『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

素敵な宿題の恵み

2022年09月20日 | 考える日々
いろんな勉強会がある。
今でも自分が一番若輩者という、
年齢層高めの集まりがある。

で、その人たちが、
いくつになっても勉強熱心なおかげで、
いつも、いい刺激をもらっている。

勉強ったって、読書や講演だけじゃなくて、
(いや、それだって熱心だけど)、
そこから日常に降ろしてきて、
「身近な人(たとえば夫)のいい所を毎日ひとつ」とか、
「一つのものをしっかり見続けよう(5分だけ)」とか、
毎日、自分の真ん中を育てるような、
自分でやるかどうか決めるような宿題を出そうとする。

宿題には、固有の目的があるけど、
本来の目的は、自分を育てることだから、
宿題のチェックはしない。
で、人が言い出した時も、自分が言い出した時も、
毎回「意志が弱いな~」って思い知らされる。
1か月、続いた試しがない(^^;)。

宿題をしたご褒美は、
自分が育つことと、日常が整うこと。
こんな時間を持てることが、
人生のご褒美の時間。

60になって国家資格に合格したり、
70になって自社の新規事業に目配りをしていたり、
そんな人たちとご一緒できて、
気が付けば、自分の年齢が世間的にどうなのかを、
まったく意識しないようになっている。

その人たちに出来ること、私に出来ること、
形はま~~~ったく違う。いろいろ違う。

共通認識として、
「人はそれぞれ、本来の自分になっていくのがいい」
「なるべくなら、良い社会になる方がいいじゃん?」
っていうのがあるだけ。

この年で新しいこと始めるなんて、
大変だと思っていたけれど、
その人たちから見たら「若いね~」
「まだなんでもできるね」って言われる。
そうなんだ?? 

私も振り返って40を見たら、
「若いな~」って思うもの。
60や70から見たら、50は若いんだろう。
70だって、80から見たら「まだまだ若い」。

「なるべくなら、いい社会になる方がいいじゃん?」
という基本的な望みがあって、
その願いに向かって自分を使うことで、
人生がとっても豊かに生きられることも、
その方たちに教えられているのでした。

それ自体が、大きな宿題だな。
自分が育つための、いい社会になるための。

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