明けの“品質会議”に間に合わせないと、岩留さんの雷が落ちます!」と言う。「お手伝い、お願いしてもいいですか?」美登里が屈託の無い笑顔で言う。彼女も変わったものだ。「おいおい、勤務外だぞ!レイヤーの事も分からんから、手伝いになるか?」「そうじゃなくて、暇潰しですよ!車も自由に使えます。どこかに行きましょうよ!」「さて、何処へ行く?」僕等は、長い盆休みをどうやって乗り切るか?思案を始めた。南国の空に桜島の噴煙が立ち昇る。薩摩の国の夏は暑かった。

life 人生雑記帳 - 74

2019年12月11日 16時04分45秒 | 日記
7月の最終週に突入した月曜日、長い朝礼の後に“安さん”達事業部幹部は、会議室へ籠った。「緊急事態にならない限り、伝言も電話も厳禁だとさ。何をやってるんだろう?」徳さんが不思議がっていたが、僕と恭子には、理解できた。「恐らく、Y達“派遣隊”の処遇についての緊急会議ね。一気に10名が抜けたら、大混乱は必至!それをどうやって“阻止”するか?の判断を諮ってる筈よ!」「ああ、間違いないな。下期の予定が立たなくなるだけじゃない。増産にも影響は及ぶから、死活問題に発展しかねない。“どうやって切り抜けるか?”全般的な検討も含めて、対応を決めてるんだろうよ」僕等は、小声で囁き合った。先週末に通知されて来た“田納取締役の光学本部長就任”問題は、国分工場全体を揺さぶった。これまでの方針は“破棄”しなくてはならないのだ。バックに会長が付いて居る以上、新たな戦略と方針を早急に決めて、対処しなくては足元もおぼつかないだけで無く、マスタープランの見直しにまで及びかねない“一大センセーション”となって押し寄せたからだ。一方、O工場にしてみれば、“神風”が吹いたも同然であった。宣伝費や販促予算、開発費まで、心配する要素が減っただけで無く、思う通りの開発が可能になったのである。新機種の開発は難航しているが、メドが付けば一気に量産に載せて“逆襲”に転じられる事に加え、これまで“お蔵入り”にして来た企画までが、日の目を見られるかも知れない“空前の好機”が訪れたのだ。残るは、国分に送り込んだ“派遣隊”の順次帰還を待つばかりなのだ。こうして、O工場と国分工場の“駆け引き”の幕が切って落とされた。“早期に帰還”を望む側と“出来るだけ引き延ばしたい”延命側の熾烈な競争が始まった。当面のターニングポイントは、10月末。第2次隊の任期満了時期に絞られた。そのタイミングでの帰還が実現しなくては、O工場としても、人手不足になりかねなかったし、各部門の選りすぐりの技術者が、多数含まれている第2次隊までのメンバーに対する期待は大きく、反転攻勢には不可欠な人員が帰るか?否か?は、死活問題になる恐れもあった。

国分工場にしても、O工場からの“派遣隊”の存在抜きに計画を定めた訳では無かった。当面半年とされた派遣期間にしても、“年内一杯”までは、延長されるものだと踏んだ筋があったのは事実だった。中途採用や工場内での異動に寄って、手当もしては居たのだが、やはり、総勢200名の存在は殊の外大きく、事業の中核を担わせるまでに重用されていた。僕や鎌倉、美登里などの“代わりの利かない人材”も多数育てられていた。こうした事は、急な変化に対応が追い付かないと言う“致命的欠陥”となって具体化してしまった。“引き継ごうにも、引継げない”と言うジレンマに陥った事業部は、国分工場の8割に及び、深刻な状況を作り上げてしまったのだ。“人は城、人は石垣、人は堀”の言葉通り、人材の流出は、生産を直撃するだけで無く“組織体系”をも揺るがす事態に直面させられる事になり、各事業部は“生産計画や人員配置”を1から見直す必要に迫られた。しかし、事業部単体での努力には“限界”もあり、国分工場全体の問題として、工場責任者会議の席上で激論が交わされる事になった。「このままでは、計画そのものの見直しだけで無く、人員配置も見直さなくては、マスター達成は無理だ!」「せめて、年内一杯の“派遣延長”を申し入れるしか無い!立て直すには時間が必要だ!」「今更ではあるが、一定の人員は“転属”させて、凌ぐしか無い!工場としても、理解を得て事を進めて欲しい!」等々、責任者からも深刻な状況の申し出が多数出て、会議は紛糾せざるを得なかった。“安さん”は、
「必要な人員は確保(転属)して、帰す人員とハッキリ区分けをするべきだ!“代わりの利かない人材”を今から育てるとしたら、到底間に合わない!残す者と帰す者を選抜して、O工場や光学事業部に至急申し入れる必要がある!これは、我々の死活問題に直結する最重要課題だ!」と工場長に決断を迫った。他にも同様の申し出や意見は続出し、工場長は「再度O工場及び光学事業部に申し入れる。交渉の余地は残されていると考える!」として、“交渉による打開”の道を模索する動きを選んだ。併せて「各事業部に於いては、本部長に窮状を訴えて、事業本部長会議での“トップ会談”による打開の道も探って欲しい!」との要請を出した。こうして、O工場VS国分工場の“仁義なき戦争”は、会社全体を巻き込んでの“世界大戦”に発展して行ったのである。僕等の手の内に“選択権”は無かった。

不安は、“派遣隊”にも及んで来た。“早期帰還があるやも知れぬ”と勘違いした者達が、動揺を起こしたのである。「“帰還事業”は当初の予定通りに進める。繰り上げなど無い!」田中さんは、その都度説明に追われたが、一度揺れ始めたモノを止める事など、容易では無い。「なあ、Y,鎌倉、美登里、何とかこの“揺れ”を鎮める手立ては無いか?」田中さんは、困惑を隠さない。「無理ですよ!足元が揺らいでいるんですから、止められませんよ!」美登里が口火を切った。「そうだな、事業部が揺れてるのに、“落ち着け!”と言っても、無駄ですよ!中で何が起こっているのか?知り得ている以上、先行きに不安を抱くのは、仕方ありませんよ!」鎌倉も続いた。「今回は、O工場と国分工場だけの問題じゃない。“事業部対事業部の争い”になってます。それも、本部長達が“膝詰めで詰める問題”に発展してます。そして、我々に“選択肢は無い!”最悪ですよ!鎮める手などありはしません!」僕も続いた。「それでも、何かしらの手を繰り出さなくては、暴動が起きる気配があるぞ!」田中さんが続けるが「既に手遅れですよ!総務と半導体部品事業本部は、反旗を翻すでしょう!他にも続く事業部は増えますよ。国分工場を“鎮圧”するのは、最早不可能ですよ!」と釘を刺して制する。「むむ、そこまで進んでるのか!だとすれば、本部長に“書簡”を出させるか?」「それも、手遅れです!そもそも、就任したばかりで、何も分からないままで“談話”が出せます?」美登里が噛み付いた。「しかも、O工場から何のコメントも無いし、情報すら上がって来ない!“四面楚歌”でどうしろと言うんです?」鎌倉も攻め込む。「しかし、このまま放置する訳にも行くまい。どうにかならんか?」田中さんは、あくまでも“鎮静化”に拘った。「そもそもの始まりは、2月に合意した時点に問題があった。O工場と国分工場との間に明確な“細則”が無かった事が始まりだ。“半年程度”と“半年”では、明らかに意味合いが違う。時期も悪かった。マスタープランの最終見直しに重なった事で、国分工場に“半年を越えても留め置ける”とあらぬ誤解を与えてしまった。結果的に、事業部に寄っては“長期間の応援が期待出来る”と、思い込ませてしまったのが、今になって慌てる一因となった。既に、“ボタンの掛け違い”で済む話じゃあ無いんだ!」「それはそうだが、どうやって治める?」田中さんは、縋る様に言う。「まず、O工場に“現状”を包み隠さずに、正直に国分工場に伝えさせて、“帰還事業”への協力を仰ぐ事。もう1つは、速やかに田納さん自らが国分工場を訪問して、各事業部の責任者と我々に“協力を依頼する事”ですよ!いつまでなら“時間”を得られるか?“最長期限はいつか?”今、各事業部が知りたがってるのは、そこなんですよ!先が見えないから、“強訴紛いの手”を繰り出さなくてはならない。要らぬ紛争を起こそうとする。もう、トップが責任を持って治める以外に道は無いんだ!どうしても治めるなら、それしかありませんよ!」僕はキッパリと言い切った。「うーん、かなりの無理を押し通す事でしか、道は無いんだな?」「ええ、無益な紛争を回避する手は、それしかありません!どの道、これから“製造営業会議”や“事業本部会議”の席で、“導火線”に火が点きますよ。大爆発が連発したら、止め様としても止められませんよ!“血で血を洗う凄惨な地獄”を見たくなければ、“光学機器の本部長が介入する”しか無いんです!」「Y,今、言った事をまとめてタイプ出来るな?明日にも、O工場に送り着けよう!戦争だけは、回避せねばならないし、“遺恨”を残すのは最悪だ!俺も言いたい事は山程ある!ともかく、やれるだけの手は尽くそう!それでも、耳を貸さなければ、戦うしかあるまい。2人共、それでいいか?」田中さんは、鎌倉と美登里に同意を求めた。「Yがそこまで読んでるなら」「他に道がありませんから」と2人は渋々同意した。僕の意見書は、翌日にO工場に送られた。田中さんも、徹夜で意見書をしたためて、送り着けた。だが、反応は一切帰って来なかった。局面は更に悪化し続けた。

週の半ば、サーディプ事業部の“製造営業会議”が、国分工場で開催された。案の定、僕等の“帰還”については、10名全員を留め置く方向で本部長に申請が出されて、本部長もこれを支持した。「刺し違えても確保(転属と言った方が妥当だろう)に全力を挙げて、取り組む!」と本部長は、その場で約したと言う。レイヤーパッケージ事業部も、然りだった。岩留さんは、“安さん”よりも過激に残留を求め、「認められなければ、マスター必達は不可能だ!」と迫り、本部長も「必ずや勝ち取って見せる!」と意気込んだ。半導体部品事業本部のこうした動きを受けて、他の事業部も勢い付いて、近々開催予定の会議での“強訴”に踏み切る姿勢に向かった。事は増々荒れ出した。各事業本部は、光学機器事業部門に対して“宣戦布告”を鮮明に打ち出し始めたのだ。最早、“開戦”は目前に迫った!

さて、時間を巻き戻して、7月最終週のサーディプ事業部の動きを見てみよう。例月ではあり得ない程に、落ち着いた月末を迎えた職場の表情は明るさに満ちていた。GEの飛び込みさえ流せば、月次予定は達成されており、8月に向けた積み上げも順調に推移していた。「通常体制、飛び込みのみ優先。後は、各自の判断で」おばちゃん達への指示もさり気ないものになり、検査も含めて余裕すら生み出していた。「Y,何とかならねぇか?もう、保管場所すらねぇんだよ!」と田尾がウンザリと言う。「金曜日の午後になれば、一気に計上出来るだろう?“在庫一掃セール”まで待て」「ふん!こっちの作業場の隅も借りるぜ!何しろ場所が、無いんだ!金曜日まで借り上げるぜ!」と言って出荷品の山を築き出す。「分かったよ。どっち道、まだまだ増える一方だからな」と返してフッと笑う。こんな余裕を持てる体制にして置いて良かった!来月は、中抜けがあるにしても、悠然と構えられるだろう。「問題は、9月か!」上期最終月の9月は、大規模に増産する予定になっているが、川内からの磁器の回りも、先行して推移している。今の好循環を維持すれば、ゆとりが生み出されるはずだ。月末集中がある可能性は否定出来ないが、切り抜けられない事は無いだろう。「“信玄”!ちょっとツラを貸せ!」立て籠もって居た“安さん”が、フラリと現れた。倉庫の前に連れて行かれると「今、結論が出た!貴様達を帰す事は“しばらく見送る方向”で、本部長を説得する!特に、貴様は“転属扱い”にする!これは、全部門の一致した見解だ!O工場から何かしらのアクションはあったか?」「いえ、何もありません!“四面楚歌”となんら変わりありません!仕掛けるなら、この隙を利用するのが、最善かと」「ふふふ、相変わらず抜け目の無いヤツだ!半導体事業本部の底力を光学機器事業本部に見せ付けてくれるわ!田納さんが、何と言おうが、我々は揺るがぬ!力の差を思い知ってもらうぞ!“信玄”よ、異存は無いな?」「ありません!いよいよ、剣を持って戦う時が来ました。“不帰”を表明して、O工場と戦う覚悟は、出来ています!」「うむ、貴様も戦う覚悟を持っておったか!それを聞いて安心した。残り9人の意向は、未確認だが、“本丸”である貴様の腹が座っておれば、百人力。手始めに、製造営業会議から攻撃開始だ!待っていろ!必ずやもぎ取って見せる!!貴様が前面に立たずとも、戦いの行方は見えておる!だが、搦め手からの攻撃は、貴様達で始末を付けねばならんだろう。壮絶な死闘になるが、これは“未来を賭けた戦い”だ!切り抜けるぞ!凱歌を挙げるのは、俺達だ!!」“安さん”は、言い含める様に言って、肩をバシッと叩き、ニヤリと笑った!サーディプ事業部の方針は決した!引き返す道は無い!だが、不思議と不安は無かった。「Y、徳田、田尾!」今度は徳永さんがやって来て、資料を手渡した。「8月の磁器の納入予定だ。特に“盆明け”以降のブツ量は、飛躍的に増える方向だ!」と説明を加えた。「9月に向けた布石ですか?」と聞くと「そうだ。実質的に“盆明け”以降は、9月分を先行して流す。今月比55%の上乗せだからな。今の調子なら、充分に間に合うだろう?」と言う。「けど“前”が間に合いますか?こっちには“信玄”が居ますから、どうにでもなりますが、これだけのブツ量を流すとなると、“前に謙信”が居ないと不可能じゃあありませんか?」と徳さんが懸念した。「流石に“謙信”は居ないが、下山田達と橋元・今村達は、“盆休み”の後半から始動する予定だ。その他にも、手を繰り出して間に合わせる算段は付ける。特に“新型整列機”の稼働を1ヶ月前倒しにする事が決まっておる。まだ、若干の改造は必要だが、技術陣は“是が非でも間に合わせる”と言って既に24時間体制で、調整をしとる。今月の様な、不安要素は格段に下がる方向だ!」徳永さんは自信を覗かせた。「知りませんよ!“武田の騎馬軍団”の恐ろしさは、こう言う場でこそ発揮される!縦横無尽に駆け回り、無人の荒野にしちまいますよ!」と田尾が言った。確かに、打って付けの“ステージ”になりそうだった。「それが狙いだ!技術陣の中には“信玄”の恐ろしさを疑っているヤツも居る。“運に恵まれたに過ぎない”と言ってな。ともかく、鼻をへし折らねば、ならんのだ!Y、指揮は任せた!存分に暴れてやれ!誰の目にも明らかな“結果”を突き付けてやるがいい!」徳永さんらしからぬ言葉に、一瞬戸惑ったが「“山が動く”とはどう言う事か?しかと見せつけてやりますよ!」と返してニヤリとした。7月の“勝利”は目前に迫っていた。

