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ようこそお化け屋敷へ。ようこそ見世物小屋へ。この地獄絵図をご覧あれ。
この世への呪詛と屈折した愛を塗り込めた、ティム・バートンのティム・バートンによるティム・バートンのための傑作。
この映画について説明するなら、上の言葉で事足りる。
いや寧ろ、テーマパークに遊びに来てみたら、そこにはお化け屋敷しかなかった、または祭に行ってみたら、そこにあるのは(あえてこの言葉を使うが)フリークスだらけの見世物小屋だけだった、とでも言う方が適切かも知れない。
さて、その見世物小屋の住人は──
オズワルド・チェスターフィールド・コブルポット。名家に生まれながら、奇怪な外見と残忍さを両親に疎まれ、乳母車ごと川に捨てられる。廃園となった動物園でペンギンたちに育てられ、後にフリークス一座にも入団。
両親にとって「呪い」であった彼は、自らを見捨てた世界を呪詛しつつ、犯罪を繰り返しながらも、狂おしいほど愛を求め、それに失敗しては復讐に燃え──そして彼は「ペンギン」(ダニー・デヴィート)となった。
セリーナ・カイル。ブルース・ウェインと並ぶゴッサムの名士マックス・シュレックの秘書。内気でいつもおどおどしている冴えない女性。ひょんなことでシュレックの悪行と野望を知ったがために、ビルから突き落とされる。が、猫たちの力によって一命を取りとめ、もしくは一度死んで甦ったのち、それまでの人生と訣別。自ら作ったツギハギの黒革コスチュームを身にまとい、キャットウーマン(ミシェル・ファイファー)となる。
ヴィラン二人の人生に深く関わり、また操ろうとするのが、上述の実業家マックス・シュレックである。コミックスには出て来ないこの第三の悪役を演じるのはクリストファー・ウォーケン。その役名は、元祖ドラキュラ映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)の主演俳優に由来する。
という訳で、とにかく徹頭徹尾ティム・バートン・ワールド全開映画。無印『バットマン』の後、『シザーハンズ』(1990)を経た彼は、もはや自らの趣味と美意識を押し通すことを躊躇わない。巻頭のペンギンの出生にまつわるエピソードからして、セット、画面の色調、キャラクター描写、音楽、どこをどう取っても「ティム・バートン」作品でしかあり得ないと感じさせる。
ブルース・ウェイン(マイケル・キートン)は、エドワード・シザーハンズやウィリー・ウォンカ同様、街はずれの「お城」の孤独な城主として登場する。
この作品が実はクリスマス・ストーリーでもあるという仕掛けに到っては、もはや何をかいわんや、である。
ペンギンから毒気と呪詛を抜いて、「愛」を与えられた存在が『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のジャック・スケリントンであることも、また指摘するまでもない。
公開中の映画『ダークナイト』について、「これが『バットマン』である必要はあるのか?」という評を目にすることがあるが、それはこの『リターンズ』にこそ相応しい言葉であろう。
バートンの愛と思い入れは明らかに「異形」の者たちの側にあって、「健全」なる世界と、そこに住む人間どもへのルサンチマンを炸裂させる。
それでも、この作品の悲痛さと映像美は観客の胸を締め付け、今なおこれこそシリーズ最高作との声も高い。
ビルから突き落とされる前のセリーナは、パステルカラーの夢々しい部屋で、ぬいぐるみに囲まれて暮らす「乙女」であった。
が、とことん絶望のどん底に(文字通り)落とされた彼女は、それらのぬいぐるみをナイフで「虐殺」してキッチンのディスポーザーにかけ、ドールハウスを破壊し、壁は黒いスプレーで塗り込めてしまう。壁にかけられた「HELLO THERE」の文字は、一部を壊して「HELL HERE」へと変えられる。
黒く塗れ。地獄はここにある。
悲痛でありながらどこか爽快、しかし涙なくしては見られないシーンである。
バットマンとキャットウーマンが敵対者として顔を合わせる一方、素顔のブルースとセリーナは互いの正体を知らぬまま惹かれ合う。
しかし、どちらが「正体」であり「素顔」なのだろう?シュレック主催の仮面舞踏会で、セリーナとブルースだけが仮面を着けずに出席し、しかもその席上で互いが何者であるかを知ってしまうシーンは秀逸である。
「あなたのお城で暮らしたかった」と、彼女は言い、ブルースもそれを望んでいた。「そうできないこと」の理由は何なのか?
この作品が『バットマン』であることの意味は、おそらくそこにあったと思う。
この文章の初めの方に記した言葉は、こう言い直すことも出来るだろう。
『バットマン リターンズ』とは、この世界で人間の姿形をとって生きることがつらくて堪らない者による、この世界で人間の姿形をとって生きることがつらくて堪らない者たちを描いた、この世界で人間の姿形をとって生きることがつらくて堪らない者たちのための映画である、と。