近所の散歩コースには、いろんな樹が生えている。
残念なことに、名前を知っている樹は少ないけれど。
ある日、花が咲いたり果実が実ったりすることで、
初めてその樹に注目するけれど、
それまでは「木陰である」という以上の意味を
それぞれの樹に見出してはいない。
で、ふと思ったんだけど、
これ、「心」や「精神」も同じかもしれない。
それらがあることは、別に意識しなくても知ってるけど、
普段は見えないし「気のせい」だと思ってる。
とんでもなく困ったり、
無視しすぎてココロが病気になりそうになって
初めて、
「苦しいよー、窮屈だよー」と心の存在に注目する。
何年か前のNHK連ドラ
「ゲゲゲの女房」のキーワードは
「見えないけれど、あるんだよ」でした。
これ、心や精神も同じかもしれないな。
何か、恵みや障りが身の周りに起こるまでは、
気配しか感じてない。
樹だと、果実が実るまでは、
心だと、病むまでは。
だけど、意識したら、
何も実ってない時も、葉っぱさえない時も、
樹はそこにあって、恵みをもたらしている。
そこから、一歩進めて、精神の世界。
これも、目を向けるとあるんだけど、
意識しない限りは、わからないんだろうな、きっと。
神様だか、ご先祖様だか、守護霊だか、天使だかが、
いつも自分たちを見守ってくれていることも。
時々、「あーもう、どーにもならない!」って時に、
なぜか、考えられないような偶然が重なって、
道が開けることって、あるけれど。
その偶然を、神と呼んでもいいかもしれない。
そんな時、たまには
「いつも、ありがとうございます」と、
意識を向けてみようか。
夏の朦朧。もうすぐ法事。
夏は、生も死も、いつもより色濃く見える季節です。
暑中お見舞い申し上げます。
残念なことに、名前を知っている樹は少ないけれど。
ある日、花が咲いたり果実が実ったりすることで、
初めてその樹に注目するけれど、
それまでは「木陰である」という以上の意味を
それぞれの樹に見出してはいない。
で、ふと思ったんだけど、
これ、「心」や「精神」も同じかもしれない。
それらがあることは、別に意識しなくても知ってるけど、
普段は見えないし「気のせい」だと思ってる。
とんでもなく困ったり、
無視しすぎてココロが病気になりそうになって
初めて、
「苦しいよー、窮屈だよー」と心の存在に注目する。
何年か前のNHK連ドラ
「ゲゲゲの女房」のキーワードは
「見えないけれど、あるんだよ」でした。
これ、心や精神も同じかもしれないな。
何か、恵みや障りが身の周りに起こるまでは、
気配しか感じてない。
樹だと、果実が実るまでは、
心だと、病むまでは。
だけど、意識したら、
何も実ってない時も、葉っぱさえない時も、
樹はそこにあって、恵みをもたらしている。
そこから、一歩進めて、精神の世界。
これも、目を向けるとあるんだけど、
意識しない限りは、わからないんだろうな、きっと。
神様だか、ご先祖様だか、守護霊だか、天使だかが、
いつも自分たちを見守ってくれていることも。
時々、「あーもう、どーにもならない!」って時に、
なぜか、考えられないような偶然が重なって、
道が開けることって、あるけれど。
その偶然を、神と呼んでもいいかもしれない。
そんな時、たまには
「いつも、ありがとうございます」と、
意識を向けてみようか。
夏の朦朧。もうすぐ法事。
夏は、生も死も、いつもより色濃く見える季節です。
暑中お見舞い申し上げます。
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