そして、迎えた金曜日。僕が率いる“騎馬軍団”は、午前中で全ての業務を停めた。徳さんと田尾は、ヒーヒー言いながらも、多量の製品を倉庫に計上して、次月のロケットスタートに備えていた。そんな中、徳永さんから「Y、総務に出頭しろ!O工場から何か言って来たらしいぞ!」との連絡が入った。僕は、神崎先輩に後事を託すと、総務棟へ急いだ。指定された会議室には、取る物も取り敢えず、集合させられるだけの“派遣隊”が集結していた。「Y、こっちだ!」鎌倉が前の席で手を挙げる。「何の騒ぎだ?月末の締めだってのに!」「あたしにしても、月次レポートの作成があるのよ!」と美登里も言う。他の連中も同じような事を口にしていた。田中さんが入って来ると、会議室は水を打った様に静まり返った。続いて入ってきたのは、O工場の浜総務部長。嫌な予感が背筋を凍らせた。「月末の最終日、忙しいのを承知で集まってもらったが、既に耳にしているとは思うが、来月から、光学機器事業本部の本部長に田納取締役が就任される。それを受けて各事業本部から“派遣延長要請”と一部の社員に対しての“転属要請”が続々と本部並びにO工場に挙がっている。まず、君達に確認するが、これは事実なのか?」浜部長は、僕等に問いかけた。「事実です!各事業部にしても、我々の力無くして生産計画を達成出来ない状況です!」美登里が口火を切った。「他も同じか?」と続けて問うと全員が頷いた。「時、既に遅し、各事業部の製造営業会議や事業本部会議で、“強訴”は行われています。半導体部品事業本部並びに総務では“刺し違えても獲得する”旨の事を各本部長が約しています。“開戦”は不可避ですよ!」と僕も釘を刺した。「そんな・・・、既にそこまで事は大きくなっているのか!」浜部長が演壇で絶句した。「以前に、私とYが意見書を提出したはずです。その時点ならまだ策はありました。何故、黙殺されました?!」田中さんも追及に回った。「内示の段階で動ける範囲は限られとる。これ程に速攻で来られるとは予想外だったのだ。新本部長も正式に就任された訳では無い。田納さんを動かすなど不可能だったのだよ!だが、いみじくも意見書の内容は的を射ていた事になるな!」浜部長は、肩を落とすしか無かった。「部長、こうなれば、我々とは関係無い場所で“ケリ”を付けるしかありません!つまり“本部長同士でひざ詰めで”決着を図る事です。国分側が最も知りたがっているのは、“いつまで我々が居られるのか?”その1点です。そして、大半の事業部が“帰すに及ばず”と結論付けています!僕等を集めて“予定通りに帰還せよ”と命じても、直ぐには応じられません。“国分側のシステム”に組み込まれた以上、各事業部の事情が最優先になります。残念ですが、最悪の事態を回避する時期は、既に逃しました。我々は、所属先事業部の意向に沿って職務を遂行します!今も、こうしている時間は貴重なんです!私は“帰着”しないつもりです。所属事業部も了承していますし、本部長も前向きです。職務がありますので、これで失礼します!」僕はそう言って席を蹴った。美登里も鎌倉も続いた。他の連中も大半が急いで職場に戻った。残ったのは、わずかな妻帯者達だけだった。「いよいよ、決戦の幕開けね!」「Y、勝てると思うか?」美登里と鎌倉が誰何して来る。「岩留さんや“安さん”、総務部長が簡単に折れると思うか?徹底抗戦を貫くだろうよ!サーディプもレイヤーも“残留”に向けて上を動かしてる。余程の事をやらない限り、もう止められないぞ!」「じゃあ、“開戦”は、避けられないのか?」僕等の周囲に居た連中が言い出す。「“大義無き戦争”は始まるよ!1つだけ言っとくが、“自分はどうしたいか?”を早急に上に伝えるんだ!何も意思表示をしなければ、“犠牲”になるだけだ。“帰る”か“残る”か?2択だから、良く考えて返事をしてくれ。ここから先は、明確な意思を示したヤツだが生き残れる“サバイバルレース”だ。時間が無い。今日来れなかったヤツにも伝えるんだ!」「了解だ!」蜘蛛の子を散らす様に各自は走り出した。美登里も鎌倉も急いで戻って行く。僕も終礼に備えて急いだ。「田中、何処で間違えたんだ?俺達は?」浜部長は椅子に座り込んでボヤいた。「Yが書いてましたよね?“最初から間違えていた”と。ヤツは、“信玄”と恐れられるサーディプ事業部のエース!安田順二が“腹心”として留めたい理由は明らかです。部長、各事業部に要請するだけでもやりましょう!そうでないと、200名がソックリそのまま“転属”させられますよ!」田中さんが窓の外を見つつ言った。「タフな交渉になるな。だが、やらないよりはマシだろう」浜部長は重い鞄を手に立ち上がった。国分の各事業部からの“通達や要請文”は、数百ページにも及んでいた。

終礼に間に合う様に、段取りを組み換えるのは骨が折れたが、ハッキリと“帰らない”と浜部長に宣言出来たの大きかった。7月は、予定を大きくクリアして無事に終わった。4月5月のマイナスを埋めて、マスタープランに追い付いたのだから、“安さん”の機嫌が悪い筈が無い。「上期をプラスで折り返す素地は、出来つつある!この勢いで一気に押し切り、通期での黒字を叩き出すのだ!」と高らかに宣言した。「Y,良くやったな!」徳永さん、井端さんが握手を求めに来た。「まだまだですよ。これからが本番です」と言うと「その姿勢があるからこそ、お前は前進し続けるのだろう!」「まだ、半信半疑の目もあるが、気にするな!来月末には、思い知る事になる!」と肩を叩いて激励された。「“信玄”!」「来月は負けんぞ!今度ばかりは、白旗を上げさせる!」橋元さんや下山田さんからの手荒い歓迎も待っていた。みんな、笑顔であれこれと絡んで来る。こんな仲間を残して去る事は出来る筈が無い!「Y−、お疲れー!」女性陣とは、ハイタッチやハグをして、喜びを分かち合う。「ヤツを失ったら、“暗黒時代”へ逆戻りだ!アイツだけは、死んでも“残留”させねばならん!」安さんが言うと「そうですな。“信玄”無くして今はありません!“信玄”の代わりは、“信玄”しか務まりませんな!」と井端さんが返した。「O工場から、部長が来ているらしいが、キッチッリ釘を打ってやる!“Yは帰さん”とな!」「それだけでは足りますまい。本部長にも再度“楔”を打ち込みましょう!品質会議で“事業本部全体の意向”として、決定させなくてはならんでしょう?」「あらゆる機会を活用して、工作をやる!O工場の上、田納さんの裏を取らねば勝てんだろう!だが、ヤツは腹を括っておる!一番の“援軍”だな!」“安さん”は、これからの開戦に向けてあらゆる手を打つ算段を付けていた。僕の知らない裏では、既に戦いの火蓋は切られていた。

浜部長は、“O工場四天王”の奪還から動き出した。“四天王”とは、僕と鎌倉と美登里と克ちゃんの事で、O工場としても、“最優先で帰還させよう”と獲得に向けて意気込んだ4人だったが、総務部長は、「既に、大きな事業を担う立場。“転属”させるつもりです!」と斬り捨てた。“安さん”にしても「“信玄”無くしてサーディプ無し!本人も“残留”を希望しており、その意志を無に期す事は出来ないし、本部長も望まない!彼は国分が貰い受ける!」とバッサリ斬られ、岩留さんも「国分工場の“威信”に賭けても、阻止する!半導体部品事業本部を“敵に回す覚悟”はありますか?」と凄まれて、引き下がるしか無い状況下に追い込まれた。浜部長は、本社に電話をかけて、事の次第を報告して判断を仰いだ。相手は、田納取締役だった。「そんなら、四天王の奪還は無理か?仕方無いな。現場からの最終報告書を無視した事は、いらん争いを避ける最後のチャンスやったのに、自分達で芽を摘んだ罰やな。Yの指摘は間違い無い!半導体の本部長までが“信玄”ゆうて、信頼しとる猛将やないか!野に虎を放ったのは、そっちや!眼鏡が曇ってたのは、仕方無いな。他の3人にしても、ここまで化けるとは、予想外やろ?時間をかけて取り返すしか無いやろ!とにかく、“帰してもらえるヤツから順番に拾え!”一度にぎょうさんは無理や!国分がコケたら、全社から睨まれるで!ああ、ワシも直接に頼んでみるが、期待はせんでくれ!特に半導体部品事業本部は、厄介や。看板に泥は塗れん!ああ、進捗も遅れ気味やし、焦ったらアカン。とにかく、“拾え!”駒が足りなくなる前に出来るだけや!ええな?!」と命じると田納さんは電話を切った。「“信玄”を落すのは、容易には行かん。安田の事や、無理矢理やれば乗り込んで来るやろ。向こう1年計画やな。説得するには、ワシにも“力”が必要や!」田納さんはそう言って田中さんと僕の報告書に目を落とした。実は、内示が出ると同時に、田納さんは動き始めていたのだ。ただ、表立っては動けないので、“遠隔操作に終始”して来たが、戦果が上がらないのに業を煮やして、本部長達との直接会談に踏み切り始めては居たのだ。「コイツを使いたいのは安田だけやない!ワシも思う存分使って見たいんや!」田納さんは、名簿を見ながら呟いた。

田納さんが、既に動いているとは知りもしない僕等は、見えない相手と戦う事を余儀なくされていた。「浜部長は、来週の半ばまで滞在する。その間に出来る限り多くの派遣隊員と話して置きたいと言ってる。お前達も対象になるから、時間を取って欲しい。分かったな?」田中さんは、そう言ったが「無駄ですから、ご遠慮しますよ!」と僕と鎌倉と美登里は断りを入れた。「おいおい、それじゃあわざわざ遠いところまで来た意味が無いだろう?」と言われるが「週末は、予定満載。月初は作業が優先です!自分の意志は伝えましたから、もういいでしょう?」と僕が言うと「右に同じくで!」と鎌倉と美登里も逃げに向かう。「それに、岩留さんが“撃沈”させたって言ってましたから!」「ウチも断ったと聞いてますから!」と更に“魚雷”をお見舞いした。「やれやれ、あくまでも、帰らないつもりか?呆れて物も言えんな!」と田中さんもやっと諦める。「ここは、実力の世界。“年功序列制度”に戻る理由がありませんからね!」と返すと「“それなりの椅子”は用意すると言ってもか?」と来る。「事業部の半分の“指揮権”と比較しても、O工場の体制は古臭い!上に邪魔されずに、自分の才覚で食えるなら、“それなり”では我慢出来ないですよ!何せ“お前の好きにやれ!バックアップはしてやる!”ですよ?ここは」「“信玄”と呼ばれるお前だからだよ。その力をO工場で発揮させてくれんか?」浜部長も現れて説得に加わり出した。「その“信玄”が帰らないと宣言したんですよ?安田さんも拒否したはず。総務部長も断りましたよね?僕も帰らないと宣言します!」鎌倉も拒否を口にした。「以下同文で、あたしも続きます!」美登里も宣言をする。「どうなるか?分かってるだろうな?!」浜部長が睨んで言うが「本部長判断ですから!」とサラリと退ける。「田中さん!歩が悪すぎる!この3人の説得は、後回しにしよう。他に戻った連中を集めてくれ!」と浜部長も諦めた。「しつこいなー、諦めろってんだ!」鎌倉が言う。「仕方無いよ。“籍”はまだO工場にあるんだ。完全に“転籍”するまでは、蝿は飛んでくるさ!」と返すと「それですよ!“籍”を移さなくては安心できませんね!」と美登里も言う。「簡単には行かないのが、今回の事案さ。まだ、流血騒ぎが無いだけマシだと思うしかあるまい!田納さんが、“はい、そうですか”って引き下がるか?」「無いだろうな!蝿叩きもやむ無しか?」鎌倉が少し折れた。「手間はかかるけど、仕事の邪魔をしないなら、仕方無いか?」美登里も少し折れた。「さあ、週末の夕方だ。邪魔される前に動かないと、永久に捕まっちまう!僕は、もう直ぐに出る。鎌倉は?」「右に同じく!美登里は?」「残業に戻ります。報告書、まだ仕上がってませんから」「はい!よし!よし!よし!、じゃあ散るよー、はい!スタート!」僕等はそれぞれに散った。寮の玄関先には、恭子のスカイラインと、新谷さんのローレルが停まっていた。慌ただしく乗り込むと、南北に別れて車は走り出した。

「Y、“返事”はしたの?」恭子がハンドルを握りながら聞く。「キッパリと“お断り”したさ。“帰りません”って宣言してある!」「大丈夫?報復人事とか、懲罰を喰らわない?」「“安さん”も、浜部長に“国分で引き受ける”って返事を出してるはずさ。一筋縄では行かないって思い知って帰るのがオチだよ。田納さんが、どう出るか?むしろ、そっちの方が気になるけどね!」「相手が悪く無い?形勢は不利に思えてならないのよ!」恭子は心配そうだ。「形勢は悪くは無いさ。目下、絶好調の半導体部品事業本部を敵に回して、光学機器事業本部が太刀打ち出来るとは、到底思えない。無理矢理引き渡しを要求して、国分工場のマスタープランを未達にでもしようものなら、全社から叩かれるだけで無く、O工場の存在意義を問われる事にもなるだろう。そこまでやるとは思えないよ!田納さんだって、まだ無茶は振れない。力関係では、他の本部長との“差”はあるから、“はい、引き上げます”何て言えないだろう?」「うーん、確かにそうだけど、嫌な予感が拭えないのよ!“来月末にいきなり、連れ去られる夢”を見ちゃうと、心細いのよ!」恭子は、戦々恐々だった。「これから、起こる事は誰にも予測不能だよ。あらゆる可能性は在るだろう。でも、1つだけハッキリしてる事がある!今回の問題は、“国分工場対O工場”の戦いじゃあ無いって事さ。“事業本部対事業本部の戦争”になってるって事だ。もう、止める手立ては無いし、戦いは始まってる!僕等の意志とは無関係にな!」「じゃあ、行き着く先は何処なの?」「分からないよ。決着を付ける作業も“密室の中”で決まる。“本部長対本部長”の争いだからな!」「Yは怖く無いの?」「怖がってたら、何も出来ないさ。ただ、自分の意志は揺らがないから、信じて待つしか無いだろう?やるべき事は、やった。だから、後悔しない様に過ごすだけだよ。恭子、今日は何処へ行く?」「鹿児島市内、夜景の綺麗な場所へ」スカイラインは、国道10号を駆け抜けていった。“君は、生き残る事が出来るか?”答えられる者は誰も居なかった。

