10月9日(月)世紀末ウィーンの光と陰
やなか音楽ホール
【曲目】
♪ レーガー/3つのデュエット~森の静けさ
♪ R.シュトラウス/明日
♪ R.シュトラウス/何もない!
♪ メンデルスゾーン/冬の歌
♪ シューベルト/3つのピアノ曲集D.946~第1番
♪ シューベルト/夜と夢
♪ シューベルト/ガニュメート
♪ シューベルト/小人
♪ ♪ ♪ ♪ モーツァルト/すみれ
♪ マーラー/思い出
♪ マーラー/リュッケルトの詩による5つの歌
♪ シェーンベルク/期待
♪ シェーンベルク/捨てられた
♪ ウェーベルン/神秘の笛
♪ コルンゴルト/ウィーンのためのソネット
♪ レーガー/5つのデュエット
【演奏】
S:金成佳枝/MS:吉成文乃/Pf:正住真智子
「世紀末ウィーンの光と陰」と題された若い演奏家による歌曲を中心としたコンサート。「世紀末」と言えば19世紀末に花開いた象徴主義・表現主義芸術を思い起こすが、ここではメンデルスゾーンやシューベルトにまで遡って世紀末的臭いの漂う作品を選び、テーマに多角的な光を当て、クオリティーの高い演奏でコンサート全体から妖しい情熱や、ドロドロとした感情を浮かび上がらせた。
歌詞が重要な役割を果たすこの演奏会で、演奏者は歌詞対訳を用意するだけでなく、日本語訳を字幕投影するなど、聴衆に詩の内容を正しく伝えることに砕身した。演奏でも、詩を深く読み込み、内容に共感して言葉を届けていることが、歌っている表情からも、演奏からも伝わってきた。
一例を上げれば、吉成さんが歌ったシューベルトの「小人」で、穏やかな情景描写の中で登場する「小人(Zwerge)」という言葉が初めて意味深長に歌われるのを聴くや、歌を知らなくても、ここでの小人はディズニーに出てくるようなメルヘンチックな存在ではなく、魔性を象徴する存在であることを瞬時に感じ取ることができ、その後の展開では物語の悲劇性と、「小人」の苦しみの感情がひしひしと伝わってきた。シューベルトの持つデモーニッシュな一面を覗き見た気分で、演奏会のコンセプトに相応しいと感じた。
また、金成さんが歌ったマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌」の「真夜中に」では、各節に繰返し登場する「真夜中に(um Mitternacht)」という言葉に、場面によって異なる色合いやテンションが与えられ、繰り返されるごとに高揚感を増し、最終節で神の恩寵を歌い上げるときは、闇夜を払いのけて光で満たすほどの神々しさを纏っていた。深い説得力に支えられた圧倒的な歌唱に、歌曲集の途中でありながら拍手が沸き起こり、僕もそれに加わってしまった。金成さんはこの曲に限らず、歌曲集の5つの歌それぞれに深い感情を込めて豊饒な世界を熱く濃密に描き出した。これまでバッハカンタータクラブで度々名唱を聴かせてくれた金成さんの新たな魅力を味わった。
ソロの歌曲は2人の歌手が分担して受け持った。鋭く的確な視線で詩の内容を深く掘り下げ、語り手として歌い聴かせる吉成さん、詩人そのもの、或いは詩に登場する人物になりきり、豊かで深い感情表現を聴かせながらも、知的な気品も失わない金成さん、受け持った曲の性格もあろうが、それぞれが持ち味を発揮しながら、どちらも詩と音楽に真摯に向き合い、虚飾や迷いのない雄弁な演奏を届けてくれたことが、この演奏会を高い次元へ持ち上げた。
正住さんのピアノは、こうした歌唱のアプローチに沿った、深く内面へ入り込んだ演奏で、温かな詩情にも溢れていた。唯一ピアノソロで演奏したシューベルトでも、シューベルトの切なさが伝わってきたし、吉成さんが歌った無調のウェーベルンからも人肌の温もりが伝わり、もう1曲この辺りのソロも聴かせてもらいたかった。
興味深いテーマを掲げ、それにふさわしいプログラムでハイレベルの演奏を聴かせるこれほどのコンサートが、こうした小さなホールで行われていることは素晴らしい。是非コンサートシリーズとして活動を続けてもらいたい。
