雑誌「文学界」を図書館に予約し、5人待ちぐらいで、入手。
(リクエストした時、ハードカバーはまだ図書館になかった…)
ようやく読み終わり、返却日にまだ余裕がある。家族の誰かが読みたいのではないかと、玄関に置いておいたところ、案の定、希望者がおり、まわした。
「ハードカバーを予約したんですけど、100人待ちレベルで…
」だ、そうだ。
老父いわく。
「これで、ますます本が売れなくなるな」
いや、ワタシはいっぺん図書館で読んだあと、欲しければ、あらためて買うよ。なぜならば、いっぺん買ってしまった本を手放せない、旧式な人間だから。
でも、純文学というものは、久しく読んでいない。
芥川賞受賞作も、相当久しく読んでいない。雑誌「文学界」なんて、読んだ記憶もない。
それを踏まえて。
ピース又吉という芸人さんに、ワタシはもともと好感を持っている。「火花」に、ピース又吉の、純文学への素直な「愛」は感じた。ただ、ピース又吉の作と知らなかったら、読んだかどうか、読み通せたかどうかは、ビミョーだ。
本作の日本語の…いわゆる純文学の言葉のわかりにくさについて。最初の2ページぐらいで、
(どうなんだ、これ?)
と、困惑もした。
今回たまたま、めったに見たこともない雑誌「文学界」を借りたわけで、いい機会だから、雑誌の他のところも、なるべく読んでみた。で、どうやら、全体にそういう面があり、「火花」だけがわかりにくいわけじゃない、てことは確認できた。
どうも純文学とやらの世界は、「純文学オタク」の世界みたいだ。
自称・頑固おやじのこだわりの蕎麦屋が、結果、ひとりよがりな小空間になっちゃうみたいに。
本が売れない、売れないというけど、当たり前だ。これで、売れようと思う方が、おかしい。書いてる本人と編集者しかウレシクない、いやもしかしたら、書いてる人しかウレシクなく、編集者は別のことを考えてるかもしれない、そのくらいのものを提供して、一般人に売れるわけがない。
「売れなくて当たり前」と、覚悟しているならば、それはそれで結構だと思う。
ピース又吉の「火花」は売れた。
(そーだよ、アタシまで雑誌文学界を手に取っちゃったよ、図書館のだけど…)
出版業界の人々は、喜んでいるようだ。
【オリコン】又吉直樹『火花』、芥川賞受賞で首位返り咲き
又吉が2作、3作と書いたとして、それがまた売れるかどうかは、わからない。でも、素直な愛のある人なので、売れても売れなくても、書けばいいんじゃないかと思う。
売れれば、出版業界が喜ぶし。
ワタシは、「面白いお笑い」の方が好きだけど。