life 人生雑記帳 - 73

2019年12月09日 16時59分35秒 | 日記
午後4時、緑のRX-7が寮の前に横付けされた。僕は、ゆっくりと助手席に乗り込んだ。頬に唇が触れる。「Y、ごめん。急に呼び出して」みーちゃんが言う。「何処へ向かう?」「人目に付かないところよ。とにかく、一緒に来て!」みーちゃんは車を発進させた。隼人町を抜けてから、車は鹿児島空港を目指して山道を駆け登る。滑走路脇の小道へ車を乗り入れると、みーちゃんは車を停めて「Y、期限が来たら帰っちゃうの?」と言った。「帰る気は更々無いよ!“転属”を目指して、鋭意運動中だよ!」と返すと「勝算はどれくらいありそう?」と聞かれる。「今は、5分5分だよ。O工場も必死だから、先は読み切れてない。ただ、“安さん”は、僕を“転属”させるつもりで居る。これは、間違いないよ」「それなら、あたしも安心していられるわ!あなたを引き留める“重石”にはなれるわね!」みーちゃんは、不安げな顔から晴れやかな顔に変わった。「ここから、あなたを見送るなんて、あたしには出来ないの!多分、強引に“付いて行く”って言うと思うの。自らの全てを捧げるつもりで。仕事も故郷も捨ててもいい!あなたの傍に居られればね!ねえ、抱いてよ。抱きしめてよ!あたしを置いて行かないでよ!」みーちゃんの頬に一筋の涙が伝う。狭い後部席へ潜り込むと、しっかりと抱いてやる。「お願いだから、触って!ずっと、1人で慰めてたの。もう、限界なの!」みーちゃんは、ロングスートをめくり出した。ピンクのパンティは既に湿り気を帯びていた。「指を・・・下さい」みーちゃんは、身体をくねらせるとパンティを片足に残して剥ぎ取った。熱く濡れたホールへ指を2本入れてやると、みーちゃんは喜びの声を上げて「かき回して下さい」とねだった。たちまち愛液が溢れ出し、腕を伝い出した。「ダメ!イッちゃう!」みーちゃんが言った瞬間、愛液が多量に噴出して、座席と腕を濡らした。「いけない子だね。こんなになるまで我慢してるなんて」僕はティシュで拭きながらキスをして、落ち着かせた。「ホテルに・・・、“誰にも見られない部屋”に連れてって。甘えさせてよ」みーちゃんは、舌をからませながらねだった。「ああ、行こうか」車は僕が運転して、モーテルに乗り付けた。部屋に入ると、ソファーに座り込んで衣服を脱がせて行く。みーちゃんの肌はガラスの様に透き通っている。乳房を掴んで再びホールをかき回してやると、愛液が滴る。「早く・・・、坊やを下さい」みーちゃんは、息子を掴んで離さなかった。背後から猛然と突いてやると、狂ったように声を上げて「もっと・・・、いっぱい・・・突いて!」と言う。みーちゃんは体液を余す事無く吸い取った。そして、ベッドで全裸のまま抱き合って眠った。みーちゃんは、幸せそうな顔をしていた。

みーちゃんを抱いてしばらく眠った後、僕はシャワーを浴びに起き出した。みーちゃんは“女神”の様な表情で眠っていた。“恭子にも言ったが、みーちゃんは中毒症状の1歩手前だ!何か手はないだろうか?”僕は、思いを巡らせた。バスタオルを肩にかけて、ソファーに座った。“ビーナスを傷つける事は、許されない!彼女は、僕の手に余る女神。こんな事をいつまでも続けるのは間違いだ!誰かに託せないだろうか?”だが、その場で考えは浮かばなかった。彼女を起こさない様に、コーヒーを淹れた。「うーん、Y、どこ?」みーちゃんは目を覚まして、周囲を見回した。スラリとした長身のスタイルは“美しい”の一言だ。肌はガラスで出来ている様に錯覚するほど白い。膝に座り込むと「ねえ、あたし綺麗?」と言って唇に吸い付き、舌を絡ませて来る。「言うまでも無いよ」「なら、もっと抱いて頂戴。まだ、元気じゃない」と言って息子を刺激し始める。もう、1試合が望みらしい。満足するまでは、彼女も挑んで来るだろう。抱き上げて、ベッドへ連れて行くと猛然と腰を使う。みーちゃんも快楽の世界に溺れ始めた。体位を入れ替えて下から突き上げてやると、一段と喘ぎ声が高まり、身体は痙攣するかの様にピクピクと震え出した。「中へ・・・、中へ・・・出して!」ありったけの体液を注いでやると、みーちゃんはガックリと倒れて来た。肩で息をしながら「気持ち・・・いい・・・、いっばい出たね」と言った。また、抱き合っていると、「今晩、あたしの部屋に泊まらない?裸で抱き合って眠りたいの」と口にし始める。「どうやら、それが目的?」と言うと、彼女は頷いた。2人でシャワーを浴びて、身支度を整えると、みーちゃんのアパートへ向かう。「お盆休み、一緒に過ごさない?」「みーちゃん、実家に帰らないの?」「うん。見合わせてもいいかな?って思ってるの。Yと暮らして見たいの!ダメかな?」彼女は本気で言っていた。「うーん、どうするかな?ちょっと、考えさせてよ」僕は即答を避けた。アパートの部屋に入ると、みーちゃんはカーテンを閉め切り、鍵を厳重にかけてから、服を脱ぎだした。パンティ1枚になると、膝に座って「Yのために買ったパンティにしようか?」と囁いた。「見せて」と言うと紫のTバックを頭に被せた。「似合うよ!」と彼女は無邪気に笑う。僕はただ笑われているしか無かった。笑顔を消すのが怖かった。“みーちゃんには、心の闇があるのではないだろうか?途轍もなく深い心の闇が・・・”フッと過った不安を打ち消して、僕は、みーちゃんとじゃれあって遊んだ。馬鹿騒ぎではあるが、みーちゃんにとっては“大切な時間”に他ならない。結局は、その夜、みーちゃんを抱いて眠りについた。

日曜日、寮に戻った僕は、恭子を呼び出した。みーちゃんの件を包み隠さずに話して、今後の対応を協議するためだ。「あなた、変わってるわね。普通は、溺れて帰って来なくなるはずなのに、ちゃんと戻って来て“今後の対応をどうする?”って言うなんて、やっぱり普通じゃないわ!」と恭子は笑い転げた。「笑ってる場合か?こっちは、壁にブチ当たってるんだぜ!すすむも引くも不可能になる前に、然るべき手を考えなくてはどうする?」僕は真面目に言う。「ちょっ、ちょっと待ってね。Y、落ち着く時間くれない?」恭子は、コーヒーを飲んでから深呼吸をして、息を整えた。「みーちゃんが、“中毒症状”を起こしているって言ってたわよね?それは、あたしも、ちーも薄々感じてた事なのよ!彼女、中学から女学園でずっと過ごして来てるでしょう?男性に対する“免疫”が不十分なのは確かよ!そして、あなたに出会って目覚めてしまった。一度外れた理性の“タガ”を元に戻すとしたら、容易ではないわ!でも、全くの正反対の道へ行った人も居るから、手が無い事も無いのよね!」「“全くの正反対の道”へ行ったのは誰?」「神崎先輩よ。みーちゃんの2年先輩に当たるの。でもね、それだけじゃないのよ!あの2人に共通する“心の闇”があるのよ!」「それは何だ?」「岡元の“イジメとセクハラ”よ!壮絶なイジメに、執拗なセクハラ!今、思い出しても身の毛がよだつ思いよ!でも、あなたが全てを一新してくれた!神崎先輩もみーちゃんも、どれだけ“安堵”したか分かる?まあ、その反動が“中毒症状”として表面化したなら、まだ救い様はあるわ!そうね。ここから先は、神崎先輩とあたし達に任せてくれない?みーちゃんの心をコントロールして見るわ!“側室”の一員として“大奥”に迎えるとしたら、“節度と自戒”について、掟に従ってもらわなきゃならないから!」恭子は一転して真面目に答えた。1つの答えは示された様だ。「よし、そっちは任せるよ。それと、もう1つ恭子には伝えて置く必要がある案件がある!」「何よ?」「田納取締役が光学機器の事業本部長に就任する!それも、8月1日付でな!」「えっ!本当に?!」「間違いは無いよ。裏ルートで新谷さんから伝えられた情報だ。これから、厄介な事が起きなければいいが、保証も無い。背後には、会長が付いてる!僕もウカウカしては居られないんだよ!」「マジ!今は“平取”でも、来期は“常務”クラスの肩書が付きそうね!Y、戦って勝てるの?」恭子も驚いた話になった。「何処まで“通用するか?”全く分からないんだよ。だが、相手は、まだ隙だらけだ。間隙を縫って地固めに動けば、間に合う可能性はある!向こうの足場が不安定な時期に仕掛けて置けば、互角の戦いに持ち込めるとは見てるが、いずれにしても、簡単な相手じゃない!僕としては、不安定要素を取り除いてから、攻撃を仕掛ける必要があるんだよ!未来がかかっている!負ける訳には行かないんだ!」「そうね。相手は大軍よ!どう戦うか?それを考えるだけでも手一杯になるわね。OK、みーちゃんの事は気にしなくていいわ!あたし達でケリを付ける!Yは、“未来との戦い”に如何にして勝つか?も含めて、仕事の事を優先で考慮しなさい!勿論、あたし達も全力でサポートする!勝ち取りなさい!完膚なきまでに叩いてやりなさい!あなたは“国分に居なくてはならない人”なのよ!勝つまで決して諦めないで!」恭子は直ぐに事の重大性を見抜いた。そして、“支える”と言ってくれた。やはり、“正室”なのだと思い知らされた。「さて、硬い話は終わりにしてもいいかな?折角、Yが呼んでくれたからさ、パーっとお昼でも食べに行かない?」「そろそろ、頃合いだな。行くか!」「行こうよ!」硬軟の使い分け、公私の切り替えの早さ、恭子は、流石に“心得ているな”と思う。ジリジリと照り付ける日差しの中、スカイラインは動き出した。

「ねえ、前のZだけど、裕子(岩元さん)じゃない?」加治木IC方面へ向かう道すがらに恭子が見つけた。「多分、間違い無いだろうよ。チョイと追い抜いて見るか!」スカイラインを加速させると、一気にZを追い抜いてドライバーを確認した。「やっぱり、鎌倉だ!」Zは、パッシングをして答え、停まる様に促した。「この先の駐車帯に入るぞ!」2台は、相次いで停まる。僕がZに歩み寄ると「何だよ!Yか!」と鎌倉が言う。「“正室”の愛車だろう?何処へ行く?」と聞かれるが、行き先を答える前に、恭子が裕子さんと話を付けた。「Y,先導して行くよ!」恭子は、サラリと言う。「話が早いな。ともかく、着いて行くぜ!」「後から煽るなよ!」僕等は、列を組んで西へ向かう。「そこを右へ入って!」恭子のナビゲーションで、2台は小料理屋の駐車場へ入った。「来た事はあるのか?」何気に聞かれるが「いいや、初めてさ。恭子にお任せだ!」僕と鎌倉は、肩を竦めて暖簾を潜った。「こっちよ!」裕子さんと恭子が手招きをしている。「何を頼む?」鎌倉は聞くが「それも、恭子にお任せさ。待ってればいい」と言うと「“正室”の力は偉大だな。出る幕も無いのか?」と言われる。「鎌倉、口出しは無用なんだよ。後は話を聞いてやればいいんだ!」と返す。「ふーん、見事に制御してるのね。恭ちゃん、コツはなに?」と裕子さんが話出す。「それはね、Yだから通用する技なの。他の人だったらこんな風には行かないわ。裕子はどうなのよ?」「どっちかの主張を通すのが、いつものパターンかな?綱引きになる事もあるし」裕子さんが、羨ましそうに言う。「基本、任せるのがルールだからな。“暗黙の了解”だよ」さり気なく言うと「それって、ある意味凄いな!全般に渡っての信頼関係か!」鎌倉が驚く。「仕事でも、頼りにしてるから。恭子に任せれば間違いは無いからな」サラリと言うと、「それが、“信玄”と呼ばれる由縁か?」「らしいな」と話が転がる。「ねえ、恭ちゃんの魅力ってなに?」裕子さんが言い出した。「切れ味鋭い観察力と的確な判断力。そして、男を“操縦”する上手さとスタイルの良さ。意外に甘えん坊なところかな?」「Y!余計な事は言わなくていいの!」恭子が鉄拳を振り下ろす。「あら?あら?恭ちゃんが照れてる!“カミソリお恭”も形無しじゃない!」「昔は、もう封印したの!素直に“この人に着いて行く”って決めただけよ!」恭子は珍しく赤くなっていた。「裕ちゃんだって、“生徒会長”何かやって、風切って闊歩してたじゃない!“親衛隊”だって結成されてたし!」「大昔はね。でも、今は、彼に頼り切りなの。恭ちゃんだって、そうでしょう?」「それは、認めるわ。Yだから素直になれるのは、否定しないわ。ちゃんと答えてくれるもの!」「もし、あたし達が全員、“同期のサクラ”だったら、どうなってたかな?」裕子さんが遠い目をする。「こんな関係には、ならなかったかもね!Yは、“参謀長”でしょう?高校時代の“肩書”」恭子が突っ込む。「ああ、鎌倉は、“電気マスター”だったよな?」「電気関係は、自信あったからな。“新設校の参謀長”に“O工業の電気マスター”。名前は轟いてたが、最初は、半信半疑だったよな!三井さんの事件があるまでは」「事件ってなに?」裕子さんが突っ込んで来る。「確か、研修が寮に移ってからだよな?」鎌倉が思い出す。「ああ、香織ちゃんの部屋に忍び込んだはいいが、有賀と滝沢と西沢に騒がれて、敢え無く逮捕されたヤツだろう?“地雷原に行く様なもんだから、止めとけ!”って言ったのに、突撃しちゃったのは仕方無かったが、メシを抜かれたのが致命傷。空腹感に耐えられなくて、泣き付いて来たのはいいが、出るに出られず立ち往生だったよな?」僕が細目を語る。「オートロックを突破する策をYが捻り出して、脱走してコンビニへ駆け込んで事無きを得たが、あの作戦は“ブッ飛ぶヤツ”だったな!」「“正面突破”の上に、警備システムまで騙したからな。鎌倉の知識と僕の知恵で切り抜けた“代表作”だったよな」「解除コードは、Yが手にしたんだよな?」「ああ、あれは、赤羽根さんの“うっかりミス”から探り当てたヤツだ。センサーを黙らせたのは、鎌倉のリード線とガムの銀紙さ!あれからだよな?お互いに認め合ったのは?」「そうだよ、時間単位での進行と見張りの配置、囮部隊まで動かすシナリオを描いた知恵には、脱帽するしか無かった」「配線から、短絡回路を形作って、センサーを空振りさせたお手並みは、見事だった。“コイツには敵わない”と痛感させられたよ」「それで意気投合ってヤツ?」裕子さんが聞く。「そう、あれ以来、お互いに“一目置く”様になって、何度も組んで切り抜けた」「まさか、ここでも“共同戦線”を張るとは思わなかったが、 何でも言い合える相談出来る貴重な“相棒”さ!」僕と鎌倉は改めて“原点”を話した。「あたしと恭ちゃんと似てる気がしない?」「裕ちゃんも、影で随分庇ってくれたよね!逆に、他校の煩い連中を黙らせたり、影で護衛したりするの大変だったけど、唯一、あたしを理解しようとしてくれた裕ちゃんの気持ちは、忘れていないわ!ちーと裕ちゃんが手を差し伸べてくれなかったら、今のあたしは居ないもの!」恭子が感謝を込めて言う。「恭ちゃんを救い出すのは、大変だった。ちーちゃんと合同で3日がかりだったもの!生活全般と仕事は、ちーちゃんが見てくれたけど、その他諸々は、あたしが手を回して、全部裏工作して整えたのよ。今だから言うけど、勤務成績だって“全部作り変えてる”んですからね!」裕子さんがダメを押す。「そんな事、出来たんですか?」僕が驚いて問いただすと「今は、磁気カードでオンラインだから、誤魔化しは不可能だけど、前はカードの打刻とデーターを照合する作業があったから、通用したのよ。それでも、ボーナスに響かない様に“細工”するは、並大抵じゃなかったわ!」と裕子さんが恭子を見る。「恐れ入りました!」恭子が恭しく頭を下げたところで、ランチが届いた。4人で箸を割って無心に食べ始める。「Yさぁ、“同期のサクラ”で気になった女の子は居なかったの?」恭子がやおら言い出す。「香織ちゃんは居たけど、他は“イモ”ばかりだったから、歯牙にもかける気も起きない!完全に“圏外”だよ!」否定すると「有賀と滝沢は、そうでもないだろう?まあ、完全なる“一方通行”に過ぎんがな」と鎌倉が楔を打つ。「そうなの。Yを付け狙ってる子は居るんだ!用心しなきゃ!」と恭子は勝手に納得する。彼女たちが自動車部品事業部に居る事は、掴んでいるはず。またまた、厳重なる監視網が張り巡らされるだろう。「確かに“イモ”だらけだが、Yの“女の子選考基準”が厳格過ぎる嫌いもあるんじゃないか?」「それは、鎌倉もイコールだろう?“小さい・細い・可愛い”の3点は譲れない一線じゃないか!」「そりゃそうだが、Yは点数が辛いのは事実だろうに!」「それは、否定しないが、今は別世界に居るんだ。“女の子選考基準”は封印してるよ。そうでなくとも、手に余る程居るんだからな」「Y-、“女の子選考基準”について、説明してよ!一応、聞いて置く必要があるから!」と恭子が噛みついて来た。厄介な事になったものだ。「恭子、これは、高校時代に“客観的に判断するために決めた私的基準”に過ぎないからな!その辺は、現在とはズレが生じているのは、承知してくれ。基本方針は、さっきも言った様に“小さい・細い・可愛い”の3点セット。学業の優劣や外見は余り問わない。最も重要なのは“心”だ!“真っすぐに事を見据えて付いて来てくれるか?”これが一番の問題さ。いくら、眉目秀麗でも“心がねじ曲がって”いたら即アウト!付き纏ったり、ベタベタしたがるのもダメ!あくまでも、同じ方向に手を携えて進めるか?否か?と言う話さ。恭子は、何も外れてないから気にする必要すら無いよ!」「おー、結構厳格なのね。外れてたら“口も聞いてもらえない”んでしょう?Yの事だから、そこら辺は徹底してるよね?」「当たり。そこまで見えてるなら、わざわざ聞かなくてもいいだろう?」恭子は勝ち誇った表情を見せた。「鎌倉君も同じく?」裕子さんが突っ込んだ。「えー、Yみたいに厳しくは無いけど、根本的な部分では一致してるかな?俺は男だらけで過ごして来たから、Yみたいに共学じゃないし、付き合いも無かったからな。会社に入ってYと話してから“そうだよな!”って一致した訳。勿論、裕ちゃんは文句のつけようが無いよ!」鎌倉は押されっぱなしだった。「僕等の世代は、大体、共通してますよ。外見には捕らわれずに、心を見る傾向にありますから。鎌倉は、大多数が男子の工業高校出。女生徒との接触自体が少ないですから、妙な“先入観”が無い。だから、僕よりは、心が真っすぐか?は直ぐに見える。裕子さんを選んだのは必然性があるんですよ!」と鉄砲隊を差し向けてやる。鎌倉の冷や汗が少し引いた。「裕ちゃん、いい子捕まえたじゃん!」「恭ちゃんもね!」女性陣は満足げに言って笑っていた。鎌倉は、“悪い、助かった”とサインを出した。その後、2台を連ねてワインディングロードを駆け抜けて、寮に戻った。抜きつ抜かれつのカーバトルは、痛快だった。

