台湾の続き。
異国で出会った古い本業敷瓦に興奮しすぎてしまったが・・・
ほど近いところにある三峡歴史文物館へ。ここは前にも来たことがある。抜けるような青空を背景にして美しさが際立つ!
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これは日本統治時代の1929年に稱庄役場として建てられた建物で、1986年までは役場として使われていたそうだ。
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三峡は淡水川の水運を利用し木材や茶や樟脳などの集散地として日本統治時代に大いに栄えたまちであり、
華やかな役場の建物を見るとその頃の三峡がいかに重要な場所だったかが窺い知れる。
歴史文物館の入場は無料で、1階では藍染作品の展示などが行われていた。
三峡は古くは三角湧と呼ばれ藍染の盛んなところでもあった。藍の原料となる大青が栽培され、淡水川の水を
利用してさかんに行われた藍染は清代が最盛期だったが、近代化と共に廃れていったようだ。
伝統的な藍染文化をよみがえらせようと活動している人々がいるのは素晴らしいことだな。
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さて、次に老街を見に行こう。
以前来た時はちょうど修復工事の真っ最中だった。今見てみると2006年、2回目の時だったようだ。
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がらんどうだった老街はレトロな雰囲気を残したままきれいに修復され、お店がぎっしり入りすっかり人気の観光地として
定着している。
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バロック風の装飾壁も健在。
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油屋さんだった建物は老街のシンボル的存在。
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建物は作られた当時と同じようにレンガやモルタルを使って最小限の修復に留められているのが素晴らしいな。
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わざとらしい古びの細工をしなくても、すでに10年の年月を経てすっかりなじんだまちなみ。
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亭仔脚の天井は、古いまま残っているところはほとんどは丸太の梁に板を渡したシンプルなものだが、
まるで洋館の天井のようにこんな凝ったデザインも1ヶ所あった。
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お店の目の前に古い井戸がど~んと(笑)。これもあえて残すとは面白いなぁ!
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老街の裏手に藍染公園というのがあった。古いトロッコなどが展示してあり、藍染の作業場があった場所なのだろうか。
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隣接して金興居という建物があるようなので見に行く。レンガ造りの伝統的な閩南式合院建築で、修復されたものらしい。
公開しているのかと思って近くへ行ってみたが生活のにおいが。どうも普通に人が住んでおられるようだな。。。
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金興居の石垣はこんな赤みを帯びた石が積まれていた。目地は埋められておらず古いままのように見える。
何石というのだろうか。
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赤瓦を貼った民居の壁。美しいなぁ!
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老街に戻り、ちょっと休憩しよう。。。爽やかな空だが実は暑くてたまらない(汗)。氷を食べてほっとひと息。。。
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その店も古い建物で、雰囲気に合わせてレトロなポスターなどが飾ってあったが、私が座ったカウンター席の前の壁に
昔のマッチコレクションが展示してあった。
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氷を食べながらそれを眺めていると、すべて中国語なのだが、果物の絵の入った「千疋屋」という店や、
見覚えのある鶴丸印のレストランのマッチが目に入る。
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「日本料理銀座」「純日本料理浅草(あさくさ)」、「莎慕莉(サボリ)」「阿波踊」という飲み屋や、「富士食堂」
なんかもある。
「アリナミンF」や「雪印ネオミルク」はさすがに店の名ではなく、マッチは商品につけられたオマケだったのだろう(笑)
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これらのマッチコレクションはどんな人が集めていたのだろうか。夜な夜な飲み歩いていたサラリーマンか、
接待に余念のない個人商店主か、接待を受けていた役人か、、、(笑)
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敗戦後日本は、家や店を台湾人に譲り渡して引き上げたと聞くが、台湾人は店の名もそのままに営業を続けたりも
したのだろうか。これらのマッチを見ていたら、日本と同じような台湾の高度成長期の熱気溢れる空気が
伝わってくるようで、自然と頬が緩んでくるのだった。
続く。
異国で出会った古い本業敷瓦に興奮しすぎてしまったが・・・
ほど近いところにある三峡歴史文物館へ。ここは前にも来たことがある。抜けるような青空を背景にして美しさが際立つ!
