limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 83

2020年01月06日 16時44分40秒 | 日記
田納さんの国分工場滞在は、3日間だった。2日目の夕方には、総務棟の大会議室で“歓迎レセプション”が開催されたが、僕と鎌倉と美登里は“業務多忙”を理由にして参加しなかった。鎌倉と美登里の意向はどうなのか?分からなかったが、僕は“想定外の事態”に見舞われて身動きが取れなかったからだ。月曜日の夕方「“スポット”の引きが“想定”と言うか“予定”を越えても、出荷指示が入って来てやがる!それも、“10月の頭”に出すヤツまで“前倒し”でだ。Y、どうする?」ミーティグの席上、徳さんが毒づいた。「磁器の納入予定分を“そっくりそのまま引く”と言う事らしいな。営業にしても“1円でも多く売りを立てたい”訳だから、金額のデカイ“スポット”に目を付けたか!だが、マズイな。GEも、まだ半分以上残ってるし、金も銀もベースは残ってる。田尾、明日と明後日の出荷への影響は?」「今のところは、無しだ!積んであるヤツで凌げる。問題は、“木曜日の大口”だぜ!半分以上足りねぇ!前の予定を変更させるしかねぇよ!」「了解だ。整列に“スポット”を優先させよう。勿論、塗布にも通知する。だが、間にGEを割り込ませる必要はあるから、どこかで1度切れるな。木曜日以降の出荷指示は?」「明日にならんと分からない。金と銀は、凌げるだろうが、“スポット”を煽られたらアウトだ!」と徳さんがお手上げのポーズを取る。「橋口さん、返しにある“スポット”の在庫は?」「2つだけだよ。数も大して多くない。大半は、今日の午前中で送り込んだからね」「だとすると、今から変更をかけないと間に合わないと言う話だな!OK、早速、前に予定を変えてもらう!“スポット”とGEを最優先で回させる!出荷は在庫の確認と計上済のロットの数量把握を、神崎先輩達は、検査体制の再編成を至急で!橋口さんは、焼成炉の前後を確認して、明日に備えて!」「了解!」みんなが合唱すると、各自が持ち場に散った。僕は整列と塗布へ向かう。下山田さんを捕まえると“スポット”とGEを優先してくれる様に依頼する。「話は分かった、こっちはどうにでもなる!急ぎなら“新型整列機”の威力を試すのに、打って付けになるだろう。ただ、橋さんの方が大変だ!そっちの“調整”を上手く取ってくれ!」と2つ返事で了承してくれる。確かに問題は塗布工程だった。夜勤に回っている橋元さんに代わって今村さんを捕捉すると、事情を説明して変更依頼を持ち掛ける。「話は分かったが、GEを挟むとなると、途切れ途切れに流さなきゃならない。橋さんにも伝えて置くが、当面は“木曜の大口”が山場なんだな?」「ええ、それ以降は、明日にならないと分かりません」「よし、段取りを変えて“スポット”とGEを優先する方向へシフトさせる!丁度、切り替えのタイミングなんだ。他の品種の流れが細くなるが、それは勘弁しろ!木曜日以降の“情報”が入ったら直ぐに知らせてくれ!その都度、そちらの意向に合わせてセッティグを変える!Y、“情報”も鮮度が命だ。今頃なら毎日、段取りを切り替えるタイミングになる。別口が急ぎになるなら、早めに“情報”を寄越せ!俺達もお前からの“情報”で動いてるんだ!指示は的確に素早く出してくれよ!」と今村さんも変更を呑んでくれた。焼成炉の脇を抜けて、返しの作業室へ戻ると、橋口さんが炉から出たばかりの“スポット”2つを作業台へ乗せていた。「全部で1200個だよ。前はどうなった?」「大車輪で回してもらいますよ!しかし、一旦は切れますね。早ければ明日の午後一番になるでしょう」「明日は、3人が休みで欠ける。“残業”を覚悟しなきゃいけないね」と言うので「僕も手伝いますよ。そのためにも、雑務を片付けて来ます。準備が済んだら上がって下さい」と言って検査室のデスクへ座り込む。