「助かったよ!“繋ぎのY”の真骨頂発揮だったな!」鎌倉が部屋で今日を振り返って言う。「そっちは、裕子さんに押されっぱなしだったからな。いつも、あんな感じなのか?」「そう言う事。どうしても、彼女がリードする展開に持て行かれるから、冷や汗の連続さ。Yは、完全に下駄を預けてくつろいでるな。あの余裕は何だ?」「慢性的に女性と顔を突き合わせてるからだろうよ。仕事でもプライベートでも、やる事は変わらん。必要な指示は出すが、後は基本的には、向こうに任せてるからな。自然と信頼関係が出来上がってるのが大きいよ」「故に“信玄”と呼ばれるか?」「最初に言い出したのは“安さん”だが、いつの間にやら広がった。今では、事業部全体に拡散してるよ」「まあ、それでも“信頼されてる証”でもあるだろう?サーディプ事業部は、“信玄で持つ”って噂になってる。巨大な看板じゃないか!」「デカイ“看板”は性に合わないよ。だが、生き残るためには、やむを得ないか!」「そうさ。“看板”になれるか否か?これからの時代を生き抜くには、あらゆる場面で“売れてる”事が問われるだろう?俺達は“否応なしに売れた”口だが、他の連中にしてみれば、羨ましい限りなんだぜ!」確かに、鎌倉の言葉は説得力があった。「鎌倉、お盆休みは?」「帰らないさ!“誘拐”されに行く様なもんじゃないか!危険は冒さずに過ごすのが大前提だろう?田中さんが、ボヤいてたよ。“お前達が反乱を起こすとは”ってな!」「“反乱”は、いずれは起こさなきゃならない。まあ、最初の乱としては最適だろうが、“追討部隊”を送り込まれる危険は、覚悟せにゃならないだろうな!」「まさか、O工場から軍を派遣するか?」「田納さんなら、やらせる可能性はあるぞ!総務から“詰問使”が来る可能性はゼロとは言えない。最も“逆手に取って”国分側にも火を点けるチャンスでもあるがな。そこをどう見極めて来るか?読みは慎重に入れないとヤバイぜ!」僕は先の展望を指摘した。「それはそうと、メシに行かないか?明日からまた“戦争”だろう?」鎌倉が時計を見つつ言う。「そうしますかね。目立たぬようにさっさと行きましょう!」僕等は社食へ出かけた。

日曜日の社食はガラ空きだったが、ヤバイ一群を見つけた。有賀・滝沢・西沢・五味の“阿婆擦れ女軍団”だ!僕等は、隠れる様に席を取った。「危ないなー、付け込まれたらアウトだぜ!」鎌倉と共に肝を冷やしつつ食事を摂った。幸い、向こうは気付かずに出て行ったので事なきを得たが、滝沢にだけは捕まりたくは無かった。「Y、美佐江(滝沢)だけは苦手だろう?お前さんのアキレス腱だよな?」「ああ、唯一の爆弾だよ。だが、ウチの“お姉さま方”が網を張ってるから、少しは危険度は下がってるがな」「“スッポン”とどっちが嫌だ?」「“スッポン”の方が話が通じる分、まだ気を許せるさ。共通の“目的”もあるしな」「アイツら、真っ先に“召喚”されるだろうぜ!一番手っ取り早い人員確保方法だからな!」鎌倉が言った。当たらずとも遠からずで、的を射ているだろう。「自動車部品でも、余り良い評判は聞いて無い。あの4人なら、引き抜かれても然したる影響は受けないだろうよ。問題は、その他の事業部だ。いずれも、生産体制の一翼を担ってる存在だ。順次抜けてくとしたら、減産は避けられない。各事業部がどう出るかな?」鎌倉が懸念を示す。「比較的余裕があるのは、自動車部品と研究所と原材料の3つだ。ここから、補完人員を出すとしても、第2次隊でカードは使い切る形になるだろうな。残り100名分の補完人員の宛は無いに等しい。そうするとだな、1次2次隊の3分の1を残すしか無い様な気がするんだよ。無論、それでも現場に穴は空いちまうが、カードを温存出来るメリットは生まれる。生産を維持しながら、“帰還事業”に答えるとしたら、これしか無い!ただ、O工場の意向もある。“どうしても帰して欲しい人材”と被ったら最悪だよ!」「そうなると、本当に“戦争が勃発する”よな。熾烈な駆け引きに巻き込まれて、右往左往するのは派遣隊のメンバーと総務の連中になる。俺達も無縁では居られなくなるな!」「当然さ。だが、O工場のニーズと国分側のニーズが噛み合えば、最初はすんなりと通る事もあり得るだろう。1次隊は途中で入れ替わってるしな。入れ替わった人材は、任期が伸びてるから、まだ先があるし、9月末で“世界大戦”になる公算は低いだろうよ。問題は、10月末の僕等さ!O工場が“欲しがる人材”がわんさかと居る。“至急戻して下さい”と“まだ時間を要する”の全面対決だ!生産工程の調整もあるし、交代勤務のシフト変更もある。簡単には進まなくなったら、それこそ“争奪戦”に発展する!籍はO工場だが、こっちは現場の事情と生産計画の見直しを盾に戦う覚悟はしてるはず。さて、どう出るかな?」「呑気に構えてる場合か?」「そうさ。そうでもしてなきゃやってられないよ。決定権はO工場と国分工場の両方が握ってる。どっちが先に仕掛けて優位に立てるか?見物してるしか無いんだ。自分の意志は伝えてあるし、事業部と本部長の意向もあるだろう。国分側の意向が色濃く反映されるのを見てるしかあるまいよ」自戒めいた話になったが、僕等は“まな板に載せられた魚”と変わりないのだ。裁くのは、O工場か?国分工場か?当日にならなければ見えない部分も多々あるのだ。僕等にできる事は、“代わりの利かない人材”になるだけだった。僕と鎌倉、“スッポン”こと美登里は、地位を築いているが、大多数の連中はそうでは無い。これから始まる“大戦争”で、明暗はクッキリと別れるのだ。

食事を済ませて、2人で寮へ戻ると、玄関先で美登里が待ち構えていた。「おいおい!またしても厄介事かよ!」と鎌倉は引いたが「Y先輩、ちょっといいですか?」と言う美登里の目的は僕だった。「Y、気を付けろよ!」鎌倉はそう言って先に部屋に昇って行った。「車で出ましょうよ。他の人には聞かれたく無いので」美登里はそう言って車を回して、城山公園へ突っ込んだ。「夜歩きは、危険だぞ。特に、若い女の子はな!」「“女の子”扱いされたの何年ぶりかな?優しいんですね。でも、護衛に先輩が付いてます。心配してませんよ!」美登里はそう言って、国分工場が見渡せる南側へ歩いて行った。デニムのミニスカートに白いノースリーブ。美登里らしくない服装も気になった。普段は、肌の露出を極力しない彼女の心境に何があるのか?まだ、見えては居なかった。「先輩、“残留”出来ますよね?あたしと先輩と鎌倉さん!」「まだ、分からんぞ!これから、紆余曲折が始まるだろう。O工場の意向と国分側の論理が“激突”するんだ!先は不透明感で満ちてるよ」「あたし、岩留さんに“残して下さい”って願い出ました!“その言葉を待っていた!”って受け止めてくれました。“代わりの利かない人材になれ!”先輩はそう言われましたが、その地位も手にしました。O工場に未練の欠片もありません!掛け替えのない仲間と働く場を見つけてしまった。今更、“帰って来い”なんて言われても受け入れられません。あたしも揺るがぬ姿勢を保つつもりです。だから、今更“引き上げる”なんて言わないで下さいよ!」「“我はこの地に根を降ろす”君が来る前に、腹は括ってあるさ。もう、引き返す選択は無い。ならば、剣を手に戦うまでの事!幸い、援軍には事欠かないからな!」「あたしもそのつもり。未来への扉は、自ら切り開く。覚悟は出来てます。後、1つを除いては・・・」「残りは何だ?」「パートナーですよ。共に歩む相手。あたしじゃダメですか?」美登里はそう言うと、腕を絡ませて来た。「“正室”がおられるのは知ってます。だから、愛人でもいいの!抱いてくれませんか?」美登里は真面目に言う。ボーイッシュだった髪は伸びて、セミロングにまでなっている。風になびく美登里の髪は輝いていた。僕は美登里を抱き寄せると、「可愛い後輩に手出しはしない。だが、共に戦う戦士としては頼りにする。自分を安売りするな!相応しい男は山のように居るだろう?」と言い含めた。「どうして、あたしには“権利”が無いんですか?恋愛は自由で本人の意思でしょう?」美登里は、抱き付いて離れない。「恭子に知れたら、事だからな!ウチのレディ達を甘く見るな!日干しにされるだけじゃ済まないぞ!それに、細川が居るだろうに!」O工場の相手の名前を出して、引き剥がしにかかろうとするが「アイツなんてもう過去の人よ!先輩だって切り捨ててるじゃありませんか!」と迫って来るのを止めない。こうなると、驚異の粘りを見せて絶対に離れないだろう。「“主義”に反するが、1度きりなら言う事を聞いてやる!だが、今回限りだぞ!」と言うと彼女は頷いた。車に乗ると直ぐに胸に飛び込んで来て「寂しかった。ずっと待ってたの」と言って唇に吸い付き、舌を絡ませる。小ぶりな乳房をさらけ出し、パンティも剥ぎ取ると、餓えた野獣の様に激しく息子を吸い込んでから「あー・・・、突いて!思いっきり突いて下さい!」美登里は狂った様に腰を使い、執拗に突きをねだった。まるで、鬱憤を全て吐き出す様な勢いだった。絶頂に達すると、1滴も余さずに体液を吸い尽くした。「すごい・・・、気持ち良かった・・・、いっぱい出してくれたね」と言って息子に舌を這わせた。本当に余す事無く吸い尽くしたのだ。「まだ、元気ですね。もう1回出来ます?」美登里は、久々の男性の味に餓えていただけでなく、快楽にも餓えていた。美登里のホールに指を入れてかき回してやると、たちまち声を荒げて快楽の世界に溺れだした。「ダメ!出ちゃう!漏れちゃうよー!」と言い終わらぬ内に、多量の愛液が噴出した。「お願い、もっと突いて下さい」座席を愛液まみれにしながらも、彼女は息子を欲しがった。背後から猛然と腰を入れてやると、たちまち底なし沼に落ちて行った。「中に・・・、中へ出して!」突かれながらも、美登里はねだった。再び体液を注いでやると、ぐったりと崩れ落ちた。「これで、思いは・・・、果たせたわ」彼女はやっと満足感に浸った。女性の身でありながら、男達を相手に日々格闘する美登里も“女”に変わりは無かった。この後、美登里とは営みを持つ事は無かった。1度きりの夢に終わったのは、僥倖だった。次に彼女と手を組むのは、互いに剣を携えて戦う10月以降になった。本当に“乾坤一擲”の勝負を挑む場で、僕等は縦横無尽の戦いを繰り広げた。だが、今は1人の女性として、思いを果たしたに過ぎなかった。間もなく7月が終わる。折り返し点は目の前に迫っていた。

