limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

New Mr DB ⑪

2018年12月26日 15時57分13秒 | 日記
「¨機動部隊¨よりミスターJ、ベンツは、第三京浜へ転進しました!当隊は、予定通り東名へ直進し、Z病院周辺へ向かいます!遊撃隊、健闘を祈る!」「了解!先発隊、発進!ベンツを確認後、後発隊も追尾を開始します!」第三京浜に¨AD¨の社長がベンツを乗り入れる前、3台の車両が慌ただしく走り出した。彼らの目的は、文字通り¨壁¨を作る事だった。そして後続の3台がベンツを追い上げる。遊撃隊の任務は、¨ペースを乱す¨事なのだ。車速が安定しなくては思うような蓄電は叶わないし、社長が癇癪を起こして苛立てば尚更良かった。実際、社長はイライラが溜まり爆発寸前であった。大型トラックを巧みに盾として使い、前を塞いだ遊撃隊の行動は社長の運転を見事に狂わせていた。「クソ!邪魔な車共のせいで前に進めん!クソ野郎!一気にぶち抜いてくれる!」強引に右側へ踊り出すと、出し抜けにクラクションとパッシングの嵐を食らった。「社長!ランボルギーニです!相手が悪すぎます!」後ろに張り付いた3台に邪魔されたランボルギーニは、酷く苛ついていた。慌てて中央に戻ると、爆音を響かせて走り去る。その直後、覆面が猛然と追跡を開始して追い抜いて行った。「お手柔らかに走って下さい!アイツに追われたらアウトです。電圧も変動が激しく蓄電量も安定しません。社長!我慢して下さい!」サイバー部隊員が悲鳴を上げる。「分かっとる!!うーん、前の3台さえ抜き去ればペースも保てるのだが、中々追い抜けない!後ろはどうなってる?」「車間は大分空いてます。やはり3台が連携して、前進を阻んでます!」「分かった。ケツはどうでもいい!ともかく前だ!あの3台を追い抜かなくては、電気を得られん。おい!蓄電率はどうなっておる?」「まだ65%前後です。急ぐ必要はありません。定速を保った方が電圧も安定して蓄電量も増えます。95㎞前後を維持して下さい!」「仕方ないな!!分かった。お前らの顔を立てよう!¨急いては事をし損ずる¨か!だが、みなとみらいに着いたら俺自らの手で葬ってくれる!」頭から湯気を立てながらも社長は我慢を選んだ。本当は、スカッと飛ばして一気呵成に叩くつもりだった。だが、蓄電量を考えれば部下達の方に軍配は上がる。仕方なくベンツは、左車線へ移り車速を安定させた。¨AD¨の社長にして見れば¨信じられない¨我慢であった。「まあ、いい。¨司令部¨を壊滅させるためだ!今の我慢が攻撃力を高める唯一の手だ!電圧はどうなっている?」「安定しました。蓄電量も安定。5%程度の上乗せが見込めそうです!」「よし!85%を目標にする!待っておれ!ミスターJ!今度こそ俺の勝ちだ!」ベンツは、第三京浜をひた走った。

「ふむ、ペースが落ちたな。リーダー、遊撃隊の策は当たりの様だ。¨挟み撃ち¨が効を奏しておる。Nよ、このペースだと蓄電量はどのくらいになる?」ミスターJがPCの画面を見ながら問う。「80%あるか無いかでしょう。撹乱波の減衰率を考慮すると、シールドには70%のエネルギーが到達するかどうかですね。突破される恐れはありますまい」「私もそう思います。河口の橋からの距離と、エネルギー量から推測してみましたが、U事務所の様な被害は出ないでしょう!」F坊の結論も同じだった。「跳ね返してやる際は、そのままか?」「いいえ!増幅して¨倍返し¨にしてやります!恐らく、電子機器も車も動けなくなりますよ!」¨車屋¨がバッファー回路に増幅器を繋ぎながら言う。「そこを米軍が取り押さえます。海路で横須賀へご招待でさぁ!」¨スナイパー¨が嬉しそうに言う。「万事予定通りだな。遅れてくれた分、人通りも減った。闇から闇へ葬るには絶好のロケーションになった。リーダー、遊撃隊の次の任務は指示してあるか?」「はい、高速を都心方向へ引き返して、自動車修理工場へ“侵入”する手筈になっています。“機動部隊”の予備車両は、八王子を出ました。撹乱波発生器2台を奪取する計画です!」「よし、明日の朝、横須賀基地の正門前へ運ばせろ!宛先は“法務部のクレニック中佐宛て”だ!木箱へ入れて丁重に進呈しろ。それにしても、久しぶりだな。クレニック女史が“中佐”とは、1年半前の銀座作戦の際に、横田まで送り届けた彼女が奇しくもまた現れるとは。因縁めいた再会だ」ミスターJは遠い目で思いをはせた。「遊撃隊より、ミスターJ、ベンツは後5分前後で“みなとみらい”へ到着の見込みです!」「よし、分かった!総員非常態勢!遊撃隊は、直ちに次の任務へ向かえ!」「了解!幸運を祈ります!」「来るぞ!警戒を怠るな!」ミスターJが指示を飛ばす。“司令部”は緊張と殺気に満ち溢れた。

「蓄電率は?」「75%です。予備を投入すれば80%に達します」「いよいよ、みなとみらいだ!“司令部”の位置を確認しろ!」「電波を探知!港沿いに進んで下さい。ホテルの高層階に“司令部”がある模様。観覧車の近くです」「丁度、人影もまばらだ!見咎められる心配も無い!攻撃用意!予備蓄電池を接続しろ!」“AD”の社長は不敵な笑みを浮かべた。「泣きっ面が目に浮かぶわ!灰燼と化すのだからな!」「“司令部”の位置を確認。帆のようなホテルの中層階の一室にあるものと推測されます。河口の橋へ着けて下さい。そこから一点集中で狙えます」「とうとう来たか!長かったぞ!」社長はベンツを河口の橋へピタリと着けた。「上方38度、左へ12度に電磁波及び通信波を感知。“司令部”です」「サンルーフを開けよう。直接照準でターゲットをロックしろ!発射スイッチは俺が押す!」社長は運転席から降りると、ホテルを見上げた。「ふふふふ、ミスターJ、悪く思うなよ!お前らが邪魔をするのが悪いんだ!」ひとしきりタバコを吹かすと、運転席へ座り直す。「攻撃準備完了しています」「よし!行くぞ!」社長はスイッチを手にした。「喰らえ!」撹乱波発生器が唸りを上げた。

「ミスターJ!白いベンツが現れました!河口の橋へ着けています!」「退避可能な者は、窓から離れろ!“シリウス”通信回線とシステムのシャットダウンは済んでいるか?」「はい、完了しています!帯電防止シートで覆います!」「シールド出力全開!バッファー回路正常!さあ、来るなら来い!“倍返し”にしてくれる!」N坊と“車屋”の目が光る。「サンルーフを開けています。直接照準で来るつもりでしょう!」暗視スコープを覗いているF坊が報告する。「F、退避しろ!N、“車屋”、任せるぞ!」ミスターJは物陰へ退避をしつつ言う。「シールドに変形を確認!撹乱波到達!」天井の照明が消えかかる。「そうはさせるかよ!喰らえ!“倍返し”だ!」N坊がノートPCのエンターキーを叩く。青白い光が一瞬部屋を照らした。F坊が窓際に駆け寄る。「ベンツに“倍返し”完了!車は完全にアウトです!あっ!兵士がベンツを取り囲んでます!乗員を降ろして後ろ手に縛り上げました!総員4名。連行されていきます!」「横須賀へご招待だ。ベンツも押収する手筈になっている」“スナイパー”が笑いながら言う。「被害は?」「ありません!シールドで受け止めて、跳ね返しました!シールド解除します!」N坊も笑いながら言う。「レッカー車が到着しました。ベンツを押収する模様です。連行された4名は、ボートへ移されて沖の短艇へ向かっています」F坊も笑いながら言う。「作戦成功だ!みんなよくやった!」ミスターJが高らかに宣言した。「ゲス共は、米軍の手に落ちた。今晩の仕事は終わりだ。リーダー、缶ビールを配ってくれ!乾杯だ!」“司令部”では盛大な祝杯が上がった。「さあ、第1段階の作戦は完了した。みんな、安心して休んでくれ!明日は、また別の“一仕事”が待っている!リーダー、Z病院へ“作戦成功”のメールを打ってくれ。他の者は各部屋へ戻ってくれ。疲れただろう。お疲れ様!」「うぃーす!」ミスターJはビールを飲み干すと、携帯を手にした。メールを1通送信する。「さて、枕を高くして寝るとするか。リーダー、お前さんも休め。明日からまた忙しいぞ」「はい、ではおやすみなさい」¨司令部¨に静寂が戻った。

「喰らえ!」撹乱波発生器が唸りを上げた次の瞬間、悲鳴にも似た声が響いた。「シールドです!あっ!跳ね返して来ます!!」青白い光がフラッシュの様に瞬いた次の瞬間、バシッ!と言う鈍い音と共に、全てが止まり闇に包まれた。「なっ、何だ?!」社長はベンツのエンジンを始動しようとするが、ベンツはウンともスントモ言わなかった。「どっ、どうした?」「撹乱波を打ち返されました!全ての機器がアウトです!逃げま・・・」と言った時にはベンツは兵士達に包囲されていた。拳銃を構えてゆっくりと包囲の網が絞られる。「なっ、何者だ?!」「米軍の海兵隊でしょう!完全に囲まれてます!」「何故、米軍に包囲されなきゃならんのだ!」社長は事態を全く飲み込めていない。兵士達は、ベンツのドアを開けると拳銃を突き付けたまま、車から降りる様に身振りで促した。「降りろと言ってます。両手を挙げて¨抵抗する意思が無い¨事を示した方が・・・」「分かっとる!!」社長の癇癪が爆発した。救命胴衣を着せられると、後ろ手に縛り上げられゴムボートに乗せられた。「何処へ連れて行く積もりだ?!」沖合いには短艇が待っている。「横須賀でしょう。我々はどうなるんです?」「分かれば苦労はせん!!¨司令部¨に米軍が絡んでいるとは、想定外だぞ!ミスターJは何を企んでいるんだ!!」社長の癇癪は治め様がない。4人は、そのまま横須賀基地に連行され、1室に収容された。2段ベッドが2基と椅子とテーブル、電話があった。社長は、受話器を取ると¨AD事務所¨へ連絡を取ろうと躍起になった。散々苦戦して事務所へ電話を繋ぐと「俺だ。何故か分からんが、米軍に拘束された!明日の朝イチで誰かを横須賀基地へよこせ!」と喚いた。「べっ米軍?!どうなっているんです?」サイバー部隊長は驚愕して声が裏返しになった。「聞きたいのはこっちだ!!2人程¨身柄引き受け¨に派遣しろ!!¨素敵なホテル¨に滞在するのは、今晩限りにしたい!弁護士軍団に至急連絡して手を回せ!!」「はっ!」「それから、姉貴にも救助を要請する様に伝えろ!確か知り合いが居たはずだ!あらゆる手を尽くせ!」「御意!」社長は湯気を立てながら電話を切った。「仕方あるまい、今晩は我慢しよう。明日になれば、事務所から救援が来る。¨素敵なホテル¨に1泊だ!」社長はベッドにひっくり返った。他の3名は、室内を物色しドアの外を伺った。「見張りが2名、銃を持って立ってます。窓には鉄格子が嵌められてます。さすがに逃亡は無理でしょう。基地内では分が悪すぎます!」「慌てるな!明日には出られる!余計な騒ぎは起こすな!後で面倒になる。1晩我慢しろ。そうすりゃあ¨無罪放免¨だ」そう言って社長はいびきをかき始めた。¨明日になれば¨誰もがそう思った事だったが、4人が解放されるのは随分先になろうとは思いもしなかった。

深夜2時、都内某所の自動車修理工場。スクラップ寸前と化した黒いベンツ2台を遊撃隊員が取り囲んでいた。「おい、あったか?」「いや、見当たらない。取り外したらしいな!だとすると、建屋の中か?」遊撃隊員は、建屋をこじ開けると静かに内部を伺う。「あったぞ!配線毎ベンツから降ろしたんだ」「幸い、木箱に収まってる。そっくりそのまま頂きだ!」遊撃隊員達は、慎重に木箱を運び出すと、¨機動部隊¨のトラックへ積み込んだ。「さて、¨送り状¨を張り付けて、悪いが横須賀基地まで頼むぜ!」トラックの運転手に依頼する。「了解だ!正門へ置いてくりゃあいいんだな?」「ああ、¨精密機械につき取り扱い注意¨で頼む!」「分かった!宛て先は間違いないか?」「見れば分かるよ。兵士にも手伝ってもらえ。じゃないと受取人に怒られるって言えば、文句は言わないさ!」「じゃあ、確かに預かった!八王子でまた会おう!」「気を付けてな!」トラックは横須賀基地へ向けて走り去った。「さて、俺達はまたまた横浜へとんぼ返りだ!」「あんまり飛ばすな!覆面に捕まるぜ!」不敵な笑みを浮かべた彼らは、みなとみらいを目指して走り出した。