「どうだ?上手く行きそうか?」田尾が聞いて来る。「“スポット”とGE優先で話は付けて来た。早ければ、明日の午後一番には、炉から出るだろう。首の皮1枚だな」と言うと「どうやら、月初の予定は“忘れた”方がいいかもな。新たな“ミッション”が始まると思った方がいいぜ!」と言って来る。「だとすれば、完全に“未知の領域”を地図も無しに飛べと言うのか?こりゃあ、相当に骨だぞ!前例が無いんだ!」「“フライト・ディレクター”の腕がモノを言う世界さ。Y、アンタならやれる!」「そうなると、“雑務”にかまけてる時間は無いな!ある程度は、“残業”も組まなきゃならんだろうよ!余裕を持ってられるのは、今の内だけだな。OK、最悪の場面を想定して動こう!各工程は、それぞれの指揮官の指示で動いて構わん!右か?左か?前か?後ろか?迷った時だけ僕が決断する!各工程毎に適宜飛んで見よう!“擦り合わせ”は、夕方に1本化する!明日からは、各個別の判断を優先してくれ!」僕は敢えて“重臣達”の判断で飛行する手に出ると決めた。「でも、それじゃあ、全体の統率はどうするのよ?」神崎先輩が言う。「最早、全体がどうこう言ってる場合じゃありませんよ。それぞれの範囲を固めてくれればいい。“予定”は完全に崩れたんです。“何を想定したか?”では無く“何が出来るか?”に思考を切り替えなくては、今月は着陸不可能です。行けるところまでは、各自で行ってもらう。一見、無謀な策ですが、どうやらこれが“最善手”なのかも知れませんよ。責任云々や時間云々を言っているヒマは無い。その都度、“修正”して、着陸を目指しましょう!僕はしばらく、返しの作業室で指揮を執ります。全体の進行管理とその他“雑務”も含めて。とにかく、落ち着いて冷静に対処して行きましょう!当て推量は、墓穴を掘るだけです!」前例の無い世界への飛行。危険極まりない賭けではあったが、やるしか道は残されていなかった。

「よっしゃ!これで、“包括和平協定”の締結や!国分工場に対しても最大限の“配慮”をするさかい、順次、人を戻してくれへんか?O工場かて“火の車”やさかいな!」田納本部長と国分事業所長の間で“包括和平協定”が調印されたのが、僕等が、地図を見ずに“有視界飛行”に踏み出した、月曜日の夕方だった。午後3時過ぎに工場長主催の“工場責任者会議”の席上で、光学事業本部の“帰還予定計画”が承認されたのを受けてのトップ会談での決着だった。だが、半導体部品事業本部傘下の事業部は、強硬に“反対論”を展開した。「既に事業の中核を担っている者を交代させるなど、時間を要する事案をこの場で、即決では容認は出来ない!事業部内に持ち帰り、協議をした上で回答する!」「採決を強行するのは、事業所としての理念に反する!“横車”に屈するなど、あってはならない事だ!」と安田、岩留の両責任者は、採決を“延期”する様に再三申し入れた。会議は紛糾し、昼を挟んで午後にもつれ込んだ。国分工場長としても、大量の“人材の喪失”は避けたかったし、他の事業部にしても、人手の流出には、前向きになれなかった。200名のO工場の派遣隊は、それだけ国分工場の各所で“根”を張っていたのだ。それが、最短では、年内には居なくなると言うのだから、事態は深刻だった。国分工場内での人員のやり繰りをしたとしても、4分の1に当たる50名前後を捻りだすのが限度だった。同じく鹿児島にある川内工場や隼人工場に応援を要請しても、30~40名が限度だ。そうすると、O工場の派遣隊の半数である100名前後は、期限を越えて“留め置く”必要があり、来春の新規採用が定着するまでの間は、“支えて欲しい”と願っている職場・現場の声は無視出来なかったのだ。各事業部の“本音”は、“任期延長”と“残留・転籍”に傾いていた。そこへ、田納さんが自ら乗り込んで来たのだから、各事業部の責任者の心中は穏やかでは無かった。