「明日、やっちまっていいかな?」原田が聞いてくる。「いいだろう!塩川も“謹慎処分”に入った事だし、今が絶好のタイミングだろう」長官が頷く。「生徒会役員会の真っただ中に、下級生達が“強訴”に来て、役員一同驚いたが、書類上は“先に強訴を受けた”事にしてある。この程度のズレは仕方ないよな?」「多少のズレは生じるものさ。書類上に不備が無けりゃ、誰にも分かるものか!」僕も原田の懸念を払拭して背を押す。「県にしても四六時中貼り付いて見てる訳じゃない。“筋書”から逸れなければ分かるものか!」伊東も心配は無用だと言う。「よし!作戦開始は、明日の午前8時15分だ!放送室は既にジャックする手筈になってるし、講堂も差し押さえてある!校長も本件は了承済だ!」原田は断固として“反乱”の決行を断じた。「よし、我々も動き出そう!」長官が僕の顔を見る。「ビラ及び貼り紙班は、明日の午前8時10分を期して作業開始!徹底的に撒いて貼りまくれ!」久保田と竹ちゃんが親指を立てて“了解”の意志を示した。実を言うと、貼り紙の作成がまだ終わっていなかったのだ。それでも、両名は間に合わせるべく最後の追い込みに突入していた。旗指物やプラカードは出来上がっていたので、明日の生徒総会に支障は出ないだろう。「西岡、小松、“署名簿”を6組から回してくれ!僕等も署名に参加する」「はい、では直ちに!」小松が“署名簿”を持って教室を出て行った。「放送機材の搬入が終わったぞ!」滝が喘ぎながらやって来た。「ご苦労さん!明日の朝の放送のBGMは?」「会長からテープは預かってる。“WE WILL ROCK YOU”を全開で流す予定だ!」滝がVサインを出す。「いい選曲だろう?」原田が言うと「珍しいね。お前さんがロックとは、オドロキだ!」と伊東が言う。「女性アイドルの曲じゃ締まらないだろう?兄貴のライブラリーから引っ張り出したんだよ!この曲が全生徒集合の合図になる。講堂で“塩川追放”の決議が採択されたら“WE ARE THE CHAMPIONS”を流す!全員で歌って気勢を挙げさせる!」原田は自信たっぷりに言った。「バンドを呼べば良かったのに!」伊東が言うと「イギリスからか?航空機代も払えないぞ!」と原田が言うので「塩川の退職金と給与があるだろう?」と僕が水を向ける。「それでも足りないんだよ!生でライブをやりたいのは山々だが、如何せん予算が無い。テープで我慢してもらうしかないんだ!」原田が珍しく笑い出す。釣られて僕等も笑い出した。決起は明日と決まった。後はやるだけだ!
その日の昼休み、いつものようにティータイムを過ごしていると、佐久先生が押しかけて来た。「Y、生徒達が決起するのはいつだ?“親父”が気を揉んでいるぞ!」と言ってくる。事前に教職員には通知しない事になっていたので「まだ、準備中ですよ。肝心の品の制作が遅れてます。今も全力で用意させてますが、後1~2日はかかりますよ」とトボケに入る。「何を呑気な事を言っている!明日にも県から部長が来るんだ!モタモタしとったら格好が付かなくなるぞ!」と言って急き立てる。「明日、県から部長さんが来校ですか!じゃあ、こんなところでモタモタしてる訳に行かないじゃん!大車輪でかからせますよ!僕も手伝いに行きますし、連絡も回さないと・・・」と言ってお茶を飲み干すと、慌ててカップを片付ける。「とにかく急げ!明日中に行動しないとメンツに関わるぞ!」と佐久先生が追い打ちをかけてくる中、僕は生物準備室を飛び出して教室へ向かった。長官と伊東が打ち合わせをしているのを見つけると、僕は「緊急事態だ!明日、県から部長が来校するとの情報を掴んだ!」と言った。「なに!」「マジかよ!」即座に2人の顔色が変わる。「出所はどこだ?」長官が誰何して来る。「佐久の口からですよ。信憑性は高い!」と言うと「校長も策士だな。思いっきり“見せつける”つもりだろう。裏ではしっかりと糸を引いておるな!」と長官が笑う。「ゲストが居るとは聞いてない!原田に伝えて来る!」伊東は教室を飛び出した。「参謀長、前倒しをせねばなるまい。関係各所に伝達しなくてはならん様だな!」と長官は落ち着いて言った。「差し当たって、まずは5分の前倒しが必要ですね。貼り紙班は、午前8時前から動かさなくてはなりませんよ。派手に飾り付けた状態を見てもらわねばなりません!」と僕も冷静に返した。伊東が戻って来た。「原田も驚いてはいたが、“これでやりやすくなった”と歓迎してたぜ!後は関係各所に“前倒しの指示を送れ”と言ってた」「早速かかろう。伊東と千秋は、学年を回って集合時刻の5分前倒しを告げて歩け。滝さんにも含ませて置けよ。参謀長は、西岡達に指示を出して下級生に伝達。久保田と竹内にはワシから作業開始時刻の繰り上げを要請する。では、散開しよう!」僕等は早速動き出した。まずは、西岡を捕まえなくてはならない。彼女は、最近空き部室を根城にして、上田や遠藤達を含む下級生達に事細かな指示を出しているはずだった。1階層下って3階の南側にある空き部室を目指す。周囲に誰も居ない事を確認すると、決められた順にドアをノックする。そっとドアが開くと直ぐに中へ飛び込む。西岡は周囲を伺うと、ドアを閉めた。上田や遠藤達を含む下級生のリーダーが集結していた。「参謀長、何事です?」西岡が振り返りながら聞いてくる。「明日、県から部長が視察に来校するとの情報が入った!全体の行動を前倒しにして決起する!講堂への集合時間を5分早める様に連絡を回せ!」「ゲストが来るんですか?」「ああ、これも校長の計算の内だろうな。いいか!徹底して見せつけるんだ!」「はい!」集まっていた者たちが合唱する。「いいわね、明日は徹底的にやっつけるのよ!さあ、急いで連絡に行きなさい!」下級生達は書き消すように空き部室から居なくなった。「流れが来ましたね。明日は記念すべき日になるでしょう!」彼女はそう言うとドアを開けて周囲を伺った。そして、僕の首に腕を巻き付けて来る。「ねえ、キスしてもいいかしら?」「そのつもりだろう?」と答えると唇が重なった。華奢な体で僕をマットに押し倒すと、馬乗りになって「さあ、お乳の時間よ」と言って胸を押し付けて来る。「してもいい?あたしもう我慢できないの!」