life 人生雑記帳 - 72

2019年12月08日 13時39分24秒 | 日記
田納取締役の“光学機器事業本部長就任”の話は、瞬く間に国分派遣隊の全員に知れ渡った。妻帯者や4直3交代勤務従事者からは、歓迎する声も上がったが、僕や鎌倉の様に“国分移籍”を密かに画策する者達は、不安と疑心暗鬼に陥った。「折角、“自分の居場所”を見つけたのよ!それを“任期満了”を盾に取って“帰って来い”は無いでしょう?!」美登里もそう言って憤慨した1人である。「まあ、まだ2ヶ月の猶予期間はある。国分側だって“阻止運動・工作”を展開するだろう。そうしないと、根本から“目論見”が潰えるだけで無く、マスタープランに対しても影響は不可避だ!安易に白旗を挙げるとは思えんな!」僕はそう答えた。「O工場に戻れば、“年功序列”で元の木阿弥にされるだけ。ここなら、自分の努力と実力で戦える!何か手は無いのかな?」美登里も必死に思案していた。「誰にも“代わりの利かない人材”になる事、実績を積む事、職場・上司から信頼を勝ち取る事、そして、これが一番大事だが“残ると言う意思を明確に伝える事”だろうな。岩留さんが“ああ、そうですか”って簡単に折れると思うか?」と指摘すると「あの人は、折れないわ!安田順二だって、折れる訳ないでしょう?」と美登里は返して来た。「そこまで見えてるなら、揺らぐな!グラついたら付け込まれて終わりだよ。“しっかりと前を見据えている者”は、周囲も黙って離さない。総務には、鎌倉が目を光らせてる!情報は直ぐに掴めるから、安心しな!僕達は“安易な妥協”はしない!そうだろう?」「はい、来た以上、簡単に諦める事はしません!」「ならば、不安は振り払え!前を向いて戦え!結果は自ずと付いて来るさ」僕は、ゆっくりと社食へと歩き出した。鎌倉は、総務に潜っての“情報収集”に出向いていた。美登里も付いて来る。「先輩は、不安になりません?」「無い訳無いだろう?なにしろ、相手が悪い!会長がバックに居るんだから、余程の事が無くては“強制送還”にされちまう!“安さん”だってその点は心得てるだろうから、手は回してる筈さ。まだ、内示もされてない段階だし、O工場側の都合もある。1%でも可能性があるなら、それに賭けるしかなかろう?それよりもだ、来月、再来月をどうやってクリアさせるか?そっちの方が頭が痛い!」「その思考、どうすれば身に付きます?」「岩留さんに聞いて見な!“どうすれば、残してもらえますか?”ってな。僕は“安さん”に“このまま留めて下さい”って伝えてあるし、“思う存分腕を振るえ!”ってお墨付きをもらってる。だから、好きな様に暴れてる。“錦の御旗”を手にすれば、怖いものも無くなるさ。おう!鎌倉、こっちだ!」社食の入り口で、鎌倉と落ち合った。「珍しい取り合わせだな!」「まあ、成り行きさ。ともかく、メシを食いながら情報を共有しようぜ!」僕ら3人は、トレーにメニューを取ると、テーブルを囲んだ。「O工場の最新の状況が割れたぞ!ボディの材質とレンズの設計で手こずってるらしい。マウントやミラーボックス、レール周辺は金属に決まったが、それと樹脂をどうやって合体させるか?で揉めてるよ。レンズは全て新設計になるから、従来のレンズ群との“互換性”をどう取るか?アダプターで切り抜ける方向らしいが、F値が3.5より暗いレンズは、動作保証がとれないで困ってるとさ!」「問題山積じゃない!しかも量産以前の問題ばかり。9月末に第1次隊が引き上げても、仕事あるの?」美登里が首を傾げた。「レール部分をどう言う材質にするか?も疑問だらけだな。ダイキャストにするか?プレス板にするか?この選択だけでも結構な難題だよ。ダイキャストだと“ス”があれば歩留まりが落ちるし、プレス板だと強度に問題が生じかねない。ネジでプラボディと合わせるか?鋳ぐるみにするのか?加工技術も確立されてないとしたら、帰っても意味は無いな」僕も推測を述べた。「だが、その他部分は、ほぼ固まったらしい。サブアセッンブリーなら、先行させるつもりかもな。電子回路なんかは、半導体部品の発注に踏み切った様だぞ!」鎌倉が言う。「ICやカスタムCPUの量産には、2ヶ月から3ヶ月は時間がかかる。タイミング的には、ギリギリまで粘った結果の判断だろうな。しかし、ボディが決まらないと、フレキ基盤や補助基盤は図面すら引けない。まだまだ、先は長そうだな」「お盆休み返上で、そこら辺はケリを付けるらしいぞ!Yが本来戻る10月の末には、量産試作も終えて最後の詰めに向かう算段らしい。3機種のウチ、トップ機種で量産をスタートさせて、3ヶ月遅れで下位の2機種も量産に向かう計画だ。田納さんが来る手前、チンタラしては居られないぜ!」「でも、間に合うのかな?」美登里が遠い目をする。「意地でも間に合わせるだろうよ。年末の商戦に国内投入する予定なら、時間的にもギリギリだろう?場合によっては、見切り発車もあるんじゃないかな?」「それって、半導体が間に合わなくても“白ROM”で書き込みを入れるって事?」組み立てに居た美登里が推論を言う。「あり得るな!ボディの見込みが付けば、他は一気に動き出せる。サブ・アッシーを先行させて、1ヶ月遅れで一気に組む事も想定してるだろうよ。そうなると、兵隊が足りなくなるな!第2次隊までは“強制送還”にせざるを得ないかも知れない。国分が何と言おうが、田納さんが押し切ればあり得ない話じゃない!」僕は、そう言いつつも“希望”は捨てていなかった。これまでの情報を総合すると、今回の新機種に使われる金属部品は少ない。外装も含めて樹脂部品の割合が高いのだ。だとすれば、プレス部門はさして忙しくはならないだろうと。美登里の仕事にしても、サブ・アッセンブリーを先行させれば、兵士の数は急な問題にならない。鎌倉は管理部門だから、勉学もかねて留め置かれる可能性は高い。反対に、克ちゃんや吉田さんは“喉から手が出る程欲しい人材”として呼び戻される確率が高いのだ。それを告げると「そう言う事になるわね!」「妥当な線になるな!」と2人が返して来た。「これまでの仕事の事を考慮すれば、2手に分かれる可能性はあるだろう。準備段階で早期に戻さなきゃならないヤツと、量産の目鼻が付くまで留め置かれる連中にな。少なくとも、年内は、僕等3人は“見送られる”確率が高い!その隙を縫って“残留工作”が実を結べば、留まれる線は残されてる!諦めたり、悲観するには、まだ早いよ!」僕がそう言うと2人は黙して頷いた。「8月の“一時帰国”で探りを入れれば、なおハッキリするだろうが、ともかく、落ち着いて冷静に対処しようや。当て推量は墓穴を掘るだけだ!」「Y、強くなったな。安田順二の薫陶の賜物か?」鎌倉が言う。「それは、大いにあるが、自分で掴み取った“地位と実績”もある。伊達に過ごして来ては居ないぜ!」と返すと「あたしも“やりがい”を感じてるし、“使命感”も芽生えたの!ここは、実力の世界。自分を信じれば手にできないモノは無いもの!」と美登里も言う。「俺も“かけがえのない場所”を見つけちまった。今更引けるかよ!」と鎌倉も笑う。僕等3人は、改めて自分の立ち位置を確認して、“生き残り”に向けて歩みだした。

週末の金曜日、本来なら“地獄の金曜日第1弾”の筈だが、ピリピリした空気感は皆無だった。急がなくてはならないのは、GE関係のみ。それさえ無事に通過すれば、先行している関係上、焦る要素が無いのである。だが、前工程は180度違っていた。整列は外注も含めてフル回転を続行していたし、橋元・今村のご両名率いる塗布工程も、1枚でも多く炉の前に積み上げようと必死になっていた。「基本、通常体制。GEのみ最優先。午後は治工具のメンテナンスに当てます」僕が“おばちゃん達”に出したのは、“ゆっくり確実に”の指示だけだった。午後は、治工具の手入れと、倉庫の棚卸を先行して進める予定だ。この知らせに驚喜乱舞したのが、下山田さんと橋元さんだった。「“信玄”が陣列・軍容を整えている今が好機!地板1枚でも構わん!次工程へ送り込め!」と言って作業を督励したのだ。2週連続しての“休日返上フル稼働”により、整列・塗布工程にも休暇を出さなくてはならない。月末にも関わらす、土日を止めると言うのは勇気がいる事だが、カードを先に使い切っている現状では、当然の選択だった。最終週を前にして、月次予定の達成は見えており、生産は、既に8月分にまで食い込んでいるのだ。焦る必要は無かった。ただ、“田納ショック”が薄っすらと影を落としていた。午後のメンテナンスの時間帯、神崎先輩と恭子、ちーちゃん、千絵の4人がやって来た。「Y、8月のお盆休みなんだけど、帰郷せずに、国分に残ってくれない?」恭子は意外な事を言い出した。「何故?」「新谷さんと岩元さんからの最新の情報だと、帰ったら最後、2度と戻れなくなるわよ!そのままO工場に留め置かれて、新機種の“ボディ開発チーム”のリーダーにされちゃうわ!午前中、総務に届いた書面にYの名前が載ってて、新谷さんが知らせて来たの!今、“安さん”が抗議に行ってるの!」ちーちゃんが青ざめた顔で言った。「Y先輩、あたし長野に行くの諦めます!あたしだけ帰るなんて出来ません!嫌です!」千絵も帰るなと言う。「任期途中で“強制送還”とは、O工場も相当焦ってるな!しかし、僕の元々の専門は、金属加工だ。それを樹脂加工へ転属させるとは、何故だろう?」「交代勤務に就かせるためよ!24時間フル稼働させる腹づもりじゃない?」神崎先輩が答えた。「あたし達の“信玄公”をかっさらわれて、黙っていられると思う?まだ、あなたには“使命”があるの!“事業部を立て直す”と言う大目標が!あなたの代わりはあなたを置いて誰も居ないの!やっとここまで来たのに、O工場の論理で取り上げる何て許せないわ!せめて、任期が来るまでは、“残留”してもらわなくては、また、闇の中へ真っ逆さまよ!」神崎先輩が唇を噛んで悔しさを露わにした。「“安さん”は何と言ってます?」「当然ながら“そんな強引な手口に乗るものか!”って湯気を立てて、総務に“怒鳴り込み”をかけに行ったわ!徳永は、管理室で責任者達を集めて善後策を検討してる!全員が反対側に付いてるわ!Y,帰ったらダメ!永久に戻れなくなるの!悔しいけど鹿児島から出たらダメ!お願いだから、“残る”と言って!」恭子は必死に止めようとしていた。「答えは最初から決まってるさ!“我はこの地に根を降ろす!”今更、帰るだと?みんなを置いて帰れるか?向こうが、そのつもりなら、帰郷を見合わせて“籠城”するまでさ!こんな“汚い手口”に載せられてたまるか!」僕が怒りを口にすると「そうだ、こんな“汚い手口”に載せらるものか!Y!本部長に光学に対して抗議を依頼した!“任期満了までは手を出すな!”とな。口頭と文書の2段攻撃だ!合わせて、“Yは帰さずに転属させる!”とも伝えさせる!夏季休暇中、戻る事は許さん!鹿児島に残れ!何なら、俺が実家で面倒を見てやる!貴様には、やらせる課題が山積しているんだ!途中の停車駅で下車するのは、“主義”ではあるまい!」“安さん”が現れて言う。「勿論です!手を染めた以上、最後までやらせて下さい!お願いします!」僕は“安さん”に願い出た。「俺もそのつもりだ!まだ、“見た事もない景色”は、まだハッキリ見えておらん!Y,貴様の意思は何度も聞いた。そして、全く揺らいで居ない事も、今、確認した。どうやら、貴様を奪い取るためには、全勢力を注がねばならん様だな。来週の製造営業会議を手始めに、サーディプ事業部の国分工場の威信を賭けて戦う時が来た!貴様以外の指名者連中が居る各事業部も、全部門がO工場の申し出を蹴るつもりで動く!工場長も総務部長も反対だ!我々は、全勢力を持って貴様等を守り抜く!覚悟はいいな?」「無論です!異議などありません!」「良く言った小僧!覚えて置くぞ!引き続き後工程を頼む!勝負は最後まで分からん!だが、貴様は“帰さずに残す!”俺の意思も変わっておらん!全力で付いて来い!攻めて来い!先の事には心配に及ばん!思うままに突き進め!」“安さん”は、僕の肩を叩いて言い含めた。「お前ら!“信玄”は渡さん!安心して職務に戻れ!」恭子達にも“安さん”は言った。神崎先輩達もホッとして、検査に戻った。固唾を飲んで見守っていたおばちゃん達も安堵の表情を浮かべた。定時で上がってから、僕は田中さんを総務管理棟に訪ねた。「O工場は狂いましたか?現場は猛反発してますよ!期限前に“強制送還・留置”とは、呆れてモノも言えませんよ!」と噛みつくと「安田順二も岩留さんも、同じことを言ってたよ。“こんな汚い手口が通用すると思っているのか!”って大喝を喰らった。O工場には、“性急な事は通用しない。最低限、任期満了まで待て!”と言い返してある!盆休みに帰郷しても、“強制的に留置”される事は無いぞ!それに、“国分工場側のヘソを曲げた罪は重い!本部長が謝罪して今回の件は取り消せ!”と釘を刺してある!来月は、順次休みを取れよ」と言うので、「帰りませんよ!誘拐されたらそれまでですからね!任期はまだあるんです!これは、既に“信用問題”に発展してます!身分の保証が無い限り、帰るつもりはありませんから!!旅費もいりませんよ!それぐらい、ここで稼いで見せますから!!」と大声で言い放つと、椅子を蹴って管理棟を出た。総務の連中が騒めいていたが、気にもしなかった。「これで、義理が1つ減った。道理の分からない連中の相手はしないに限るな!」僕は憤然として寮へ戻った。