午前6時、¨機動部隊¨のトラックは米軍横須賀基地の正門へ着いた。すかさず兵士が誰何して来たが、英語が堪能な隊員は兵士達に手伝いを依頼して¨荷物¨を降ろした。「中佐殿へ渡せばいいんだな?」「ああ、そうだ。余人が勝手に手を出すと、厳罰モノらしいぜ!ウチのボスからも厳命が下ってるんだ!」「分かったよ。俺達も厄介はゴメンだ!確かに預かった。サインはこれでいいんだな?」「OKだ。朝っぱらから済まなかったな。これで俺も家に帰れるよ。サンキュー!」トラックは反転して走り去った。「それにしても、Japaneseはよく働くな。アイツらいつ寝てるんだ?」「それより、交替の時間が迫ってる。引き継ぎ書に記載しとけよ!中佐殿が、お目覚めになり次第届けろとな!」兵士達は眠い目をこすりながら、引き継ぎ書へ書き込みを入れた。肝心のクレニック中佐は、既にお目覚めになっており、朝食を取っていた。「おはよう、ケイコ。昨夜、連行した4人と車は何なの?」「おはようございます。中佐、実は¨ある電子装置¨を密輸して使用していたんです。首都高での¨ECM¨騒ぎで使われたモノと同じ装置です!」「ケイコ、¨ある電子装置¨とは、まさか¨中国製¨ではないわよね?」「まだ、調査も検証もしてませんので、ハッキリとはお答え出来ませんが、可能性はゼロではありません」「分かった。食事が済んだら直ぐに調べましょう!少佐、おはよう。朝から大車輪でかかる仕事があるわ。打ち合わせしながら食事をしましょう!」「失礼します。クレニック中佐、おはようございます!正門に中佐宛ての¨荷物¨が届いております。如何致しましょう?」「軍曹、¨荷物¨って何なの?」「木箱が2つ、それもかなり重い、精密機械の様です」「誰が送り主なの?伝票は?」「伝票はこちらです」軍曹から伝票を受け取った中佐は、全身が凍りついた様な感覚に襲われた!「木箱は何処にあるの?」中佐は立ち上がり誰何した。「食堂の外まで運んであります。何処へお持ちしましょう?」軍曹が尋ねる。「軍曹、直ちに木箱を開けなさい!少佐、ケイコ!行くわよ!」中佐は外へ飛び出した。フォークリフトが木箱を乗せて待っている。軍曹は、木箱を降ろす様に命じると、バールを手に木箱をこじ開けにかかる。「中佐!どうされました?」「この伝票を見て!¨シャドー¨からの贈り物よ!私の勘が正しければ、中身は恐らく¨ある電子装置¨のはずよ!」木箱が開けられると、配線付きの電子装置が現れた。「これは…、例の¨電子装置¨だわ!何故ここに?しかも完全な形で!」オブライエン少佐が絶句した。「やはり、¨シャドー¨からだわ。しかも、¨中国製¨!ペンタゴンの連中なら狂喜乱舞する代物だわ!それにしても、何て手回しのいい連中なの?」中佐は呆然と言った。「中佐、何故¨シャドー¨からだとお思いに?」スタイナー少佐が尋ねる。「筆跡よ!伝票の筆跡が1年半前に筆談した人物のモノと同じなの。このクセのある筆記体!忘れた事はないのよ!そうだわ!ただ送り付けるだけじゃないはずよ!伝票の何処かに細工が隠れているはず。軍曹!¨荷物¨は丁重にオフィスへ運び込んで!まずは、謎解きよ!」中佐達は食事をあわただしく済ませると、オフィスで伝票を観察し始めた。「送り主は、東京の自動車修理工場になっています」「つまり、首都高で騒ぎを起こした車は、そこにあると言いたい様ね。¨電子装置¨を送り付けたのは、表立って動かないで欲しいと言いたいのね。まだ、彼等のメッセージは分からないけれど、¨意思¨はそんなところかな?」「一番の要求は何でしょう?」「何かしらあるはず。それもさりげなく伝え様としているはず。あれ?何よ!穴が開いてるじゃない!虫ピンで突いた様な小さな穴が!」中佐は伝票を透かして見て異変に気付いた。「アルファベットの文字を突いた様ね。文字を拾うわよ!」拾い出されたアルファベットから単語を推測する。しかし、これが意外に骨の折れる作業だった。¨three-week¨と読み解いたのは、スタイナー少佐だった。「3週間?どう言う意味合い?」「恐らく3週間は拘束しろ!って事ね!」中佐が言う。「その間に¨何かしらの手¨を打つつもりでしょう。その見返りが¨電子装置¨なのよ。無傷で持ち帰れれば、大変な価値があるわ!」「中国が我が国のテクノロジーを何処まで¨モノ¨にしているか?を子細に調べられます!」スタイナー少佐も同調する。「でも、まだ足りないわ。我々に¨待った¨をかけるには、決定的な証拠が!木箱の中身は¨電子装置¨だけかしら?」中佐は改めて木箱を隅々まで調べ直した。「あった!DVDが3枚。ケイコ、中身を調べて」中佐はDVDをオブライエン少佐に渡した。「画像ファイルがあります。再生してみますね」それは、車載カメラの画像で¨スナイパー¨の車が襲撃を受けた際の車内の様子が、克明に記録されていた。音声はカットされていた。「生々しい状況だわ。電子機器は殆どアウト。¨電子装置¨の威力を見せつけられるわね。他の画像ファイルも再生できる?」画像は監視カメラのモノに切り替わった。黒のベンツが襲撃を仕掛ける様子が、ありありと見て取れた。「首都高での襲撃の様子は、これで手に取る様に分かる!他には何が入っているの?」「車検証の写しと、書面ですね。車検証の写しから、所有者が分かります。これって、昨夜連行した男ですよ!弁護士事務所の社長です!」スタイナー少佐が驚きの声を上げる。「何となく見えてきたわ!」クレニック中佐は笑みを浮かべながら言う。「首都高での襲撃の様子と、この¨電子装置¨の威力を証明するだけの証拠を付けて来たと言う事は、¨我々に替わって捜査した¨から手を引けと言いたいのね。彼等が集めた証拠は確かだわ!¨電子装置¨も無傷で提供するから、深入りはするな!と言ってる。ただ、密輸については確証が得られなかったから、証人4名を寄越した。この件は、国際的な権益と軍事機密が絡む事だから、軍で処理して欲しい。理にかなったモノ言いだわ!」「¨シャドー¨のボスは、相当に切れる人物ですね。首都高での一件は警視庁に問い合わせるしかありませんでした。しかし、日本側も我々に対してここまで情報開示はしないでしょうし、¨電子装置¨もどうなっていたか分かりません。¨シャドー¨は実にフェアに¨取引¨を持って来ています。我々の顔をしっかり立てながら」スタイナー少佐が感嘆していた。「それで¨3週間¨の拘留依頼。密輸については、まだ明らかな点が見つかっていない。妥当な¨取引¨だわ!こちらの穴を埋める代わりに、時を稼がせろと言いたいのね!いいわ。この¨取引¨は成立よ。¨シャドー¨のお手並み拝見させてもらったわ!拘留については、彼等の要求に答えましょう!」クレニック中佐は苦笑しながら言った。「それにしても、また、彼等に¨カリ¨を作ってしまったのは、悔しいわ!」「4名の容疑者に対する取り調べに関しては、どうされます?」「極秘裏に連行した以上、我々の法に則って取り調べを行うわ!弁護人の選定から、手続きに至るまで統一軍事法廷法の定めるところでいいわ!引渡しには応じないでよろしい!そもそも、彼等が居る事を公表する義務はない。知らぬ存ぜぬで通しましょう」クレニック中佐は、ミスターJからのバトンを受け取った。彼女は携帯を取り出すと、1通のメールを送信した。「無事に連絡が着けばいいけど。さあ、何から喋ってもらおうかしら?」彼女は既にファイティングポーズを取り始めていた。

“司令部”にメールが着信した。ミスターJは、無言で文面を追う。「どうやら、承知してくれた様だな。これで時間を稼げる。次は“法律事務所”の乗っ取りだ!さて、まずは調べモノから始めなくてはならん!」ミスターJは、PCを起動するとデーターに目を通し始めた。「誰が、何時、どうやって、撹乱波発生器を持ち込んだのだ?」次々と書面を映しては、文面を丹念に追う。密輸の記録を追っていた。「データーに無ければ、事務所の金庫の中かも知れぬ」新たな1日はこうして始まった。

New Mr DB ⑩

2018年12月21日 12時18分23秒 | 日記
ベトナム工場の正門前には、連日、近隣住民が押し寄せていた。口々に「“異臭”を流すな!」と叫んでいた。「またか、これで何日目だ?」事業所長はあきれ果てて問うた。「もう、2週間になります。排気ダクトからの“異臭”の流出を止めなくては、騒ぎが拡大していく一方です」「本社は何と言って来た?」「地下空間と付随するエアコンを消毒しろと言ってます。DBに与える水にもアルコールを微量混ぜろとの事です」「うーん、そろそろ2ヶ月になる。いい加減手を付けなくては無理か?」「はい、何らかの手を打たなくては騒ぎを治めるのは難しいかと」「仕方あるまい。クレゾールはあるか?」「はい、ストックはあります」「では、DBに睡眠薬を投与して、地下空間の除菌・消臭作業を実施しよう!」「では、早速手配にかかります!」事業所長はため息を付きながら「“養豚場”の掃除か・・・、おっと、豚に対して失礼千万だな!食用蛙・・・、やはり礼を欠くな・・・、例えが見つからん!ともかく“臭い囚人”を洗い清めなくては!」手のかかる作業を前に、彼の機嫌は悪かった。

「ふふふふふ、やったぞ!U事務所は壊滅した!蛍光管の破裂を見たか!これで“二の丸”は落ちた。後は、“本丸”を落とせば、ミスターJの組織は壊滅的大打撃を受けて、何の手出しも出来なくなる!さて、横浜へ向かうぞ!」“AD事務所”の社長は上機嫌だった。「社長、1つ問題があります」サイバー部隊員が重い口を開いた。「何だ?」「撹乱波発生器の蓄電量を2割温存しましたが、横浜へ着くまでにフル充電出来る手立てがありません。予備のバッテリーを使っても、出力は7割出せるかどうか分かりません」「電源が他に無いのか?」「ええ、大破したベンツには予備の発電機がありました。社長の車には改造が施されていません。このままでは、電力不足です」「うーん、確かにそう言われればそれまでだが、“節電”をしなくてはならんと言う事か?」「はい、エアコンやノートPC、その他電子機器を一旦切って、電力を回さないと充電できませんし、肝心の攻撃が不発に終わる恐れがあります」「最善の手は何だ?」「事務所に戻って充電する事です」「だが、そんな時間は無いぞ!他には?」「“節電”しながら高速走行をする事ですね。エンジンをぶん回せば、発電機の発電量も増えます。少しでも電力を増やすにはそれしかありません」「うぬー!横浜へ直行出来ないではないか!ガソリンも補充しなくてはならん!大体、何時間かかる見込みだ?」「おおよそ、4時間程度は走らなくてはなりません」「4時間だと?!うぬぬぬー!俺の見込みが甘かった!止むを得ん。ガソリンを補充したら、都心環状線を周回するしかあるまい!時間稼ぎをして蓄電量を増やすぞ!最低限必要な機器以外は電源を落とせ!それと、事務所を呼び出せ!」「はっ!」携帯で事務所を呼ぶと「俺だ。システムはどうなっいている?」とサイバー部隊長に誰何する。「1台だけですが、復活に成功しました。ネットワークからは切り離して“ゲーム”をクリアさせました。サーバーは完全に“ゲーム”に乗っ取られている模様ですので、隔離して外部からも切り離しました。これから、1台づつ“ゲーム”をクリアさせて元に戻します!」「気が遠くなる話だな。“ゲーム”のクリア方法が見つかったのか?」「ええ、散々手こずりましたが、方法は分かりました。無線LANのルーターも初期化しましたので、タブレットからも“ゲーム”を駆逐していきます」「徹夜で復旧させられそうか?」「はっきりとは申し上げられません。ですが、通常業務に支障が出ない様には戻せると思います」「よし!出来る範囲で何とかしろ!お蔵入りにした旧サーバーに繋げば業務は行える。正し、外部との接続はするな!またしても“乗っ取り”に逢ったら今度こそアウトだ。我々は、“本丸”の攻撃に移る!そちらは任せるぞ!」「はっ!」携帯を切った“AD”の社長は、スタンドへ乗り付けた。ガソリンを満タンにするためだ。「今現在の蓄電量は分かるか?」「30%前後です」「予備バッテリを繋いでも35%か!やはり、周回走行をするしかあるまい。今の内に食料も調達して置くか。コンビニにも寄るぞ!」ベンツはコンビニへも滑り込んだ。そして銀座から首都高へ入った。「都心環状線を周回する!」ベンツは出来る限りのスピードを維持して走り出した。追跡している“機動部隊”の一群も離されまいと速度を上げた。「“機動部隊”よりミスターJへ、ベンツは都心環状線に乗り入れました。理由は不明です。距離を保って追跡を続行します!」相変わらず追尾には気付いていなかった。

「ダメだ!頑固すぎる。この汚れは!」便器に付着した汚れは尋常ではなかった。「希塩酸を降ろす。とにかく“異臭の素”は根こそぎ拭い去れ!」ノイズ交じりの声が響く。「クレゾールもお願いします!床も汚れだらけで、とても足りません!」地下空間で“清掃作業”に当たった作業員達はみな悲鳴を上げた。防毒マスクが無ければ、とっくの昔に窒息死していただろう。DBの“高級リゾート”は、想像以上に臭かった。睡眠薬で眠らされたDBを拭き上げている作業員からも「ガーゼが直ぐに黒くなるぜ!尋常な汚さじゃない!」「ボロボロのトランクスは、持ち出せないな!レーザーで処分してもらおう!それにしても相当に臭いし汚いな。親父臭と入り混じって異様な悪臭がでる訳だ!」とグチがボロボロと出ていた。だが、エアコンを担当した者はもっと悲惨な現実に立ち向かっていた。「なんじゃこりゃ?!赤黒い膜が全て汚れなのか?スチーム洗浄機で落とせる代物とは思えん!」「だが、これを取り除かなきゃ悪臭を駆逐した事にはならんぞ!とにかく慎重に作業を進めよう!」彼らは油ギトギトよりも酷い汚れの洗浄に取り組んだ。「どうだ?順調かね?」事業所長がモニター画面に見入って尋ねた。「いえ、かなり手こずってます!予想外に汚れが落ちない模様です」「希塩酸にクレゾールにアルコール、高温スチーム。それでも難しいのか?」「レンジの油汚れより酷いそうです。各所で薬品の追加使用を求められています!」「クソ!人体の汚れがこれ程酷いとは思わなかった!DBは獣なのか?」「使う水に原因がありました。石鹸の使用を認めないと、悪臭は繰り返す恐れがありますね」「いや、逆だろう。石鹸など使わせたら、より悪臭が湧くだろう!エアコン内部の噴霧口からアルコールを撒けるように細工をして置け!そっちの方がより現実的だ」「はい、エアコン担当に伝えます」「クスリが切れる前に完了させるには、骨が折れるだろうが何とか片付けろ!後、3~4時間が限度だ!」「分かっています。廃棄物の処理も含めて3時間以内に終わらせます」「難しいのは、分かるが時間は限られている。何とか頑張ってくれ!」事業所長は唇を噛みながらモニター室を出た。「豚舎よりも不潔とは・・・、本社に追加予算を請求しなけりゃならんな!」苦虫を噛み潰したように呟くと、本社へ送信するFAXの原稿を書き始めた。