まさに“戦々恐々”だったのだ。“工場責任者会議”の紛糾が、田納さんに伝えられると、「そりゃ、あかん!ワシが“誠意”を示すさかい、会議に参加させてくれ!」と懇願して、午後の会議に乗り込んだ。「国分に迷惑をかける意思は無い!拙速な計画を進めるつもりも無い!各事業部と膝詰めで協議して、影響を最小限にしつつ、“帰還事業”を実行して行くつもりや!O工場も苦しいが、まだ耐えられるレベルではある!本部長であるワシが責任を持って事に当たるさかい、どうか協力をお願いしたい!」と平身低頭を貫いて各事業部に“協力”を打診した。こうなると、安田、岩留のご両名も、一旦は引かざるを得ない。「各事業部の実情を踏まえて判断するなら」との条件を付けて合意に回った。田納さんは、この条件も“丸呑み”にして「無益な争いをするつもりは、毛頭無い。国分工場の実情を優先して判断する」と言って“工場責任者会議”を無事に切り抜けて、“包括和平”の調印に漕ぎ着けたのだ。「小林、やはり一筋縄では行かんな。国分側の“反発”は予想より強い。若手を“野に放った”んが最大の間違いや!」とホテルに戻る車内で、田納さんがボヤいた。「しかし、“後の祭り”でもございます。粘り強く進めるしかありますまい」「そうやな、明日からは“落としやすい”順で回ろう。人数の確保が最優先や!」と言って汗を拭った。容易ではない“交渉”はこうして始まったのだ。

火曜日の朝、出荷に新たな指示が営業から入った。「Y、先行して計上してある10月分に軒並みに出荷指示が出てる!このまま放置すれば、とんでも無い事になるが、どうする?」徳さんが、FAXを片手に飛んで来た。「予定では、“10月の頭”じゃないか!日干しにされるだけで無く、磁器の手配にも影響が出るな!営業のヤツらある分は、まとめて引き出して“数字”を積み上げる算段らしな!こっちがコツコツと積み上げた“貯金”を自分達の“エゴ”に利用するとは、何と浅ましい連中だ!」「まあ、“決算”が関わってるから、ある程度は仕方無いが、これは完全な“禁じ手”だぜ!どうする?」田尾も憤然と言う。「ならば、残された手は1つしか無い!使用高にある分は“無いモノ”と考えて、出荷を“制限”しよう!今月分以外は、計上するのを“差し控える”んだ!例え、営業から指示が来ても応ずるな!“塩止め”すれば出そうとしても、出せない!まあ、文句は来るだろうが、一切耳を貸すな!“製造営業会議”の合意事項を無視してるのは営業だ!こっちにも正当な理由はあるし、川内工場にも事が波及するのは、回避しなきゃならない。別途、指示するまで“内部留保”として抱え込め!」「だが、営業が黙って引き下がるかな?ヤツらは“蝿”より厄介だぜ?」「今月の“売り”の予定は、ある程度、目処が立ってるし、勝手に“上乗せ”は出来ない。2階の意向は無視できん。方向性が決まるまで、営業には黙ってもらう!構わんからやれ!“赤伝票を切っても死守”しろ!責任は僕が取る!」「Yが、腹を括ってるなら、百人力だ!」「よーし、イッチョ仕掛けるか!」徳さんと田尾は、勇んで出荷を止める手立てを取り出した。僕は、徳永さんを呼び出して「営業が無断で出荷を強行している!」と訴えた。徳永さんは、5分もしない内に飛んで来ると、進捗、磁器在庫、入荷予定、出荷状況の数字をプロットし始めた。「うーん、このままだと、10月の予定や構想がモロに狂うだけで無く、川内にも影響が及ぶな。営業の連中は一体何を考えてるんだ?!Y、どう手を回した?」と誰何して来た。「既に計上したモノは“無いモノ”として考え、今月分以外は、計上を差し控えました。徳田と田尾には“赤伝票を切っても死守しろ!”と命じてあります」と言うと「営業の意向を至急確認する!“貯金”まで根こそぎ持って行かれたらたまらん!しばらくは、様子見でいろ!“安さん”の判断もあるだろうからな!」と言って「最新の進捗、磁器在庫、入荷予定、出荷状況の数字を出してくれ!