ぺるちえ覚書

兎追いしかの山… 懐かしい古里の思い出や家族のこと、日々の感想を、和文と仏文で綴ります。

"Il faut que j'existe !" 夫婦喧嘩とカルチャー・ギャップ

2020-05-13 11:52:13 | 日記/覚え書き
ブログの書き方がよく分からず何だかあわててアップしてしまい、「あ''〜 やっぱり違った!」というダメ出しが続出、一度つけたタイトルさえ二転三転。 そんな中途半端なアップを読んでしまわれた方、本当に申し訳ございません。 どうか平にご容赦を。

実は先日もこの前の投稿を「あ''〜」と頭を抱えて、ひとり居間のソファーで見なおしておりました。 その日は日曜日で(外出制限になってから曜日の感覚はゼロなのですが)、お昼ゴハンはそれぞれで適当にサンドイッチでもつまんで済まそうね、と夫と言っていたのですが、しばらくするとお腹を空かせた外出自粛中7/7、24/24在宅の家族が居間に現れ、何となくまとわり付き始め… 私の近距離でブイーンブイーンと旋回運動を始めるではないですか! それも息子ではなく、夫が!です。 

始めのうちはできる限り優しくやわらか〜く受け応えしていた私も、編集画面とにらめっこしている頭の真上でブイーブイーブイーと小回りが始まるに至って… あーまたか、またですか、またこれですかっ!!と、胃のあたりに怒りのボルテージがフツフツと湧き上がり… 「あのね、 ちょっと悪いけど、いま取り込み中だから少しほっといてもらえない?」と冷たく言い放ってその場を退場。 心の隅にうっすらと罪悪感を感じながらも、なぜこんなにフツフツっと感情が沸き起こってしまうのか、と。。。 

"Il faut que j'existe !"

根は私の一千万倍も優しい夫なのですが、悪いところを、あ・え・て・ひとつ取り上げて言うと、個人主義のフランス人にしても人並み外れた自己中のうえ超ニーディーな性格。 基本が甘えん坊の末っ子で己の「気持イイ〜、気分エエ〜」がすべての基準になっているのです(気持ちはわかるけどね)。 最大の問題点は「でもそれは周りの人たちも本当は同じなのだよ」ということがほぼ全く分からないこと。 そういう他に対する感性がもうスッポリと欠落しているとしか言いようのないレベルなのです!(義理母も同じような所があり遺伝説も…汗)。 どうも、相手の身になって物事を考えてみる、ということが分からないようなのです。 想像力の欠如です。 

一方、私は生まれながらの冷め型自己中ひとりが好き派で戦歴も長い(笑)。 フランスに来てから結婚するまでずっと自分ひとりの時間と空間をキープして作品を作って暮らしていたのです。 実は家庭を持ってから仕事を続けられなかった理由のひとつは(もちろん自分の不器用さが主な原因ですが)、この制作に必要な空間と時間の自由(物理的だけではない)を、夫にまったく理解してもらえなかったことだと言えます。 バツイチの彼は私と付き合い始めてしばらくして、長男(当時12歳、週1+隔週末はパパと一緒)と共に私の生活空間兼仕事場だった1,5LDKのアパートに転がり込んで来たのですが…、 その頃からそういう気遣いは一切なかった(涙)。 でも今それを言うと、「じゃあなんでその時にそう言わなかったのよ?」で、えっ?悪いのは私?ということに(涙)。 だからそれもご縁、私自身の選択。 あの時の私は(そして今も)何よりも自分の家族が欲しかったのだから。

兎も角、夫婦としてはもともと「水と油」で難のある組み合わせ(どうして一緒になれたのか、謎。 これぞタイミングの妙! 笑)。 今までにいったい何度こうして暴風雨が、嵐が、炸裂したことか! それでもかれこれ15年も保っているのは、二人ともアクの強さでは力のバランスが取れているからでしょう。 なにせフランスでは何でも自己申告制、請求制。 あなたの事はあなたが自分ではっきり相手に言わなければ、だれも察したりはしてくれません(強くなる〜)。 遠慮なく、嫌ならイヤ、必要なものがあればそれが必要と、言ってしまって良いのです。 逆にそれを言わない方がおかしいと思われるくらい。 それで、根に優しさと思い遣りがあればOKなのです。 

最近は私も多少の年の功で、グッと怒りを鎮めて(でも声に軽くドスを効かせて)「お互いにイロイロ文句はあるけど家族でしょ?」という、自分の中に作ったブレない落とし所に持っていけるように少しは成ってきました。 (日々是修行、続行中)

ところで、歴史を振り返れば1968年5月(Mai 68)でそれまでの保守的な社会的価値観をラジカルに否定した当時のフランスの若者たち(特にパリ市民)。 その余波で今では「家族」という概念自体がフランスでは過去のもになり崩壊しつつあるのではないか?と思うこともあります。 結婚も家庭も、私/俺がイヤならスグやめればいい的な感がなきにしも非ずで(これは夫の言動からも伺える)、息子が通っていたパリ市内の小学校などもクラスの半分以上の子供達が離婚家庭で育っていました。 だから子供達にとっても親の離婚なんぞ珍しくもない普通のことで、離婚した元夫婦も多くは近くに住み、よい関係を保って、子供は父親の家と母親の家を週の半々で往き来して暮らしたりしています。 最初から面倒くさいだけ?の結婚なんてしないで子供を作り家庭を持つカップルや、片方が離婚経験者もしくは離婚経験者同士で連れ子と一緒に新たに家族を再構成する「famille recomposée」も多く、かく言う私の夫も前述の通りバツイチ子持ちでした。 最近では日本もずいぶん変わったと思いますが、こちらの「家族」のあり方・考え方はずいぶん自由で多様です。

もちろん中には今でも伝統的な価値観を大切にしている家族もあります。 多くは敬虔なカトリック信者で教会の活動に熱心な大家族。 子沢山が多いです。 親戚や友人が一同に集い、神さまの祝福を受ける教会での結婚式にはヨーロッパ本来の風情があってやっぱり素敵です。 夫の長兄一家がそうで、7人の子供を持つ大家族。 その7人の子供達も皆かなり早くに結婚して家庭を持ち、義兄夫婦にはすでに1ダース以上の孫達がいます(名前を全部覚えきれない… 涙)。 同じ家の兄弟姉妹でも、考え方も生き方もそれぞれ違い自由です。 

どんな形であれ家族って大切だなあと思います。 
だから、毎日いろいろ大変だけど、ありがとう私の家族。

皆さま、今日もご自愛下さい。

*タイトルの写真は1957年夫の叔父の結婚式。 叔父夫婦のダイヤモンド婚のお祝いのカードから。