CDリリースのお知らせ
さびしいみすゞ、かなしいみすゞ ~金子みすゞの詩による歌曲集~
拡散希望記事!やめよう!エスカレーターの片側空け
やなか音楽ホール
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♪ マーラー/リュッケルトの詩による5つの歌
♪ シェーンベルク/期待
♪ シェーンベルク/捨てられた
♪ ウェーベルン/神秘の笛
♪ コルンゴルト/ウィーンのためのソネット
♪ レーガー/5つのデュエット
【演奏】
S:金成佳枝/MS:吉成文乃/Pf:正住真智子
「世紀末ウィーンの光と陰」と題された若い演奏家による歌曲を中心としたコンサート。「世紀末」と言えば19世紀末に花開いた象徴主義・表現主義芸術を思い起こすが、ここではメンデルスゾーンやシューベルトにまで遡って世紀末的臭いの漂う作品を選び、テーマに多角的な光を当て、クオリティーの高い演奏でコンサート全体から妖しい情熱や、ドロドロとした感情を浮かび上がらせた。
歌詞が重要な役割を果たすこの演奏会で、演奏者は歌詞対訳を用意するだけでなく、日本語訳を字幕投影するなど、聴衆に詩の内容を正しく伝えることに砕身した。演奏でも、詩を深く読み込み、内容に共感して言葉を届けていることが、歌っている表情からも、演奏からも伝わってきた。
一例を上げれば、吉成さんが歌ったシューベルトの「小人」で、穏やかな情景描写の中で登場する「小人(Zwerge)」という言葉が初めて意味深長に歌われるのを聴くや、歌を知らなくても、ここでの小人はディズニーに出てくるようなメルヘンチックな存在ではなく、魔性を象徴する存在であることを瞬時に感じ取ることができ、その後の展開では物語の悲劇性と、「小人」の苦しみの感情がひしひしと伝わってきた。シューベルトの持つデモーニッシュな一面を覗き見た気分で、演奏会のコンセプトに相応しいと感じた。
また、金成さんが歌ったマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌」の「真夜中に」では、各節に繰返し登場する「真夜中に(um Mitternacht)」という言葉に、場面によって異なる色合いやテンションが与えられ、繰り返されるごとに高揚感を増し、最終節で神の恩寵を歌い上げるときは、闇夜を払いのけて光で満たすほどの神々しさを纏っていた。深い説得力に支えられた圧倒的な歌唱に、歌曲集の途中でありながら拍手が沸き起こり、僕もそれに加わってしまった。金成さんはこの曲に限らず、歌曲集の5つの歌それぞれに深い感情を込めて豊饒な世界を熱く濃密に描き出した。これまでバッハカンタータクラブで度々名唱を聴かせてくれた金成さんの新たな魅力を味わった。
ソロの歌曲は2人の歌手が分担して受け持った。鋭く的確な視線で詩の内容を深く掘り下げ、語り手として歌い聴かせる吉成さん、詩人そのもの、或いは詩に登場する人物になりきり、豊かで深い感情表現を聴かせながらも、知的な気品も失わない金成さん、受け持った曲の性格もあろうが、それぞれが持ち味を発揮しながら、どちらも詩と音楽に真摯に向き合い、虚飾や迷いのない雄弁な演奏を届けてくれたことが、この演奏会を高い次元へ持ち上げた。
正住さんのピアノは、こうした歌唱のアプローチに沿った、深く内面へ入り込んだ演奏で、温かな詩情にも溢れていた。唯一ピアノソロで演奏したシューベルトでも、シューベルトの切なさが伝わってきたし、吉成さんが歌った無調のウェーベルンからも人肌の温もりが伝わり、もう1曲この辺りのソロも聴かせてもらいたかった。
興味深いテーマを掲げ、それにふさわしいプログラムでハイレベルの演奏を聴かせるこれほどのコンサートが、こうした小さなホールで行われていることは素晴らしい。是非コンサートシリーズとして活動を続けてもらいたい。
CDリリースのお知らせ
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