このままだと、予定に対して140%前後になってしまう。どこかで、セーブしないとまずいぞ!営業からギャーギャーと言って来るだろうが、無視して構わん!Y、しばらくは持ち堪えてくれ!結論は、急いで出させるから」と言って数字をメモすると徳永さんは2階へ駆けあがった。僕は、返し作業を中断すると、電卓を片手に最新の各数字を追う。“スポット”と金・銀・GEを出荷すれば、充分に115%は達成出来る段階まで進捗は見えていた。「Y、営業から催促の電話だ!どうする?」田尾が聞いて来た。「問答無用!叩き切れ!ついでに着信拒否にしちまえ!」田尾は受話器を手で押さえていないから、会話は筒抜けだった。しかし、それも計算の内だ。「了解だ!別ルートで来てもシカトでいいな?」「構わん!“蠅叩き”が面倒なら内線を停めても構わん!営業に邪魔される言われは無いからな!」と湯気を立てて命じた。最新の数字がまとまると、2階の徳永さんのデスクへ書類を届けて、返し作業に戻る。支度を整えると、大きく深呼吸して気を静め、目を閉じて雑念を振り払う。「Y、大丈夫か?」橋口さんや“おばちゃん達”が不安げに見ていた。「行きましょう!落ち着いて冷静に対処していきますよ」と言うと場の緊張が解れた。今日は、欠員が3名いる。カバーするエリアは広い。指揮下の“騎馬軍団”を率いて、僕は果敢に攻めを繰り出した。

本社営業部の渡部部長は、“安さん”に抗議の電話を入れた。「“安さん”!千載一遇の商機を何故棒に振るんです?」営業にして見れば、とにかく“売り”を立てたいのだ。「渡部、“3年前の悪夢”を忘れたか?貴様らの言うがままに出した結果、受注は急落して、下期は赤字に転落!通期でも赤字を計上して、散々な目に合った!“同じ轍”を踏まぬためにも、守勢に転じるのは当然の事だ!しかも、こっちは“工程改善”の真最中だ!踊らされてたまるものか!」安さんはバッサリと斬り捨てた。「しかし、今は好調な受注があります!年内は安泰です!売らせて下さいよ!」「1月からはどうなっとる?具体的な数字を言え!」「数字は、揃ってませんが、安定した受注は取れるはずです!お願いですから、先行分を回して下さいよ!」渡部部長は粘ろうと必死に説得を試みる。だが、「先行き不透明なら、聞くに及ばず!事業部としては、通期での“黒字化”が最優先事項だ!先取りなど笑止千万!10月分は出さんぞ!」と又してもバッサリと斬り捨てた。「先行きの不透明感は、11月になれば晴れますよ!我々としても、数字が欲しいんです!半分、いや、3分の1でも乗せたいんです!お願いですから、倉庫に入れてくれませんか?」「聞くに及ばず!俺は、“同じ轍”は踏まぬ!何と言われようが、“製造営業会議の決定”を覆す気は無い!」安さんは首を縦には振らなかった。「それなら、1月以降の数字を出させます!客先に見通しを出してもらいます!それでもダメですか?」「過去に、同じ事をやって失敗したのは誰だ?渡部!貴様等だぞ!曖昧な話には乗らんし、“敵中に留まる危険”は侵せん!“孫氏の兵法”を学んでからモノを言え!」“安さん”の怒りは頂点に達した。こうなると、テコでも動かないのが“安さん”だ!「分かりました。千載一遇のチャンスなのに、何故乗ってくれないんです?」「目の前しか見とらんからだ!やおら、“進撃”をすればいいのでは無い!ここは、“陣形”を整えて時を待ち、攻めかかって来るだろう“敵”を迎え撃つのが上策!ウチの“信玄”も、そう読んで兵馬を整えておるのだ!渡部、待つのも“策の1つ”なんだ!押すか?待つか?引くか?“信玄”に聞いてからモノを言え!」安さんは電話を叩き切った。「“信玄”?誰だ?」渡部部長は首を傾げた。「国分の部門の後半分を指揮している、O工場からの応援者ですよ。彼が後半分を掌握してから、数字がV字回復してますから、その立役者の事でしょう」「“信玄”か。歳は?」「20歳と聞いてますが」「“安さん”が“信玄”に聞いてから云々を言うのだから、余程の知恵者か?先見の明を持っているのだろうな!そうでなくては、半分と言えども指揮権を委ねるはずが無い!今度、国分に行ったら“信玄”とやらに会って見るか?」渡部部長は、そう言って手を引いた。当初の予定をクリアするだけでも、近年に無い数字は出るのだ。「少しは“商売繁盛”を喜んでくれればなお良いんだがな」最後は、ため息混じりのボヤきが出た。