と言うと制服を脱ぎ捨てる。彼女は上から激しく腰を使った。薄っらと汗ばんだ体を重ねると「もう1度頑張れる?」と尋ねた。「欲張りだな」と言ってこちらが上になると下から突き上げをお見舞いする。行為を終えると「愛してる」と言って胸元に顔を埋めた。「上田が真面目に“あなたに抱かれたい”なんて言うのよ。お子ちゃまになんて手出しはさせないわ」彼女はキスをしつつ言う。「毎回、欲張りを言うのはそのせいか?」と聞くと黙して頷いた。「愛人の座は1人分。あたしのモノよ!」と言って首に腕を絡ませる。「あたしを愛人にして!」彼女は何故か半泣きで言って来る。涙を拭いてやりながら「内緒ならな」と言うと彼女は何度も頷いて抱き着いて来た。僕は、線の細い華奢な体を抱き続けた。彼女との営みもすっかり恒例になってしまった。だが、彼女は決して表立っての意思表示や誘惑は避けている。さちの立場を思いやっているとしか思えない。そんな彼女の甘えは今後も続くのだろうとフッと思った。
「ズン ズン チャ!ズン ズン チャ!」午前8時10分。“WE WILL ROCK YOU”が流れ出した。「よし!行くぞ!」赤坂の指揮の元、クラス全員が講堂を目指して移動を開始した。「いよいよだな!」「ええ、これからが勝負ですよ!」僕と長官は急いで階段を駆け下りて、講堂のステージ裏に走る。“WE WILL ROCK YOU”自体が長い曲では無いので、途切れる事無くリピートがかかる。この辺の仕掛けは、滝が調整しているはずだ。大音量の曲は職員室と校長室にも流れている。「何の騒ぎだ?」佐久先生がオロオロとして生徒達の行動を見ていた。一糸乱れぬ行動で、全校生徒が講堂に集結するまで“WE WILL ROCK YOU”が校舎全体をジャックした。そして、あらゆる場所に塩川を断罪する貼り紙が氾濫し、ビラも大量に廊下に散らばっていた。この離れ業をやってのけたのは、久保田と竹ちゃんが率いる貼り紙班である。場所なんて選定せずに、ありとあらゆる窓やドアに貼り付けられた紙には“塩川に天誅を!”“責任取れよ!塩川!”と言った文字が躍っていた。ビラには、塩川の犯した罪が書かれ、“責任を取って教職を返上せよ!”と謳われていた。「なっ、何ですかこれは?」朝早くから校長と話していた部長さんも、呆然と校舎内を見ていた。一瞬の隙を突いて校舎内は“反塩川”一色に塗り替えられたのだ。「何が起きているのです?」「さあ、何でしょうね?講堂へ行って見ますか?生徒達が集結している様ですから」校長はトボケに走っていた。「校長!“反乱”です!生徒会が決起しました!」狼狽えた教頭が走って来る。手には檄文を持っていた。部長さんが手にして文面を追うと、ワナワナと震えだした!「これは・・・、全校生徒が決起して、塩川君の処分に“重加算”を要求だと・・・、こっ校長、これはどう言う事です?」校長は薄笑いを浮かべているだけだった。「ともかく講堂へ!」教頭が言い、部長さんも含めた教職員も講堂へ集結した。「来たぞ。これで役者が揃ったな。原田、いつでもOKだ。始めてくれ!」“WE WILL ROCK YOU”が終わると、演壇に原田が立った。「これより、臨時生徒総会を開催する!」世紀の一戦の幕が切って落とされた。
「本総会は、全校生徒の参加により成立しています。会長、議事進行を願います!」長崎が台本通りの報告を挙げると「本日は、極悪非道に走り、多くの女生徒達に精神的苦痛を与えた塩川教諭について、その罪を数え上げ、断罪し、教職より追放することを審議する。これは、学校のみならず生徒会としても看過できない重大な事案である!まず、塩川教諭が何を行ったのか?そこから報告を受けよう!」原田は淀みなく言い切った。ここまでは、台本通りだ。次は、1年生と2年生の代表4人による“告発”であった。勇気を振り絞り、真実を語り、塩川の裏の顔が白日の下に晒された。代表4人は全員が女生徒。それも、ネガフィルムに映っていた子達だ。生々しい“告発”に講堂はざわめいた。再び原田が演題に立った。「塩川教諭の犯した罪は、今、聞いた通りだ。教職員としてあるまじき行為であるのは明々白々!断罪に値する証拠もある!私はここで諸君に問う。塩川教諭の罰は軽くないか?!」「軽―い!」「甘―い!」大声が多数帰って来た。「私はここに提案する!塩川教諭の免職が認められるまで、我々は授業をボイコットする事を!」原田の言葉を受けて壇上に旗とプラカードが掲げられた。そして、生徒会役員と各部部長がフリーマイクで意見を述べ始めた。「俺様の現像室で不埒な事をしでかした罪は軽くねぇ!写真の神様を冒涜した罪は償ってもらう!塩川の首を取れ!」小佐野も珍しく気持ちを前面に出して訴えた。「一瞬の煌めきを切り取れる写真の力。事件を解決へ、真実を皆へ、タイムシフトマシーンであるカメラを悪用する事は、こうした事を否定する重大な悪行だ!情けなど無用!塩川に正義の鉄槌を!」僕も続いた。閣僚達も同じ思いをそれぞれに語った。再度原田が語る。「我々の思いは1つ!塩川に正義の鉄槌を!賛成の諸君の起立を求める!」講堂に集まった全生徒が立ち拍手を始めた。「滝、スタート!」僕は“WE ARE THE CHAMPIONS”を流す指示を出した。「ありがとう!ありがとう、みんな!我々はチャンピオンだ!」原田の言葉に被さる様に“WE ARE THE CHAMPIONS”が流れた。自然と合唱が起こった。肩を組んでいる者、拳を振りかざす者。みんなが声を挙げて歌った。この曲もそれほど長くないのでリピートが入る。この辺の加減は滝の腕の見せどころでもある。「参謀長、あれを!」長官が指した方から、3学年の担任と副担任が列を作って進んで来る。「予定外だ!何をする気だ?」僕は真意を図りかねた。佐久先生がマイクを取った。「我々、3学年の教職員一同も賛同する!俺達もチャンピオンだ!」講堂が歓喜の渦に包まれた。再び合唱が始まる。壇上から見ると他の先生方も合唱し拳を掲げている。ボーっとしているは、教頭と部長さんだけだった。校長は満足そうに頷いて拍手をしていた。教職員も生徒も繰り返し合唱を続けた。“WE ARE THE CHAMPIONS”で僕等は1つになり、明確な目標と意思を示した。