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大川隆法総裁の遺言。(オープニングメッセージ裏話・加筆再掲)

2019-08-29 23:53:35 | エル・カンターレ 大川隆法という偉大な光

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今年発足から33年を迎えた幸福の科学。

その歴史は、ひとえに、大川隆法総裁という御仁の、卓越した思想、そして指導力や経営力の歴史であります。

また、大川隆法総裁という方の、人柄そのものが、幸福の科学の歴史です。

幸福の科学の歴史から抽出される大川総裁のお人柄は、”全く私心がない”ということです。

それだけは間違いのないことです。

たとえば、私心にまみれた私ならば、判断に迷う岐路において、大川隆法総裁のような決断はできないです。(笑)

宗教界では、まず教祖殿を作り、それを総本山とするというのがセオリーですが、大川隆法総裁は、まず、信者職員の研修施設を建てて、それを総本山化しました。

その間御自身は、賃貸マンション生活だったのです。

総本山研修施設は栃木県内にたくさん造られ、今思えばそれは、世紀末の惨事から、首都東京を守る結界の意味があったとしか考えられません。

なぜならば、栃木県は東京の東北部(鬼門)にあり、大川隆法総裁は、宇都宮在住までして、首都を護ったと推測します。

晴れて1999年夏、大川隆法総裁が、頑なに拒んでいた教祖殿が、東京に大悟館として建立され、総裁は初めて、ご自身の自前の居に入られました。

これも今思えばですが、1999年の夏という、人類の悪想念がピークに東京入りですから、また自らご自身を、東京の結界の一部になさったのやも知れません。

いやきっとそうでしょう。

大川隆法総裁は、そういう御仁なのです。

以前の記事で書いた、繁栄の法大献本の折には、大川総裁は東京住まいだったのですね。

大悟舘と同年、1999年建立、聖地四国正心館礼拝堂 http://shoja.jp/shikoku/

念願の教祖殿入りした大川隆法総裁ご一家。

これで教祖様ご自身に、よい環境が与えられたのですから、「もっとお働きになっていただける」と、私は簡単に考えておりました。

しかし、世紀が明けてからの総裁は、今から思えば、何か元気なかったように見えました。

講演会も、大会場を使ってのものは少なくなり、正心館や総合本部ビルを使っての、ビデオ公演のような形での開催が増えました。

そして大川隆法総裁のお声も、今から思えば、絞り出すような感じでした。

前世紀のような、はつらつとした若々しさが薄らいだのです。

「大川隆法総裁が、お老けになった。」

当時の大川総裁は、40台半ばだったと思いますが、私はそう感じておりました。

今から思えば前世紀末に、大川隆法総裁は、相当のエネルギーを消耗なさったのだと思います。

大川隆法総裁は、命を削っていたと思うのです。

そして2004年、大川隆法総裁は、心臓麻痺で倒れました。

それまでの激務が祟ったのです。

大川隆法総裁の心臓は、完全には、動いていませんでした。

心室細動といって、痙攣のように動いてはいるけれども、血液を全身に送るポンプ機能がないので、現実的には心停止状態だったのです。

しかし、総裁はその医学的には、完全に亡くなっている状況にもかかわらず、生きているのです。(笑)

これは、医学界の奇跡でした。

この、「心臓が止まっているにもかかわらず、元気に生きている人。」という演目で、大川隆法総裁は、世界に医学論文に発表されています。(笑)

いや、現に今でも、大川隆法総裁の心臓は、動いていないかもしれません。(笑)

後日その件について、大川隆法総裁、至極あっさりと曰く。

「医者が何と言おうと、使命のある者は、死なないんですよ。」

「あーはははははははは。」

大川隆法総裁が、心不全で集中治療室で治療を受けていた時の、エピソードが伝わっております。

倒れた次の日総裁は、すでに食事が取れるほどに回復なさっていました。(心臓が止まっているにもかかわらず。)

「ああ、美味しかった。」と合唱し、食事を終えた総裁は、おもむろに筆記用具を取り出し、次々と執筆活動を始めたのです。

それが、幸福の科学の月刊誌の冒頭に載っている、オープニングメッセージなのですね。

大川隆法総裁は、その後刊行される月刊誌オープニングメッセージを、すべてこの危篤状態のときに、書き上げたのです。

そのお心は、もう推測する以外にないのですが、総裁はこのときに、ご自分の死を覚悟なさったのではないでしょうか?

「万一今、自分が亡くなっても、人類が路頭に迷わないように、せめてオープニングメッセージだけは残しておきたい。」

そういったお心で、危篤状態でオープニングメッセージを、書き残されたのではないでしょうか?

つまり、毎月私たちが触れることができる、月刊誌「月刊幸福の科学」のオープニングメッセージは、大川隆法総裁からの、人類への遺言なのです。

毎月この月刊誌の到着を、心から楽しみにしていらっしゃる80代のご婦人が、私が担当している地区にいらっしゃいます。その方曰く。

「この月刊誌の、最初のお言葉(オープニングメッセージ)が大好きなのよ。」

「大川先生はお若いのに、先生のお言葉は、死んで行くだけの私たちより深いものがある。」

「私は、この最初のお言葉を読むと、何も怖くなくなるのよ。」

「私は、大川隆法先生の大ファンよ。」

 

そう言ってそのご婦人は、入会してしてくださいました。

命を削り、私財を投入にてまで、破滅を回避した大川隆法総裁。

そして死の間際においても、「せめて人類に遺言を。」と思えるこの御仁。

このお方が、仏陀・救世主でなくてなんなのでしょうか。

いや、もうそういう表現だけでは、浅薄な言葉にしかならないと私は思うのです。

10月に全国で公開される映画『世界から希望が消えたなら』は、大川隆法総裁が倒れたときのことが、長女沙也加さんの目線で描かれているということです。

多くの方に、ご覧になっていただきたく存じます。

 

                (ばく)

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仏の心 ―大川隆法総裁 心の指針124―

映画『世界から希望が消えたなら。』予告編【2019年10月18日ロードショー】

 

『無限のパワー』
さあ、信じるがよい。 人間のパワーが無限であることを。

無限であることを信ずるがゆえに、 無限のパワーが出てくるということを。

自分でそれを有限と信じてどうなる。 それで、幸福になった人が一人でもいるか。

しかし、わたしは言おう。

無限のパワーを信じてこそ、 無限のエネルギーを放出させうるのだ。

無限に大きな仕事をした方など、歴史には数限りなくいる。

死してなお、その名が、その言葉が、その思想が、 仕事をしつづけているのだ。

我が言葉を信じよ。 あなたの力は無限である。

あなたは無限界人間となれるのだ。

仏の子に限界などないのだ。
「無我なる愛」(オープニング・メッセージ第二集)

大川隆法講演会「人生に自信を持て」特集 天使のモーニングコール 1454回 (2019/8/10・11)

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