私の実家は写真館でしたので、お正月も晴れ着を着たお客さんが撮影してもらいに来たりして、年中無休というような感じでした。
昭和30~40年代、カメラも徐々に一般的になり、写真屋さんは大盛況でした。
白黒写真の頃は、毎日何百枚も現像して乾燥させ、お客様ごとに袋に入れたものが、箱いっぱいになっていました。
スタジオ写真とか婚礼写真のようなものは、父が大きなネガを修正してから現像していました。
話が飛びましたが、そう、そんなわけでお正月に家族そろっておせち料理を食べていても、お店にお客様が来るたび母が対応に出るし、
予約などなしでお客様が撮影に来られていたので、父が時間をかけてスタジオで撮影して、両親がゴロゴロゆっくりしていた記憶はあまりありません。
幼い私は、次々来るお客様を恨めしく思ったりもしました。
お店が閉められないので、家族で初もうでなるものをしたことはありませんでした。
田舎にいた頃のお正月の三が日は、父も母も元気で忙しくしておりました。
母が、「商売人のところに嫁に行くもんじゃない」とこぼしていました。
真面目な私は言いつけを守り、普通の会社員のところに嫁に来たわけです。
はい。
今朝のNHKの番組で、雪深い山奥に暮らす老夫婦の話を観ました。
その中で、思い出した言葉があります。
「貧しいけれど豊か」
ただこの言葉とは違い、お二人は決して貧しい、というわけではありません。
二世帯三人しか暮らしていない集落に残ることを選び、ほぼ自給自足で暮らしておられました。
お子さんが都会に出て行かれた後、何十年経っても、節分にはお父さんが大きな声で豆をまき、ひな祭りにはお母さんが家じゅうにある人形を出して飾り付けて楽しんでおられる様子に、涙腺が緩んでしまいました。
年です、最近すぐに涙が出ちゃう。
豊かな暮らしという事を、多くの人たちは違う風に捉えて暮らしているんだろうな。
私も含めて。
年齢によって求めるものや考え方、暮らし方も違うのは当たり前ですが、贅沢と豊というのは別物なのです。
こころ豊かに暮らしたい、そう思った正月3日の朝でした。
そうそう、初夢は大みそかから元旦にかけてか、年の最初元日の夜にみる夢か、定かではありませんが、
昨日も今日も、昔の友達や仲間が出てきたので、同じようなものでした。
まあ、あんまりいい夢ではなかったのですが、思い当たる節があったので教訓になりました。
こたろうが湯たんぽのように温かい今日この頃、朝元気に目覚められることが幸せのひとつ。
虎の被り物をしたロッキーの写真があったので、のせますね。
ロッキーが天国に行っちゃって全部捨ててしまったのよね。
奇跡的にハロウィンのかぼちゃの洋服だけ残ってましたけど。
今日もご訪問頂きありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