「校長、これを見過ごすことは出来ませんね!」部長さんが言うと「ふふふふ、何のことかな?」と校長はトボケた。「塩川次長の権力がどうだって言うんです?罰条はしかと受けなくてなりませんよ!」「額面通りに受け取っていいのかな?」「無論です。塩川一党は終わりですよ!いや、終わりにしなくてなりませんね!」大合唱は続いていたが結論は出た様だ。「みんな、ありがとう!最後まで戦い抜こう!」原田は言ったが、この時点で決着は付いていたと言ってもいいだろう。塩川親子は辞職に追い込まれた。僕等の乱は3日で終息したのである。これらの事は、公の記録としては残ってはいない。僕等は3期生と4期生に対して「原田の世は正しくは無かった」と語り継ぎ、多くの記録を廃棄させたからだ。開校30周年を記念して校史が編まれたはずだが、僕等に関する記録の大半は僕等自身で塗り消してあったので、表立っての記述は無いと思う。「太祖(1期生)の世に復せ!」と言って僕等は3期生と4期生に歪の是正を託した。彼らの功績は称えられるべきであり、正しい継承がなされたのは大いなる偉業だろう。僕等の世は抜け落ちている様なものだが、原田の異常な継承によって生み出された歪を残さぬように、僕等が自ら消していった結果である。
「なーんか気が抜けちまった気分だぜ!これから“向陽祭”だってのにな!」竹ちゃんが紙屑の入った袋を引きずりながら言う。「ああ、“前夜祭”どころか“本祭”も終わったかの様だな。これから、また準備あるなんて信じられない気分だよ」“反乱”の後始末をしながら2人して黙々と片づけをしていると、不思議な感覚に捕らわれた。「まあ、塩川の首が飛んでくれたのは評価しなくちゃ行けねぇが、こんなにアッサリと片が付くとは思わなかったぜ!さて、ここはこれで剥がし終わった。後、もう1階か!」「上は終わったぜ!」久保田も袋を引きずっている。「じゃあ、残るは昇降口か?」僕が問うと「向こうは下級生に任せてある。ザッと見てくればいい。ついでに焼却炉へ持って行くとしよう!」そう言うと久保田は袋の口を縛って肩に担いだ。竹ちゃんも続いた。講堂での生徒総会から2日後の事である。「処分が決まるまでは闘争を続ける」と原田は宣言したが、片づけは総会が終わってから数時間後に始まったのだ。休み時間を使いながらの片づけは意外と骨の折れる作業だった。「やり過ぎた!こんなに派手にするんじゃなかったぜ!」久保田と竹ちゃんが唇を噛んだが、貼り付けたモノは剥がさなくてはならない。しかも、慎重に汚れが付かない様にしなくてはならない。貼った時の10倍の苦労を味わって、ようやく仕事は完了したのだ。袋を焼却炉へ放り込むと、モクモクと煙が立ち昇った。「煙の様に消えちまったな。塩川のヤツ、最後のアイサツに来ねぇとはいい根性だぜ!」竹ちゃんがボキボキと指を鳴らす。「“懲戒免職”になるところを“依願退職扱い”に減刑してやったんだぜ!アイサツに来るのが筋だろう?」久保田も同意見らしい。「そのアイサツに来れば、ボロ雑巾にされちまうんだ!逃げ出すはずだよ!」僕がなだめに入るが、2人は憮然としている。「久保田先輩!これもお願いしてもいいですか?」4期生の女の子達がゴミ袋を担いで来た。「おう、任せな!」久保田の表情が一変する。ニコニコして優しい眼をしている。「女の力は偉大だな。久保田のヤツ、下に結構なファン層が居るらしいぜ!」竹ちゃんも表情を崩す。「そう言えば竹ちゃんのファンも・・・」と言いかけると「シー!道子に聞かれたら落雷じゃあ済まねぇ!壁に耳あり・・・」「障子に目ありよ!竹ちゃん!これ何?」道子が握っているのは手紙の束だった!「そっ、それはだな・・・、ゴミにするヤツだよ!」竹ちゃんが必死に逃げ道を模索し始める。だが、道子は手を緩めない。「だったら、何故開封してあるのよ!逃がしはしませんからね!」「参謀長、後は任せた!」竹ちゃんは僕を道子の方に突き飛ばすと、活路を開いて逃走した。しかし、道子も黙ってはいない。僕をかわすと直ぐに追跡を開始する。「待ちなさい!お弁当を没収するわよ!」壮絶な追いかけっこが始まった。「あーあ、竹のヤツ逃げ切れる訳が無いのに!」久保田はお手上げのポーズを取った。「確かに、逃げ切れる訳が無い。道子がマジになれば男子より足は速いからな!」僕もため息交じりで返すしか無かった。
“塩川の乱”で遅れていた“向陽祭”の役員選出と打ち合わせが開始されたのは、2日後だった。僕等の学年では、約半数が役員として要職に就く。残った人員で模擬店や展示を行う事になるのだが、僕の担当である“総合案内兼駐車場係”については、サブリーダーとして西岡とさちの2名を指名した。昨年より更に来場者が増える事を力説して、勝ち取った戦力である。昼休み、西岡も交えてのお茶会の席で「今年は、昨年よりも更に厳しい戦いになるのは、火を見るよりも明らかだ。しかも、並行して“継承”に関する伝達も実施しなくてはならない。“太祖(1期生)の世”に復さるために、あらゆるところに記されている“原田”の2文字を削らせ、“専制独裁制”に終止符を打たせるんだ!そのために西岡、君を招集した。上田と遠藤達に“正統な継承とは何か?”を叩き込んでくれ!無論、僕とさちも伝える事は多々あるし、自ら率先して指導も実施する。今回は忙しくなりそうだ!」アールグレイを飲みながら僕が切り出すと「はい、係活動を“隠れ蓑”にした“原田後の布石”ですか。あたしも彼女達に行く末を託すに当たり、どうやって伝えるか?悩んでいました。この様な形で行うとは、原田も思い付かないでしょう。絶好の機会になりそうですね!」西岡が眼を輝かせる。「この機会を逃すと、非常に厄介な問題が残る事になる。現体制は、原田が“存在し続ける”事を前提に成り立っている。“第2の原田”が居なければ、混乱と破局が待っているだけだ。ヤツが留年するとは聞いていないし、するつもりは無いだろう。まずは、“専制独裁制”から“集団指導体制”へ移行させなくてはならない。その上で、“太祖(1期生)の世”に復させる素地を作る。“原田体制”を駆逐出来るのは、4期生が“継承”した後になるだろう。