「“機動部隊”よりミスターJへ、ベンツは都心環状線に乗り入れました。理由は不明です。距離を保って追跡を続行します!」“司令部”に大隊長の声が響いた。「用心してかかれ!周回を続ける可能性がある。動きがあれば直ぐに通報しろ!」ミスターJはすかさず指示を伝えた。「Nよ、どうやら推測は当りの様だな。向こうは蓄電量を増やすために動き出した。だが、我慢がいつまで続くかな?」「焦ってくれれば、充分に勝機はあります。ルーレット族にも邪魔されれば、癇癪を起して向かって来る可能性は高いですね」「シールドの状態は?」「多少の拡張をして見ました。向こうの撹乱波が予測より弱まるとすれば、U事務所よりダメージは少なくなるでしょう。しかし、念のためシステムのシャットダウンは必須です」「それは止むを得ん。後は、向こうの動き次第だ!」「ミスターJ、U事務所からメールです。被害状況とT女史からの報告です」リーダーがペーパーを差し出す。「Y副社長との会談は無事に終了。“音声記録”に大満足された様だ。これでこちらの思惑通りに事後処理が出来る。被害は大したことは無い様だ。シールドでの防御が効いたな。レーザープリンターが1台“おしゃか”になっただけで済んだとある。念のため、しばらくは表立った活動を控えると言って来た」「では、データーの損傷も無く、今後の進展にも対処は可能ですね」「ああ、残るはウチだけだ!明日になったら、第2段階の手立てに移るが、今の内に手を回して置くか」ミスターJは、受話器を取り上げた。「もしもし、社長、無事で何よりだった。悪いが姉さんを呼んでくれるか?ああ、頼む」ミスターJは、オープンマイクに切り換えると1枚の書面を手に取った。「お呼びですか?」「姉さん、いよいよ“AD事務所”を取り戻す時が来た。明日、事務所に乗り込んで全権を掌握してもらいたい」「弟はどうします?」「予定では、今晩これから米軍に拘束される。出社は叶わんよ」「では、この隙を突いて弁護士たちをこちらに引き入れてしまえば・・・」「そうだ。実権を握ってしまえば、後は“経営権”の譲渡を条件に取引が出来る」「弟はどうなりますか?」「米軍での尋問の後、警察に引き渡されるだろう。もっとも、その前に弁護士会から“除名・追放”されるだろうな。文字通り裸の王様になる訳だ。そこで、U事務所が弁護を引き受ける。首都高の“襲撃事件”の事後処理の過程でヤツも譲らざるを得ない状況に持っていく。最終的には“嫌疑不十分”で不起訴にはなるだろうが、その時には全てを失う事になるだろう」「では、全て予定通りでよろしいのですね?」「そうだ。メインサーバーも明日には届けさせる。思い通りに事務所の再建に入ってくれ!」「分かりました。まだ何かございますか?」「済まんが社長に変わってくれ」ミスターJは、別の書面を手に取った。「社長、首都高での“襲撃事件”は“事故”として処理出来るかね?」「いくつか手はあります。運転していた者達も“事故”として警察に申告しているでしょうから、事を穏便に片付けるのは難しくはありません」「監視カメラの映像などの物証があってもか?」「“事故”のあった三宅坂JCT付近に監視カメラはありますが、丁度死角に入っています。直前の映像はあったとしても、関係者の証言が曖昧ならば、それほど問題にはならんでしょう。原因不明の物損事故として扱わざるを得ないでしょうし、当事者としても真相が明らかになるのはマズイ事ですからな」「そこを突いて“AD事務所”の“経営権”の譲渡を進めてくれ。なるべく穏便にな」「分かりました。それ程難しい話ではありませんよ。表沙汰になれば訴追は免れない話ですから、向こうも折れるしかないでしょう」「R女史は、意識を回復した。退院までにはまだ時間がかかるが、そちらも穏便に片付けて欲しい」「ウチのTが上手く片付けますよ。Rさんとは大学の先輩と後輩の間柄。こじれる事も無く済むでしょう」「では、万事予定通りで進めてくれ!こっちはまだ“大捕り物”が残っているが、何とか切り抜ける。弁護士会への手回しを含めて宜しく頼む!」「“連合艦隊”が圧力をかければどうにでもなりますよ。後はお任せ下さい」「では、宜しく頼む」ミスターJは、電話を終えた。「いよいよ、“AD事務所”の取り潰しですか。上手く行きますかね?」リーダーが心配そうに聞く。「姉さんなら、徹底的にやるだろう。サイバー部隊の解散も含めてな。看板を掛け替えると同時に、親父さん達の様な“人情味”溢れる事務所に再建するだろう。さて、“大魚”は何処で暴れとるかな?大隊長!ベンツは何処に居る?」「依然として都心環状線を周回してます。転進する気配はありません!」「そろそろ我慢の限界に達するはずだ!動きを見逃すな!」「了解!」「待つのは長いな。今の内に腹ごしらえでもするか。リーダー、オーダーを取って食事を手配してくれ」「はい、みんな何を注文する?」リーダーはオーダーを取り始めた。緊張が少し解れた瞬間だった。

「蓄電率は?」「まもなく50%に達します」「このブンブンと走り回るスポーツカーの群れは何だ?」“AD”の社長がいら立って聞く。「“ルーレット族”でしょう。毎夜、環状線でバトルをしてます。付近に覆面が居る可能性もありますので、ご注意を」「うぬー!この忌々しい改造車の群れは我慢できん!そろそろ横浜へ向かうぞ!」社長は遂に焦れた。「後、3周できませんか?そうすれば60%まで蓄電できます」「ちっ!これ以上の我慢は無理だ!俺は転進するぞ!第三京浜に出れば加速して蓄電率も稼げるだろう!用賀へ向かう!」癇癪を起した社長は、用賀方面へ転進した。「この先の加速で、どの程度稼げる?」「およそ75%前後でしょう。蓄電池を加えれば80%前後になります」「えぇーい!それで充分だ!ミスターJの“司令部”を叩くには全電力を投入すればいい!どうせ1回しか攻撃は出来んのだ!一撃必殺!葬ってくれるわ!」いきり立つ社長は、徐々にスピードを上げ始めた。「まもなく取り締まりポイントです。ペースを落として下さい」「分かっとる!!」癇癪が破裂し始めた。こうなると手には負えない。徐々に蓄電率は上がり始めてはいたが、取り締まりに遭えば厄介な事になりかねない。サイバー部隊員は、止む無くPCを起動させて、周囲の状況を探り始めた。今の所、警察に遭遇する気配は感じられないが、来ない保証も無い。ムキになって車を走らせる社長と、PCに夢中になっている同乗者。後方に食らいついている“機動部隊”に気付く者は居なかった。
「“機動部隊”よりミスターJへ、ベンツが転進しました!用賀方面へ向かっています!東名へ行くのか、第三京浜へ乗り換えるのかは、現時点では不明です!」「見失うな!どの道、第三京浜へ向かうだろうが、確率は分からん。着かず離れず追尾を続行しろ!」「了解!」ミスターJは、あんかけ焼きそばを慌てて流し込むと、PCの画面に高速道路の渋滞情報を映し出した。「都心からの流れは順調だ。この分だと、1時間半もすれば射程圏内に入る。各員配置に着け!」食事も早々に“司令部”は臨戦態勢へ入った。「大隊長!ビーコンを発信しろ!それで、おおよその現在位置が推定出来る!」「了解!ビーコン出します!」「“シリウス”ビーコンをセンシングして、渋滞情報に重ねられるか?」「了解。少々お待ちを」“シリウス”が情報を処理して画面上に反映させる。「よし!まだ、首都高を抜けていない。“スナイパー”!」「へい、米軍に知らせて、部隊展開を急がせます!」「N、“車屋”シールドの最終チェックを急げ!」「了解、回路電流から再点検だ!“車屋”ノートPCを起動しろ!」「はい!」「F、U事務所攻撃の際、撹乱波がシールドを破っていたな?こちらでも可能性があるか検討してあるか?」「撹乱波の照射角度が異なりますし、窓の面積も違います。一概に比較対象は出来ません。ですが、万全を期して計算してみます!」「うむ、頼んだぞ!さて、リーダー、遊撃隊をどう使う?」「真っ直ぐこちらに向かってもらわなくては困ります。蓄電率が不十分な状態で、向かってこられた方が有利ですし、第三京浜で隊列を組んで妨害工策をさせましょう!」「分かった。指揮は任せる」「大隊長!ベンツの進路を見定めたら、そのまま東名へ侵入しろ!第三京浜では遊撃隊が任務を引き継ぐ。“機動部隊”はZ病院付近へ集結させろ!」「了解!」「リーダー、遊撃隊にもビーコンを発信させろ!“シリウス”同じように画面に出してくれ!」迎撃態勢は整いつつある。「推定ゼロアワーは、午後10時半だ!各自時間を合わせろ!」“司令部”の全員が時計を睨んだ。刻一刻と時は迫った。

「うっ、うーん」DBは鼻に着く消毒の匂いで目覚めた。全身からアルコールの匂いが漂う。“どうやら消毒をしたらしいな”心の中で呟くと眼鏡を探す。ダンボール製の机の上に眼鏡は置かれていた。ヨロヨロと歩んで眼鏡をかけた。臭気を放っていた便器からも匂いは消されていた。“また、クスリで眠らされたらしいな。室内は徹底的に消毒か”DBはベッドに横になると天井を見回した。レーザーの発射口が煌めいている。下手に動けば、火傷は免れない。天井から絶えずアルコール臭がするのは、空調の風に混じってアルコールが散布されているためらしかった。“臭さを消すためか。思えば、この2ヶ月臭い水でしか体を洗っていない。さすがに苦情でも出たのだろう”ベッドの上で横たわったままDBは思いに沈んだ。随分と体形は変わった。出っ張っていた腹は萎み、手足は細くなり、頬は削った様に三角になった。“腹が減った。食事はまだか?”DBは空腹に苛まれた。「はっ・・・腹が・・・減った」と口にした途端、レーザーがベッドを焼いた。「!!!」DBは口を覆ってアルミシートを頭から被った。「私語ハ禁止サレテイル。次ハ外サナイ!」合成ボイスが警告を発した。震えが来た。うっかり、声を出したがためにレーザーに狙われたのだ。“焼かれるのはもう沢山だ!”ようやく言えた火傷の跡を無意識にさする。ベトナムは夜になっていた。実は、消毒作業に時間がかかり、夕食を出すのを忘れて社員たちは帰寮してしまっていたのだ。“空腹は我慢できるが、火傷は癒えるまで痛みが続く”DBは必死に空腹感を忘れようとした。生き永らえるには、それしかなかったからだ。

クレニック中佐が横田基地へ降り立ったのは、夕闇が迫り来る時であった。「あれからもう1年半。久しぶりね。¨潜入捜査¨で銀座に潜っていたのが、昨日の様だわ」「中佐、¨潜入捜査¨とはどの様なものだったのですか?」少佐が聞いてくる。「まだ、その時分は大尉だった。麻薬の横流し先を突き止めるために、ホステスに成り済まして銀座の高級クラブへ潜ったわ。情報を掴んだまでは良かったけれど、脱出ルートの開拓に失敗!危うくJapaneseヤクザに売られる寸前まで追い詰められた。でも、地下組織のメンバーに救い出されて、帰国出来た。笑い話にもならないわ!」「地下組織って、どんなメンバーだったんです?警察ですか?それともCIAの様な情報機関ですか?」「不思議な組織よ。警察でも情報機関でもない。日本語で¨義¨って言葉を実践しているのよ。¨ニンジャ¨の様に影に潜み、¨サムライ¨の様に悪を斬るの。ただ、¨殺し¨はしないの。事実を白日に曝して社会的に制裁を下すのよ。彼らは様々な技術を駆使して立ち向かうの。その道のプロが集められてたわ。そして、巧妙で変幻自在に動き回ってた。そして実態はベールに包まれて最後まで分からなかったの。今回もその¨シャドー¨が関わっているらしいの。今回は、彼らの実態解明もしたいと思っているの!」中佐は、軍指し回しの車に乗り込むと「少佐、ケイコからの報告よ!」と言って薄い書類の束を差し出した。暫くすると「どうやら、今回も¨シャドー¨が動いているらしいわ。出来る事なら、ボスに会って置きたいものね!」と言って窓の外を見つめた。「中佐、何故¨シャドー¨に拘るのです?」少佐が尋ねると「銀座から脱出する際、クラブのホステス全員を煙の様に連れ去ったのよ。経営者達には一切気付かれる事無くね。私も横田基地まで秘密裏に護送されたわ。あの手口、手際、行き届いた配慮、何故、見ず知らずの者にそこまでやるのか?単純に聞きたいだけ。¨オモテナシの心¨とは何か?ボスに教えを乞いたいのよ」「中佐、彼らは応ずるでしょうか?」「分からないわ。でも、礼は返したいのよ!今があるのは、彼らの手助けがあればこそ。どんな形でも構わない!救われた借りは返して置く必要があるわ」彼女は凛としていい放った。そして、遠い目を車外に向けた。役者は続々と集結しつつある。“司令部”への攻撃も目前に迫った。勝負の夜が迫りつつあった。

