バリデの森を休み休みに街へと帰る私達。行と違って、気楽なものだったよ。あっ。また、ロタノーラが道の脇にある木の根元に座り込むんだから。
「あたいは休憩希望」
「しかたないか。二人は、病み上がりだからね。休憩でいいよ。さあ。チェリルも座ろう」
「ありがとう。サム」
サムの横に座ろう。さり気なくに。
「あたいは、思うんだ。あの女は、絶対に尻が臭かっただろうな」
「あはは。そうかもだね」
「私なんか。サムの事をあげるって言われたんだよ」
つい言っちゃった。ちょっと顔が火照っちゃう。後から心臓が、ドキドキしちゃうよ。
「うーん。僕は、あの女《ひと》の所有物になった覚えがないんだけどね。でも、見捨てられた感じなら、今の街のギルドで冒険者稼業は終わりだろう……」
「……」
「まぁ、いいか。これでチェリルが魔法学校の教師に、なりやすいだろうから」
「えっ。サムは、師匠の仕事の紹介を知ってたの?」
「おっと。あたいは、言ってないよ」
「実は、僕の所にも師匠さんから君を説得して欲しいと手紙が来てね」
そうだったのか。サムの所にも師匠から手紙が来てたのか。だから、私の将来を考え思ってたの? でも。なんか嫌だな。師匠の言いなりで、サムと離れたようになるの。
「サム。破っちまいなよ。そんな手紙。と言ったけど、二人で決めれば。あたいは、その辺を歩いて来るよ」
ロタノーラが歩いて行く。サムと二人きりの時間……。
「サム……。私」
サムは、突然に立ち上がって背を向けた。そして、遠くを見上げた。
「チェリル。君も分かったはずだ。僕は、強い戦士じゃないのを。君は、教師になれば、成功の道だろう。冒険者として、生きたいなら君を幸せに出来る位に、大金を稼げる強い男が他にもいるはずだよ」
「そんな。お金なんて……」
サムの本心を知った。その時に道の脇から何かが飛び出したのが見えた。猪《いのしし》だよ。それと目が合っちゃった。と、突進してきたー!
「ブガヒー!」
「キャー!」
「チェリルー! ぐはあ!」
「サムー!」
一瞬の出来事だった。とっさに突進から私を庇ったサム。突進を胸で、もろに受け止めた感じだよ。鼻を掴まれた猪は、戦意を損失したのかな。スタコラと逃げて行った。私は、サムの背中に抱き着いた。
「大丈夫。サム」
「うん。何とかね。チェリルが無事で良かった」
「私は、サムがいなかったら死んでたかもだよ。私は、大金なんか望んでないよ。これからもサムと一緒がいいの。暮らせるだけあればいいのぉ」
「チェリル。こっちを向いて聴いて欲しい」
サムと向き合った。サムの目は真剣だったよ。私を真っ直ぐに見つめてくれてる。
「僕も心が決まったよ。チェリルと一緒にいたい。ずっと守りたいと思ったんだ。僕は、街から出て修行しながら旅をする。チェリルに一緒に、ついて来て欲しい。あの。その。こ、恋人として」
「うん。勿論よ。行く。嬉しい」
サムが告白してくれた。これまでで、一番の胸キュンだよぅ。なんか嬉しすぎて、涙が少し出たもん。私とサムは、ごく自然に強く抱き合った……。
「げっ! お二人さん。いつの間に、そんな仲に?」
「ああ。ロタノーラ。お帰り」
「お帰りなさい」
ロタノーラに事の成り行きを話すと納得して、喜んでくれた。サムと私の仲を応援してくれたロタノーラには、感謝してる。私にとって、大切な友人だもん。ロタノーラとも別れたくない。サムと私は、旅の事を話したんだけど。
「あたいは、明日から母親の店を手伝うかな。早く街に帰ろうよ」
「そうだね。帰ろうか。チェリル」
「そうね。サム」
そして、サムと手を繋いで街へと向かったの。ロタノーラの事だけが残念に思いながら。
*****
チュンチュンと鳥の鳴き声の朝。
「鳥さん。今日で、とりあえずは、さよならだよ」
さっと着替えて、昨晩準備した旅のための荷物の最終確認。
「あっ。これを忘れたら駄目だね。師匠。落ち着いたら手紙で返事を書きます」
手紙だけど、お辞儀して背負い袋に入れた。後は待つだけだな。
トントンとドアを叩く音がした。そしたら、出発のため荷物と帽子ね。最後に杖を持つ。ガチャッとドアノブを回し、ドアを開くと太陽の光とサムの笑顔が有った。
「おはよう。チェリル」
「おはよう。いい天気だね」
「そうだね。旅の出発の門出には、良い日だ」
バタンとドアを閉めた。これから新しい日々を始める決意を込めたの。
しばらく歩いて、街の出入り口まで来た時に見慣れた猫耳獣人の後ろ姿が見えた。
サムと私の気配を感づいたのかな。突然に腰を突き出して、振り出したんだもん。
「ロタノーラだわ。サム」
「あれをするのは、ロタノーラだけだよね。朝の市場の仕入ついでに別れの尻文字かなぁ」
「でも最初は、い。だよ」
「ああ。次は、く。だ」
行くって言ってる……? 尻文字が終わると、ロタノーラは、足元に置いてた荷物を背負った。そしたら全力で走って来るよぅ。
「あたいは、やっぱり! 行く時は一緒がいいのさー!」
「旅にと付けて言いなさーい!」
私は、抱きつかれた。直ぐに、お決まりの顔を舐められたよぅ。でも。今日は嬉しい気持ちになる。サムも微笑んでるよ。
「あたいは、これが無いと一日が始まらないんだよ。ペロペロペロ」
「今朝は誰かの、お尻を嗅いでないよねー?」
こうして、これから三人の旅が始まる……。旅先で、つらい事や悲しい事。色々な困難があるかもしれない。でも大丈夫。だって、私達は、一人じゃないから。
一人が困っても、皆が照らしてくれる森の木漏れ日になるんだもん!
おわり