息の長い話ではあるが、それだけ強大な権力を原田は握っている証明とも言える。だからこそ、“負の遺産”を残してはならない!」僕は断固としてやり遂げる意を示した。「さすがですが、些か早すぎませんか?」「いや、むしろ遅いぐらいだ!“塩川の乱”の影響で、2週間は出遅れている。僕の描いたロードマップからすると、原田は既に“後継者”を指名しているだろう。4期生からな!」「4期生?!まさか、“長期政権”狙いを?」「当然だろう!原田は3期生に“地下組織”を作れなかった。3期生は僕等の手の中にある。対抗馬を探すとしたら、女の後輩が居る4期生から選ぶのは必然性がある!」「しかし、現行の生徒会規則では、1年生からは立候補できませんよ!」西岡が怪訝そうな顔で言う。「“生徒会長権限”でいくらでも捻じ曲げる事は出来るし、指名する事も可能だ!だが、選挙にする確率の方が高い!いずれにしても容易な事じゃないが、勝てる布陣を取るのが王道だろう?」その時、ドアがノックされ上田と遠藤が入って来た。「参謀長、部隊の編制が整いました!名簿をご覧ください!」遠藤から受け取った名簿を僕はコピーして原簿は遠藤に差し戻した。コピーをさちと西岡に渡す。「これは!事実上の“新体制”のクラス正副委員長と閣僚候補者の一覧ではありませんか!あなた達、いつの間にこんな人選を進めてたの?」西岡が驚愕して聞くと「新学期が始まって早々に、幸子先輩から言われました。“最強の布陣を敷くために人を集めなさい!成績や人気ではなく人物本位で眼鏡に叶う人を見定めて!”と。色々あって遅れてしまいましたが、考えられる最高の戦士を集めたつもりです!」と上田が答えた。「参謀長、いつの間にそんな指示を?」「事を謀る上では、身近な人物から騙してかからなくてはならん!済まなかったな。僕がさちに依頼して密かに人選を進めさせた。その成果がこれだ!上田、遠藤、会長候補は“ひな人形”で構わん!担ぐのは人気者にして、実権はお前達が握り糸を引いて操れ!副会長が“実質的な会長”に座るのだ!“脂粉”こそが“原田体制”に風穴を開ける武器となろう!」「参謀長、“脂粉”とは?」西岡が首を傾げる。「唐の玄宗が、則天武后達から実権を取り戻すまでの50年を表す言葉として“脂粉消ゆ”と表現する場合がある。化粧の例えとしてな。僕等は玄宗に倣う訳では無いが、次の世代はここに居る2人を始めとした、女子達に活躍してもらわなくてはならないと思っている。だから、密かに“組閣”を命じた。まずは、合格点だな!各自の適正は、係活動を見てから判断する。近々、全体の打ち合わせ会を開く。全員欠席の無いように出頭させろ!」「はい!」2人が合唱する。「参謀長、実質的に“次期大統領選挙”は動いていると?」「原田も同じことを考えて動いているはず。遅れを取る訳にはいかんだろう?」僕は、温くなったアールグレイを飲み干すと、おかわりを注ぎ、上田と遠藤にもカップを持たせた。アールグレイを注ぎながら「原田よりは半歩はリードを取らなくては、専横がまかり通る結果になる。何としても選挙に持ち込むんだ!2人ともミルクか砂糖はいるか?」上田と遠藤に問うと「いえ、このままいただきます」と言って口を付けた。シンクにポットを持って行って茶葉を捨てていると「参謀長、ご自分で紅茶を?」と言いつつ上田が背後を取った。「ああ、1年の時からずっとやっているよ」と言う間に僕の懐へ紙片を上田が押し込んだ。西岡もさちも気付いていない。何食わぬ顔で洗い物を続けると、上田が手伝いをやってくれる。「さち、生物室の空きを見てくれ。全体会議は来週には開きたい」「OK、ちょっと待って!空きは・・・、水曜日以降ならいつでも空いてるみたい」「では、水曜日に予約を書き込んで。場所だけは確保しないとな」「あーい」さちが使用の予約を入れた。「水曜日には何を協議しますか?」西岡が聞いている。「まずは、任務の概要の説明と時系列での流れの確認からだな。次は測量をしなくちゃならない」「測量?どこの?」さちが素っ頓狂な声を出す。「校庭さ。詰め込めるだけ車を押し込まなくてはならない。実際問題、何台まで止められるか?実測して把握しないと混乱の元になる。そうした資料も後世に残して行かなくてはならないんだよ。来年は僕等は手が出せないし存在すらしない。正しい“遺産”は確実に手渡して行くのが筋だろう?」「そうかー、もうそんな時期なのかー」さちがため息交じりに言う。「否応なしに時は過ぎる。さて、そろそろ午後に備えないとな。2人ともご苦労だった。全体会議は来週の水曜日だ。連絡を回してくれ!」「はい、分かりました」上田が笑顔で答えた。僕等は午後の授業に向けて生物準備室を出た。ロッカーの前でブレザーの懐を探るとメモ書きが手に触れた。“今日、駅で待ってます。駐輪場の陰に来てね!”女の子らしい文字が書かれていた。「マズイな」僕の心に不安が影を落とした。
夕方、さちを見送った後、僕は駅の駐輪場へ向かった。上田の姿は直ぐに見つかった。西岡より背は低いが、均整の取れた美しいプロポーションをしている。髪はロングである。「参謀長、呼び出したりしてすみません。どうしても聞いて欲しい事があるんです!」上田は意を決して言い出した。「何かな?」「卒業されたら、あたし達は誰を頼ればいいんですか?参謀長の後継者は居ません!鋭い分析力に洞察力。推理力や作戦の立案に指揮。先見の明も。誰もあなたには届かないんです!お願いです!留年して下さい!」僕は卒倒しそうになった。「悪いけど、留年は勘弁して!まあ、確かに僕の後継者は今のところ居ないけど、候補者は選んであるよ!」「候補者?それは誰です?」上田は怪訝そうに聞いてくる。「ズバリ、君だ!上田加奈。本日より、参謀長補佐を命ずる!“向陽祭”の期間中、私から離れるな。全てを見て聞いて体に叩き込め!」「ええー!あたしが!そんなの無理です。あたし馬鹿もいいとこだし・・・」「学校の成績は関係ない。適性を見極めた結果、君に後の世を託す事に決めた。君を補佐するのは、山本と脇坂だ。これしか無い!」「あたしが“参謀長”の肩書を継ぐ?信じられません!」上田は呆然とした。だが、彼女には才能を感じさせるモノはあった。今年の“総合案内兼駐車場係”の人選を見てもそれは明らかだった。