New Mr DB ⑨

2018年12月19日 22時49分59秒 | 日記
“AD事務所”のサイバー部隊は、目の回る忙しさに忙殺されていた。PCシステムの復旧を後回しにして、社長のベンツに“特攻”のための撹乱波発生器を車載する必要があったからだ。首都高三宅坂JCTで大破した2台と違い、社長のベンツには、幾つかの“細工”が不可欠だった。ケーブルを引き回し、枠を組み上げ、本体を強引に車に押し込む。部隊総出で酷く骨の折れる作業を短時間に効率よく仕上げるのは、困難を極めた。しかも、社長が癇癪を起す前に完了しなくてはならない。苦闘3時間の末に、作業は完了した。既に日は西に傾きかかっていた。「よし、良くやった。U事務所から攻撃を開始する。充電は完了しているな?」社長はご機嫌で尋ねた。「はい、正し攻撃は各1回に限定されます。ターゲットまでに距離があるのと、撹乱波を集中的に放射する関係上、連続攻撃は出来ません」部隊長はへばって顎を出しながら言う。「それは、致し方あるまい。様はPCシステムをダウンさせられりゃいいんだ!ミスターJの“司令部”の位置は?」「おおよそ、みなとみらい地区のこのホテルの1室だと推測されます。正確な位置までは特定出来ませんでした」部隊長は1枚の地図を差し出す。「よしよし、後は電波を辿れば場所は特定できる。お前たちは2班に別れろ!俺に付いてくる者3名と部隊長以下4名だ。残った者は、引き続きPCシステムをどうにかして復旧させろ!」部隊長が3名を選抜した。何れも電子機器のスペシャリスト達だ。「夕闇に紛れて行動開始だ!運転は俺がやる。お前たちは機器の調整とPCでの探索に当たれ!」社長一行は車に乗り込んだ。「明日には通常業務を再開させたい。それまでに、忌々しいあの“ゲーム”を駆逐しろ!この際、手段を選んでいるヒマはない。あらゆる手口でのアプローチを試みろ!」社長は、サイバー部隊長に厳命した。「はっ!」彼らは直立不動で敬礼した。「さあ、今晩が勝負だ!では、行って来る!」社長はベンツを発進させた。表通りに出ると、目立たない様に追跡を開始した一群があった。ミスターJの指示を受けた“機動部隊”である。大隊長は「今、発進しました。U事務所へ向かっています!」と携帯で報告した。「了解、見失うな!U事務所に接近したら、また報告を入れろ!」ミスターJが折り返し指示を与えた。社長達は気付く事も無く前進して行った。

「回路電圧は?」「OKだ!」「よし、テスト開始!」「防御シールドON!」N坊がシールドを張る。「まだサランラップ並みだ。アルミホイル並みまで上げないと」“車屋”が心配する。「大丈夫だ!電圧を上げる。電流はこのまま」N坊がノートパソコンを操作して、徐々にシールドの強度を変える。「シールド強度上昇、あっ!シールドの一部に変形が!」「電流を上げろ!4アンペア上昇!」「無理だ!これ以上は持たない!」“車屋”が叫ぶ。「じゃあ、どれか使ってない周辺機器を止めろ!プリンターOFF!」「プリンター、OFFライン。シールド強度上昇!電流・電圧共に安定!薄いアルミ板ぐらいになった!」「よし、これぐらいが限界だ。シールド回路にパラボラアンテナを接続しよう!」N坊が最後に残ったケーブルを繋ぐ。「ふー、どうにか間に合った。“シリウス”、高速通信回線に異常は?」「影響なし、IN・OUT共に正常!」「ならば、設定を変更する必要は無いな。一応、これで作業は完了だ。テストの第2段階だ。“スナイパー”、応答してくれ!」N坊がトランシーバーで呼びかける。「感度良好、多少雑音が混じるが、聞こえてるよ!」「低出力のレーザー波を照射して見てくれ!」「了解、レーザー波照射!」「シールドに変形確認。エネルギー、バッファーへ蓄積中。間もなくパラボラより反射します!」モニターしている“車屋”が叫ぶ。「“スナイパー”、照射を中止して退避!」「了解!退避完了!」「レーザー波反射開始します!」「反射波を検知した。正確に跳ね返ってるぜ!」“スナイパー”の声がトランシーバーから聴こえる。「はい、よしよしよし、シールドの設置完了だ。“スナイパー”戻ってくれ。“車屋”、出力を50%に絞れ!そうすりゃ、プリンターを起動しても問題ない」N坊が指示を出す。「こっちも完了だ!“シリウス”サーバーのデーター転送に、後どの位かかる?」F坊が問う。「30分くれ!そうすりゃ、隔離しても問題は無い」「U事務所の方は、メインサーバーも隔離してもらった。システムの稼働も抑えさせた。アタックを喰らっても最小限のダメージで済むだろう」F坊が報告をした。「意外に手こずったな。間に合ったからいいが、理由は何だ?」ミスターJが誰何する。「“司令部”の電力使用量が想定より多かったからです。そのまんま設置してたら、ブレーカーが飛んじまいます。隣の部屋から一部の電力を持って来なきゃアウトでした」N坊が悔しそうに言う。「ふむ、まあ、これだけのシステムが稼働していれば無理も無しか、照明に空調も含めれば相当な消費量にはなるな」「ええ、それが誤算でした」「U事務所は大丈夫なのか?」F坊にミスターJは確認を入れる。「あっちは、電器屋がいましたからね。新たに別回路を設置してもらいましたよ。無論、電力会社には内緒で“仮設”ですが」「ふむ、まあよい。これで防衛システムは出来た訳だな。後は、“網にかかればご喝采”と言う事か?」「“司令部”を遠巻きにしてる米軍部隊に言って置きました。“今晩アタックする不審なヤツが来る”ってね。米軍は短艇を用意してます。目の前は海ですから、引っさらって行くには絶好の場所ですよ!」“スナイパー”が言う。「“お仕置き”には事欠かんと言う訳か?横須賀へ連行してどうするつもりだ?」「“AD事務所”の連中が使っている撹乱波発生器は“中国製”です。米軍にして見れば、自国の技術がどれだけ流出しているか?の検証が出来ます。社長から入手ルートを聞き出せば、更に踏み込んで“スパイによる技術盗難と中国軍の脅威と軍事利用”について追う事も出来るでしょう。頃合いを見計らって、こちらに引き渡してくれますよ」「では、今晩は“確実にひっ捕らえる”必要があるな!エサは撒いてある。後は、動き次第か?!」ミスターJの目が光る。そこへ携帯が鳴った。「大隊長か。そうか、分かった!見失うな!U事務所に接近したら、また報告を入れろ!」「動きましたか?」“スナイパー”の目も光っている。「ゲス共が動き出した!F、U事務所へ至急警報を出せ!数十分もすれば射程圏内へ入るぞ!」「了解!」F坊は受話器に飛びつく。「Nよ、こちらのシールドも再チェックを怠るな!」「了解です!“車屋”、もう一度確認だ!」“司令部”は新たな緊張に包まれた。U事務所の次に狙われるのは“司令部”に他ならないからだ!

時間は少し戻って午後1時頃、U事務所のT女史は、Y副社長に面会するため、横浜本社を訪れていた。「お時間を頂き、感謝申し上げます。既にご存知かと思いますが、私達はミスターJの顧問弁護団を務めております。早速ですが、例の“音声記録”につきましてお話を申し上げます。R先生の手に渡る“音声記録”はご存知ですか?」「いや、まったく聞いていない。むしろ、私共に是非ともお聞かせ願いたい!」Y副社長と秘書課長は身を乗り出した。「左様でございますか。まずは安心致しました。“別物の音声記録”につきましては、外部に漏洩する事は非常に好ましくありません。この場限りでございましたら、再生してもよろしゅうございます。では、一部をお聞かせします」T女史は、黒いICレコーダーを取り出すと再生ボタンを押した。

「どうかお慈悲を!国内が無理なら海外でも構いません!」「そうは言っても社則に違背した事実は覆らん!犯罪に加担した以上、懲戒解雇は免れんぞDB!役員を説得するのは無理だ。弁護士も同じことだ!」「私は家族を養わなくてはなりません。どうか見捨てないで下さい!副社長、お言いつけは何でも聞きます!」「尋常な事では無いぞ!余程の理由が無ければ、周囲を納得させられん。だが・・・、1つだけ手はある。それは“現地採用”でベトナムへ潜り込む事だ!貴様はどの道、懲戒解雇にせざるを得ない!普通ならそれで終わりだが、特別に情けをかけよう。貴様は、直ぐにベトナムへ飛べ!こちらから“現地採用”の内諾を出して置く。定年まで帰国は叶わんし、給与も半額にはなるが家族を養う糧にはなるだろう。異例の処置だが、極秘裏に手配してやろう!それで構わんな?!」「ありがとうございます!決して違背は致しません。定年まで現地で必死に働きます!」

「如何でしょうか?」T女史は尋ねるが、Y副社長は笑いを堪えるのに必死だった。秘書課長も噴き出すモノを必死に堪えて居る。「ははははは・・・、何と言う展開だ!これもまた“世紀の傑作”だ!やってくれるな、ミスターJは!ふふふふ・・・、申し訳ない。あまりにもリアルなので可笑しくてたまらんのだ!ははははは!」「こちらをR先生にお聞かせしても、問題はございませんね?」「もっ、勿論だ!これならばDBが“志願”して海外に渡ったと思うだろう。それにしても、ここまで合成が完璧だとは・・・、だっ誰も疑う余地はない!」Y副社長は身をよじりながら承諾した。「では、この“音声記録”を元にしまして、事後処理に入らせて頂きます。DBは“自主的に海外への赴任を望み、会社としても特段の配慮として、極秘裏に処理を行った”との線で話をまとめまして、R先生へご報告させて頂きます。既に副社長様へ“音声記録”が届けられているとは思いますが、そちらは、御社内をまとめるためのモノ。これで双方共に法的に問題は発生しないと考えます。これでよろしゅうございますね?」「ふむ、これなら特段問題は出る事は無いだろう。先生の方で宜しくご処置の程を」Y副社長は同意した。「ただ、1つだけお願いを申し上げても宜しいかな?」「なんでしょう?」「今回の“音声記録”のコピーを頂きたい。私、個人が管理して対外的には一切漏らさない。どうですかな?」「ミスターJが信頼されている方のご依頼ですので、無下にはお断り致しませんが、くれぐれも漏洩なきようにしていただけるなら」「無論、そのつもりです。では、少々拝借します」Y副社長はICレコーダーをUSBでパソコンに繋ぐとコピーを取った。「このパソコンは、私専用です。同席している秘書課長もパスワードを知りません。誓ってここから表沙汰には致しません」「分かりました。では、これより事後処理の手続きへ入らせて頂きますが、“音声記録”のコピーの管理はくれぐれも遺漏なきようにお願いします」T女史は最後に釘を刺すのを忘れなかった。「承知しました。事後処理を宜しくお願いします」Y副社長はT女史と固く握手を交わして会談を終えた。T女史が横浜本社を辞すと、秘書課長は直ぐさま部屋へ取って返した。思っていた通り、Y副社長はヘッドフォンで“音声記録”を聴きながらゲラゲラと笑っている。「Y副社長、笑い声を抑えて下さい!お気持ちは分かりますが、何分聞かれるとマズイ内容です!」「分かっておる。だが、これも“世紀の傑作”だ!可笑しくてたまらん!」目じりをハンカチで押さえ、身をよじって笑い転げる姿は、他人には見せられたものではない。「もう一度聴こう!」Y副社長はボリュームを絞ると再生した。

「どうかお慈悲を!国内が無理なら海外でも構いません!」「そうは言っても社則に違背した事実は覆らん!犯罪に加担した以上、懲戒解雇は免れんぞDB!役員を説得するのは無理だ。弁護士も同じことだ!」「私は家族を養わなくてはなりません。どうか見捨てないで下さい!副社長、お言いつけは何でも聞きます!」「尋常な事では無いぞ!余程の理由が無ければ、周囲を納得させられん。だが・・・、1つだけ手はある。それは“現地採用”でベトナムへ潜り込む事だ!貴様はどの道、懲戒解雇にせざるを得ない!普通ならそれで終わりだが、特別に情けをかけよう。貴様は、直ぐにベトナムへ飛べ!こちらから“現地採用”の内諾を出して置く。定年まで帰国は叶わんし、給与も半額にはなるが家族を養う糧にはなるだろう。異例の処置だが、極秘裏に手配してやろう!それで構わんな?!」「ありがとうございます!決して違背は致しません。定年まで現地で必死に働きます!」

「まるで、この場で喋ったとしか思えません!前回のヤツも、今回のモノも実にリアルですな」秘書課長は改めて感嘆の息を漏らす。「彼らが必死で仕上げたモノだ。尋常な事では見破れまい。“私”のドスの利かせ方からしても、一級品だ!秘書課長、言うまでもないが、他言は無用だぞ!」「はい、分かっております。それと、DBの件でベトナムから至急指示を仰ぎたいとのFAXが入っております」秘書課長は1枚のペーパーを差し出した。「なに!“養豚場”だと!近隣住民からの“異臭”の苦情か。マズイな。原因はDBが居る地下空間なのか?」「はい、現地では飲料水は、中空糸フィルターでろ過した水を使っています。水は貴重品。DBに対しては、雨水や排水処理後の中水をろ過して与えています。どうやらそれがDBの親父臭と混じって“異臭”を放っていると思われます」「空気フィルターは?」「つい最近交換しております。エアコンも含めて根本的な“脱臭”対策を施さなくてはマズイのかも知れません!」「うーん、何分予算が限られとる。極秘裏に“隔離”している以上、手は限られるぞ!」「アルコールで消毒をしてはどうでしょう?工場でもアルコールは使っています。必需品ならば問題は無いかと」「消臭スプレーなどは使えん。その線で現地と調整してくれ。アルコールのストックならば誤魔化しは効くだろう?」「はい、では消毒する様に伝えます」「頼んだぞ。では、“笑劇場”の鑑賞と行くか!」Y副社長は再び笑いの世界へ沈んでいった。