その頃、O工場では、総力戦での新機種の量産に大わらわだった。ダブル酒井の保美先輩も和歌子先輩も、そして松下由美先輩もサブアッセンブリーに駆り出されて、四苦八苦をしていた。「来月末を持ってYも帰って来る!それまで我慢よ!」和歌子先輩は、そう言って自らを鼓舞していた。「でもさぁー、Yの出世の話、聞いてる?今では、部門の半分を指揮する“責任者”だって!束ねる人数も70名は下らないらしいのよ!アイツが抜けたら、国分の事業部は大変になるって話よ!“足抜け”出来るのかしら?」松下先輩が不安気に言う。「まさかの“大化け”らしいけど、Yならしでかしても、おかしく無いわ!元々、素質はあったからね!同時平行して、複数の仕事を回せる様に仕込んだのは、あたし達だし柔軟な発想は天性のモノ。“舞台”さえ整えば、俄然やる気出すのは当然の事じゃない?」保美先輩は、見ているかの様に言う。「でも、必ず帰って来る!アイツは、やり遂げれば帰るわよ!途中下車は嫌いだから、遅れる事はあるだろうけど、Yならあたしの元に必ず戻るわ!“お姉さん”を悲しませる事はしない!信じて待ってるのが、あたしの役目よ!」和歌子先輩は、迷いを振り払うかの様に言う。「和歌子、Yに手紙書いて見たら?」松下先輩が言う。「そうね。由美の言う通り。矢を打ち込んで置くのもありじゃないかな?」保美先輩も支持した。「うーん、邪魔したら悪いから、今までは控えて来たけど、そろそろ矢を打ち込んで見ようか?Yの居ない世界にも、いい加減飽きて来しね!」「和歌子、帰って来たら速攻でゴールインするんでしょ?」「そうよ!誰にも手出しされる前に、身を固めちゃうつもりよ!」「なら、早めに手を打たなきゃ、向こうで釘付けになるわよ!」「その心配は、無用よ!確かに、誘惑はあるだろうけど、あの子はあたしが教育した子だもの。最後は、あたしの元へ帰って来るわ!」和歌子先輩はそう断言した。実際、僕と和歌子は、本当に“世帯”を持つ事になるのだが、そうなるまでは、まだ紆余曲折を経てになるのだ。和歌子先輩は、僕が国分に旅立ってから初めての手紙をしたためた。“信じて待ってる!でも、今は、全力を尽くしなさい!あなたにしか出来ない事を思い切りやって、凱旋しておいで!”と綴られた文面は心に痛かった。

国分滞在最終日、田納本部長は、“鬼門”である半導体部品事業本部傘下のサーディプ及びレイヤーパッケージ事業部の安田、岩留両責任者と向かい合っていた。「久しぶりやな!相変わらず、やっとるか?」「ええ、勝手にやっとります!」と岩留さんが返す一方、「御用の向きは分かってますが、簡単には“譲歩”はしませんよ!」と安さんは先制パンチを繰り出した。この3人は、顔見知りであり共に戦った“戦士”でもあった。「そない言われると、何も進まへん!今すぐとは言わんから、1〜2人でも10月末で戻してくれへんか?」田納さんは、低姿勢で切り出した。「それは、乗れない話ですな。下期も予定は厳しいですから、“人的補償”でも無い限りは、人材の“流出”は避けたいところです!」と岩留さんもパンチを繰り出した。「しかしや、一応の“期限”は10月末やで。最低限でかまへんさかい、帰してくれ!O工場も“火の車”や!1人でも手は欲しいんや。どないかならんか?」田納さんにすれば、相当な我慢である。2人は顔を見合わせた。「事業部の中核を担う人材は無理ですが、今井と花岡なら目を瞑りますが、それで如何ですか?」