「ごめんなさい。神崎先輩と千絵の手前、ああするしか無かったのよ!」助手席から恭子が詫びを入れて来た。「気にするな!これで、義理が1つ減ったよ。向こうが“手段を択ばずに強引に事を起こした”事に意味がある。約定を違えた罪は重い!O工場としては、今後下手に出るしか無い。しばらくは、静かになるさ。それに、僕も帰郷は見合わせる。“誘拐同然”に拘束されに行くのは危険だ!」「じゃあ、寮に“籠城”するの?」「基本的に、九州から出なければ問題は無い。必要なモノは、宅配便で送ってもらう!寮の車も空きが出るだろうから、気ままにドライブに出るのも悪くはないさ!」「あたし達も帰らないとマズイから、3日ぐらいはYを“1人で放り出す”けど、大丈夫?」「僕以外にも、盆の内に帰れないヤツは数多居るさ。第1次隊の4直3交代のヤツらは、9月の末にまとめて休むつもりだろう。帰れるヤツは、その時に引き上げるだろうよ」「あたしは、前半に実家に帰って、後半の3日間は寮に戻るつもりよ。他の子達はどうするか?調査しないと何とも言えないけど、後半の3日間は空けて置いて!あたしが“独占”するから」恭子はそう言って意気込んだ。「さて、今日はどっち方面へ行く?」「鹿屋へ。牧之原から山道で行ってよ。たまには、ルートを変えてみようよ!」「了解だ」スカイラインは、国道10号の坂道を苦も無く駆け上がった。「ねえ、O工場の開発状況はどうなの?」「難航してるらしい。肝心なボディが決まっていない。骨格が定まらなくては、神経系に当たる電子回路の基板の図面も引けないし、電池の選定も出来ない。外装は決まっているから、どうやって詰め込むか?が最大の問題だな!ただ、ICとCPUの発注はもう済ませたよ。納期の関係上、最低でも2ヶ月前には仕様を決めないと、量産できないからな!」「年内に発売するとしたら、もうリミットでしょう?」「ああ、盆休み返上で骨格を決めると言ってる。後は、微調整だな。カバーを薄くするとか、材質を変えるとかだよ。基本は固まってるから、ミリ単位での調整だけだろう。電子回路の基本設計は完了してるから、基板を作って実装して、こっちも微調整だけだろう」「その、微調整が大変でしょう?」「ああ、如何に“限られたスペースに押し込むか”だからな。組み立て工程にも左右されるし、治工具も改良が必要になるだろうよ。ともかく、組んでバラしての繰り返しさ。10月からは、量産に載せないと年末商戦に間に合わなくなる」「それにしても、Yを“帰せ”には参ったわ。完全に“圏外”だと油断してから、余計に堪えたわ!」「それは、こっちも同じだよ。10月にならないと“具体的な話も無いだろう”って油断してたからな。幸いにも“撃退”出来たからいいが、危うく持ってかれる寸前とは、思いもしなかったよ」「Yの計算では、どうなのよ?」「2手に分かれると踏んでるよ。期限満了で引き上げて、量産に携わるヤツと“軌道に乗るまで見合わせる組”にね。僕は、後者に属すると思ってたから、今回の件は驚いたさ!今回の新機種は、樹脂部品が8割を占める事になる。金属部品、それもプレス加工品の数は少ないはず。だから、ある程度落ち着くまでは、お呼びは来ないと踏んだのさ。その間隙を縫って、立ち位置を確保してしまえば、呼び戻す理由が減る。国分だって、現状の200名が“居る前提”で計画を組んでるだろう?恐らく、年内一杯は我々も含めた計画を設定したはずだ。それらを総合すると、約3分の1に当たる70名前後は、越年させるだろうと読んだのさ。量産に乗っても、トラブルや設計変更はあり得るだけに、一気に大量生産って訳には行かない。市場投入にしても、国内が最優先だから、コンスタントに流れるまでは、時間は必要だ。そこから逆算して見ると、12月に発売するとしても、必要な部品に限りがあるだけに、発売延期を考慮して3月まで待つ事も考えられると読んだ。2月の投入は、まず有り得ないからな!」「どうして2月はダメなの?」「2月と8月は、鬼門なのさ。卒業・入学シーズン前と、夏休み期間はどうしても商品の動きが悪いんだよ。1年を通して売り上げベースの数字を追うと、2月と8月は、全体的に売り上げが落ちる傾向が強い。だから、この期間に作り貯めをして、3月や9月に備えた方が無難なのさ。売りたいのに“タマ”が無ければお客は取られる!商機を逃さない戦略も必要さ!」「ふーん、あたし達には分からない事も多々あるのね。そうか!9月は、運動会シーズンだものね!」恭子がやっと納得した様だ。「そう言う事。2月と8月は、業界にとっても難しいのさ。そろそろ、分岐点だ。どっちへ行く?」「お腹を満たしてからよ!市内へ乗り入れて!食事が済んだら、ここまで戻って逆へ出ればいいの」「今晩は、帰れそうもないな?」「ええ、“お泊り”のつもりよ!だって、誰も明日の指名をしてないでしょう?」恭子が笑う。食事の後は、“誰にも見とがめられない部屋”で、ゆっくりと恭子を抱いた。「眠ってるヒマは無いわよ!」恭子らしからぬ過激な下着姿を見せつけられて、時間を忘れて営みに励んだ。疲れると、全裸で抱き合って眠った。恭子の素肌は、誰のモノでも無い僕のものだった。

土曜日の早朝、見慣れたローレルが寮の前に停まっていた。「鎌倉も朝帰りか!」「お友達も新谷さんの餌食になったみたいね!」と眠い目を擦って恭子も言った。「今日は、動かんぞ。昼までは寝る時間だ!恭子、おやすみ!」「ええ、あなたも休んでね!」別れのキスをして、車を降りると鎌倉もフラフラと歩いて来る。「よお、お疲れー!」「生きてたか?全く、激しくて腰が痛いぜ!」鎌倉は、腰を擦っていた。「新谷さんは、余程お気に入りの様だな。ロクに寝てないんだろう?」水を向けると、「とにかく、寝たいが、その前に相談がある!“重要極秘事項”だ!」と鎌倉は勿体ぶる。取り敢えず、部屋へ雪崩込むと、TVの前に座った。克ちゃんと吉田さんは、勤務中らしい。「新谷さんからの“極秘情報”だ!田中さんもまだ知らないヤツだ!」「総務の“極秘”と言えば、人事だよな?」「ああ、帰り際にチラッと見たらしいが、田納取締役の光学機器本部長就任が、8月に前倒しになるそうだ!」「何!それは確かか?!」情報の内容は、僕の想像を遥かに越えたモノだった!「九分九厘、間違い無いそうだ。Y,ヤバくないか?」鎌倉の表情も暗い。「ヤバイなんてもんじゃないぞ!だが・・・、ちょっと待てよ?あの人、確か“事業本部持つの初めて”じゃないか?」「そう言われると、そうだな。子会社のトップの経験はあるが、本体の事業本部は、確か初めてだよな?」鎌倉も記憶を総動員して、首を傾げる。「だとすると、まだ隙はあるな!どの道、赴任先は原宿か用賀になる。着任しても、まずは、関係各所への挨拶回りに追われるだろうから、東京に釘付けになるのは間違い無い。事業本部会議にしても、製造営業会議も、幹部会議にしても原宿か用賀でやるしか無い。O工場へ顔を出せるのは、早くても8月末か9月頭にズレ込むだろう。現場の実情を把握しても、実際に指揮を執れるのは、10月まで先送りになる公算が高い。そうすれば、こっちに実害が及ぶとしたら、第2次隊の帰還時期まで引き伸ばせる。後、1ヶ月は時間稼ぎが出来るな!」「その間に何らかの手を打つのか?」「やれる事は、全てやり尽くすしかあるまい。国分工場にしても、“僕達ありき”で算段を立ててるはず。当然ながら、“反対や期間延長の嘆願の類い”は出したりするだろう。特に、半導体事業本部と総務部は、徹底的に抵抗するだろうし簡単には白旗は上げないだろうよ。田納さんよりは、本部長が“格は上”だし、発言力もあるはずだ!」「しかし、大半の連中は、引き上げさせられるぜ!余程の理由が無い限りな!」「それは、否定しないさ。4直3交代勤務従事者や、妻帯者は時期が来れば、否応なしに“帰還命令”は出るだろうよ。だが、鎌倉と僕と“スッポン”は職務が他の連中とは、全く違うだろう?僕と“スッポン”は、事業部の“中核部分”を担ってるし、鎌倉は職務自体が“特殊”だ。単純に生産ラインに送り込まれてるヤツとは立場が違う。岩留さんや安田さん、総務部長が、易々と簡単に折れると思うか?」「そうか!3人とも簡単には引き下がるとは思えんな!つまり、3人は“はい、そうですか”と簡単には引き渡しに応ずる理由が見当たらないって事か!」「そうさ。“自ら指揮を執る立場に居るか居ないか?”この差はデカイぞ!僕は、先般の騒動の際に、キッパリと拒んである。“安さん”も“心配は要らん”と言ってた。レイヤーだって、同じはずだ!“スッポン”が使えると読んだ岩留さんが、“はい、そうですか”何て言うはず無いだろう?他の事業部にしても、後任が確保出来なければ、穴を開ける様な真似をするか?第1次隊、2次隊の4分の1は、残れる可能性はあるぞ!中途採用は限りがあるし、新卒の採用者が来るのは、来年の4月以降だ。それまでは、既存の勢力の範囲内で回すしか無いんだから、まだ粘れる余地はあるな!」「だとしたら、具体的にどう動くんだよ?」鎌倉が問いかけて来た。「“態度を鮮明にして置く事”だよ。“俺は帰らない!”って宣言して、周囲の援護を得易くして置くに限る。漠然と“援護射撃”を期待してても、届かなきゃオシマイさ。その点、僕等3人は、共通の背景がある。自らの意志が固まっている事、職場や周囲の援護が得易い事、そして、トップがキッパリと拒む意思を示している事さ。後は、何があっても揺るがぬ事だろうな。当然、これから揺さぶりは激しくなるし、尾ひれの付いた噂も飛び交うだろうが、それに乗らずに、確固たる意志を示せばいい。そうすりゃあ、“何があっても帰すものか!”って運動が立ち上がる。背後が固まってりゃあ、迂闊な手出しは出来ない。逃れるとしたらそれしかあるまい!」「成程、確固たる姿勢で居れば、自然と周囲が担いでくれるって事か。だが、それは、俺達だからこそ出来る戦法だろう?他のヤツらはどうするんだよ?」鎌倉が更に突っ込んで来る。「大半の連中は“逃れる術は無い”のさ。多少は足掻けるだろうが、僕等の様に、長期に渡って残れる保証は無いんだよ。田納さんの出現に寄って、情勢は大きく変わった。具体的に“ビジョンも目的も無く残ろうとする”ヤツが居るとしても、田納さんは甘くは無い。だが、僕等には“明確な理由”がある!目的意識が無けりゃ、否応無しに引き上げさせられるだけさ!」「じゃあ、これから“大規模な振い落とし”が来るのか?」「多分な、派遣時期は、最早関係無いだろう。向こうは、かなり焦っている。田納さんの手前もあるし、早期に“決着”を付けたがるだろうな」「それをどうやって“引き延ばし、抵抗するか?”は、国分側の各事業部の意志で決まるか?こりゃあ、相当に揉めるぞ!自動車部品にしても、機械工具にしても国分の各事業部は、慢性的な人手不足に喘いでるんだ!総勢200名が順次抜けて行くとなりゃあ、“黙って見送る”とは到底思えん!来月から、戦争になるぞ!」「ああ、“大義の無い”戦争さ。あるのは、“人員争奪”と言う醜い争いさ!国分側は“帰すにしても、時間をくれ”と言うし、O工場としては“速やかに帰して下さい”と粘るだろう。だが、この前の一件で、O工場の“常識の無さ”は、国分側全体に知れ渡ってる。国分側が“強気”に出れば、引かざるを得ない部分もあるだろう。僕等は、そうした喧噪からは身を引いて、黙って待てばいい。持久戦に持ち込めれば、勝機はある!鎌倉、この話は僕等だけの胸の内にしまって置けよ。月曜日なれば大騒ぎなって、田中さんからも何かしら言って来るだろう。それまでは、地下深くに埋めて置こうぜ!」「ああ、勿論だ。何せ“最高機密”だからな!」鎌倉は不敵な笑いと共に同意した。「さて、少しばかり寝るとしよう。いい加減にブッ倒れちまうぞ!」「言えてるな。Y、起こすなよ!」僕と鎌倉はベッドに潜り込むと、直ぐに寝息を立てた。

誰かが肩を揺すっている。声もしている。「Y、悪いが起きてくれ!Y、起きろ!」揺すっていたのは、田尾だった。「うーん、どうした?」僕は、半寝ぼけながらも何とか反応した。「電話だよ!それと、相談がある!談話室へ来てくれ!」田尾はマジな顔つきで言った。顔に平手を入れて起き上がると、午後1時だった。電話の相手は、みーちゃんだった。「ごめんなさい。寝てた?」彼女の声はハッキリと聞こえた。「うん、疲れてたから。みーちゃん、何かあったの?」「夕方、出て来れる?迎えに行くから、付き合って欲しいの!」「断れないな。分かった。午後4時でどう?」「OKよ、寮の前に車を着けるから、お願いね!」みーちゃんと約束が出来た。受話器を置くと、談話室の田尾の元へ行く。何やら難しい顔をしていた。「田尾、また、鹿児島日電の連中か?」と言うと「相変わらず鋭いねー!招待状が来ちまった。だが、今は勝負してるヒマはねぇよ!どうやって切り抜けたらいい?」と困惑気味だ。「相手は、前回対決したヤツらだろう?」「ああ、面子は同じさ」「厄介だな。出て行かないとなると、こっちが“卑怯者”の汚名を被っちまう!」「それだけは、勘弁ならねぇ!何か手は無いか?」「ふむ、“戦わずして勝つ”としたら、手間はかかるが、手はあるぞ!“敵国流言作戦”だ!鹿児島日電だと相手が割れてるなら、向こうに鉄砲を撃ち込めばいい!“お宅の社員に因縁付けられて困ってます。しつこく付きまとわれてるので、警察に通報しても構いませんか?”って手紙を送り付けるのさ!それも、工場の上に宛ててな!」「どうやって書くんだ?字でバレたら元も子も無いぞ!」「世の中には、ワープロがあるだろう?宛名も含めて、機械に頼ればいい。差出人は書かずに作ればいいし、投函先も加治木当たりにすれば、足が付く恐れは半減するだろう。相手の氏名が分かるなら、直訴しちまえばこっちのモノだろう?時間はかかるが、確実に足止めするならこれしか無い!」「Y、ワープロ持ってたよな?作ってくれるか?」「やってもいいぞ!その代わりに“情報”を寄越せ!氏名や所属部署が分かれば尚更いい!後は、投函だけやってくれ!」「よっしゃー、乗ったぜ!直ぐにも調べ上げてやる!“情報”は、Yのベッドに置いとく。日曜日の内に作ってくれ!」田尾の表情が引き締まった。「了解だ!たまには、“情報戦”も悪く無いだろう?」「“腕力だけが武器じゃない”ってアンタ言ってたよな?向こうにすれば、手の内を暴露されるんだから、たまらないだろうな!これで、また、時間を稼げる!Y、この手の策は幾らでもある見たいだな。これからも頼んだぜ!」田尾は椅子から立ち上がると、“情報”の収集に急いだ。「やれやれ、喧嘩を止めるのも職務の内か!」と呟くとシャワーを浴びに行く。次なる問題は、みーちゃんだった。彼女は何を持ち掛けて来るのか?予想も出来なかった。