白い世界が広がっていた。眩い光も白い。「ここは・・・、何処?」と言おうとしても声にならない。人工呼吸器が装着されていて、言葉は出ない。首を右へ傾けると白い手すりと白い壁、医療機器が並んでいる。「気が付いたようじゃな。お嬢さん、わしの声が聞こえるなら左手を握ってくれぬかの」首を左に向けると、品の良い老医師が左手を触っていた。彼女は左手を軽く握った。「自発呼吸再開。意識回復。待っててね、今、抜管するわ」滅菌服を着た看護師が言う。ゆっくりと人工呼吸器が外され、酸素マスクが装着された。「安心しなさい。ここはZ病院じゃ。貴方はずっと意識不明の重体だったのじゃ」“ドクター”が説明する。「どうして・・・、□病院じゃ・・・ないの?」R女史は、声を絞り出した。「無理して喋らないで。落ち着いて。今から説明するわ」ミセスAが優しく囁く。R女史の右手を取って「貴方は、盲腸が破裂して、□病院で手術を受けたの。酷い膿がお腹の中に溢れていたそうよ。でもその後、MRSAに感染してしまったの。免疫力が落ちていたから、重篤な症状を起こして□病院では治療が出来なかったの。それでここへ搬送されて来て、新薬の投与を受けた。MRSAをやっつけるために。1週間かかったけれど、貴方は戻って来たのよ。気分はどう?息苦しくない?痛い所はない?大丈夫そうなら右手を握って」R女史は右手を握り返した。「まだ、気付いたばかりだから、もう少し様子を診させて。点滴を取り換えるわね」「熱も下がって、顔色も良くなった。もう、心配はいらん。経過が良好なら、明日から流動食を出そう。腹が減ってはなんとやらじゃ」“ドクター”が笑顔で語りかけた。“父さんが送り返してくれたんだ”R女史は思った。“今まで突っ走って来たバツかな?みんなに心配かけちゃった。私、どうなるんだろう?退院までどのくらいかかるのかな?”R女史の頭の中は不安半分、反省半分だった。「どうしたの?物凄く不安そう。でも、大丈夫よ。もう少ししたら面会も出来るようになるから。今は、ゆっくりと休んで。ナースコールをここに置いておくから、何かあったら直ぐに押してね」ミセスAは右手にボタンを置いた。「交替しますね」別のナースが顔を覗き込む。“あたし、生きてる。帰って来れたんだ”R女史は涙を流して安堵した。白い世界で彼女は再び“生”を得た。

白いベンツがU事務所に近づいていた。「後、5分でU事務所へ到達します。各車は散開して攻撃を監視します!」大隊長が携帯で叫ぶ。「気取られるな!遠巻きに監視しろ!」ミスターJの声も緊張していた。「F、シールドはどうなっている?」「120%全開です。1部を除いてシステムはシャットダウンを完了してます!人員は窓辺から退避完了!」「よし!そのまま待機!」ミスターJの号令で“司令部”は静まり返った。長い時が過ぎていく。1秒が1分にも感じられた。「ベンツがU事務所に到達!攻撃準備に入りました!」大隊長の声が響く。「撹乱波を検知!あっ!蛍光灯が破裂しました!」「シールドは?!」「持ちこたえました!被害状況を確認します!」F坊が遠隔モニター画面を見ながら言う。「ベンツが移動を開始しました。距離を保って追尾に入ります!」「定期的に位置を報告しろ!回線は切らずに繋いだままでいい!」ミスターJは“機動部隊”へ指示を出した。「被害状況が確認出来ました!蛍光管4基破裂!レーザープリンター2台機能停止!他に被害ありません!撹乱波の出力は、首都高の10倍です!広角に照射した模様!詳しいデーターは今、集めています!」F坊が報告する。「最悪の事態は回避できたな!撹乱波の出力が予想より弱いのは何故だ?」「多分、U事務所の窓が広いせいでしょう。広角に照射した分、出力が出なかった可能性はあります!」N坊が見解を述べた。「となると、“司令部”はどうなる?」「今度は望遠側1点集中で来るでしょう。河口の橋からは、かなりの距離があります。ある程度の減衰を覚悟して狙って来るかと」「しかし、U事務所でも完全には食い止められなかった。対策はあるか?」ミスターJが指摘する。「高速通信回線は遮断するのが最善でしょう。“シリウス”の専用機も含めて、システムは可能な範囲でシャットダウンするしかありません。後は帯電防止シートで被うぐらいですね」N坊が答える。「おい、撹乱波の分布を見ると、窓枠に反射したヤツが蛍光管を破裂させた様だ。シールドの外側に破られた痕跡がある!窓が広すぎて完全にシールドで防御出来た訳じゃないらしい!隙間があったんだ!U事務所のシールドは、外乱の関係上内側に設置したんだ!」F坊がデーターを見て分析結果を言う。「ここのシールドはどうだ?」「窓枠から5cm外側に枠を覆う形で設置されてます。拡大率を上げれば完全に覆う事は出来ます。シールドの強度はU事務所より少し落ちますが、撹乱波の減衰率を考えると、突破される事は考えにくいですね。向こうの充電率にもよりますが」「実際には、喰らって見ないと分からないと言う事か?今から改良するにしても時間は無い。問題は向こう次第か?」「ええ、“AD”の社長が気付いているか?は疑問ですが、撹乱波発生器が積み込まれた時点では、固定されている安定した電源からフル充電されていたはずです。U事務所を襲撃した時点での電気の使用率は不明ですが、2割ぐらいは残したと推測しても、フル充電されてここへ来ることはまずないでしょう。何せ“電源”はベンツの発電機しか無いのですから。夜ですから、ライトは不可欠ですし、エアコンも動いているでしょう。車内でPCや電波検知器を使うとなれば、その分充電に回る電気は減ります。ハイブリッドやプラグインだったら、蓄電池から電気を得られますが、ベンツですからね。高速をぶっ飛ばして発電量を増やさない限り、充電は覚束ないはずです。一般道をトロトロ走って来るとすれば、余計に電気は足りなくなります。つまり、100%の状態で攻撃を喰らう確率は、かなり低いと見て間違いないでしょう。そうすると、現状のシールドで持ちこたえる事は充分に出来るはずです!」N坊は冷静に分析を口にした。「つまり、“誤算”があると言うのだな。U事務所ではなく“司令部”を先に襲撃すべきだったと言う事か。都内からここまでは、かなりの距離があるが移動時間内にフル充電は不可能。出力不足を覚悟で襲撃するしかないと言うのか?」ミスターJは分析を聞いて改めて確認する。「そうです。どこかに停車して充電しても、効果は得にくいでしょう」「ならば、その推測に賭けるしかあるまい。必要のないシステム機器は順次シャットダウンして行くとしよう。N、お前さんの推測と心中じゃ!みんな、いいか?一か八かの賭けに出る!」ミスターJは高らかに宣言した。その時、1通のメールが着信した。リーダーが直ぐにプリントアウトして、ミスターJへ差し出す。「Aと“ドクター”からだ。R女史は意識を回復した!自発呼吸も再開!危機は脱したそうだ!そうなると、今晩の釣りは絶対に逃す訳には行かないな!ゲス共を確実に捕らえなくてはならん!」「“機動部隊”より、ミスターJへ、ベンツは銀座方面から首都高へ乗り入れました。引き続き追尾しています!」「大魚が泳いでくるな!網を絞れ!絶対に逃すな!」「はい!」にわかに“司令部”は熱気を帯びた。“大物”を一本釣りにするのだ。各員に緊張が張り詰めて行くのがありありと分かった。

New Mr DB ⑧

2018年12月16日 14時41分06秒 | 日記
東京都八王子、ここに1軒の小さな法律事務所がある。¨AD法律事務所¨の社長の姉の事務所だった。首都高での¨事故¨、ハッキング、などの情報は、全て把握していた。勿論、¨AD事務所¨の惨状も知り得ていた。姉は携帯で話し込んでいた。ミスターJの顧問弁護団、U事務所の社長が相手だった。「ウチの馬鹿が、とんだご迷惑おかけしました。申し訳ございません!」彼女は必死になって詫びを入れていた。「所で、ミスターJはどちらに?まだ来られて居ないのですか?では、部下の方々への非礼をお詫びしたいのですが、連絡先は?左様でございますか。大変失礼ですが、ウチの馬鹿は何をしようとしているのですか?R弁護士!あのRさんのお子さんですか?!ええ、聞いております。今、治療中とか。なんですって!治療薬の輸送車を襲ったんですか?!それとミスターJの¨司令部¨へのハッキングですって?!ああ・・・、何とお詫びをすればいいのか・・・、馬鹿の不始末は私の監督不行き届きです!はい、¨連合艦隊¨を編成されるのですね。構いません!この際、徹底的に思い知らせてやって下さい!私も参加致します。内部事情は全てお話します!覚悟は出来ております!遠慮なさらずに叩いて下さい!この機会に私の手で再建させます。はい、では明日にでもお伺いします。失礼致します」彼女は電話を終えるとため息をついた。「Rさんとの件、どう説明しようかしら?隠しだてにする訳にはいかないし・・・元は馬鹿の誤解から始まった¨対立関係¨なんだけど、親父が揉み消した¨グレーゾーン¨を知っているのは、ミスターJなのよね。今更、ミスターJにすがる訳にも行かないし・・・、どうしようかしら?」彼女は頭を抱えた。「いや、そう深刻になる必要性は無い。この際、1からやり直す覚悟があるなら、手を貸そう!」以外な言葉が飛んできて、彼女は固まった。「ミスターJ、いつの間に・・・」彼女は絶句した。「いましがた着いたばかりだ。話は聞き及んでいるだろう?社長も無茶苦茶をしたものだ。だが、丁度いい機会でもある。¨経営権¨を取り戻し、まっとうな事務所に再建する意思があるなら、私と部下は喜んで手を貸そうじゃないか!」「それは勿論です。出来るならば、そうしたい!しかし・・・」「時、既に遅しかね?私はそうは思わん!貴方がお父上の遺志を継がれる心があるなら、まだチャンスはある!」ミスターJは断言した。「ともかく、お座り下さい。全てはRさんとの¨確執¨から始まった¨誤解¨に端を発した話です。長い話になりますので、順を追ってお話しなくてはなりません」彼女は、お茶を淹れるとミスターJと改めて対峙した。

時間を10数年間巻き戻して、まだ¨AD事務所¨が街の小さな事務所に過ぎなかった頃、先代の社長とR氏は共同で事務所の運営に当たっていた。所帯は小さかったが、大手に負けない地力を持つ有力な弁護士事務所だった。姉弟共に大学の法学部を出て、司法試験に合格。司法修習生として、都内の事務所に在籍。R氏の娘も法学部を目指して勉強中。全ては順調に見えた。だが、突如として事態は暗転する。弟が交通事故を起こしたのだ。相手は大物代議士。しかも、ある贈収賄事件で東京地検に目を付けられている人物だった。過失は相手方が不利だったが、¨政治的圧力¨で弟の過失割合を引き上げて、謝罪を迫った。こうした理不尽に黙っている2人ではない。先代とR氏は、ミスターJに協力を依頼した。弁護士仲間も¨連合艦隊¨を結成して対抗した。裁判にもつれ込んだ¨事件¨は、苦しみながらも勝利を勝ち取った。しかし、代償が無かった訳では無い。弟が司法修習生として勤務していた事務所をクビになったのだ。如何に相手がワルでも、代議士である。所属政党からの圧力は凄まじいものがあり、対価として弟のクビが要求されたのだ。将来を嘱望されていた弟は、希望を失った。自棄になり酒に溺れ、今度は暴力団と揉め事を起こした。先代は揉み消しを図ったが、R氏は反対した。「彼の将来の為にならない」と言って、法的解決の道を模索した。それが弟の感情を逆撫でした。「親父の努力を無にするのか?!」先代と弟とR氏の間に溝が生まれた。次第に溝は拡大して、対立に発展した。そうこうしているうちに、先代が病に倒れた。後を誰が継ぐか?で骨肉の争いが始まった。姉はR氏と協力して事務所の存続を模索したが、弟は先代を動かして「相続権」を一手に握った。先代の死後、弟が真っ先に手を着けたのは、R氏と姉の¨追放¨だった。弟は、その後拡大路線を取り「過払い返済金や債務超過処理」で利益を挙げてのしあがった。姉とR氏は都内での仕事を邪魔され、八王子と横浜へ移っていった。だが、R氏への執拗な攻撃は止まず、一時事務所を閉じるハメに陥った。R女史が事務所を再開したものの、身辺には常に¨監視¨の網が張り巡らされていた。そこに、今回の「MRSA」が絡んだ。弟は絶好の機会とばかりに魔手を繰り出した。R女史を狙い、あらゆる手を使った。その結果、¨スナイパー¨は襲撃され、¨司令部¨もハッキングされたのだった。

