一昨日の訃報から一日経って、じわじわと悲しみがこみあげているわたし。
昨日は、涙が止まらなくなる時間もありました。
遠く離れ、そうはいっても、そこまでのつながりも経たれていた私が、駆け付けるほどのことでもない。
ただ、たくさん思い出して、一人で追悼しています。
昨日たまたま、「友情」というものについて研究した番組をみました。
タイミングが良すぎて、またも涙だったのですが、友情が芽生える背景や原因、また孤独がいかに体に影響するかなど、興味深い話をたくさん聞くことができました。
同じことを共有することが友情をはぐくむ一つの要素でもあるそうです。
それは納得いく話ですよね。
それで思い出したのですが、高校二年の時のクラスが、どうして記憶に残るほど楽しかったかってこと。
実は二年の時の担任が、最悪だったんです。
詳細はともかく、クラスの全員が嫌っていたと思う。
で、ある時に、先生に意見する会?みたいのを企画したことがあったんです。
先生の何がいけない、ここがおかしい、こうしてほしいというようなことを、発言する場を設けたのです。
詳細は記憶の果てですが、その時の担任の先生の顔だけはいまでも覚えています。
のらりくらり、で、自分に非があるとは決して認めませんでしたし、態度を変える気もなさそうでした。
その対決の場があって、クラスのみんなが団結したように思います。
先生が嫌い!!同じ気持ちを持ったクラスのみんなは、同士となったって感じでしょうか。
みんなをまとめる良い先生もいるけど、みんながまとまる悪い先生ってのもいるのでしょう。
ちょっとうまく書けませんでしたが、そんなようなクラスでできた友達でした。
三年になってからも、休み時間にその子のいるクラスに遊びに行ったりしてました。
でも、おかしいものですね。
友達がいても他のクラスに入るのは、気が引けるというか入りにくいもので、教室の外で話をしたりしてました。
ちなみに、三年の担任はとっても良い先生でした。
私が進路に迷った挙句、短大が決まった時に、心から喜んでくださった顔を今でも思い出します。
善き人は逝く、、早くに亡くなりました。
思い出したくないことも思い出したいこともありますが、青春も遠くになりにけり。
過去を振り返ることを悪のように言う人もいますが、過去は大切な教師です。
過去があって今の自分がいる。忘れたくても忘れてはいけないこともあると。
されたことはしないで、してもらったことをつないでいく。
仲間の死に、また気づきをもらった気がします。
私が死んだとき、思い出してくれる人はどのくらいいるのだろう。
先ほど書いた番組で、孤独は痛みと同じものだというようなことを言っていました。
でも、私は孤独には強いと感じていました。
ただ、人間の身体、脳のホルモンなどは、無意識のもの。
実際には、孤独というものが身体に害を及ぼしているのかもしれません。
仲間や友達がそばにいてくれた頃、面倒なこともあったけど、良いことの方が多かったんだなあって、いまさら。
話が逸れてしまいましたが、私はこれからも生きていかなきゃいけない。
今私が感じたり気づいたりしていることを、彼の最後の説教と受け止めて、前に進みます。
ありがとうS君。
あの頃は、バレーボールは白かった。
ですよね。
ご訪問頂きありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