彼女には人を引っ張っていく力はある。作戦の立案などは、山本と脇坂が居る。この3人によるトライアングルこそ、僕の跡継ぎに相応しい。「ともかく、僕はそのつもりで“引き継ぎ書”を作成している。時期が来たら渡すよ。そして、残された時間であらゆる疑問に答えて行くつもりだ。見て、聞いて、読む。僕が居る限り、全てを注いでやる!全力で着いて来い!」「はい!」彼女はとりあえず僕の後を追う事に決めた様だった。最後の“向陽祭”に向けて、僕等は走り出した。去る者も追う者もない。最大の山場はこれからなのだ。「参謀長、これを着けて下さい!」上田は包みを差し出した。「何かな?」「ペンダントヘッドです。あたしの好きな人に着けるつもりで、ずーと持ってました。ネックレスに着けて下さい!」彼女は臆することなく言った。「猫の鈴か?上田の猫になるのも悪くは無いな」「そうすれば、部屋に忍び込んでも平気ですよ。着替えとかも覗けるし!」上田は屈託なく笑う。僕等は夕日を浴びて歩き出した。「猫じゃなくて虎だったらどうする?」「あなたに襲われるなら運命だと思ってますよ!」「じゃあ、襲うか?」「今日はもう遅いから、次の機会に!」駅舎に向かう僕等は“にわか漫才”のコンビの様だった。
その日の昼休み、いつものようにティータイムを過ごしていると、佐久先生が押しかけて来た。「Y、生徒達が決起するのはいつだ?“親父”が気を揉んでいるぞ!」と言ってくる。事前に教職員には通知しない事になっていたので「まだ、準備中ですよ。肝心の品の制作が遅れてます。今も全力で用意させてますが、後1~2日はかかりますよ」とトボケに入る。「何を呑気な事を言っている!明日にも県から部長が来るんだ!モタモタしとったら格好が付かなくなるぞ!」と言って急き立てる。「明日、県から部長さんが来校ですか!じゃあ、こんなところでモタモタしてる訳に行かないじゃん!大車輪でかからせますよ!僕も手伝いに行きますし、連絡も回さないと・・・」と言ってお茶を飲み干すと、慌ててカップを片付ける。「とにかく急げ!明日中に行動しないとメンツに関わるぞ!」と佐久先生が追い打ちをかけてくる中、僕は生物準備室を飛び出して教室へ向かった。長官と伊東が打ち合わせをしているのを見つけると、僕は「緊急事態だ!明日、県から部長が来校するとの情報を掴んだ!」と言った。「なに!」「マジかよ!」即座に2人の顔色が変わる。「出所はどこだ?」長官が誰何して来る。「佐久の口からですよ。信憑性は高い!」と言うと「校長も策士だな。思いっきり“見せつける”つもりだろう。裏ではしっかりと糸を引いておるな!」と長官が笑う。「ゲストが居るとは聞いてない!原田に伝えて来る!」伊東は教室を飛び出した。「参謀長、前倒しをせねばなるまい。関係各所に伝達しなくてはならん様だな!」と長官は落ち着いて言った。「差し当たって、まずは5分の前倒しが必要ですね。貼り紙班は、午前8時前から動かさなくてはなりませんよ。派手に飾り付けた状態を見てもらわねばなりません!」と僕も冷静に返した。伊東が戻って来た。「原田も驚いてはいたが、“これでやりやすくなった”と歓迎してたぜ!後は関係各所に“前倒しの指示を送れ”と言ってた」「早速かかろう。伊東と千秋は、学年を回って集合時刻の5分前倒しを告げて歩け。滝さんにも含ませて置けよ。参謀長は、西岡達に指示を出して下級生に伝達。久保田と竹内にはワシから作業開始時刻の繰り上げを要請する。では、散開しよう!」僕等は早速動き出した。まずは、西岡を捕まえなくてはならない。彼女は、最近空き部室を根城にして、上田や遠藤達を含む下級生達に事細かな指示を出しているはずだった。1階層下って3階の南側にある空き部室を目指す。周囲に誰も居ない事を確認すると、決められた順にドアをノックする。そっとドアが開くと直ぐに中へ飛び込む。西岡は周囲を伺うと、ドアを閉めた。上田や遠藤達を含む下級生のリーダーが集結していた。「参謀長、何事です?」西岡が振り返りながら聞いてくる。「明日、県から部長が視察に来校するとの情報が入った!全体の行動を前倒しにして決起する!講堂への集合時間を5分早める様に連絡を回せ!」「ゲストが来るんですか?」「ああ、これも校長の計算の内だろうな。いいか!徹底して見せつけるんだ!」「はい!」集まっていた者たちが合唱する。「いいわね、明日は徹底的にやっつけるのよ!さあ、急いで連絡に行きなさい!」下級生達は書き消すように空き部室から居なくなった。「流れが来ましたね。明日は記念すべき日になるでしょう!」彼女はそう言うとドアを開けて周囲を伺った。そして、僕の首に腕を巻き付けて来る。「ねえ、キスしてもいいかしら?」「そのつもりだろう?」と答えると唇が重なった。華奢な体で僕をマットに押し倒すと、馬乗りになって「さあ、お乳の時間よ」と言って胸を押し付けて来る。「してもいい?あたしもう我慢できないの!」と言うと制服を脱ぎ捨てる。彼女は上から激しく腰を使った。薄っらと汗ばんだ体を重ねると「もう1度頑張れる?」と尋ねた。「欲張りだな」と言ってこちらが上になると下から突き上げをお見舞いする。行為を終えると「愛してる」と言って胸元に顔を埋めた。「上田が真面目に“あなたに抱かれたい”なんて言うのよ。お子ちゃまになんて手出しはさせないわ」彼女はキスをしつつ言う。「毎回、欲張りを言うのはそのせいか?」と聞くと黙して頷いた。「愛人の座は1人分。あたしのモノよ!」と言って首に腕を絡ませる。「あたしを愛人にして!」彼女は何故か半泣きで言って来る。涙を拭いてやりながら「内緒ならな」と言うと彼女は何度も頷いて抱き着いて来た。僕は、線の細い華奢な体を抱き続けた。彼女との営みもすっかり恒例になってしまった。だが、彼女は決して表立っての意思表示や誘惑は避けている。さちの立場を思いやっているとしか思えない。そんな彼女の甘えは今後も続くのだろうとフッと思った。
