蓮月銀也

小説、呟き等々……。

魔導士は胸キュン! 第8話 戦士サム・バートル

2024-08-01 07:17:50 | 小説

 荷馬車は、バリデの森の荒れた道を全力で進んでいた。最近になって、森を抜けた街の反対側の土地に新しく冒険者ギルドの支部が建設されたの。そこの視察に行く用事のキャリーさんを護衛して、無事に送り届ければ依頼達成なんだけど。

「きゃっ。揺れますわ」

「大丈夫ですか」

 キャリーさんが、何回もサムに抱きついてるよぅ。あの人が、サムの横に座っているだけで、心が苦しいのに……。あれ、どうしたのかな? だんだんと気分が悪くなってきたよ。吐き気と、お腹も痛い感じになって。

「ううっ」

「どうしたんだい? チェリル。顔が青いよ」

「サム。体の調子が急に……。お腹も痛いし、寒気がするの」

「荷馬車に乗って酔ったのかもしれないな。横になって寝てた方がいいよ」

「うん」

 サムの優しい言葉。身体の調子が悪くても、心は嬉しくなる。キュ、キュン。
 私が横になると、バタッ! と荷馬車の床に何かが倒れる音がした。ロタノーラなの?

「何っ! ロタノーラ!」

「はぁ。はぁ。サム。あたいもチェリルと同じに……」


「ロタノーラは、馬車酔いしない……。あれか⁉ 朝だ! あのオッサンは、大《だい》の用を足した後に、ちゃんと尻拭いたのかよ!? クソがぁ!」

「サム。私達のせいだよ。ごめんね」

「ほんと。駄目な方々ですわね。まぁ、サムさんが居れば大丈夫なのでしょう? もう、お荷物は、道に置いて行く方が、軽くなって早く行けるんじゃなくて?」

「馬鹿を言わないでください! 大切な仲間なんです」

「じょ、冗談ですわよ」

「全員を僕が守ります。全力で」

 冗談とも本気ともとれるようなキャリーさんの言葉にも、怒る気力もない。でも、サムが大切と言ってくれた。嬉しい。横になって動けない私は、体調不良の回復もさることながら、依頼が無事に終わる事を一心に願ってた……。


*****

 ヒヒーン! 馬の鳴き声と共に荷馬車が急停車する。嫌な予感しかしない。

「御者さん。どうしたんだい? うっ」

「何ですの?」

「二匹のゴブリンが道を塞いでいます。僕が外に出て戦うから皆は身を守っていて」

「お願いしますわ。安心して見てますから」

「サム」

 剣を持って、飛び出すサムに頑張ってと言いたかった。でも。名前を呟くしか出来なかったよ。ごめんね。どうか無事で。涙がこぼれちゃった……。

「ブギギ!」

「えいっ!」

 ゴブリンの声とサムの掛け声が聞こえてくる。なんだか、サムは苦戦している感じだよぅ。大丈夫だよね。やられたりしないよね。キャリーさんも落ち着きが無くなってきてるの感じる。

「何を手間取ってますの! しっかりなさい!」

「や、やってるんですが……」

「ほら! こっちに一匹来ますわよ!」

「待て! 僕が相手だ」

「後ろ! 危ないですわ!」

「ぐはぁ!」

「棍棒で背中を殴られて、倒れるなんて。もう、あの方は、駄目ですわね。殺されますわ」

 信じたくない言葉だった。嘘だよね? 悪い冗談だよね? お願いサム。死なないで! 心の底から、そう願った。

「プギー!」

「プギャー!」

 突然にゴブリンの叫び声が二度も上がった。それは、断末魔みたいだったけど? 何が起こったの?

「流石は、Aランク冒険者。ゴブリンなんて、瞬殺ですわね」

 キャリーさんの話す声がしたと思ったら、美形エルフの男性が立ってた。その手には、弓が握られている。そして、私とロタノーラの様子を見て状態を察したのだろうな。荷馬車に乗り込むと、持ち物袋から草を取り出したの。そして、食べさしてくれた。
 身体が楽になっていくのが分かる。

「薬草をありがとう」

 エルフの男性は、微笑んで、頷いた。顔も心も良い方だな。

「元気になられて、良かったですわね」

「あっ。はい。おかげさまで」

「それにしても。念のためにAランクの用心棒を雇って正解でしたわ。戦士サム・バートルには、幻滅ですわね。全くの評判倒れ。これでは結婚してから、後に出世させて、騎士や貴族の妻の身分になる夢もなくなりましたわ」

「それが目当てなんですか?」

「もう不要。あなたに、あげますわよ」

「い、いただきます」

「あんた達さぁ。サムは、物じゃないよ」

 キャリーさんは、思った通りの最低な人だった。でも、驚いて、いただきますって言っちゃった私もどうかしてるよね。ロタノーラの言う通りだな。

「あなた方と話しても時間の無駄ですわ。依頼は、失敗ということですから。あなた方は、ここで終了ですわね。荷馬車から降りなさいな。それと、あの街のギルドの依頼は、これから永久になくってよ」

「そんな……」

 荷馬車から降りると、ゴブリン二匹の死体が地面に倒れていた。二匹の頭には、一瞬で命を奪ったであろう矢が刺さっていたの。そして、道のかたわらに、うなだれて座り込んでるサムの姿。生きてて良かったよぅ。そんなサムなど気にも留めずに、荷馬車は走りだした。
 遠ざかり、小さくなっていく荷馬車の音を呆然《ぼうぜん》と聞いているしか出来ないほどに、私達は気落ちしていたの……。



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