
自分の本音を認識するのが得意な人、
理想を描いている人、現実を直視できる人、
行動が得意な人、言葉にするのが得意な人、
リードするのが得意な人、寄り添うのが得意な人。
どれも均等に出来る人、一つに傑出した人。
あの人にしか出来ないこと、
この人にしか出来ないこと、
そして自分に出来ること。
が、ない。なんてありえない。
誰にも、そして私にも。
理想を話している時に
「現実はね」って話をされると、
いや~な感じがする時がある。
「言うだけ無駄だから諦めろ」「そういうルールなの」
「夢ばっかり語ってんじゃないよ、世間知らず」
とかいう文脈で言ってる時の「現実」は、
人生ゲームのステージ。変えられない枠組み。
だけど、全然イヤな感じがしない時もある。
「現実がこうだから、今の自分に出来る事は何?」
「生きてる間には無理でも、
次の人たちが受け取れるように何が出来る?」
っていう文脈で言ってる時の「現実」は、
自分で加筆修正している途中の、油絵のキャンバス。
自分より上の世代の、自分を与える生き生きした姿に、
励まされ、応援されています。
自分より若い世代の、自分を立てようとする姿に、
生命力を与えてもらっています。
その人たちの在り方が、
地上を照らしてくれる。
なんていうと、宗教チックかしら?
そもそも、宗教って悪者かしら?
お金にならない基準で動く、
NPOとかの組織に属してない人を
「何かの宗教?」って疑う人がいるのは心外。
宗教心っていうのが、
より良く生きようとした時に、
思ったり祈ったりする「アレ」のことなら、
私には、必要だけどな。
「アレ」を、どう名付けたっていいんだけど、
たとえば、神様、仏様、おてんとさま、ご先祖サマ。
今ドキの用語なら、精神、自然の調和、宇宙、
SOMETHING GREAT(←スペル合ってる?)とか?
「ナントカ教」の教義を知ってても知らなくても、
人とケンカするようなカミサマに頼っても頼らなくても、
1人ひとりが自分で思い浮かべるだけで、
自分が「アレ」のお問合せ窓口になり、アクセスできる。
そうわかってたら、
ヘンなのに巻き込まれないで済みそう。
「アレ」へのお問い合わせは、DIYがオススメ(^^)。
お金もかからないし、ね。
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