「ズン ズン チャ!ズン ズン チャ!」午前8時10分。“WE WILL ROCK YOU”が流れ出した。「よし!行くぞ!」赤坂の指揮の元、クラス全員が講堂を目指して移動を開始した。「いよいよだな!」「ええ、これからが勝負ですよ!」僕と長官は急いで階段を駆け下りて、講堂のステージ裏に走る。“WE WILL ROCK YOU”自体が長い曲では無いので、途切れる事無くリピートがかかる。この辺の仕掛けは、滝が調整しているはずだ。大音量の曲は職員室と校長室にも流れている。「何の騒ぎだ?」佐久先生がオロオロとして生徒達の行動を見ていた。一糸乱れぬ行動で、全校生徒が講堂に集結するまで“WE WILL ROCK YOU”が校舎全体をジャックした。そして、あらゆる場所に塩川を断罪する貼り紙が氾濫し、ビラも大量に廊下に散らばっていた。この離れ業をやってのけたのは、久保田と竹ちゃんが率いる貼り紙班である。場所なんて選定せずに、ありとあらゆる窓やドアに貼り付けられた紙には“塩川に天誅を!”“責任取れよ!塩川!”と言った文字が躍っていた。ビラには、塩川の犯した罪が書かれ、“責任を取って教職を返上せよ!”と謳われていた。「なっ、何ですかこれは?」朝早くから校長と話していた部長さんも、呆然と校舎内を見ていた。一瞬の隙を突いて校舎内は“反塩川”一色に塗り替えられたのだ。「何が起きているのです?」「さあ、何でしょうね?講堂へ行って見ますか?生徒達が集結している様ですから」校長はトボケに走っていた。「校長!“反乱”です!生徒会が決起しました!」狼狽えた教頭が走って来る。手には檄文を持っていた。部長さんが手にして文面を追うと、ワナワナと震えだした!「これは・・・、全校生徒が決起して、塩川君の処分に“重加算”を要求だと・・・、こっ校長、これはどう言う事です?」校長は薄笑いを浮かべているだけだった。「ともかく講堂へ!」教頭が言い、部長さんも含めた教職員も講堂へ集結した。「来たぞ。これで役者が揃ったな。原田、いつでもOKだ。始めてくれ!」“WE WILL ROCK YOU”が終わると、演壇に原田が立った。「これより、臨時生徒総会を開催する!」世紀の一戦の幕が切って落とされた。
「本総会は、全校生徒の参加により成立しています。会長、議事進行を願います!」長崎が台本通りの報告を挙げると「本日は、極悪非道に走り、多くの女生徒達に精神的苦痛を与えた塩川教諭について、その罪を数え上げ、断罪し、教職より追放することを審議する。これは、学校のみならず生徒会としても看過できない重大な事案である!まず、塩川教諭が何を行ったのか?そこから報告を受けよう!」原田は淀みなく言い切った。ここまでは、台本通りだ。次は、1年生と2年生の代表4人による“告発”であった。勇気を振り絞り、真実を語り、塩川の裏の顔が白日の下に晒された。代表4人は全員が女生徒。それも、ネガフィルムに映っていた子達だ。生々しい“告発”に講堂はざわめいた。再び原田が演題に立った。「塩川教諭の犯した罪は、今、聞いた通りだ。教職員としてあるまじき行為であるのは明々白々!断罪に値する証拠もある!私はここで諸君に問う。塩川教諭の罰は軽くないか?!」「軽―い!」「甘―い!」大声が多数帰って来た。「私はここに提案する!塩川教諭の免職が認められるまで、我々は授業をボイコットする事を!」原田の言葉を受けて壇上に旗とプラカードが掲げられた。そして、生徒会役員と各部部長がフリーマイクで意見を述べ始めた。「俺様の現像室で不埒な事をしでかした罪は軽くねぇ!写真の神様を冒涜した罪は償ってもらう!塩川の首を取れ!」小佐野も珍しく気持ちを前面に出して訴えた。「一瞬の煌めきを切り取れる写真の力。事件を解決へ、真実を皆へ、タイムシフトマシーンであるカメラを悪用する事は、こうした事を否定する重大な悪行だ!情けなど無用!塩川に正義の鉄槌を!」僕も続いた。閣僚達も同じ思いをそれぞれに語った。再度原田が語る。「我々の思いは1つ!塩川に正義の鉄槌を!賛成の諸君の起立を求める!」講堂に集まった全生徒が立ち拍手を始めた。「滝、スタート!」僕は“WE ARE THE CHAMPIONS”を流す指示を出した。「ありがとう!ありがとう、みんな!我々はチャンピオンだ!」原田の言葉に被さる様に“WE ARE THE CHAMPIONS”が流れた。自然と合唱が起こった。肩を組んでいる者、拳を振りかざす者。みんなが声を挙げて歌った。この曲もそれほど長くないのでリピートが入る。この辺の加減は滝の腕の見せどころでもある。「参謀長、あれを!」長官が指した方から、3学年の担任と副担任が列を作って進んで来る。「予定外だ!何をする気だ?」僕は真意を図りかねた。佐久先生がマイクを取った。「我々、3学年の教職員一同も賛同する!俺達もチャンピオンだ!」講堂が歓喜の渦に包まれた。再び合唱が始まる。壇上から見ると他の先生方も合唱し拳を掲げている。ボーっとしているは、教頭と部長さんだけだった。校長は満足そうに頷いて拍手をしていた。教職員も生徒も繰り返し合唱を続けた。“WE ARE THE CHAMPIONS”で僕等は1つになり、明確な目標と意思を示した。「校長、これを見過ごすことは出来ませんね!」部長さんが言うと「ふふふふ、何のことかな?」と校長はトボケた。「塩川次長の権力がどうだって言うんです?罰条はしかと受けなくてなりませんよ!」「額面通りに受け取っていいのかな?」「無論です。塩川一党は終わりですよ!いや、終わりにしなくてなりませんね!」大合唱は続いていたが結論は出た様だ。「みんな、ありがとう!最後まで戦い抜こう!」原田は言ったが、この時点で決着は付いていたと言ってもいいだろう。塩川親子は辞職に追い込まれた。僕等の乱は3日で終息したのである。これらの事は、公の記録としては残ってはいない。僕等は3期生と4期生に対して「原田の世は正しくは無かった」と語り継ぎ、多くの記録を廃棄させたからだ。開校30周年を記念して校史が編まれたはずだが、僕等に関する記録の大半は僕等自身で塗り消してあったので、表立っての記述は無いと思う。「太祖(1期生)の世に復せ!」と言って僕等は3期生と4期生に歪の是正を託した。彼らの功績は称えられるべきであり、正しい継承がなされたのは大いなる偉業だろう。僕等の世は抜け落ちている様なものだが、原田の異常な継承によって生み出された歪を残さぬように、僕等が自ら消していった結果である。
