小さい発見でも楽しいもの。
たとえ小さくても積み重ねていくと、さらにまたそこから発見があるかもしれません。
ウォーキング中に「発見」があると、ウォーキングがやめられなくなります。
色々関心を持ってみるといいですよ。
たとえ小さくても積み重ねていくと、さらにまたそこから発見があるかもしれません。
ウォーキング中に「発見」があると、ウォーキングがやめられなくなります。
色々関心を持ってみるといいですよ。
先日、美原大橋(北海道江別市)を見に行った時、こちらの施設を見つけました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/99/29efdd18e283622d946f01cbc61ecb48.jpg)
「越後村樋門」とあります。
そして、2つの疑問が湧きました。
- なぜ、越後村という名が付けられているのか。
- 樋門とは何か。
調べてみました。
<樋門とは>
河川から用水を取水したり、排水路の水を河川へ排水したりするために、堤防を横断してつくられる暗渠(あんきょ)。
樋管(ひかん)ともいう。
用水樋門(用水樋管)と排水樋門(排水樋管)がある。
樋門にはゲートが設置される。
ゲートは平常時は開けられているが、洪水時には閉鎖して洪水が用水路、排水路に流入しないようにする。
(コトバンクより抜粋)
洪水時、川の水位が高いと、用水路や排水路を逆流して、居住地側に水が行ってしまうそうで、それを防ぐために設置されるそうです。
(なお、 河川管理上においては、単純に豪雨などで水位が上昇し流速が速くなることを洪水と呼ぶそうです。)
※こちらの図が、分かりやすいかと思います。参考までに。
石狩川維持のため、各所に樋門は設けられているようで、「越後村樋門」はその1つであります。
他に、「渋川樋門」とか「拓殖樋門」など、たくさんあるようです。
街を洪水から守るために、堤防以外にも様々な設備が設けられているのですね。
勉強になりました。
<越後村について>
この樋門のある辺りは、かつて、越後国から入植した農民が開墾を行った土地で、「越後村」と呼ばれていたそうです。
(現在は「江別太(えべつぶと)」エリア。)
この旧地名「越後村」の名残は、樋門だけでなく、他の場所でも見ることができます。
- 越後神社
- 越後沼
- 越後踏切 等々。
なお、「江別太」の由来は、次の通り。
「江別太」の「太」は、アイヌ語の「put(プトゥ)」、つまり「河口」に由来します。
「○○太」という地名なら、その名前の河川の河口または合流口という意味になります。
現在の「千歳川」はかつて「江別川」と呼ばれていました。
「江別太」という地名は「江別川が石狩川に合流する地点」という意味です。
(北海道江別市立江別太小学校公式HPより)
これまた勉強になりました。
いつか、江別太エリアにも出かけてみたいですね。
なんかとても楽しいたい焼きを売っているお店(たい吉)があるらしいです。
「行ってみたい街のリスト」に入れておこうと思います。
(やっぱ、来年かな。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/19/f3c20186e380d84ec1b61fb2e964b2b2.jpg)
<参考資料>
- ウィキペディア「越後神社」
- 江別イラストマップ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/star.gif)
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