「なるほど、全ては“あの事件”が発端だと言うのか。親父さんが“もみ消した”結果、弟と姉さんとR氏に溝を・・・」ミスターJは遠い目をして聞いていた。「父の唯一の汚点であり失敗。それこそが“全ての始まり”なんです。弟を止めるには“AD事務所”を取り潰すしかありません!これだけ見境なく悪に手を染めた以上、酌量の余地はありません!」彼女の手は怒りに震えていた。「襲撃を受けた車の所有者は、予備役とは言え“海兵隊の中佐”だ。米軍を相手にするには、相応の覚悟が無くてはならん!だが、私の元で働く部下でもある。襲撃についてはU事務所に穏便に処理してもらうしかあるまい。それと、私の“司令部”へのハッキングだが、部下達が黙って引き下がる訳がない。それ相応の報いは受けているだろう。最も、私に言わせれば、些か“手緩い”報いだが・・・」「ミスターJ、お顔に泥を塗られていられるのに、そのような事を甘受されるのですか?」「いいや、黙って居るつもりは毛頭ない!だから、姉さん貴方を訪ねた。部下達では事の背景は掴めないだろう。当時を知る貴方に子細を聞いてから、反撃を開始するつもりだった。闇雲に手を出さないためにな!」「では、近々には・・・」「対応を決めて“AD事務所”に対して反攻に出る。U事務所と“連合艦隊”の意向も聞いてな!」「R女史は助かるのでしょうか?」「多少の時間は掛かるが、快方へ向かって行くだろう。私が人を殺めたりしないのは知っているだろう?犠牲者は必ず救済する。この信念は部下達にも徹底している」「“連合艦隊”には私も参加します。当事者として全てを語り弟と対峙する覚悟です!」「姉さん、1つ頼みがある。弟に“海兵隊の中佐”襲撃の件を耳打ちして置いて欲しい。“大魚に噛みついた”事実を知らしめるためにな!」「弟は恐怖にかられます!何をするか予測できません!」「それが狙いだ!新たに動いてくれれば、次の手が打ちやすくなる。当然、ハッキングの件もそれとなく伝えてくれ。更なる報いを“倍返し”するとな!」「弟が受けるダメージは決定的になりますね」「そうすれば、姉さんにすがるしかなくなる。少しは言う事も聞く様になるだろう?そこに隙が生じる。貴方はその隙を突いて事務所を掌握してしまえばいい。後は我々が始末を引き受ける。どうだ?乗って見る気は無いかね?」「否とは言いません!父も許してくれるでしょう」「その言葉を待っていた。まずは明日、U事務所で全てを告白して楽になりなさい。弟を焚きつけたら、U事務所で見聞きしていればよい。私が本気で立ち向かったらどうなるか?しかと目に焼き付けて置きなさい。遅くまで済まなかった。私は“司令部”へ向かうよ」「ミスターJ、宜しくお願い致します」「まだ、早い!全てが終わってからだ。ここへ立ち寄った事は伏せて置いてくれ」そう言うとミスターJは、事務所を後にした。遂に“本陣”が動き出したのだ。

「DB!遺言は何だ!」ノイズ交じりの声が地下空間で誰何する。最早、絶体絶命の状況にあるDBは声も出ない。「レーザー出力MAXマデ上昇!一斉射撃マデ30秒!」合成ボイスが最終通告を突きつけた。「たっ・・・たす・・・け・・・て・・・」震えながらDBは何とか声を振り絞る。「今日はここまでだ!DB!もう一度だけチャンスを与える。絶対服従!いいか、これこそが生き抜く道だ!忘れるな!」声が途絶えた。恐る恐る目を開けるとレーザーは消えていた。「ひぃー・・・・!」恐怖の声を上げてDBはベッドに潜り込んだ。体の震えは止まらなかった。「これで“恐怖心”は根付いただろう。レーザーで言う事は聞くはずだ」事業所長は眠そうに言った。「お疲れさまでした。どうぞ社宅でお休みください!」「そうしよう、今日は午後から出社にしてくれ。もう直ぐ夜明けだ」「はい、後はシステムに監視させます。妙な挙動を感知した場合は、レーザーが襲い掛かります」「少しでもいい、分からせていくしかあるまい。どの道、出口は無いのだからな」「はい、こうやって意識を削ぎ落せば、ヤツの意思もグラつくでしょう」「そう願いたいモノだ!」事業所長はモニタールームを出ると、デスクの椅子に座り込んだ。「済まんが、コーヒーをくれ。さすがに眠くてたまらん!」「はい、只今ご用意します」徹夜明けは体に堪えた。「歳だな、昔は3~4日は平気だったのだが・・・」事業所長はゆっくりとコーヒーを飲んだ。

ミスターJは、都内で1泊して翌朝、横浜の“司令部”へ顔を出した。“司令部”では“車屋”と“スナイパー”がPCで何かを検索していた。リーダーはソファーで眠り、他のメンバーは、各自の部屋で死んだように眠っていた。ミスターJは、そっと2人に近づき、“司令部”を出る様に促した。眠っている者を起こすのが忍びなかったからだ。みんな全力を尽くして寝ているのだから。ミスターJは、¨車屋¨と¨スナイパー¨をホテルのカフェに招いた。熱いコーヒーをオーダーすると、本題を切り出した。「¨スナイパー¨、今回の襲撃をどう見る?」「運転手は素人でしょうが、¨ECM¨を操ったのはPC関係のプロでしょう。車のカメラの画像を見てみると、2台の内必ず1台は¨ECM¨でこちらを包み込んでます。余程の知識が無くては出来ない技ですよ」「目的は¨ドクター¨の抗生物質の略奪で間違いないか?」「ヤツらは、成田からずっと着けて来てました。¨空きスペース¨が出来るまで待ってから襲って来てます。成り行き次第でしたが、略奪の意図は明らかですね」「この件を米軍の捜査官に通報してあるのか?」「いえ、してません。もし、軍が介入するとなると、かなり厄介な事になりますからね。自由に飛び回る事は難しくなりますし、¨任務¨に影響が生じます」「それを承知で、敢えて通報してもらいたい!と言ったらどうする?」ミスターJは身を乗り出して誰何した。「いいんですか?相当にややこしい事になりますよ!」¨スナイパー¨は念を押す。「¨AD事務所¨は、こちらが何処に居るかを掴んだ!攻撃を防ぐには、助っ人が欠かせない。米軍に鉄のタガを敷いてもらわなくては、防戦も覚束ないのだ。その為にはJAGに手を貸してもらい、¨軍事法廷¨で¨AD事務所¨と対峙しなくてはならん。私は、今回に限って¨情け¨を捨てるつもりだ。すなわち、¨AD事務所¨を潰す覚悟でいる!」「本気ですか?タダでは済みませんよ!¨軍事法廷¨では、日本の法律は通じません。下手をすれば、禁固100年だって平然と食らいますよ」「それが目的だ。相手のボスを封じ込めるにはそれしかない!」ミスターJは本気で応じた。「分かりました。どの道、横須賀の補給基地へ行かなくてはなりません。ついでに法務部へ訴状を提出して¨保護¨を要請しましょう。何処が対応するかはJAGの本部が決めますが、捜査は厳格を極めますよ。¨AD事務所¨も生半可な事では済みません」「それでいい。とにかく、あそこの¨首根っこ¨を抑え込めればな。横須賀へは何をしに行くんだ?」「電子機器の損害が思いの外、重症でしてトランジスターを探しに行くつもりでした。何しろ¨ゲルマニウムトランジスター¨ですからね!アメリカ製以外換えが無いんです」「それは災難だった。では、提訴の件は宜しく頼む」「¨車屋¨、修理にかかった見積書を用意しておいてくれ!じゃあ行って来ます!」コーヒーを飲み干すと¨スナイパー¨は地下駐車場へ向かった。「¨車屋¨、今回の損害の具体的な状況はどう見る?」ミスターJが聞く。「車でしたから被害も限定的でしたが、これを¨司令部¨が食らったとしたら、壊滅的な被害になっていたと思います。PCには、撹乱波に対する防御機能はありません。シャットダウンされていれば免れますが、電子機器全般は使用不能にされる恐れは否定できません」「うむ、次のターゲットは間違いなく¨司令部¨だろう。何か対策はあるか?」「危険性はありますが、雑電波でシールドを張るぐらいしか無いでしょう。相手は、ここに¨司令部¨があると知り得ているならば、攻撃して来るでしょうし、手持ちの装備品で出来るとすれば、シールドしかありません」「シールドを張るとすると、どうやって察知する?」「電波の周波数に大きな変動があれば、ある程度は察知できます。ただ、街中の電波変動も拾ってしまうので、設定値を限定しなくてはなりません。幸い、¨スナイパー¨が襲われた際に向こうが使った周波数は割れています。前後に幅を持たせれば盾の代わりにはなるでしょう」「作業は手間取るのか?」「N坊とF坊が手伝ってくれれば、2時間もあれば設置は出来ます。後は¨シリウス¨に検証してもらってネットワークの設定値をいじれば完了です!」「そうか、皆が起きれば直ぐにかかれるのだな。よし、分かった。お前さんは、見積書を作成したら必要な機材を揃えて置け。そして暫く休め。修理で徹夜だろう?タフなのは分かるが、親父さんに叱られるのはマズイ!」「分かりました。まず、リーダーを起こして来ます。ミスターJもお話があるでしょう。ここへ降りて来る様に言って置きますよ」「済まんが、頼む。私はコーヒーのおかわりをして待っておるとしよう」疲れも見せずに¨車屋¨はエレベーターへ向かった。きっかり10分後にリーダーはやって来た。「申し訳ありません、ミスターJ。寝過ごしました」リーダーは恐縮しきりだった。「気にするな。深夜まで¨侵入¨を指揮していたのだろう?無理は言わん。所で成果は出たのか?」「残念ですが、めぼしい成果は出ませんでした。これから再検証にかかる予定です」「そうか、めぼしい記録は出なかったのだな?やはりそう来たか!真相は闇に埋めて隠し通す腹づもりと、子に類が及ばぬ様に墓へ持って行ったと言う事か!」「ミスターJ、どう言う事でしょう?」リーダーは首を傾げる。「R女史と¨AD事務所¨を結ぶ線は、深く埋めてあるのだ!尋常な手では掘り返せないのだよ。私は昨夜、真相を聞いて来た。皆が揃ったら話そう!Z病院には誰が貼り付いている?」「ミセスAと¨ドクター¨です」「¨スナイパー¨は横須賀へ向かった。JAGへ提訴させるためだ。全員に伝えるのは、昼過ぎだな。Z病院とは携帯で繋げばいい。まずは、ひと休みしよう。リーダー、お前さんも寝不足だろう?¨司令部¨で休め。私は、U事務所、¨連合艦隊¨と打ち合わせを済ませて置く。これからの反転攻勢について法的に問題点があるか?を確認しなければならん」「では、¨AD事務所¨は・・・」「壊滅させる。根こそぎねじ切ってくれよう!」ミスターJは憤怒の表情を露にした。全てを焼き付くす巨大な火の玉の如く。

「まだか?!」¨AD事務所¨の社長の語気が荒い。「ダメです。手掛かりさえありません」「この忌々しゲームは、いつになったら消せるんだ?!!」「消せるどころか、しわじわとサーバーを侵してCPUに迫ってます。サーバーを守るには、電源を遮断する以外にありません!」「データー消滅を覚悟でか?!!」サイバー部隊の指揮官は無言で頷いた。「クソー!!やむを得ん!やれ!!」サーバーの電源は落とされた。だが、以外にもサーバーは自ら電源を入れ直し、立ち上がった!ゲームは再び始まった。しかも、レベルは高難度に移行して¨身代金¨は5000万ドルにはね上がって居るではないか!「なんじゃこりゃ?あくまでもゲームは続くのか?」社長は呆れてしょげた。「これでは¨いたちごっこ¨です。¨身代金¨を払って解除コードをてに入れましょう!」「誰に払うんだ?当座の資金は借りるにしても、全体でいくらになる?」「システム全体にかかるとなると、億単位に…」「そんなカネが何処にある?ゲームをクリアすればタダだろうが!早急にクリアしろ!」「社長!お姉さんから電話です」「今度は何だ?姉貴は何と言ってる?」「火急の知らせだそうです」「ちっ!」社長は舌打ちをすると「姉貴、何事だい?」「愚か者!三宅坂で何をしでかしたの?よりによって¨米軍海兵隊の中佐¨を襲うとは、どういうつもりなの?!」電話が壊れんばかりの大声で怒鳴られる。「かっ海兵隊!?中佐?!どういう事だ!」「その中佐は、既に¨米軍犯罪捜査機関¨JAGへ提訴の手続きをしてるわよ!あんた¨軍事法廷¨に召喚される覚悟はあるの?!言っときますけど、こっちの法律は通じないのよ!正当な理由も無く軍属に手を出したなら、米軍は情け容赦はしないわよ!このスカポンタン!!」社長は青くなって震え出した。「あっ姉貴!ミスターJに助け・・・」「お馬鹿!同じ時刻にハッキングした相手が誰だと思ってるの?!よりによって、ミスターJの¨司令部¨に攻撃を仕掛けるとは、どういう了見な訳?ミスターJはカンカンよ!!お馬鹿の¨尻拭い¨なんて頼める訳が無いでしょう!」青ざめた顔は蒼白に変わった。「姉貴、どうすれば…」「もう打つ手は無いの!その内ミスターJとJAGから¨素敵なプレゼント¨が届くでしょう!首を洗って待っているといいわ!当然、弁護士会からも訴追を受けるだろうし、追放されるわね!あたしも黙っては居ないわよ!¨連合艦隊¨に参加して¨有りのまま¨を話すつもり。今の内に身辺整理でもしてなさい。警告はしたわよ!後は自分で切り抜けなさい!アンタもこれまでね。これからは、縁を切らせてもらう。じゃあ、せいぜい余生を楽しみなさい!」姉は絶縁を告げて電話を切った。「JAGだと?¨軍事法廷¨?何故そうなるんだ?」手から受話器が転げ落ちた。「社長、弁護士達が、事務所を開けたいと言ってます!どうします?」「システムはどうなってる?」「今まで無事だった無線LANもゲームに乗っ取られました。PCもタブレットもゲームに侵されてます。サーバーにはアクセス不能。事務所の機能は停止状態です」「復旧の見込みは?」「メドが経ちません!何をどうすればいいのか?指示を出して下さい!」「まず、事務所は開けろ。ただ、PCタブレットの使用は差し止めだ。システムの方は、ネットワークを切断して電源を切ってセーフモードで立ち上げて、プログラムからゲームを削除しろ。そしてシステム復元をやってみろ。サーバーの方は隔離するしかあるまい。PCが正常になったら、お蔵入りにしてある旧サーバーを引っ張り出して、ネットワークを組み直してみろ。正し、外部とは回線は繋ぐな。俺は姉貴に会いに行って来る。この危機を乗り切るには姉貴の力がいる。後は任せる」殆ど機械的な指示を与えると、社長はフラフラと事務所を出て、車に乗った。宛がある訳では無かった。ただ、逃げたかったのだ。自宅マンションへ着くと部屋へ逃げ込み、バーボンを瓶ごと煽る。だが、いくら呑んでも酔いは回らなかった。暫くすると携帯が震えた。「社長、今、JAGのケイコ·オブライエン少佐から連絡が入りました。明日、事務所に来られるそうです!如何されますか?」「ほっとけ!JAGだと?!ヤツらに何が出来る?勝手に捜査しようとしても、証拠がなけりゃ何とでもなる。それより、システムはどうなった?」「社長の言われた通りやって見ましたが、効果はありません!対処不能です!」「クソ!!こうなったら最後の手段を取るしかあるまい。撹乱波発生機を用意しろ!俺の車へ乗せて¨特攻¨を仕掛ける!U事務所とミスターJの¨司令部¨を襲撃してPCシステムを破壊する!証拠を消しちまえば、どうにでもなる。俺は直ぐに戻る。準備して置け!」「はっ!」携帯を切ると「ミスターJ、姉貴、悪いが手を引いてもらうぜ!今度はそっちが泣く番だ!」と言ってバーボンを煽り、憤怒の表情を浮かべた。だが、この¨特攻¨が彼の息の根を止める事になるとは、想像すらしていなかった。