「なーんか気が抜けちまった気分だぜ!これから“向陽祭”だってのにな!」竹ちゃんが紙屑の入った袋を引きずりながら言う。「ああ、“前夜祭”どころか“本祭”も終わったかの様だな。これから、また準備あるなんて信じられない気分だよ」“反乱”の後始末をしながら2人して黙々と片づけをしていると、不思議な感覚に捕らわれた。「まあ、塩川の首が飛んでくれたのは評価しなくちゃ行けねぇが、こんなにアッサリと片が付くとは思わなかったぜ!さて、ここはこれで剥がし終わった。後、もう1階か!」「上は終わったぜ!」久保田も袋を引きずっている。「じゃあ、残るは昇降口か?」僕が問うと「向こうは下級生に任せてある。ザッと見てくればいい。ついでに焼却炉へ持って行くとしよう!」そう言うと久保田は袋の口を縛って肩に担いだ。竹ちゃんも続いた。講堂での生徒総会から2日後の事である。「処分が決まるまでは闘争を続ける」と原田は宣言したが、片づけは総会が終わってから数時間後に始まったのだ。休み時間を使いながらの片づけは意外と骨の折れる作業だった。「やり過ぎた!こんなに派手にするんじゃなかったぜ!」久保田と竹ちゃんが唇を噛んだが、貼り付けたモノは剥がさなくてはならない。しかも、慎重に汚れが付かない様にしなくてはならない。貼った時の10倍の苦労を味わって、ようやく仕事は完了したのだ。袋を焼却炉へ放り込むと、モクモクと煙が立ち昇った。「煙の様に消えちまったな。塩川のヤツ、最後のアイサツに来ねぇとはいい根性だぜ!」竹ちゃんがボキボキと指を鳴らす。「“懲戒免職”になるところを“依願退職扱い”に減刑してやったんだぜ!アイサツに来るのが筋だろう?」久保田も同意見らしい。「そのアイサツに来れば、ボロ雑巾にされちまうんだ!逃げ出すはずだよ!」僕がなだめに入るが、2人は憮然としている。「久保田先輩!これもお願いしてもいいですか?」4期生の女の子達がゴミ袋を担いで来た。「おう、任せな!」久保田の表情が一変する。ニコニコして優しい眼をしている。「女の力は偉大だな。久保田のヤツ、下に結構なファン層が居るらしいぜ!」竹ちゃんも表情を崩す。「そう言えば竹ちゃんのファンも・・・」と言いかけると「シー!道子に聞かれたら落雷じゃあ済まねぇ!壁に耳あり・・・」「障子に目ありよ!竹ちゃん!これ何?」道子が握っているのは手紙の束だった!「そっ、それはだな・・・、ゴミにするヤツだよ!」竹ちゃんが必死に逃げ道を模索し始める。だが、道子は手を緩めない。「だったら、何故開封してあるのよ!逃がしはしませんからね!」「参謀長、後は任せた!」竹ちゃんは僕を道子の方に突き飛ばすと、活路を開いて逃走した。しかし、道子も黙ってはいない。僕をかわすと直ぐに追跡を開始する。「待ちなさい!お弁当を没収するわよ!」壮絶な追いかけっこが始まった。「あーあ、竹のヤツ逃げ切れる訳が無いのに!」久保田はお手上げのポーズを取った。「確かに、逃げ切れる訳が無い。道子がマジになれば男子より足は速いからな!」僕もため息交じりで返すしか無かった。
“塩川の乱”で遅れていた“向陽祭”の役員選出と打ち合わせが開始されたのは、2日後だった。僕等の学年では、約半数が役員として要職に就く。残った人員で模擬店や展示を行う事になるのだが、僕の担当である“総合案内兼駐車場係”については、サブリーダーとして西岡とさちの2名を指名した。昨年より更に来場者が増える事を力説して、勝ち取った戦力である。昼休み、西岡も交えてのお茶会の席で「今年は、昨年よりも更に厳しい戦いになるのは、火を見るよりも明らかだ。しかも、並行して“継承”に関する伝達も実施しなくてはならない。“太祖(1期生)の世”に復さるために、あらゆるところに記されている“原田”の2文字を削らせ、“専制独裁制”に終止符を打たせるんだ!そのために西岡、君を招集した。上田と遠藤達に“正統な継承とは何か?”を叩き込んでくれ!無論、僕とさちも伝える事は多々あるし、自ら率先して指導も実施する。今回は忙しくなりそうだ!」アールグレイを飲みながら僕が切り出すと「はい、係活動を“隠れ蓑”にした“原田後の布石”ですか。あたしも彼女達に行く末を託すに当たり、どうやって伝えるか?悩んでいました。この様な形で行うとは、原田も思い付かないでしょう。絶好の機会になりそうですね!」西岡が眼を輝かせる。「この機会を逃すと、非常に厄介な問題が残る事になる。現体制は、原田が“存在し続ける”事を前提に成り立っている。“第2の原田”が居なければ、混乱と破局が待っているだけだ。ヤツが留年するとは聞いていないし、するつもりは無いだろう。まずは、“専制独裁制”から“集団指導体制”へ移行させなくてはならない。その上で、“太祖(1期生)の世”に復させる素地を作る。“原田体制”を駆逐出来るのは、4期生が“継承”した後になるだろう。息の長い話ではあるが、それだけ強大な権力を原田は握っている証明とも言える。だからこそ、“負の遺産”を残してはならない!」僕は断固としてやり遂げる意を示した。「さすがですが、些か早すぎませんか?」「いや、むしろ遅いぐらいだ!“塩川の乱”の影響で、2週間は出遅れている。僕の描いたロードマップからすると、原田は既に“後継者”を指名しているだろう。4期生からな!」「4期生?!まさか、“長期政権”狙いを?」「当然だろう!原田は3期生に“地下組織”を作れなかった。3期生は僕等の手の中にある。対抗馬を探すとしたら、女の後輩が居る4期生から選ぶのは必然性がある!」「しかし、現行の生徒会規則では、1年生からは立候補できませんよ!」西岡が怪訝そうな顔で言う。「“生徒会長権限”でいくらでも捻じ曲げる事は出来るし、指名する事も可能だ!だが、選挙にする確率の方が高い!いずれにしても容易な事じゃないが、勝てる布陣を取るのが王道だろう?」その時、ドアがノックされ上田と遠藤が入って来た。「参謀長、部隊の編制が整いました!名簿をご覧ください!」遠藤から受け取った名簿を僕はコピーして原簿は遠藤に差し戻した。コピーをさちと西岡に渡す。「これは!事実上の“新体制”のクラス正副委員長と閣僚候補者の一覧ではありませんか!