「ウチも、高木なら目を瞑りますが、どうです?」安さんと岩留さんは、ギリギリの“妥協案”を示した。「それで、構わへん!3人を帰してくれれるなら御の字や!すまん!必ず帰してくれ!」田納さんは、面子を捨てて頭を下げた。「田納さん、事業部の中核を担っとる人材については、代わりの人材育成に時間が必要です!」「しかも、事は簡単には行きません!最低でも年内の“帰還”については見合わせをして下さい!我々も、“期限を経過しての残留”を要請しなくてはならない事情があります!」と両名は、釘を打つのも忘れなかった。「それは、分かっとる!O工場からも、これ以上の無理は言わせへん!正直にゆうてな、全員を帰して欲しいんが、ワシの望みや!しかし、中核に抜擢されとる者を抜いたら、こちらもヤバイ。お互いに喧嘩別れだけはしとうないんが、本音や!ここだけの話、1年単位での交渉も辞さへん!お前等の顔には、泥は塗れんさかいな。よっしゃ!3名は、10月末を持って“帰還”。残りの7名は、体制が整った段階まで待つ!ワシに“二言”はあらへん!次に打診するなら、年末やな?」田納さんの思わぬ低姿勢に、安さんと岩留さんは驚いた。「はあ」「まあ、その辺でしょうな?」と“鳩が豆鉄砲を喰らった”様に返す。「2人共、強硬姿勢で突破を謀ると思てたやろ?それでは、“帰還事業”そのものが終わりになるだけや!互いに尻に火が着いてるんは、一緒やないか?そんなら、折り合える線で譲り合い“時間を稼ぐ”のは必然性があると違うか?後継者探しは、ごっつ骨が折れるさかい、育成も含めて余裕を持たなあかんやろ?今回はワシが引くさかい、次回はそっちの番や。暮れにまた逢おうか?」田納さんは、にこやかに言った。「3ヶ月後ですか?忙しいのは、お互い様ですが、何とか手を考えてみましょう!」「こちらに誠意をみせろと?難しい注文ですな!」岩留さんと安さんは、不敵な笑みを浮かべて握手を交わした。2人か去って行くと「小林、これで何人や?」と田納さんは聞いた。「32名になりますね」の返事に「今回は、ここまででええ!今の3人がデカイ!これ以上、欲をかいたらダメや。しばらくは、様子見に徹するで!」と交渉の打ち切りを示唆した。こうして、田能本部長の面目は保たれた。

「営業の出荷指示が止まった?来月分は軒並み見送り?何があった?」僕は検査室のデスクで、“狐に摘まれた気分”になった。「とにかく、これで安心していいぜ!」田尾が親指を立てた。「いや、安心するのはまだ早い!倉庫への計上は、差し止めてくれ!上げれば間違い無く“攫われる”だろう!棚卸しもあるし、大変だが用心に越した事は無い!月末までは様子を見よう!」僕は、慎重な姿勢を崩さなかった。「そうだな、営業の気まぐれには、何度もやられてる!Yの指示通り、差し止めて様子を伺うよ!」徳さんは、気を引き締める。「そうなると、“スポット”に金、銀ベースとGEか。当初の路線に回帰する訳だが、それでも5%弱の上乗せになるな。最小限の“被害”で食い止めたと言う事になるが、来月の磁器の納入予定が不明だから、痛いのは確かだな!」「それでも、月初の慌ただしさからは解放されるぜ!ペースを維持出来るのは間違い無いし、先行出来るのはデカイぜ!」田尾は、進捗を見ながら言う。「まあ、このまま走れれば、初旬は楽になれるな。問題は、磁器の納入予定か。“山場”が何処に来るか?読み解ければいいんだが?」「まあ、何とかやるしかねぇよ!前も見通しが立てやすくはなってる。“情報”さえ正確に流せば、対処は出来るしな。“新体制”の効果は、“こうした場合にモノを言う”だろう?」田尾は、“良い傾向だ!”と言う。確かにそうだが、何故、営業が手を引いたのだろう?「Y,金か銀、どっちのベースを優先する?」橋口さんが問う。「えーと、今日の状況だと・・・」「橋口さん!