"Tristan Chord(トリスタン・コード=トリスタン和音)"とは、
リヒャルト・ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」(1857-59)
第1幕への前奏曲冒頭4小節において、
イ短調の単旋律「ラ<ファ>ミ」が>♯レと進むときに、
その♯レの完全4度上の♯ソから始まって
「♯ソ<ラ<♯ラ<シ」と半音階上昇して
イ短調の属7(e-gis-d-h)に移行する音型が
接点を持つ第3小節に敷かれてる
[f-h-dis-gis]=[ヘ(<)ロ(<)嬰ニ(<)嬰ト]
という和音のことである。
が、
これがまた一筋縄でいかなくて、
音楽学者のお歴々も、この和音を
しかとは特定できない、と、
そういう類のものなのである。
「減五七の和音の一種」
「イ短調のサブドミナントの変化したもの(♯ソは繋留音と解釈する)」
「イ短調のドッペルドミナントの第5音の下方変位(♯ソは倚音とする)」
「イ短調のドッペルドミナント・セヴンスの第5音および第7音の下方変位」
とかなんとか。幸せである。
それまでの和声学で特定できないからこその
「トリスタン和音」ということなのに。
この和音は、
なにもヴァーグナーが史上初めてここで使ったというわけではない。
昭和49年(1974年)にTBSで放送された
故田宮二郎主演、山本陽子女史が相手役の
「白い滑走路」において機長田宮二郎の失踪したピアニストの妻、
浅丘ルリ子女史の幻影スィーンで必ず流れてきた
ショパンの「バラド1番」(1831-35)の第16小節の
[a-es-g-c]というせつない響きになんかにも使われてる。が、
ヴァーグナーが範としたのはもちろん、
ベートーヴェン「ピアノ・ソナータ第18番」の第1楽章である。
その第36、38、40、42小節にまず現れる。この
第36、38小節の[f-ces-es-as]こそが、まさにヴァーグナーが
「トリスタンとイゾルデ」において敷いた
[f-h-dis-gis](h=ces、dis=es、gis=as)なのである。
ウィキペディアによれば、
ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第18番(変ホ長調)、op31-3」は、
"全体的に軽い曲想が支配している"のだそうである。が、
この曲が作られた1801年乃至1802年にベートーヴェンは、
聴力の不具合で相当に己の"運命"を呪ってた。そして、
何人もの医師の所見は"お手上げ"で、
ヴィーン郊外ハイリゲンシュタットに"転地療養"してた時期である。
いわゆる"遺書の家"であり、そこでベートーヴェンは、
op31の3作=ピアノ・ソナタ第16、17(テンペスト)、18を仕上げ、
いわゆる"ハイリゲンシュタットの遺書"を認めたのである。
ともあれ、この
「ピアノ・ソナタ第18番」第1楽章の「和音」の箇所は、
[タタタ・ターン]
つまり、
[運命の動機(律動)」
で示されてるのである。イタリア貴族令嬢
Giulietta Guicciardi(ジュリエッタ・グイッチァルディ、1784-1856)
との「身分違いの年の差恋愛」への苦悩と
自身の聴覚障害への不安・焦燥、
下の弟カールとの確執からの苛立ち、
などが色濃く表れてる。
じつに"軽い曲想"が支配してるものである。
さて、しかし、
ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」で打ち立てた和音は、
スイスの音楽学者Ernst Kurth(エアンスト・クアト/いわゆるエルンスト・クルト、1886-1946)が、
<<Die Romantische Harmonik und ihre Krise in Wagners "Tristan"(1920)>>
(ヴァーグナーの「トリスタン」におけるロマン派の和声とその危機)
において、いわゆる古典的な機能和声の崩壊の端緒であると著述したことで
「トリスタン和音」として広まったという。ちなみに、
tristanという名は「悲しみ」を表すtristeを意味する。
リヒャルト・ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」(1857-59)
第1幕への前奏曲冒頭4小節において、
イ短調の単旋律「ラ<ファ>ミ」が>♯レと進むときに、
その♯レの完全4度上の♯ソから始まって
「♯ソ<ラ<♯ラ<シ」と半音階上昇して
イ短調の属7(e-gis-d-h)に移行する音型が
接点を持つ第3小節に敷かれてる
[f-h-dis-gis]=[ヘ(<)ロ(<)嬰ニ(<)嬰ト]
という和音のことである。
が、
これがまた一筋縄でいかなくて、
音楽学者のお歴々も、この和音を
しかとは特定できない、と、
そういう類のものなのである。
「減五七の和音の一種」
「イ短調のサブドミナントの変化したもの(♯ソは繋留音と解釈する)」
「イ短調のドッペルドミナントの第5音の下方変位(♯ソは倚音とする)」
「イ短調のドッペルドミナント・セヴンスの第5音および第7音の下方変位」
とかなんとか。幸せである。
それまでの和声学で特定できないからこその
「トリスタン和音」ということなのに。
この和音は、
なにもヴァーグナーが史上初めてここで使ったというわけではない。
昭和49年(1974年)にTBSで放送された
故田宮二郎主演、山本陽子女史が相手役の
「白い滑走路」において機長田宮二郎の失踪したピアニストの妻、
浅丘ルリ子女史の幻影スィーンで必ず流れてきた
ショパンの「バラド1番」(1831-35)の第16小節の
[a-es-g-c]というせつない響きになんかにも使われてる。が、
ヴァーグナーが範としたのはもちろん、
ベートーヴェン「ピアノ・ソナータ第18番」の第1楽章である。
その第36、38、40、42小節にまず現れる。この
第36、38小節の[f-ces-es-as]こそが、まさにヴァーグナーが
「トリスタンとイゾルデ」において敷いた
[f-h-dis-gis](h=ces、dis=es、gis=as)なのである。
ウィキペディアによれば、
ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第18番(変ホ長調)、op31-3」は、
"全体的に軽い曲想が支配している"のだそうである。が、
この曲が作られた1801年乃至1802年にベートーヴェンは、
聴力の不具合で相当に己の"運命"を呪ってた。そして、
何人もの医師の所見は"お手上げ"で、
ヴィーン郊外ハイリゲンシュタットに"転地療養"してた時期である。
いわゆる"遺書の家"であり、そこでベートーヴェンは、
op31の3作=ピアノ・ソナタ第16、17(テンペスト)、18を仕上げ、
いわゆる"ハイリゲンシュタットの遺書"を認めたのである。
ともあれ、この
「ピアノ・ソナタ第18番」第1楽章の「和音」の箇所は、
[タタタ・ターン]
つまり、
[運命の動機(律動)」
で示されてるのである。イタリア貴族令嬢
Giulietta Guicciardi(ジュリエッタ・グイッチァルディ、1784-1856)
との「身分違いの年の差恋愛」への苦悩と
自身の聴覚障害への不安・焦燥、
下の弟カールとの確執からの苛立ち、
などが色濃く表れてる。
じつに"軽い曲想"が支配してるものである。
さて、しかし、
ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」で打ち立てた和音は、
スイスの音楽学者Ernst Kurth(エアンスト・クアト/いわゆるエルンスト・クルト、1886-1946)が、
<<Die Romantische Harmonik und ihre Krise in Wagners "Tristan"(1920)>>
(ヴァーグナーの「トリスタン」におけるロマン派の和声とその危機)
において、いわゆる古典的な機能和声の崩壊の端緒であると著述したことで
「トリスタン和音」として広まったという。ちなみに、
tristanという名は「悲しみ」を表すtristeを意味する。
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