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これは日本統治時代の1929年に稱庄役場として建てられた建物で、1986年までは役場として使われていたそうだ。
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三峡は淡水川の水運を利用し木材や茶や樟脳などの集散地として日本統治時代に大いに栄えたまちであり、
華やかな役場の建物を見るとその頃の三峡がいかに重要な場所だったかが窺い知れる。
歴史文物館の入場は無料で、1階では藍染作品の展示などが行われていた。
三峡は古くは三角湧と呼ばれ藍染の盛んなところでもあった。藍の原料となる大青が栽培され、淡水川の水を
利用してさかんに行われた藍染は清代が最盛期だったが、近代化と共に廃れていったようだ。
伝統的な藍染文化をよみがえらせようと活動している人々がいるのは素晴らしいことだな。
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さて、次に老街を見に行こう。
以前来た時はちょうど修復工事の真っ最中だった。今見てみると2006年、2回目の時だったようだ。
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がらんどうだった老街はレトロな雰囲気を残したままきれいに修復され、お店がぎっしり入りすっかり人気の観光地として
定着している。
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バロック風の装飾壁も健在。
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油屋さんだった建物は老街のシンボル的存在。
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建物は作られた当時と同じようにレンガやモルタルを使って最小限の修復に留められているのが素晴らしいな。
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わざとらしい古びの細工をしなくても、すでに10年の年月を経てすっかりなじんだまちなみ。
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亭仔脚の天井は、古いまま残っているところはほとんどは丸太の梁に板を渡したシンプルなものだが、
まるで洋館の天井のようにこんな凝ったデザインも1ヶ所あった。
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お店の目の前に古い井戸がど~んと(笑)。これもあえて残すとは面白いなぁ!
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老街の裏手に藍染公園というのがあった。古いトロッコなどが展示してあり、藍染の作業場があった場所なのだろうか。
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隣接して金興居という建物があるようなので見に行く。レンガ造りの伝統的な閩南式合院建築で、修復されたものらしい。
公開しているのかと思って近くへ行ってみたが生活のにおいが。どうも普通に人が住んでおられるようだな。。。
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金興居の石垣はこんな赤みを帯びた石が積まれていた。目地は埋められておらず古いままのように見える。
何石というのだろうか。
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赤瓦を貼った民居の壁。美しいなぁ!
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老街に戻り、ちょっと休憩しよう。。。爽やかな空だが実は暑くてたまらない(汗)。氷を食べてほっとひと息。。。
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その店も古い建物で、雰囲気に合わせてレトロなポスターなどが飾ってあったが、私が座ったカウンター席の前の壁に
昔のマッチコレクションが展示してあった。
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氷を食べながらそれを眺めていると、すべて中国語なのだが、果物の絵の入った「千疋屋」という店や、
見覚えのある鶴丸印のレストランのマッチが目に入る。
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「日本料理銀座」「純日本料理浅草(あさくさ)」、「莎慕莉(サボリ)」「阿波踊」という飲み屋や、「富士食堂」
なんかもある。
「アリナミンF」や「雪印ネオミルク」はさすがに店の名ではなく、マッチは商品につけられたオマケだったのだろう(笑)
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これらのマッチコレクションはどんな人が集めていたのだろうか。夜な夜な飲み歩いていたサラリーマンか、
接待に余念のない個人商店主か、接待を受けていた役人か、、、(笑)
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敗戦後日本は、家や店を台湾人に譲り渡して引き上げたと聞くが、台湾人は店の名もそのままに営業を続けたりも
したのだろうか。これらのマッチを見ていたら、日本と同じような台湾の高度成長期の熱気溢れる空気が
伝わってくるようで、自然と頬が緩んでくるのだった。
続く。
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