今回川崎多摩区の中学3年の生徒が、いじめを受けた友人を助ける為に声をあげ、逆に複数の相手から暴力を含めたいじめを受けた。その為に生徒が死をもって、いじめを訴えた事件に対し、我々は生徒の意志を継いで、いじめ撲滅に向けて活動をしますので、是非皆さんの協力をお願いします。私も20数年近く、いじめ自殺の問題を遺族と共に闘って来ましたが、いじめられている友を助けるために戦い、逆にいじめのほこさきが自分のところに来て、逆に複数の生徒から暴力を受けるようになり、それに頼れる教師もいない中、絶望を感じ最後は自分の死をもって、いじめを訴えた生徒のことを考えたら我々は生徒の意志を風化させず今度こそ、いじめ撲滅に国を挙げて関わらなければならない責任がある。毎年10代の自殺が600人から800人の内、小中高生の自殺の平均が300人前後。
国はこれだけの沢山の子供の自殺を何故放任しているのか、余りにも無責任過ぎないか。
子供は未来を作る国の宝ではないのか?
あと何百人の子供が自殺をしたら、国は動くのか。
日本はいつからこんな無責任な国家になったのか。
いつまで経っても国が動かない理由は何か。
1度はひとりひとりの政治家の考えを聞かせてもらいたい
この度の生徒の死を無駄にせず、いじめ防止のマニュアルを新たに作り、いじめを撲滅しなければならない。
子供の未来は国の未来。
2010年6月24日 朝日新聞の2回目の記事
川崎市の市立中学校3年の男子生徒(14)が「友達へのいじめを止められなかった」という趣旨の遺書を残して自殺した問題で、遺書に実名が書かれていた同じ学校の4人の生徒が学校側の調査に対し、自殺した生徒やその友人に言葉や暴力によるいじめを続けていたことを認めていたことがわかった。
同校の校長は、自殺した生徒は、昨年から仲の良い別の生徒がいじめられており、それをかばったことで、自分にも矛先が向けられるようになった、と説明している。男子生徒は今月7日、自宅のトイレで倒れているのが見つかった。硫化水素を発生させ、自殺したとみられている。
トイレには遺書が残されており「俺は友人(実名)を護れなかった。友人をいじめた4人(実名)を許すつもりはない」「俺自身と友人をいじめたやつが悪い」などと書かれていた。学校側は15日に調査を開始。遺書に名前があった4人はいじめを認めたといい、
校長は「じゃれあいからエスカレートし、汚い言葉を投げたり、暴力をふるったりすることがあった」と説明している。
母親によると、今年2~3月ごろ、生徒がいつもと違って口数が少ないなど様子がおかしかったため、問いただした。すると、生徒は「友人が嫌な思いをしているから僕は助けてやりたい」と泣きながら話し出したという。母親は「周りでいじめが嫌だと思っている子たちと一緒になって戦うなら戦いなさい」と話したという。
母親は4月、家庭訪問した教諭に「息子がいじめられている友人を心配しているので、よく見ていてください」と伝えた。
担任教諭は「わかりました」と答えたという。同校の校長によると、こうした経緯は3年を担当する教諭の一部しか知らず、校長への報告はなかったという。
同市教育委員会は自殺発覚後の9日の記者会見で「担任教諭はいじめを把握していなかった」と説明していた。
(小島泰生、毛利光輝)
今回の川崎市多摩区にある南菅中学3年生の男子生徒のいじめがあった事を認める。この学校は、いじめがあった事は最初からアンケート調査で分かってる筈。しかし、この学校の校長は、「いじめの存在が、いじめで亡くなった生徒にどう影響を与えたのか分からない」と話している。
この校長、学校を辞めたほうがいい。何、訳の分からないこと話しているのか。自分でも判ってはいないのではないか。多分、私の考えからすれば、きっとこの校長の頭は半分位、痴呆で冒されてるに違いない。よって緊急に病院に入院しなさい。
それと、いじめられた友人を守れなかったばかりではなく、自殺した男子生徒に対しても、日常的に、からかわれたり小突いたりされていたことは既に分かっていたはず。その繰り返しに生徒は、限界を感じたのではないかと、思ったのでしょう。そして自分の死を以て、この、いじめの現実を訴え亡くなったのではないかと、私は思います。私の経験からして間違いなく彼は学校に殺されたのだ。
前回のいじめの教訓が生かされていれば今回のような生徒の自殺はなかった。それだけ、この学校に問題がありすぎた。私と教育委員会との話し合いでも、教育委員会はその点に対し認めてくれた事に対し、今ままで我々が数々のいじめ自殺の問題を通して活動した時の教育委員会と違って、今回は川崎の教育委員会が一生懸命この問題を正面から時間をかけて取り組んでいることに、我々も期待しております。それによって今回のいじめの問題点が解明されれば、いじめをなくす大きなきっかけを作るのではないかと、我々も関心を持って見守って行きます。