『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

人生100年時代だそーで

2018年01月19日 | 昼行燈より愛をこめて

読んでないけど、「LIFE SHIFT」という本によると、
人生、100年時代、だそーで。
てことは、まだ、私、折り返してないっ(^^)/
ラッキー♪

ラッキー!?
って、ホントにラッキーなのか??

そう思った時に、
5年生の子どもが言った
「大人はいいやん」という言葉が嬉しかったのを
思い出した。

その話は前回書いたけど。

大人が楽しそうに生きてたら、
子どもも、希望を持って
「自分も大人になりたい」と思うはず。

同じく、
老人が楽しそうに生きてたら、
中年も、希望を持って
「自分も老人になりたい」と思うはず。

大人に、または老人になりたいと思えば、
子ども同士の窮屈な世界の中で、
互いの違いを見つけてイジメたり、
人をけなして自分のポジションを上げたり、
そういうことが「幼稚なこと」だと認識される。

子どもが、
そういう「大人」に育ってくれるのって、
社会にとって、すごくありがたい。

子どもの前で、私は、
理不尽な目にあったり、仕事で大失敗したり、
逆に人にめっちゃ迷惑かけて落ち込んだり、
ダメダメ失敗談は、いろいろ言ってるんだけどな。
それでも「大人っていいな~」と思うらしい。

「大人も失敗して落ち込むのか」くらいに、
「オカンはあほやなぁ」くらいに
ふつーに受け止められてるのかも。

つーか、アンタ、小さい頃から、
職場の飲み会で可愛がってもらってるから
仕事って楽しいと思ってたりして?
あのね、あそこでハジケてる人たちも、
普段はすんごい大変なんだからね(^^;)。

今、大人になりたい子どもって、
あんまりいないのかもしれない。
同じく、老人になりたい中年も。

大人って大変そうだしー。
理想は、チヤホヤされる10代くらい?
未成熟な時代で止まる方がラクでいいや、
みたいな印象。

老害とかおじさんとかおばはんとか
小僧よ、小ギャルよ、言わば言え。
久しぶりに実家で正月番組を見てたら、
若いタレントがベテランの役者を
「それがオジサンなのー」とかゆーていじってたのが
そして、その役者が「え、コレってダメなの?」
とかゆーてたのが、なんか不快だった。

20歳頃より、中年の方が断然楽しいんだぞー。
老人は、まだ経験したことないから未知の世界だけど。
こんだけITが発達したら、
孤独の問題が昔より解消しやすくなってたらいいなー。

…そーいえば、
このブログで安否確認する、
と言ってくれた人がいたな。
どこかに所属するまで…って春までくらい? 
は2日に1回UPしよう。
死んだと思われたら困るし(^^;)。

えーと、リアルに中年進行中の身としては、
見た目にも体力もどんどん衰えていくけど
会いたい人に会いに行けるし、
(しかも憧れの若造じゃなくて、同じ社会の構成員として)
いい意味での「私はこの程度」という開き直りもできる。

うん。まったく悪くない。

それに「自分で考える」なんてのは、
中年になってやっと始められる楽しみ。
若い頃は、誰かの意見に「ホントそうだ!」って、
毎回振り回されてたもの。

考えることは、
体力がなくても、お金がなくてもできる。
ヒラメキのカケラを言葉にするには、
時間が必要だけど。

まぁ、そんなわけで、大人のみなさん。
小僧や小ギャルのゴキゲンなんか取るのはやめて、
人の評価なんかほっといて、
自分ならではの輝きをこそ、磨いていきましょう。

中年の、そして老年ならではの楽しみを
その年齢ならではに満喫している、
子どもが逆立ちしてもマネできないような
ステキな中年や老人が
いっぱい増えていけばいいな~。

そしたら、人生100年時代も、楽しいし、
社会もいろんな色で賑やかに彩られるぞ、きっと。

「若いことはいいことだ」教とか、
「若さが美しい」教の信者から抜け出したら、
自分の未来が明るく見えるんだけどなー。
若さは素材だけで美しいけど、
中年の美しさは内面から出てくるねんなー。


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