あなた達、いつの間にこんな人選を進めてたの?」西岡が驚愕して聞くと「新学期が始まって早々に、幸子先輩から言われました。“最強の布陣を敷くために人を集めなさい!成績や人気ではなく人物本位で眼鏡に叶う人を見定めて!”と。色々あって遅れてしまいましたが、考えられる最高の戦士を集めたつもりです!」と上田が答えた。「参謀長、いつの間にそんな指示を?」「事を謀る上では、身近な人物から騙してかからなくてはならん!済まなかったな。僕がさちに依頼して密かに人選を進めさせた。その成果がこれだ!上田、遠藤、会長候補は“ひな人形”で構わん!担ぐのは人気者にして、実権はお前達が握り糸を引いて操れ!副会長が“実質的な会長”に座るのだ!“脂粉”こそが“原田体制”に風穴を開ける武器となろう!」「参謀長、“脂粉”とは?」西岡が首を傾げる。「唐の玄宗が、則天武后達から実権を取り戻すまでの50年を表す言葉として“脂粉消ゆ”と表現する場合がある。化粧の例えとしてな。僕等は玄宗に倣う訳では無いが、次の世代はここに居る2人を始めとした、女子達に活躍してもらわなくてはならないと思っている。だから、密かに“組閣”を命じた。まずは、合格点だな!各自の適正は、係活動を見てから判断する。近々、全体の打ち合わせ会を開く。全員欠席の無いように出頭させろ!」「はい!」2人が合唱する。「参謀長、実質的に“次期大統領選挙”は動いていると?」「原田も同じことを考えて動いているはず。遅れを取る訳にはいかんだろう?」僕は、温くなったアールグレイを飲み干すと、おかわりを注ぎ、上田と遠藤にもカップを持たせた。アールグレイを注ぎながら「原田よりは半歩はリードを取らなくては、専横がまかり通る結果になる。何としても選挙に持ち込むんだ!2人ともミルクか砂糖はいるか?」上田と遠藤に問うと「いえ、このままいただきます」と言って口を付けた。シンクにポットを持って行って茶葉を捨てていると「参謀長、ご自分で紅茶を?」と言いつつ上田が背後を取った。「ああ、1年の時からずっとやっているよ」と言う間に僕の懐へ紙片を上田が押し込んだ。西岡もさちも気付いていない。何食わぬ顔で洗い物を続けると、上田が手伝いをやってくれる。「さち、生物室の空きを見てくれ。全体会議は来週には開きたい」「OK、ちょっと待って!空きは・・・、水曜日以降ならいつでも空いてるみたい」「では、水曜日に予約を書き込んで。場所だけは確保しないとな」「あーい」さちが使用の予約を入れた。「水曜日には何を協議しますか?」西岡が聞いている。「まずは、任務の概要の説明と時系列での流れの確認からだな。次は測量をしなくちゃならない」「測量?どこの?」さちが素っ頓狂な声を出す。「校庭さ。詰め込めるだけ車を押し込まなくてはならない。実際問題、何台まで止められるか?実測して把握しないと混乱の元になる。そうした資料も後世に残して行かなくてはならないんだよ。来年は僕等は手が出せないし存在すらしない。正しい“遺産”は確実に手渡して行くのが筋だろう?」「そうかー、もうそんな時期なのかー」さちがため息交じりに言う。「否応なしに時は過ぎる。さて、そろそろ午後に備えないとな。2人ともご苦労だった。全体会議は来週の水曜日だ。連絡を回してくれ!」「はい、分かりました」上田が笑顔で答えた。僕等は午後の授業に向けて生物準備室を出た。ロッカーの前でブレザーの懐を探るとメモ書きが手に触れた。“今日、駅で待ってます。駐輪場の陰に来てね!”女の子らしい文字が書かれていた。「マズイな」僕の心に不安が影を落とした。
夕方、さちを見送った後、僕は駅の駐輪場へ向かった。上田の姿は直ぐに見つかった。西岡より背は低いが、均整の取れた美しいプロポーションをしている。髪はロングである。「参謀長、呼び出したりしてすみません。どうしても聞いて欲しい事があるんです!」上田は意を決して言い出した。「何かな?」「卒業されたら、あたし達は誰を頼ればいいんですか?参謀長の後継者は居ません!鋭い分析力に洞察力。推理力や作戦の立案に指揮。先見の明も。誰もあなたには届かないんです!お願いです!留年して下さい!」僕は卒倒しそうになった。「悪いけど、留年は勘弁して!まあ、確かに僕の後継者は今のところ居ないけど、候補者は選んであるよ!」「候補者?それは誰です?」上田は怪訝そうに聞いてくる。「ズバリ、君だ!上田加奈。本日より、参謀長補佐を命ずる!“向陽祭”の期間中、私から離れるな。全てを見て聞いて体に叩き込め!」「ええー!あたしが!そんなの無理です。あたし馬鹿もいいとこだし・・・」「学校の成績は関係ない。適性を見極めた結果、君に後の世を託す事に決めた。君を補佐するのは、山本と脇坂だ。これしか無い!」「あたしが“参謀長”の肩書を継ぐ?信じられません!」上田は呆然とした。だが、彼女には才能を感じさせるモノはあった。今年の“総合案内兼駐車場係”の人選を見てもそれは明らかだった。彼女には人を引っ張っていく力はある。作戦の立案などは、山本と脇坂が居る。この3人によるトライアングルこそ、僕の跡継ぎに相応しい。「ともかく、僕はそのつもりで“引き継ぎ書”を作成している。時期が来たら渡すよ。そして、残された時間であらゆる疑問に答えて行くつもりだ。見て、聞いて、読む。僕が居る限り、全てを注いでやる!全力で着いて来い!」「はい!」彼女はとりあえず僕の後を追う事に決めた様だった。最後の“向陽祭”に向けて、僕等は走り出した。去る者も追う者もない。最大の山場はこれからなのだ。「参謀長、これを着けて下さい!」上田は包みを差し出した。「何かな?」「ペンダントヘッドです。あたしの好きな人に着けるつもりで、ずーと持ってました。ネックレスに着けて下さい!」彼女は臆することなく言った。「猫の鈴か?上田の猫になるのも悪くは無いな」「そうすれば、部屋に忍び込んでも平気ですよ。着替えとかも覗けるし!」上田は屈託なく笑う。僕等は夕日を浴びて歩き出した。「猫じゃなくて虎だったらどうする?」「あなたに襲われるなら運命だと思ってますよ!」「じゃあ、襲うか?」「今日はもう遅いから、次の機会に!」駅舎に向かう僕等は“にわか漫才”のコンビの様だった。