水曜日、I氏は病院にやって来た。事業所所長と供に、まずは「DBの件」を陳謝し、処分内容と再発防止策を説明し「二度と迷惑はかけない」と明言して病院側の理解を取り付けた。DBの「特攻」に関して、病院側は「非常識極まり無い暴挙だ」として「警察への相談と逮捕を要請する」と強行な姿勢を中々崩さなかったが、会社側の必死の陳謝と誓紙の提出により、辛うじて合意に漕ぎ着けた。次にDBが現れた場合には、会社側も「連帯責任を負い、本社が全責任を取る」と言うある種「当然の内容」ではあるが、I氏達にして見ればDBの為に「詰め腹を切らされる」ハメになるか否かの境目である。彼らは、ひたすらに謝り続け、誓紙も書いて、首の皮一枚を残す事に成功した。I氏達も「被害者」なのだが、DBが「社員」でいる以上、上層部として「監督責任」は発生する。本来なら、本社からも「人手」を寄越して謝罪すれば良かったのだが、本社はKに関する「機密漏洩」でてんてこ舞いだったらしく、地元で「丸く収める方向へ持っていってくれ!」と懇願され、I氏達が「御役目」を果たす事になったらしい。そんな状況であった為、I氏が病棟に現れたのは昼も間近な午前11時頃であった。「みっちりやられたよ」意気消沈気味でI氏は私にボヤいた。事業所所長は「極秘計画」の件で先に帰ったらしい。「まずは、DBの件から話すか」と言ってI氏は語り始めた。DBは当初、容疑を否定するなどして、シラを切っていたのだが「防犯カメラの映像」が残っていると詰め寄った結果、容疑を渋々認めて自白を始めたものの、ロープや手錠などの持ち込みは「否定」し続け、あくまで「引き継ぎの為だった」と主張し「暴力は振るっていない」と一部の認否を拒み続けたそうだ。K達の関与も否定し「あくまでも単独行動で行った」と主張し続け、頑なに口を割らなかった様だが、私の証言や病院側の証言により、DBが「患者を略取しようとした」罪状は認定され、無期限の「給与50%カット」が言い渡され、自宅軟禁を命じられたとの事であった。「自宅軟禁はいいのですが、また特攻して来る可能性はあるのでは?」と私が尋ねると「ただの軟禁じゃない!奴の車は押収してあるし、大の苦手なPCでの作業を押し付けてある。しかも期限までに終えなくては、給与を遡ってカットする制裁付きだ。家から出て行くヒマなど無いよ。しかもISOの文書だから、手を抜けば瞬時にバレる代物だ。DBは釘付けだよ」I氏は平然と言い放った。「そして、当然のことながらKが噛み付いて来る。DBの処分を寛大なものにしろ!とな。だが、今回の処分に関してはY副社長の命令なのだ。実は、今度の人事でY副社長が事業本部長に就任することになってな。早速、K達の権力を削ぐ動きをしたんだ。DBの後任はY副社長の懐刀だったM氏が内定した。事業部の上も若手の起用が内定している。K達は権力の8割を削がれた形だ。Kが噛み付いても歯の立つ相手ではないよ」「なるほど、DBもKも肩で風を切って闊歩する時代では無くなったと言う事ですか」私が想像した以上の地殻変動が、電光石火で行われた様だ。I氏は「結構凄い事になってるだろう?」と感慨深そうに言った。「Y副社長は、お前が活躍していた姿を見ているし、今も忘れてはいない。そんな社員が、地獄に喘いでるのを見過ごす事は出来ないと言っている。だから、これから話す極秘計画にしても、自ら発案され協力を要請したんだ!」Y副社長が私を覚えていてくれた事は、少し以外であった。でも、ずっと夜勤ばかりで「試作」に明け暮れ、毎朝Y副社長と挨拶を交わした時期を思い出して「多少の印象は残っていたのかな?」とは思えた。I氏は続けて「ミスターJも今回の事は、言語道断だ!と言って憤りをあらわにしていたよ!」「本人に会われたんですか?」と聞くと「まあ、密かにだが、人としてあるまじき事だし、人道的にも許される事ではないと、珍しく怒りに震えていたよ。KやDBのやり方は人の道を外れた、卑劣な犯罪だとも言っていた。今回の件は、1人の人間を救う為にも思想信条を抜きにして、全面的に協力をすると言っている。彼らにしてもKやDBは仇敵だし、何より人道支援として手を貸したい、命の問題を見過ごす事は、人としてあってはならないと言って、水面下で活動を始めている。まずは、KとDBの監視からだが、逐一情報は入っているよ」ミスターJが動いていると言う事は、計画が具体的に組まれた事を意味する。私はI氏に問うた「準備が整ったと言う事ですか?」「そうだ。かなり大掛かりな芝居だが、着々と計画は進んでいる。お前にも出演してもらわにゃならんが。とにかく、お前は一時的に行方不明になるんだ!病院から退院を勧告されて、転院する事にする。そして、転院先で失踪するんだ。その際にKとDBに誤った認識を持たせる。目先を逸らすんだ!奴らが誤った方向へ目を向けている間に、Y副社長が新しい根を根付かせて、KとDBを日干しにするんだ!後はシナリオを作って置くだけだ。お前は何もしなくていい。シナリオの通りに動いてくれさえすれば。病院側も協力はしてくれるそうだから、決行日さえ決まれば実行あるのみだ」思った以上に壮大なスケールの計画に、私は頷くしか無かった。前代未聞の「芝居」だが、最早同意する以外にはない。「分かりました。やりましょう」と異議はないと言うとI氏は「今日はここまでだ。後はこっちに任せてくれ。史上最高の芝居を演じてやろう!」と言って席を立った。とにかく「演目」は決まり、演者も揃った訳で、幕が上がるのを待つだけになった。果たしてKやDBを出し抜けるか否か?決行日を待つだけだった。