life 人生雑記帳 - 71

2019年12月05日 15時43分10秒 | 日記
月曜日、返しの作業室には、トーチカの如く製品の山が積上げられており、立錐の余地すら無かった。炉の前にも地板の壁が敷設されていて、“馬防柵”さながらの様相を呈していた。「言葉通りだな。こうで無くては困るんだ!」僕は思わず薄笑いを浮かべた。子細に調べて行くと、TIとRCAの金、銀、ノーマルのベースにキャップが主体である事が読み取れた。GEやその他の急ぎのロットは、まだ出て来て居ない。週末に休んだ分を取り返すべく、朝礼は省かれた。僕は、早速セッティングにかかった。「さあ、このトーチカをどう突破する?簡単に崩れはせん!」今村さんが陰から見て呟いた。「今度ばかりは、“信玄”も簡単に突き崩せはせん!白旗だろうな!」橋元さんもしてやったりの表情を浮かべて居る。だが、意外にも“安さん”は「橋元、下山田に“火曜日の夕方、川内行の便を手配しろ”と伝えろ!“信玄”は、既に見切った!水曜日の午前中、それもかなり早い時間帯に、総突撃で襲いかかって来るだろう!自陣に“信玄”を突撃させたく無ければ、“手を回せ”とな!」「まさか、2日半であのトーチカを突破すると?」橋元さんがあ然として言うと、「ヤツなら容易くやりおるだろうよ!確かに、数量はあるが急ぎのロットは皆無だ。これから“日追い”で繋ぐ予定だが、恐らくその前に“防衛ライン”を蹴散らすつもりだろう!ヤツの力を持ってすれば、如何に堅固な“要塞”でも弱点を突いて必ずや攻め落すだろう!俺からも、川内に煽りは入れて置くが、夢々油断するな!それと、これを見ろ!」“安さん”は1枚の紙を橋元、今村両名に見せた。「品証の“試験合格通知”ですか。これが何か?」「検査の女子陣も“信玄”の“騎馬隊”に組み入れられた!今週からは、誰が何を検査しても問題が無くなったのだ!検査にブツが溜まる事さえ無い!覚悟して置くんだな!検査からも矢や鉄砲が飛んで来るぞ!」「えっ!では、検査もフル回転が可能に?!」橋元さんが蒼白になる。「“信玄”めが!後工程の総力を結集して、追い込んで来るぞ!敵は“信玄”だけにあらず!“女武者”までもが、煽りに攻めて来るぞ!」「ゲッ!それでは、検査が切れるのも時間の問題ではありませんか!」今村さんも青ざめる。「ヤツは、完全に迎え撃つ体制を整えた!これからは、1ロット単位での攻防戦になるのだ!とにかく、急げ!下山田を煽れ!ここで蹂躪されたら、体制を立て直すのは困難になる!繋いで凌いで、次の大口が来るまで支え切れ!俺も徳永も“信玄”を止める手立ては持っておらんのだ!全体的には、先行して今月は進んでおる。“遅らせろ”などとは口が裂けても言えないのだ!」“安さん”も半ば青ざめていた。「ヤツは化け物か?!いつの間に、こんな体制を築き上げたんだ?」橋元さんが呆然と言うと「全ては+αを狙っての事。前月比30%の上乗せなど物ともせずに、前へ前へと進撃しておる。このまま京へ上洛されれば、我々の威信に関わる大事となろう!炉を挟んで後ろは、既に“信玄”の領国と化した。残るは、前だけなのだ。モタモタしておると、“武田の騎馬軍団”に縦横無尽に蹂躙されてしまう!お前達も“信玄”の軍門に下るか?」「いえ、我々は屈しません!」「最後の1兵となろうとも、戦い続けます!」薩摩隼人である橋元、今村の両名は戦う意思を示した。「ならば、どんな手を用いても構わん!“信玄”の進撃を食い止めろ!後、1週間持ち堪えれば、勝機はある!不眠不休で押し返せ!」「はい!」橋元・今村の両名は持ち場へ急いだ。「徳永、全体の進捗は?」「週末に休ませた分、追い付かれてますが、本日の状況に寄っては、再び先行に転じるかと」「小賢しいヤツめが!この調子だと“貯金”まで積んで来るだろう。ヤツの事だ、そのくらいの小細工は容易くやってのけるだろう。問題は、遅れているGE関係の製品だが、川内に“1ロットでもいいから寄越せ”と釘を刺して置け!どうやら、水曜日まで支え切るのは無理だろう。Yの頭の中では、既にプランが練り上がっているはず。1名やそこら欠けても、遮二無二進んで来るのは明らか!検査もフル回転で出荷に繋げるだろうし、徳田と田尾もその辺は読んでいるだろう。手綱は緩めんでもいいが、適当に見計らって引き締めてくれ!検査を切らせたらアウトだ!今週は、進捗から目を離すな!俺は、下山田と“対策”を練る。鍵はアイツの采配にかかっておる。しばらくは、整列に貼り付いているから、宜しく頼んだぞ!」「はい、しかし、凄まじい破壊力ですな。総突撃されたらそれまでの事。Yに“バランスを崩すな!”と言い含めて置きます」「多分、聞く耳は持たんだろうな。ヤツにとっては格好の餌に過ぎん!ある程度は、自由にやらせてやれ!次月以降の力試しにはなるだろう!」“安さん”も徳永さんもお手上げのポーズを取って、それぞれに歩き出した。僕は、セッティングを終えると作業に取り掛かった。「さて、やっと本気で突撃できるな!全軍が揃ったら総突撃開始だ!」出荷予定の早いロットからトレーへ返して行った。

「うわ!何よこれ!」「壁が出来てる!」午前8時を回ると“おばちゃん達”が三々五々に出勤して来ると驚きの声を上げた。「本日は、朝礼無しで直ぐに作業にかかって下さい!」僕が言うと「さて、本気出していいの?」「これだけを押し返すとしたら、大変だけどやっと“本来の力”を出してもいいよね?」と口々に聞いて来る。「基本Bシフト、金・銀ベース、キャップ優先。出力は各自の判断で!疲れたら、後続と交代して構いませんよ!」と言うと「はいな!ほんなら、全開で飛ぶよ!」と西田・国吉のご両名が先陣を切った。今日は、牧野さんがお休みなので、牧野隊は僕が指揮した。「やっと、本来の月曜日の感覚になって来たね」「見てなさいよ!前を煽ってあげるから!」嬉々として“おばちゃん達”が作業を開始する。“無敵の騎馬軍団”は臆す事無く前へ進んで行く。パワー全開で。先週末の鬱憤を晴らすかのように、地板の山に群がっては返して行く。トーチカに穴が開いた。これで、突き崩す足掛かりは掴んだも同然。後は、流れに任せて持って行けばいい!「Y、ノーマルベースにも手を入れてくれ!水曜日に出す分が足りねぇんだよ!」田尾が注文を入れに来た。「了解。切りの良いところで手を付ける。朝、確認した状況では、GE関係が全く無い。完全に“飛び込み”になるが、いつ来てもいい様に検査も開けて置けよ」「分かってるぜ!頭は、木曜日になってる。それまでにトーチカを突き崩せよ!」「明日の夕方には、目途が付く。水曜日になれば余裕で受けられる状態に持って行くさ!」「前が泣くだろうな。だが、遅らせる訳には行かねぇ。今日中には、先行させる方向へ持って行くぜ!」田尾が自信タップリに言って行く。「Y先輩、スポットの金ベースもお願いします。実習も兼ねて目通ししたいので」永田ちゃんも注文を付けに来た。「もう直ぐ、銀ベースが終わるから、そこへ入れるよ。頭は、午後でもいいかな?」「OKです!では、銀を処理して待ってます!ついでに申し訳ありませんが、空きトレーを置いて行きますよ」白い空きトレーが一山積み上がった。どうやら、正常な軌道に乗った様だ。しばらくは心配する事も無いだろう。切りの良いところで手を止めると、僕は炉の前を確認した。築かれた壁は全て炉に飲み込まれており、順調に推移している事が確認された。「どんなに堅固な堤でも蟻の穴から崩れるものだ。風穴は開けた。後は、追い込むだけだ!」“武田の騎馬軍団”を止められる者は居なかった。

火曜日の午後になると、先が見えて来た。“おばちゃん達”がパワー全開で挑んでくれた事もあり、進捗は順調に推移した。出荷も来週の月曜日分まで先行して計上され、検査も含めて“左団扇”の余裕が生まれつつあった。懸念されるのは、“飛び込み”だったが、磁器生産の遅れもあり、動きは全く見えなかった。さて、次の1手はどう打つべきか?僕は千絵に“矢文”を打ち込ませた。「“信玄”が進撃を止めた?何故だ?ヤツは何をしておる?」下山田さんは、“矢文”を見て自らを問い詰める。同僚からの報告が来た。「治工具の手入れを始めました。本日中の前進は見送る模様です!」「どうしたと言うのだ?“信玄”が追撃の手を緩めるなど、ありえん事だ!こっちは、明日からの猛攻に備えて着々と弾を用意しているのに!何を企んでおる?」彼は、こちらの真意を計りかねた。「下山田、“信玄”は手を緩めた訳では無いぞ!今晩、様子を伺い、明日の朝から一気に攻める算段を取ったに過ぎん!恐らく、GEを待っているのだろう。これは、即日出荷しなくてはならん代物。検査や出荷の体制を整えて、一気呵成に落としに来るぞ!」“安さん”はそう読んだ。「なるほど、それで治工具のメンテナンスか。GEに続くロットに対しての立て直しか!だが、これで一息付ける。おい!この隙を逃すな!半自動整列機も動かせ!立て直しを急ぐんだ!」下山田さんは、部下に次々と指示を出して作業を急がせた。「下山田、頭はいつ出る?“信玄”が止まった今こそ好機!こちらも馬防柵を立てねばならん!」橋元さんが、“矢文”を持って必死の形相で聞きに現れた。「夜勤の初め頃には出せます!しかし、“本隊”はどれだけ急いでも明日の早暁にズレ込みますよ。一旦は切れるのは覚悟して下さい!」下山田さんは釘を打つ。「むむ、手持ちと合わせてもギリギリだな。場合に寄っては、手が止まる。時間短縮は無理か?」「橋さん、GEを最優先で回して下さい!散発的にはなりますが、順次送り込みますから、出荷が絡んでいるヤツをお願いしますよ!そうしないと、“信玄”に蹂躪されます!向こうは、それが狙いなんですから!」「そうか!“信玄”が陣立てを整えているのは、GE以降を見据えた策か!」「橋元、手持ちを一気に片付けろ!GEは、是が非でも明日の午前中には、検査に回さなくてはならん!それと、後続の“本隊”の頭を如何に素早く回すか?これ如何によって“信玄”の動きも変わる!ヤツは狡猾にも、我々を“試して”おるのだ!小賢しいヤツめが!“本隊”の磁器を1日前倒しした事も読み切って、口を開けて待ち構えておるのだ!このままでは、多勢に無勢、“武田の騎馬軍団”の思うがままにされてしまう!下山田!一部の磁器を中ピン部門の整列工程に回せ!あっちの応援を受ける!橋元、今村に繋ぎを付けろ!今晩は、“フル回転で炉へ送り込め”とな!」“安さん”は薄笑いを浮かべて言い放った。「“信玄”めが、我々をここまで追い詰めるとは、いい根性だ!だが、こうでなくては、“見た事も無い景色”は見られはせん!我らも薩摩隼人!簡単には軍門には屈せんぞ!」言葉は激しいが、“安さん”の表情は和らいでいた。「半期で黒字化に持って行くには、こうでもせんと達成出来ん!」磁器を積んだ台車を押して“安さん”も手を打ちに動いた。

「中ピン部門の整列工程に磁器を持ち込んだ?」「ああ、どうやら、前を煽る手を打ちに動き出した様だぜ!」田尾の報告は、僕にしてみれば予想外だった。「半日は前倒すつもりか。そうなると、木曜日にはある程度の溜まりが来るな!」「Y先輩、前は“安さん”が指揮を執ってます!意地でも切らせないつもりですよ!」千絵が不安げに言う。「もう少し、様子を見よう!千絵、検査は通常通りで構わん。田尾、徳さんとGEを素早く回す算段を付けてくれ!このまま一気に押し切りたい!」「おっしゃー!最速でブンまわしてやるぜ!」勇んで田尾は準備に向かった。「治工具の整備完了しましたよ」エンジニアが言いに来た。「ありがとございます。これで、今月はノンストップで突っ走れる!問題は、どれだけの戦力を前が整備して来るか?だな。全力で飛ばせば蹴散らすのは容易だが、切らせない様にコントロールしなきゃならない。“急戦”から“持久戦”へ駒組を変えるしか無さそうだな!」「それって、“ペースダウン”するって事?」千絵の隣に神崎先輩が並んだ。「ええ、炉からの出具合、炉への入り具合を見定めて、午前中は飛ばしても、午後は検査が切れない程度に緩めるしかありませんよ。一気に攻め落とすのはいつでも出来ますから、ジワジワと包囲の網を絞る。向こうの補給路の具合を見てやらねば、今度こそ立て直し不可能に陥りますよ。実績としては先行してますから、“飛び込み”だけを上手くさばけば、実績は確定するでしょう。上積みの程度も我々が決める事では無く、徳永さんと“安さん”の判断待ち。我々としては、来たモノを確実に計上すればいいんです」「月末の殺伐とした空気は大分薄まるわね!」「しかし、予想外の事態は常に想定しなきゃなりません。GEの来月分が飛んで来たら、一気に火が付く恐れはあり得ますよ!そこをどう読むか?“安さん”の隠し玉が無ければいいんですが・・・」「大丈夫よ!あたし達は揺るがない!何があっても“信玄公”が居るのだから!」神崎先輩は“心配無用”と言いたげだった。「最終週を待たずして、この余裕なんだから、最後くらいバタバタしなきゃ“月末”って感じがしないじゃないですか!」千絵も“心配しなくていいよ”と言いたげだ。「今日は、もう閉めるが、明日からは、再び追撃開始だ!戦場になる!2人共覚悟して!」「任せといて!跳ね返してみせるわ!」神崎先輩は余裕で言った。