「今、話した通り¨AD事務所¨とR家には、実に根深い因縁がある。最早、弟の専横は目に余る非道な行いだ!私は今回、¨情け¨を捨てて壊滅的なダメージを与える!Kの陰謀を阻止してDBを封じ込めるには、遠回りをしなくてはならんが、誰か異議のある者は居るか?」ミスターJは静かに問いかけた。誰もがため息を漏らした。「異議などありません!この際、徹底的にやりましょう!」リーダーが代表して答えた。「目には目を、悪逆非道には鉄槌を!わしなら¨AD事務所¨にニトロを投げ込む所じゃ!ミスターJ、わしらの分も上乗せしとけよ!」Z病院の¨ドクター¨の鼻息も荒い。「JAGの捜査官は、ワシントンを出ました!後、・・・19時間で到着します。クレニック中佐とハワード少佐です。¨司令部¨の周囲には、1個小隊が秘かに展開してます。¨AD事務所¨が仕掛ける隙はありません!」¨スナイパー¨が報告をする。「では、行くぞ!みんな覚悟はいいのか?」ミスターJは改めて念を押す。拍手が¨司令部¨を包んだ。全員が賛成を表明したのだ。「では、まず¨司令部¨とU事務所の防御を固める必要性がある!N、F、¨車屋¨の案を早速実行に移せ!U事務所にも同じように¨仕掛け¨を施す必要がある!」「その点については賛成ですが、もう一歩踏み込んだ策を用い様と思います」「反撃出来る可能性がありますので」「どう言う事だ?」ミスターJは不思議そうに聞く。「相手が使った周波数は割れてます」「シールドと同時に撹乱波をパラボラアンテナで跳ね返してやれば、文字通り¨倍返し¨に出来そうです」「理屈はそうだろうが、上手く行くのか?」「ミスターJ、窓から外を見て下さい!」N坊が言う。「“司令部”を狙うなら、河口の橋からピンポイントで狙うしかないんです。交差点や海が人口の堀を形成してます。つまり、橋からの攻撃にのみ対処すればいいんです!」F坊が補足する。「U事務所はどうする?」「BS波、CS波を受信するパラボラアンテナがあれば、シールドで受け止めた撹乱波を逃がしてやればいいんです。アースと同じ原理ですよ!」「ふむ、U事務所の電器屋に説明すれば分かるのだな?」「ええ、何なら俺達が電話で直接指示を出しても構いません」「よし、とにかく工事にかかれ!」「こっちは、“車屋”とN坊で出来ます。俺は、U事務所の電器屋へ説明方々指示を出しますよ!」既にF坊は受話器を取り上げている。「“シリウス”、“AD事務所”のサーバーだが、データーは消滅しているのか?」「いえ、フォルダ単位で圧縮されてまだ残っています。それが何か?」「U事務所の別のサーバーへデーターを転送できないか?」「転送そのものは可能です。圧縮によってデーター量は軽くなってます。2~3時間あれば出来ます。ただ、“解凍して自己展開を終えるまで”は、サーバーは使えなくなります」「どれくらいだ?」「データーの量にもよりますが、24~36時間はかかるでしょう。後は、検証と接続設定が必要になります」「送り付けた“ゲーム”を突破される可能性は?」「“ゲーム”そのものはシンプルですが、不確定要素はあらゆる場面で現れます。突破しようと足掻けば“身代金”が跳ね上がりますし、難易度もどんどん上がります。仮に突破される事を考慮するなら、そろそろ次の“ゲーム”を進呈する時期かも知れません」「どんなヤツがある?」「スター・ウォーズゲームなら“帝国の逆襲”と“ジェダイの復讐”バージョンが残ってますよ。2つを送り付ければ、永遠に“ゲーム”からは抜けられません!」“シリウス”が不敵な笑みを浮かべる。「では、まずデーターの転送からかかれ!済み次第、“ゲーム”を進呈してやれ!向こうのPCを使い物にならない様にしろ!転送先のアドレスはこれだ!」ミスターJはメモを手渡した。「では、高速回線を開いて、転送を開始します!」“シリウス”はPCを操り始めた。「さて、リーダー。JAGへ渡す情報だが、“スナイパー”の車からの情報+我々が搔き集めた情報の他に何かあるか?」「今の所はそれだけです。“AD事務所”へ“侵入”した際に集めた情報の精査は終わっていませんので、まだ+αは出るかも知れませんが・・・」「そちらは、我々2人でかかろう。出来る限りの情報を渡して、事を優位に運ばねばならん!今晩、“AD事務所”が仕掛けて来るのは、分かっている。ここで米軍に拘束されれば、ヤツらを壊滅させるのは容易だ!」そう言うとミスターJは、空いているPCに向かった。ついに“山は動いた”のだ。それも火口から多量の溶岩を噴き出している“怒れる山”である。飲み込まれた者は焼き尽くされるのみ。知らぬは“AD事務所”のみであった。

New Mr DB ⑦

2018年12月13日 10時39分21秒 | 日記
絶体絶命の危機だった。正体不明の2台の車に背後を取られた“スナイパー”の車は、右へ左へと蛇行運転を繰り返して、2台の車から逃れようとしていた。携帯電話が途切れたのは“ECM(電波妨害)”のせいだった。「ちくしょう!ECMとはな!ナビもレーダーも使い物にならん!」“スナイパー”は、必死に車を操りながら毒づいた。「どうやら、ベンツのようじゃな。500馬力は出せるハイパワー仕様じゃ。“スナイパー”、都心環状線へ逃げ込め!あそこなら、勝機はある!」“ドクター”はシートベルトをむしり取ると、後席へ転がり込んだ。「“ドクター”、何を始めるんだ?」「目潰しじゃよ。わしも、久方ぶりに燃えて来た!“全学連”の意地に賭けても2台を屠ってくれよう!」“ドクター”は、手荷物の中から薬品を取り出して、何やら調合を始めた。「都心環状線へ入るぞ!」“スナイパー”は、強引に乗り入れた。「ここからは、腕がモノを言う。ベンツの様なデカブツではパワーを持て余して、素早くは動けん!その点、こっちは敏捷性がある。後、5分持たせろ!そうすれば、向こうを屠る道具が出来る!」「何をする気だ?」「悪いが、ベンツにはスクラップになってもらう!三宅坂JCT当りがいいじゃろう」“ドクター”は2つの瓶を手に助手席へと戻った。2台のベンツは、“スナイパー”の車の背後を伺おうと、必死に追い上げて来る。「なんだい?その瓶は?」「即席火炎瓶とでも言って置くか。フロントガラスに叩きつければ、炎に包まれる仕掛けじゃ!三宅坂JCTの手前で、追い越し車線へ出て減速しろ!2台まとめて屠ってくれる!」“ドクター”は、窓を半分開けて準備に掛かる。JCTが迫った。「今じゃ!」“ドクター”の合図で“スナイパー”の車は追い越し車線へ移動して減速する。追って来た2台のベンツは、つんのめる様に走行車線を先行した。“ドクター”は窓を全開にすると、瓶を2台のフロントガラス目掛けて叩きつけた。爆発的な炎がベンツのフロントを包む。「急げ!巻き添えを食う前に脱出じゃ!」“スナイパー”の車は追い越し車線を全速力で駆け抜ける。炎に包まれたベンツは側壁に車体を擦り付けて減速を試みる。だが、パワーがある分簡単には止まらない。結局、追突事故を起こし、はじき出された1台が反対車線の側壁にぶち当たった。更にそこへ後続ベンツが突っ込む。炎はいつのまにか消えていた。「どうじゃ!“全学連”の意地で屠ったぞ!」「お見事ですよ。“ドクター”、いつも火炎瓶を持ち歩いているんですかい?」「わしが持っておるのは薬品じゃ!有り合わせの即席火炎瓶ぐらいは直ぐに作れる!勿論、単体では何の問題も無い代物だ!」「怪我人が出てもいいんですか?」「あの程度では、鞭打ちと擦り傷ぐらいしか出来ん!ベンツで骨折するなら余程運が悪いヤツだけじゃ!車体はスクラップになるが、人様は守る。それがベンツの使命じゃ」“ドクター”は“事故”について意に介す風は無い。「さて、本来の目的地へ向かうとするか!携帯も使える様になったらしい。“司令部”へ連絡を入れて置こう」“ドクター”は、“司令部”を呼び出した。「どいつもこいつも、ぶっ飛んだヤツが揃ってやがる!だが、こうでなくちゃ“任務”を遂行してる気分が出ない!」“スナイパー”気を取り直して、Z病院へのコースをひた走った。

