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クリント・イーストウッド監督・主演映画『グラン・トリノ』、最寄りのシネコンは月曜日がレディースデイなので、本日観て来ました。それほど大きくないスクリーンでの上映でしたが、ほぼ満席でした。
イーストウッド最後の主演映画か?と言われていますが、俳優としても監督としてもクリント・イーストウッドの集大成とも言うべき素晴らしい作品でした。
あらすじ:中西部デトロイト近郊の小さい街に暮らす老人ウォルト・コワルスキー(イーストウッド)。元朝鮮戦争帰還兵であり、戦後はフォードの組み立て工として勤め上げた彼だが、長年連れ添った妻を失い、孤独な年金生活を送っている。
そりの合わない二人の息子や孫たちのことも、近隣にアジア系移民ばかりが増えることも苦々しく思うウォルト。隣に住むのはラオス出身モン族の一家だが、当然のごとく没交渉である。
亡妻が信者だったカトリック教会の若い神父は、懺悔に来ることをたびたび勧めてくるが、それにも耳を貸すことはない。
しかし、或る日、隣家を脅かす同じアジア系愚連隊を撃退したこと、また、その家の長男であるタオがギャングどもに脅されて愛車グラン・トリノを盗みにはいったことををきっかけに、彼らとの交流が始まる。
タオやその姉スーと、いつしか実の孫以上に心を通わせ、タオを一人前の「男」にするべく指導(?)するウォルトだが、暴力と悲劇の影は確実に彼らに忍び寄っていた……
というわけで、このウォルト、昼間からビールはあおる、煙草は吸いまくる、所かまわず唾を吐く、人種差別的用語は連発する、自らの領分を侵す者には迷わず銃を向ける──と、政治的には全く正しくない偏屈ジジイです。
しかし、勿論そんじょそこらのジイさんではありません。アジア系、アフリカ系、メキシコ系と様々なギャング集団をことごとく蹴散らしても、「そりゃ相手が悪い」「だってイーストウッドだもん」と納得してしまうオーラと存在感で、若いチンピラどもと観客を圧倒します。そういう意味では、まさに正しい「スター映画」です。
人種や世代を超えたタオくんとの交流も、かつての主演作『センチメンタル・アドベンチャー』や『ルーキー』を思わせ、更に西部劇や刑事ドラマの伝統をも感じさせます。随所に笑いも交え(前半は特に)、演出のテンポも快調。構造としては、ややB級寄りのエンターテインメント作品でありながら、しかし、そこに描かれるテーマはきわめて重いものでした。
生とは何か、死とは何か。懺悔もできないほどの罪と、人はどう向かい合うのか。またその贖罪とは何か。
そして「アメリカ」とは何か。どこへ向かうべきなのか──
それらの命題がストーリーと乖離することなく、また説教臭くもならず、ウォルト・コワルスキーという一人の男、古き良き──ではなくて、良くも悪くも「アメリカ人」であるこの老人によって体現されています。
孤独な人間たちが人種の壁を超えて疑似家族や緩やかな共同体を作って行けるということが「アメリカ」の夢なら、暴力とそれへの報復行為がどこまでも連鎖してしまうことは、「アメリカ」の悪夢でしょう。
その中で、愛する者たちを守り、また自らの罪をあがなうため、ウォルトが下した決断とは──
ここ数年、アメリカ映画の話題作は(イーストウッド監督作品も含めて)アメリカの「負」の側面を抉り出すような作品が多かったけれど、それでも何がしかの希望を見出そうとするならこういう形になるだろう、という現在のイーストウッドなりの答えが、この作品なのかも知れません。
繰り返しになりますが、クリント・イーストウッドによる「スター映画」であることが、そこに一層の説得力を与えていたと思います。
というわけで、終盤の展開が悲劇的ではあっても、後味は悪くありませんでした。
「グラン・トリノ」とはウォルトの愛車でもあるフォードの名車ですが、「三位一体」をも意味する言葉です。
それを得た者に祝福あれ。映画のタイトルには、そういう思いもこめられていたのでしょうか。
劇場パンフレットは800円。「高っ!」と思いましたが、錚々たる執筆者を揃え、俳優また監督としてのイーストウッドの足跡を丁寧に辿るなど、非常に充実した内容でした。
『グラン・トリノ』オフィシャルサイト
素晴らしい作品でしたね~
>命題がストーリーと乖離することなく、また説教臭くもならず
この辺のバランス感覚が絶妙でした
ヒスパニックをビビらせ、アジア系と和解して、最後の象徴的な姿は今後のアメリカの進むべき道を示していたんでしょうか?
毎度レスが遅くなって申し訳ありません&いつもTBだけで失礼しております。
ウォルトにとって「よそもの」は誰でもどんな民族でも「よそもの」だったのだと思います。
でも彼自身もポーランド移民の家の人だし、友人はイタリア系にアイルランド系だし、差別ネタはあくまで「ネタ」なのかも知れません。
そんな感じにカトリックの多い地域だし、スズメバチ(=WASP)の巣を駆除するエピソードも、そういうことに引っかけたジョークだったんでしょう。
と、いろいろ深読みも可能ですが、あくまでもエンターテインメント作品として笑ったり泣いたり出来るいい映画だというのが素晴らしいです。