定時で寮に引き上げると、鎌倉がヘバって顎を出していた。「よお!2週連続のフル回転なのに、定時上がりとはどう言う事だよ?」「フル回転してるのは、前の連中さ!ブツが出て来なきゃ仕事にならんさ!」と返すと「“武田の騎馬隊”を率いて、縦横無尽に暴れてるらしいな!“万年お荷物扱い”の“小ピン部門”を黒字化させるとは、お前さんもやるねー!」「やけに耳が早いな!最も、経管で数字を追えば、直ぐに丸見えか?」「ああ、6月に継いで7月も順調なんだろう?4月と5月の赤字を埋めて、マスターに追い付くとはな。経管も驚いてるぜ!“信玄無くして、サーディプの再建無し!”だそうだよ。もう、総務中の噂になってやがる!」と鎌倉が言う。「だが、まだ先は、暗雲が垂れ込めてる。前工程の改善無くして、サーディプの再建はあり得ない。後、2ヶ月持ち堪えれば話は別だがな。半期でどれだけの黒字化へ持って行けるか?大きな鍵になるだろうよ!」「半期と言えば、第1次隊の“任期満了期限”だ。盆休み明けになれば、否応無しに“帰す・帰さない”の駆け引きに巻き込まれるぜ!今のところ、3分の1の“残留”はありそうだ。妻帯者は帰すだろうが、1人者は“引き留め工作”の対象になるだろうよ。当面、年内一杯は戻れないだろう」「俺達も含めてか?」「ああ、O工場の方が芳しく無いのと、本部長の力量が違い過ぎる。他の事業本部長は、大抵“常務”クラス以上。“平取”の光学とじゃあ差があり過ぎだよ。開発に遅れが生じれば、それだけ派遣期間も延長せざるを得ない。第4次隊が、任期満了を迎える来年1月までに、答えが出ないとなると“固定化”も現実味を帯びて来るぜ!」「そうなればこっちのモノだが、第1次・2次に対して3次・4次隊の連中は、これから職責も重くなる。9月からの“帰還事業”が順調に進まないとなると、少なく見積もっても50名前後は、“当面釘付け”になる訳か?」「もう少しは増えるだろうな。約80名は帰れずに“釘付け”さ。その内、俺とYと“緑のスッポン”は、“いつ帰れるか分らない状態”になるだろうよ。人事に探りを入れてみたんだが、俺達3人は、“事業部の意向”が既に働いてて、“無期限延長”の申請が出されてるらしい。各本部長も前向きで、O工場としても“早急に帰せ”リストから外してる状態だ。9月から順次帰れるのは、実質3分の2に留まるだろうな!Yだって仕事を“途中で投げ出して帰る主義”じゃあないだろう?」「ああ、まだ先が控えてるからな。やっと軌道に乗り始めた矢先に“帰って来い”じゃあ納得出ると思うか?」僕は鎌倉に問いかけた。「こっちも同じくだよ!地下水貯水タンクにコンプレッサーの更新工事が控えてる。大規模な設備更新工事を手掛けられる絶好の機会を逃してたまるものか!」鎌倉も引くに引けない理由があった。「目下、情報戦では、こっちが有利だ!まず、年内での“引き上げ”は阻止出来るだろうよ!事業部に加えて、国分総務と工場長も味方に付いてる。“出来る限り長く”留められる様に手は回ってるよ!」「ならば、安心して暴れられるな。今日はどうしたんだよ?」「受電設備の点検さ。そっちが起きる前から、仕事してるんだぜ!そろそろ、眠気に襲われるそうだよ!」「それはご苦労様。少し寝たらどうだ?」「夕飯の時間になったら起こしてくれ!俺は寝るぞ!」鎌倉はベッドに潜り込むと寝息を立て始めた。「O工場がドジを踏み続ける限り、僕等は帰れなくなる。目論見は当たり、転属になれば文句は付けようが無いんだが、先は分からんな・・・。せめて、もう半年、ここに居られれば世界は変わるんだがな・・・。まあ、取り敢えずは、明日の算段をするか!」寝息を立てている鎌倉を残して、談話室へと降りて行った。コーヒーが無性に飲みたかった。

僕等が夕食を社食で摂っている頃、“安さん”と橋元さんと徳永さんが打ち合わせに追われていた。「橋元、これだけ積み上げれば、馬防柵の代わりになるだろう!ベースだけだが・・・、キャップはこれから“中ピン”で流してやる!下山田も間も無く外注で積み上げたブツを寄越すはず。お前たちの奮戦に期待するぞ!徳永、進捗状況は?」「はい、完全に先行に転じました。GEとその他の小ロットを除けば、ブツは使用高に入ってます。週末には、月次予定の達成が見えて来そうです!残るは、どの程度の積み上げをするか?の判断です」「勿論、“貯金”は付くんだろうな?」「はい、それは間違いありません。来月の磁器も引っ張ってありますから、次月の頭も安泰になるかと」「ふん!“信玄”の策に乗るのは気に食わんが、製造・営業会議で堂々と前を見て居られる理由にはなるな!今月は乗り切れる算段が付いたが、問題は9月だ!更に増産するには、前を強化する以外に無い。後ろは“信玄”配下の“騎馬軍団”に任せて置けばいいが、整列と塗布をどうやって回すか?この問題をクリアしなくては、“信玄”の総突撃を喰らって全滅してしまう!今月の様な“無様な有給”は出せんのだ!橋元、4直を組めるか?」“安さん”は、橋元さんに問うた。「組んで組めない事はありませんが、問題は整列です!地板が来なければ、全て空振りですよ!」「それは分かっておる!」“安さん”は苛立たし気に言った。「外注も4直に移行させるし、川内の生産も前倒しさせる!下山田も“中ピン”の整列に依頼を持ちかけている!会議では、“元サーディプ”の社員を数名引き抜かせる方向で、増員を持ちかける!ともかく、前を強化しなくては、後ろに煽られる構図は変えられん!“信玄”が座っている今、構造改革をしなくては、通期での黒字化は無理だし、増産にも答えられない!営業は、“まだ取れる”と強気だし、この機を逃す事は出来んのだよ!塗布に2名、整列に4名、合計6名を増員する方向で進める。この手の増員計画は、大抵採算を問われるが、ここ2ヶ月の数字は好転している。今がチャンスなのだ!それをやってのけたのは、“信玄”率いる“騎馬軍団”だ。我々も島津の侍の端くれだろう?!“信玄”如きに負けてはおられん!徳永、橋元、大至急“信玄”の“騎馬軍団”を撃破する方策を考えろ!俺も、可能な限りの手を尽くして見せる!島津が武田に敗れるなどあってはならんのだ!8月中に実験を重ねてから、9月に一気に逆転へ持って行く!島津の底力を見せてくれ!」「はっ!」2人は“安さん”の勢いに飲まれて頭を垂れるのが精一杯だった。「ふふふふふ、“誰も見た事も無い景色”が見えて来たわい!“信玄”は起爆剤に過ぎんと思っていたが、核分裂を誘発する“大爆弾”に化けおったな。9月が愉しみだ!これで、ヤツを“帰す”理由は消滅した!本部長には、“刺し違えてももぎ取って”もらわなくてはならんな!」管理室へ戻る“安さん”の表情は明るかった。

明けて水曜日。トーチカまでは行かないものの、作業室の内外には、製品の山が築かれていた。「やってくれるねー!GEまでご用意とは。フルパワーで追い込むか!」今日も朝礼抜きのスタートである。僕は、GE向けの山を選び出して、セッティングを開始した。「“信玄”ちっとツラを貸せ!」“安さん”がフラリと現れる。「何でしょう?」「貴様、O工場に未練はあるか?」珍しく“安さん”が前振り無しに言う。「いいえ!出来ればこのまま国分に置いて欲しいぐらいです!何しろ“やりがい”があるし、“見た事も無い景色”をまだ見てませんから!」と即答すると「良く言った小僧!そのセリフ忘れるなよ!8月は、“中抜け”があるから、今月並みを維持するが、9月は倍に生産高を上げる予定だ!着いて来れるな?!」「望むところです!」「ふん!貴様は、俺がそう言うのを読んで体制を強化しおったな!いいだろう!存分に腕を振るって見ろ!過去最高益を叩き出して見せろ!そうすれば、誰も文句を言わずに“残留”を認めざるを得なくなる!己の道は自ら切り開け。俺は、手助けをするに過ぎない。Yよ、貴様こそ“小ピン”部門の要。“万年お荷物”の悪名を一掃する人物に他ならん。まずは、今月を大勝利に導け!そうすれば、製造・営業会議で、多少デカイ顔をしても文句は出ない。全ては貴様の采配にかかっておる!切らす事無く、繋いで凌いでくれ。前は、俺が責任を持って支える。後は貴様に託す。分かったな!」「はい!」僕の返事を聞いた“安さん”は、薄笑いを浮かべて去って行った。「Y先輩、GEからお願いします!」千絵が言いに来た。「おう、分かってるよ。これから頭を出して行く」「“安さん”何を企んでいるんです?」「聞いてたのか?」「ええ、今更何を確認してるんでしょう?」「本部長の尻に火を点けるためさ。“通期で黒字化するには・・・”って言うんだろうよ」「分かり切ってるくせに!」「まあ、そう言うなよ。それより、今日はリミッターを外してぶっ飛ばすぞ!覚悟はいいな?」「ええ、神崎先輩に言って置きますよ!」千絵は誰も居ないのを確認すると、頬に唇を当てた。「急げよ!GEを一気に仕上げるぞ!」「はい!」千絵は引き戸の向こうへトレーを持って行った。午前8時を過ぎると“おばちゃん達”も駆け付けて順次作業に入った。「反転攻勢、エネルギー増幅、フルパワー噴射で!」僕が指示を出すまでも無く、「はいな!」「今日こそ日干しにしてあげるわ!」と西田・国吉・吉永・牧野の部隊長が躍動する。千絵や神崎先輩も様子を見て、ペースを上げ始める。こうなると、徳さんと田尾は“キリキリ舞い”にならざるを得ない。「Y、無謀だ!ちっとは手加減しろ!」田尾が悲鳴を上げるが、手抜きなどはしない。見る間に製品の山は駆逐されて行く。これに焦ったのは、橋元さんだった。炉の前に積んであった“貯金”も底を着いてしまい、下山田さんに急を告げに走った。「クソ!もう目の前か!」下山田さんは、外注に電話を入れて、入庫を前倒しにした。そして、自分の行程にある地板を全て、塗布へ投げ込んだ。「“信玄”は目の前に迫った!地板1枚でもいい!次工程へ送り込め!」炉の前は、風雲急を告げていた。徳さんと田尾も懸命に出荷を手立てして行く。「明日で追い抜くぞ!どこまで計上するか?徳永さんに聞いて置け!」徳さんは、田尾に言う。「もう、溢れ返っちまう!GE以外は、午後に決めますよ!」封印処理をしながら、田尾は言った。僕が「追撃中止」を宣言したのは、丁度昼だった。既に炉から出て来る製品も切れていた。

その日の午後、安さんと徳永さんが管理室で協議を始めた。「徳永、GEはどうなっとる?」「後、4ロットで完了します。日追いですので、入荷次第の回しにならざるを得ません。来週、の水曜日が最終ロットになります」「他は?」「来月分まで、出荷に積み上げは完了してます!どの程度の上乗せで行きますか?」「相変わらず“信玄”は素早い攻撃を仕掛けおるな!20%の上乗せで行くとすると、末日にどれだけ先行させられる?」「そうですね、25%は一気に計上出来ます。8月の“中抜け”を考えれば、妥当な線ではありますが、Yが手を緩める筈がありませんから、更に5%程度は載せられると推察してます!」「ははははは、やってくれるな!徳永、GEの来月分を一部、水曜日に引っ張るとしたらどうなる?」「先行し過ぎて、前が火の車になりますよ!“信玄”の事です。手加減などする筈がありません!今月中に用意するでしょう!」「月初に約半分の先行か!その程度の“貯金”が無くては、来月は苦しくなる!下山田や橋元達も休ませなくてはならん。このところ過剰に負荷がかかっておるし、流石に休日を挟まなくてはマズイ!よし!今月は20%の上乗せで絞めて“貯金”を盛大に積むとするか!」“安さん”はそう言って7月のケリを決めた。「ところで、徳永よ、総務からの情報によれば、光学の本部長が替わるらしいぞ!下期からは、田納取締役が就任する模様だ。厄介なことになるぞ!」「田納さんですか、“会長の秘蔵っ子”ではありますが、未だに“平取”です。半導体事業本部の本部長は“副社長”。バランス的にはまだ優位なのでは?」「来年の株主総会後に、“常務”の椅子にでも座られてみろ!背後には会長も付いているのだ!発言力は3倍か4倍になってしまう。どうやら、Y達の“奪取計画”を前倒しで進めなくては、“強制帰還”へ持ち込まれるぞ!」「うーむ、そんな手を取られるとなると、来月の製造営業会議の場で“正式に通告”しなくてはなりませんね。“Y達を抜かれたら通期での黒字化と増産は無理だ!”と。他所はどうか知りませんが、少なからず増産対応にO工場からの人員を充てている事業部も多々あります。“任期満了”を持って引き上げられたら、全ての目論見が狂って来ますよ!」「総務としても、その辺を危惧しているのだ!O工場からの派遣人員で“持っている事業部”が大半なだけに、9月末から始まる“帰還事業”を引き延ばす工作をどうするか?来週の工場責任者会議でも、主要な議題になるだろう。他所はどうあれ、ウチとしては、Y達を帰す事は“死活問題”だ!Yが担っている業務を他人に置き換える事すら難しいのだ!“余人をもってYの責務を果たせる”と思うか?」「まず、無理でしょうね。ヤツのレパートリーと言うか、カバーエリアは広大です!普通なら、3人でやるところを1騎の“総大将”で統率してしまっています。これは、Yだから可能な術。ヤツを失えば、また“暗黒時代”へ真っ逆さまに落ちますね!」「そうだ!それだけは避けなくてはならん!徳永、以前に女性陣から上がってきた“嘆願書”を貸せ!“事業部の総意”として、Y以下の派遣隊員の“派遣期間延長”を工場側と本部長に申請する!早急に手を打たねば、対象として“漏れなく”引き上げさせられてしまう!先手必勝!9月中には結論を出させなくては、我々は“優秀な指揮官”を失うだけでなく、“マスタープランの達成”すら危うくなる!徳永、事業部内でも、密かに根回しを始めろ!派遣隊員の全員の“残留”を勝ち取るには、総力を挙げるしか無い!各部署へ至急、“帰還阻止作戦”への協力と具体的な阻止計画の立案を指示して置け。然るべき時期が来たら、全員で阻止に動くぞ!」「分かりました。水面下での活動を指示して置きます!最も、Yに関しては、既に手が回っておりますので、更なる強化を命じて置きます!」徳永さんはそう答えた。「急げ!取り返しが付かなくなる前に手を繰り出せ!これは、我々の生き残り作戦でもあるのだ!上は俺が前面に立つ!下は、お前達に任せるぞ!俺は、“嘆願書”を工場長と事業所長に示して、内諾と援護を取り付けて来る。簡単には白旗は挙げんぞ!」“安さん”は早速、総務建屋へ乗り込んでいった。

「光学の本部長が替わる?鎌倉、マジか?」僕も寝耳に水の話だった。「ああ、10月1日付で人事異動が出るらしい。田納取締役になるぞ!」鎌倉の表情も硬い。「“会長の秘蔵っ子”が来るとなると、厄介だな。国分側の反応は?」「どこも困惑してるよ!“俺達ありき”で各事業部は、目算を組んでるんだ!“期限が来たから帰して下さい”って言われたら、大混乱に陥るのは目に見えてるぜ!」「まだ、2ヶ月の猶予期間はあるから、“阻止運動・工作”はやるだろうが、バックに会長が付いてるのがどう影響するかな?」「分からんよ!俺達もやれる事はやらないと、強引に“連れ去られる”事にも繋がり兼ねんぞ!」鎌倉の言葉は“地獄からの招待状”の様に聞こえた。「とすればだ、こっちは、“代わりの利かない人材”になって盤石な足場を組むしかあるまい。実績と力で生き残るしかあるまいよ」「俺とYはまず間違いなく“引き留め工作”の対象になるだろうが、自分達でも“生き残る道”を探さなきゃならんな!お互いに、これまで積み上げた実績はあるが、それをも吹き飛ばしかねない相手だからな!」不気味な津波が迫りつつある様に見えた。実際、この先は紆余曲折を経る事になる。