「“スナイパー”の車のビーコンは?」「三宅坂JCTへ向かってます!依然状況は不明!」「首都高の事故・渋滞状況地図を表示して下さい。何かあれば推測は出来るかも知れない」リーダーが言うと「三宅坂JCTで事故発生!“スナイパー”の車のビーコンは・・・、今、確認出来ました!何があったのかしら?」PCで追跡していたミセスAが不思議そうに言う。“車屋”とN坊とF坊も空いているPCにかじりつく。そこへ携帯が鳴った。「もしもし、今、オープンマイクに切り換えます。どうしました?三宅坂で何があったんです?」リーダーが誰何すると「屠ったぞ!忌々しいベンツ2台をスクラップにしてやった!」“ドクター”が誇らしげに言う。「ベンツをスクラップ?!どうやったんです?」リーダーが目を剥いた。「即席火炎瓶をお見舞いしてやった!わしらは、Z病院へ向かう!」「携帯が繋がらなかった原因は?」「ECMのせいじゃ。指向性の高い撹乱波を浴びせられた。それで、一時電子機器がダウンしたまでじゃ。相手のベンツのナンバーは、品川389“と”の1と2じゃ。陸運支局のデーターベースから所有者を割り出せ!」N坊とF坊が無言で頷いて直ぐに調査を開始する。「なるべく急いでZ病院へ行く。これ以上の邪魔が入らん内にな!」「分かりました。くれぐれも油断しないで下さい!」リーダーが返すと通話は切れた。「リーダー、画像解析の結果、“スナイパー”の車を追っていたベンツのナンバーは間違いない様です!」“シリウス”が報告する。「“スナイパー”の車のナンバーは映っているか?」「ええ、割とはっきりと読み取れます。マズイですね・・・」「その点は心配いりません。“スナイパー”の車のナンバーは“フェイク”です」“車屋”が自信ありげに言う。「どういう事だ?」「“スナイパー”は予備役とは言え、軍属です。本来は米軍ナンバーを付けていますが、今回の“任務”に備えて“なんちゃってナンバー”に取り換えてあります。勿論、検問に引っかかればイチコロですが、陸運支局のデーターベースに照会されても、何も出ては来ません!ネットで検索すれば、いくらでも手に入る代物です!」「“シリウス”どうだ?」リーダーが聞くと「フハハハハ!見事に騙されました。こんなナンバーは正規にはありません」リーダーも画像を見るとふきだした。「ここまで用心しているなら、問題はあるまい。じゃあ、正規のナンバーに戻せば・・・」「ええ、取り換えれば後は辿れません」“車屋”も笑いながら言う。「こっちも分かったぞ!2台のベンツの持ち主は“AD事務所”ですよ!」F坊が報告する。「新車登録は半年前、手痛い結末になりましたね!」N坊も言う。「“AD事務所”か!何故ヤツらが我々を付け狙う必要がある?!」リーダーが宙を仰ぐ。その時、無機質な電子音が鳴り響いた。「今度は何だ?!」「“侵入者”です!」“シリウス”が叫ぶ。「どこのどいつか知らないが、簡単には突破できないぞ!さあ、どこまで入り込めるかな?」「第2ハードルで食い止めた!ざまーみろ!今頃、“スター・ウォーズゲーム”にハマっただろう!」「サーバーのデーターは人質にされたな!」N坊とF坊が言う。「おい、“スター・ウォーズゲーム”って例のヤツか?」「ああ、ゲームをクリアするか“身代金”を払うかのいずれかをしないと、永遠にゲームから抜けられない!」「しかも、ジワジワとサーバーを乗っ取られる!最終的には、CPUまで操られてPCもサーバーもオシマイになるヤツだよ!」N坊とF坊が鼻で笑う。「いつの間にリンクを貼り付けたんだ?」「T女史が帰った後、直ぐに細工して置いた。誰が“侵入者”かは知らないが、今頃ゲームは始まってるし、サーバーも半分は占拠されたハズだ。足掻けば足掻くほどに高額な“身代金”が待ってる。明日になればネットワーク全体が侵される!」「PCの電源を入れた途端に、ゲームスタート。仕事には使えないよ!」N坊とF坊は悠然と言い放った。「“侵入者”を撃退したのはいいが、誰かは特定出来ないか?」「痕跡は残ってますから、後を辿ればどこから“侵入”を試みたかは分かります。ただ、漠然と“この当り”までですね。深入りするとこっちの足跡も残りますから返って危険になります」そう言いつつ“シリウス”はPCを操って痕跡を追っている。「分かりました。海外の3つサーバーを経由して都内から“侵入”を試みています!」「だとすると、“AD事務所”か?!」「確証はありませんが、そう判断すれば辻褄は合います。こっちを混乱させるのが目的でしょう」「念のため、高速回線を遮断して置け!」「了解、回線遮断しました。ホテルの回線のみ有効です」“シリウス”が報告する。「“AD事務所”とR女史と間に何があったんだろう?ここまで介入して来ると言う事は“余程R女史に回復されては困る事情”があるとしか考えられない」リーダーが宙を見る。「そうね、過剰過ぎる反応だわ。もしかすると、彼女ではなく彼女の亡くなった父親との間に何か確執があったのかしら?」ミセスAも考えている。「それと、我々の情報がどこから漏洩したのか?も気になります」“シリウス”も手を止めて考えている。「どうやら、“サイバー部隊”が陰で動いているとしか思えん!我々に関する情報はT女史の事務所から漏洩したとしか思えない。知っているは、あそこしか無いのだから。後はR女史に対する怨恨。この2点がセットにならないと、襲われた理由の説明が付かない!」リーダーはソファーに腰を下ろすと言い放った。「仮にそうだとすると、怨恨とは何ですかね?」「R女史に蘇ってもらっては困る事情か・・・、何なんだ?」N坊とF坊も思いを巡らせる。不意に携帯が鳴りだした。「T女史からだ。オープンマイクに切り換えよう。もしもし、T先生、どうされました?」「夜分にすみません。ウチの事務所がハッキングされました。そちらは異常ありませんか?」T女史の声が震えている。「Z病院へ向かう車が“AD事務所”のベンツ2台に襲撃されました。こちらのシステムにも“侵入”しようとしましたが、いずれも撃退した所です。先生、“AD事務所”とR女史との間に何があったんです?」「分かりません。でも、そちらにも被害が及んだのですね?」「まだ、損害は軽微ですが、今後の我々の活動に影響が出るのは必至です!」「“AD事務所”のサイバー部隊は、必ず攻撃を仕掛けて来るでしょう。ウチの事務所も対策に追われています。何か手はありませんか?」「“AD事務所”にはノシを付けてお返しをしてあります。ベンツ2台は大破、システムには“スター・ウォーズゲーム”を送り付けました。PCシステムは使いモノにならないでしょう。今の内にセキュリテイを強化される事です!」リーダーは進言した。「PCシステムが使えないなら、時間を稼げますね。こちらも法的に対応が取れるか検討して見ます。ただ、R女史の件は私達にも見当が付きません。先代との間に何かあったのかも含めて再調査をしなくはならないでしょう」T女史も困惑を隠さない。「分かりました。“事故”の件も含めて法的処理はお任せします。我々も可能な限り動いて見ましょう」「ともかく、R女史の身辺警護、“事故”の後処理はお任せください。皆さんの情報に関しては、かなりの部分が漏洩してしまっています。くれぐれも注意を怠らないで下さい。恐らく、彼らは全力で襲い掛かって来るでしょう。必要なデーターを言いますので、FAXで送信して下さい」T女史は“事故”の詳細や“侵入”の痕跡について項目を挙げてデーターの提出を依頼して来た。「画像データーなどはどうします?」リーダーが尋ねると「通信回線は使えますか?当面、仮に復旧は出来ているので、これから言うアドレスに送って下さい」T女史はアドレスを指定して来た。“シリウス”が早速、データーを送り始めた。「順調に受信しています。送信し終えたら、直ぐに切断して下さい。PCのキャシュも削除して下さい。とにかく、厄介な連中です。私達も“応援”を依頼して対処します。繰り返しになりますが、必ず彼らは牙を剥いて来ます!用心してかかって下さい」T女史は気丈に声を出していたが、ショックは隠せなかった。「こちらは、更に防衛を強化します。外での活動にも充分に注意を払います。では、宜しくお願いします」リーダーが感謝をして通話は終わった。「“シリウス”、“AD事務所”に今から“侵入”する事は可能か?」リーダーが切り出した。「ドサクサに紛れて何を探すんです?」“シリウス”は否とは言わずに聞き返した。「R女史、並びに先代の父親に関する事だ」「今直ぐは無理です。“スター・ウォーズゲーム”が佳境を迎えるには、3~4時間はかかります。その頃になれば、混乱に乗じて乗り込む事は可能です」「N、F、R女史の自宅兼事務所に“侵入”する経路は決まっているか?」「ええ、かなり際どいですが、1ヵ所見つけてあります」「天窓から、垂直降下で入ります」「警備システムを誤魔化して、どの位動ける?」「約3時間」「それ以上となると難しい話になります」「よし、これから直ぐに出発準備だ!」「ちょ、ちょっと待って下さい!2時間は待たないと人通りが減りませんよ!」N坊とF坊が止めに入る。「他に立ち寄ってもらう場所がある!ミセスA、Z病院でのR女史の警護、お願い出来ますか?」「勿論!一家総出でやるわよ!」「と言う訳だ。N、F、ミセスAを送ってくれ!“スナイパー”の二の舞は避けねばならない!」「了解です!」2人は合唱した。「これから2件の“侵入”を試みる。探すのは“R女史とAD事務所を結ぶ線”だ。最近だけでなく過去にも遡って調査してくれ!何かあるはずだ。そうでなくては、我々が巻き込まれた理由が立たない!可能な範囲で徹底的に洗ってくれ!」「はい!」「“車屋”、お前さんは修理の手筈を整えて置け!“スナイパー”の車は、少なからずダメージを受けているだろう。朝までに修理を完了させるんだ!」「分かりました。では、トラックで待機します」“車屋”は地下駐車場へ向かった。「みんな、危険は覚悟の上だ!それぞれの“任務”を細心の注意を払って遂行してくれ!“AD事務所”が混乱している今が勝負だ!出来る限りの手を尽くしてヤツらの前に出る!」リーダーは、今に全てを賭けた。各員はそれぞれに散って行った。

「何だと?!ベンツが“おしゃか”だと?!何を喰らった?!火炎瓶?!そんなモノを持っているのか・・・、何者だヤツらは?!」「社長!サーバーが乗っ取られました!PCが使い物になりません!」「今度は何だ?PCがどうした?」「ゲームに乗っ取られました!お手上げ状態です!」“AD事務所”は上へ下への大騒ぎになっていた。ベンツ2台の大破に“スター・ウォーズゲーム”による乗っ取り。社長が自分のPCを起動すると派手な音楽と共に“スター・ウォーズゲーム”の画面が現れた。「なんじゃこりゃ!早く復旧させろ!」社長は喚いたが、サイバー部隊のトップは「復旧のメドは経っていません。プログラムを削除しようにもゲーム画面から切替わらないのです!」「サーバーはどうなっとる!データーは無事か?」「サーバーにもアクセス不能です。このプログラムは現在もサーバーへ侵入を続けています!既に半分はゲームに乗っ取られました!」「クソー!!これでは何も出来ん!朝までに復旧させろ!」社長は力むが「保証できません!最悪の場合、システム全体がクラッシュします!ゲームをクリアするか、“身代金”を払わなくては、解除コードが手に入りません!」「うぬぅー、“身代金”はいくらだ?」「1台500万ドルです。放置しても時間が経てば金額は増えるだけです!」「どうしてこうなった?!」「お言いつけ通りにハッキングをしましたら、海外のサーバーへ飛ばされてゲームに乗っ取られました。向こうの防壁にリンクが張り付けられていたのでしょう」「とにかく、この忌々しいゲームを終わらせろ!電源を遮断したらどうなる?」「それが相手の狙いです。システムクラッシュさせるために仕掛けられたのです!」「うむむむむ!小賢しいヤツらだ。車もPCも使い物にならんとは!手足をもがれたも同然ではないか!!」社長の顔が赤から青に変わった。華々しくゲームは進行していく。その裏でデーターは無事かどうかも分からず、車は廃車に変わった。経済的な損失と蓄積して来たデーターを失えば、損害は億を下らないだろう。「まず、ゲームを何とか消し去れ!時間はかかっても止むを得ん。明日は業務を止める。丸1日あれば手も見つかるだろう。ベンツは修理可能か業者の元へ移動させろ!」青筋を立てて社長は怒鳴った。如何に彼が力んでも事態は変わらない。「最悪だ!とんだしっぺ返しを喰らうとは・・・、相手は何者なんだ?!」予想を超えた相手と戦っていると気づいた時には手遅れだった。“AD事務所”は完全に機能を止められた。

深夜3時、N坊とF坊が引き上げて来た。「ダメだ!何にも出て来ない」「ありとあらゆる場所を洗ったけど成果なし!」2人は疲れて顎を出した。「こっちも成果なしだ!データーのデの字も見つからなかったよ」“シリウス”も嘆いた。「R女史の所から引っ張って来た記録やデーターは?」リーダーが問うと「これですよ」「後、こっちも」N坊とF坊がポータブルHDDとSDカードを差し出す。PCとサーバーのデーターとスキャンした記録類のコピーである。「成果なしか・・・、“シリウス”、“AD事務所”のデーターは保存できているか?」「ええ、俺のPCに落としてあります」「分かった。もう遅い。ともかく休め!朝になったら再検証しよう」「ふぁーい!」3人はそう言うと、各自の部屋へ引き揚げた。リーダーは考えていた。「理由もなく我々が攻撃の対象になる訳がない。何が絡んでいるんだ?」その時、携帯が鳴った。「もしもし、“ドクター”!どうです?」Z病院からだった。「無事に“グリコペプチド系抗生物質”の投与が終わった。意識が回復すれば問題はないだろうて。ミセスAが看護に着いておる。R女史は間一髪で助かるだろう」「“スナイパー”はどうしました?」「先程、“司令部”へ向けて出発した。ナンバーフレートは元に戻してある。後、10分もすれば戻るだろう。奴さんの車からも“悪人達”の証拠は拾えるはずじゃ。わしは、しばらくZ病院で治療に手を貸すつもりじゃ。抗生物質の効果の程を見極めたいのでな」「分かりました。宜しくお願いします。“ドクター”、“即席火炎瓶”については証拠を残してませんよね?」「わしがそんなドジを踏むものか?!指紋の採取すら不可能にしてある!どっちにせよ、跡を辿られる心配はない!むしろ、後ろ暗いのは襲った連中の方だ。どうやって誤魔化すか?今頃、頭が痛いはずじゃ」「では、Z病院の方は任せっきりになりますが、よろしいですか?」「ああ、構わんよ。ここなら設備も整っている。ついでだから、研究のための資料を集めようと思っとる。R女史の警護も含めて任せて置け!夜分に済まなかったな。リーダー、お前さんも休め!指揮官がシャンとしとらんと部下の士気に影響するぞ!」「はい、ではおやすみなさい」リーダーは携帯を切ってソファーに寝そべった。疲れてはいる。だが、心が落ち着かない。“ドクター”に貰った睡眠薬を1錠だけ飲んだ。「さて、次の一手をどう打つか?“AD事務所”について徹底的に洗って見るか?」あれこれと思いを巡らせるうちに、リーダーも眠りの世界へ引き込まれていった。

眠る者が多い中、目覚めた人物も居た。「何だこれは?」DBは違和感で目覚めた。いつの間にか布団とシーツと枕がウレタンシートと防災用の防寒アルミシートに変わっている。ヘッドの周囲を探ると、必死に縒りあげた糸が全て消えていた。「クソ!またしてもやられたのか!」小声で呟く。繊維の類は全て消え失せた。脱走に備えた道具も作る事は不可能になった。天井を見ると、8基の監視カメラ兼レーザーが不気味に動いている。「どうやら夜の様だな」DBは悟り始めていた。小声でも呟けば、合成ボイスが警告を出すはずだが、今はそれが無い。監視は自動制御になっている。つまり、無人。現地は夜だと。「なるほど、夜警は自動システムに切り替わるのか。ならば、今の内に調べて置くか」DBは静かに起き上がると、唯一の扉へ近づいた。薄暗い中、集中してに目を凝らす。「金属が手に入れば、道は開ける。どこからむしり取ってくれようか?」DBは丹念に探した。その時だった。不意に天井から10本のレーザーが床に照射された。扉との隙間にDBは閉じ込められてしまった。8基のレーザーが急旋回して、ターゲットを追う。「警告、無差別攻撃を開始スル。脱走氾確保。ハイパワーレーザー照射マデ5分!」「ちっ!」DBは己の迂闊さを呪った。「まっ・・・待て!眼鏡の・・・レンズが外れた・・・だけだ!逃げるつもりはない!」必死に訴えるが「脱走氾を逃ガスナ!非常警報発令!レーザー、ターゲット自動追尾。脱走氾を逃スナ!」合成ボイスは容赦しない構えだ。「た・・・助け・・・て、くっ・・・くれ!」DBは恐怖に震えた。「何をした?DB!逃げようとしたな!違背は許さぬと言ったはずだ!」ノイズ交じりの声が地下空間に響く。「なっ・・・なん・・・でも・・・ない。めっ・・・眼鏡・・・拾い・・・行こう・・・とした・・・」「そんな誤魔化しが通用すると思っているのか!今度こそ最期だ!遺言は聞いて置いてやるぞ!」「たっ・・・頼む・・・見逃して・・・くれ!」DBは失禁して命乞いをするハメになった。「さあ、終わりだ!遺言は何だ?!」「そっ・・・外・・・外の・・・空気・・・吸わせて・・・く・・・れ」「よろしい、排水プラントの汚水の臭いを嗅がせてやろう!」地下空間に汚水の匂いが充満した。「さようならDB!大人しくしていれば命脈も尽きる事はなかったろうに!」8基のレーザーの輝きが増した。攻撃まで時間は無い。DBは、覚悟を決めた。レーザーに焼かれていずれとも知れぬ場所で自分は消えていくと。