進捗を見て自身で判断したら?Yの指示が無ければ何も出来ないとは言わせ無いわよ!」と神崎先輩が噛み付く。「Yは、総合的な判断を求められてるの!個々の判断は、いい加減に自ら下したらどうなの?」と舌鋒鋭く言い返した。「しっ、しかし、今、全てを判断するのは無理なんだよ。まだ、3週間も経って無いんだよ?」「Yは、1週間で自立したわ。歳上である、あなたの方が経験値では上のはず。しかも、条件は一緒!Yに出来て、あなたに出来ないとは言わせ無い!どちらも必要だから、同時平行で流して!」ピシッと神崎先輩が言い切ると、橋口さんはスゴスゴと引き下がる。「いい加減、“自立”させなきゃ自分が苦しくなるだけよ!そろそろ手を引いたら?」と神崎先輩が言う。「“おばちゃん達”が黙って付いて行けばいいんですが、まだ、最後は僕が“決め”をしなきゃなりません。ここで全てが完結させられれば、何も心配はいりませんがね。“経験の無さは経験する事”でしか補えません。橋口さんの悪癖は、指示待ちなのは分かってますが、“人心掌握術”は、半ば天性みたいなもの。まだ、目は離せませんね。今月を“乗り切るかどうか?”もう少し時間を与えて見たいんですよ」と僕が言うと「あなたを必要とする場面は、これから増えるばかりよ。橋口さんが仕切れないなら、“おばちゃん達”から誰かを選んだら?」と“国家老職”の挿げ替えを言われる。「最悪、それも視野に入れてますよ。ですが、“安さん”が連れて来た人材です。無下には袖に出来ませんよ!」と返す。「でもね、これからは“個々の判断で進める人”でなくては、変化に付いては来れないわ!あなたは、総合的な判断をしなきゃならないし、2階との折衝もあるのよ!もし、良ければ、検査室から指示を出す事も提案するけど、どうかな?」神崎先輩が踏み込んで来る。「それも一案ですが、その前に“やりたい事”がありますよ!先輩、ちょっといいですか?」僕は、神崎先輩を2階への階段の踊り場に連れ出した。「かなりの“荒療治”ですが、僕が“消える”のはどうです?まあ、2階に“立て籠もる”だけですが、丸一日指揮を執らずに放置するんです!そうしたら、橋口さんが“どう出るか?”を見て見たいんですよ!」と小声で囁く。「あなたが“消える?!”丸一日?!たちまち大混乱よ!もし、問題が起きたら・・・、あっ!そうか!“各人の判断力”が問われるし、“連携プレー”も必要になるわね!知り得ているのは、あたし達だけ!」「そうです!“タカが一日、されど一日!”無論、2階の許可は取り付けますが、非常時にどれだけやれるか?真価を問うとすれば、やる価値はありませんか?」「それを、あたしに見定めさせて、危うければ出て来る寸法なのね?うーん、予告なしよね?」「当然ですよ。“朝から消え失せる”極秘回線で動きはリアルタイムでウォッチしてます!確か、無線機がありましたよね?あれを使えば、最悪の場合は手を出せますから、実害は出しませんよ!」「いいわ!やって見ましょうよ!金曜日はどう?」「それが一番手っ取り早いですね。週末でしかも、半ばを控えてる“今”しかありませんね。僕は上の許可を取り付けますから、先輩は“何を見定めるか?”を考えてもらえます?」「OK!ここは1つ盛大に“引っ掛けて”やろうか?」神崎先輩もすっかり乗り気になった。“指揮官不在”と言う“難題”にどう立ち向かうのか?いずれは、僕も手を引く事になり、別の仕事が待っているだろう。国分サーディプ事業部には在席はするが、立場は時と共に変化するだろうし、より高い位置から“俯瞰”するかも知れない。“信玄後”を見据えた動きも勘案しなくてはならないのだ。「総合力を試す。多少なりとも乱暴ですが、僕も完璧ではありません。インフルエンザもありますし、怪我も無くは無い。旗振り役を誰が背負うか?考えてもらいましょう!」僕は、“反乱”を計画した。善なる“反乱”だが、誰がイニシアチブを執るか?“我より後の世”を占うには、これしか無かった。