朝食をとろうと部屋を出たら掃除のおばちゃんに捕まる(笑)。話好きのおばちゃんでとてもいい方。だけど、こっちはまだ声が10%ほどしか戻っておらず、無理をしていかりや長介みたいな声にならないように声を出さないことにしているので、笑顔とジェスチャーだけで切り抜けたいが、話好きのおばちゃんだけにそれだけでは切り抜けられないような深みに。
たまらず、声帯をなるべく震わせないようにささやくように「すみません、今声が出ないんです」と。するとようやくわかってくださったようで、頑張ってと言われた。頑張るも何も時間だけが薬なんだけど、でも頑張るわ、おばちゃん。
声だけのつもりなんだが、昨日あたりからは戦い終えた僕の白血球の死骸たちが次々と排出されているので、やはり風邪とかインフルエンザとかだったのかも。ま、日に日に改善してきているので、病院に行くまでもないけど。
看護師だった亡き母は僕が子供の頃から「風邪くらいで病院に来ないで。来てもどうせ薬出すくらいしかできないんだから。私もお医者さんももっと大変な患者さんお世話で忙しいの。迷惑です。家にある風邪薬飲んで寝ておきなさい。」と言ってさっさと仕事に行って、風邪くらいでは病院で診察を受けさせてくれなかった。ので、今でも風邪くらいでは病院には行かない。
確かに彼女の言う通りだと僕は思っている。
そんな感じで、たまにはと思ってここで朝食。ネットオーダーで喋る必要が全くないのもちょうどいい。
自宅にいるときはわざわざ外に出てまで来る気にはなれないので、旅先の楽しみの一つ。
また食べる方が忙しくて写真を忘れたが、ソーセージエッグマフィンをいただきました。
せっかく朝外に出たので、港の方まで散歩。
逆光でうまく撮れなかったけど桜島は本日もきれいでした。鹿児島の港からは、近隣の島々に行くものから、沖縄本島に行くものまでいろんな航路があるのだが、行先によってそれぞれターミナルビルがある。
写真右の方は、三島(薩摩硫黄島が有名)行きと、十島(悪石島が有名)に行くフェリーが発着する。今日は三島行きフェリーが止まっていたので、午前中に出航するんだろうと思う。
十島の方は行ったことはないが、三島の薩摩硫黄島には二度行ったことがある。以前の日記に書いた苗場のリゾートマンションを自由に使わせてくれたオジサンにはその船上で会って、鹿児島に戻ってからも一緒に夕飯を食った。
二度目に行った時は一泊したのだが民宿には僕と同年代の男と僕だけだったので自然と雑談をするようになり、帰りの船も一緒だったので、船を降りてから「うちのおふくろが今日はカレー作って待ってるから食べに来ない?」と誘われてお宅にお邪魔したことがある。皆さん初対面の僕のような人間をそんなにすぐに信用して大丈夫なのだろうか?と少し思う。
おうちは大島紬の卸をしているようで、隣の部屋には反物が積んであった。初対面なのに歓待してくださって、お母さんは「これも食べなさい、あれも食べなさい」とカレーだけではなく食い物を次から次へと出してくれた。
どうも僕は食い物を与えたくなる顔をしているらしい。初対面の人が食い物をくれることは結構多い(笑)。昔タイの田舎で冷房の入っていない路線バスに乗って昼寝していたら、前の方に座っていたおばちゃんがわざわざミカンを持ってきてくれたこともあった。そういった僕の顔のアピールはグローバルに通用するらしい(笑)。お得な仕様に産んでもらった。
体調がまだ本調子ではなさそうなのでホテルで薬飲んでもうひと眠りしようと戻る途中、懐かしいサーカステントが。(キノシタかキグレか?)と思ったらキノシタ大サーカスだった。これまた懐かしい。保育園では毎年キノシタ大サーカスを観に行くという行事があったのだ。
因みに、名古屋場所の真夏には高見山が保育園に子供相撲取りに来てくださっていた。
帰り道にあった鹿児島観光情報を二つほど。
ここは昔は通りの向かい側にあって、ほんとにただの氷屋さんで隅の方でひそかにかき氷を出していた。おそらくそのあと「見つかった」のだと思うけど、かき氷の方に行列ができるようになり、今の場所に移転して業務用の氷屋とかき氷同じ比重の営業になった。
僕は以前の隠れ家ぽい感じが好きだったので今は行っていないが、美味しいですよ。しかも映えます(笑)。
さらにホテルの方に歩を進めるとこの風景が。
僕が行ったことある町で言うとロンドンのハロッズあたりとかマドリッドのGran Viaのような一角が突如出現する。これは鹿児島の百貨店、山形屋(やまかたや)。全国の百貨店各店と同じく経営は大変のようで、現在営業を続けながら経営再建中。ここの最上階レストランのかた焼きそばは鹿児島名物で、空港でも食べられます。美味しいですよ。
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