『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

地の果てに住む日本人

2018年01月17日 | 昼行燈より愛をこめて
日本あたりのことを「極東」って言うのは、
なんでだろう、と思っていた。

「地球は丸いぞー。線引くなー」って。

でね、これってもしかして、
10万年ほど前にヒト族がアフリカで生まれて、
そこから広がっていったことを思えば、
正しい言い方かもしれない。
と思ったのよ。

ヨーロッパ中心の呼び方ではあるけど、
北アフリカあたりがすでに「中東」だし、
エジプトやトルコでさえ、
すでに「近東」と言われてることを思えば、
もう、日本なんか、
東の果てどころか、地の果て。

地球は丸い、ってわからない頃だったら、
たぶん日本は崖っぷちで、
「そこから先は宇宙に落ちていく滝」、
みたいな印象だったんじゃないの(^^)?

でね。
アフリカで満たされてる人は、
そのままアフリカに定住したと思うのよ。
わざわざ、東の地の果てまで来たのは、
アフリカでは満たされなかったから。

ヒト族も、稲作を始める前までは、
普通にお互いの部族が狩場を争ってたと思うから、
今、アフリカから遠く離れて住む人たちの先祖は、
あんまり争い事が得意じゃなかったのかもなぁ。

昔の戦争は、殺し合うんじゃなくて、
勝った方が、いい狩場を確保したら、
負けた方は、その場を明け渡して移動する、
みたいな感じだったと思うから。

と思えば、日本人が争いごとを好まないことに
すごーく納得がいくのです。
あんまり、言い争わないことにも。
闘うより、我慢強く現状を是として、
もどかしくても相手を理解しようと努めることにも。

元来、穏やかな性質の人が、
のがれのがれて、東の果てに来たんじゃないかな。
10万年かかって、今の日本人の性質がつくられた。

体力ないんちゃう? 
戦略練るの下手なんちゃう?
とか言うと、ミもフタもないけど。
勝つことより争わないことを望んだ人たち。

争いが起こりそうな時、二つの選択肢がある。
ひとつは、
体力もつけて、戦略にも長けていく。
もうひとつは、
穏やかに、周囲と調和していく。

とは言え、調和したいと思ってる時に、
相手が自分を征服したいと思ってたら、
それは無理な話だから、戦略もいる。

だけど、バスケやサッカーみたいな、
相手と競って勝つ強さとは、
まったう質が違うけど、
日本の人の強さは、
剣道だの書道だの、茶道などに通じる
自分を高める鍛錬を基礎とした、
もっとしなやかな強さ。

いつでも理不尽に自然災害に襲われながら、
それでも、そこからまた始めてきた強さ。
炊き出しの前で並んで待てる強さ。
安否を気遣う知り合いを、
「ありがとう、大丈夫だよ」と思いやれる強さ。

誇らしい。

その強さを、
自分や家族や会社や民族のためだけではなく、
まっすぐ世のために使えたら、
日本人は、世界で一番役に立つ素質を
持っているんじゃないかな。

外の良さを、新しく学ぶだけじゃなくて、
すでに持っている、自分の中の良さに気づき、
そこをこそ、学び、深め、伝え、
人類…と言って恥ずかしければヒト族
の明日に生かせたらいいなー。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