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特別版セイネンキゼロ12話

2017-07-06 11:55:23 | 特別版セイネンキゼロ

最終話


全学年集会には一年生から三年生が出るのは当たり前だったが、どういうわけか両親達もいたのだ。いったいなんだろう?と思いながら直也は一番後ろの椅子に座った。最初に壇上に上がり話をしたのは教頭であった。次に壇上に上がったのは生徒会長で、これからの学校がどうか等、つまらない話が続き、その後は校長が用紙を読みながら長々と話す、ところが校長は最後に直也が、市町村対抗ボクシング試合で優勝を果たしたと直也を全学生の前で紹介をして壇上に呼び、何か伝えたい事があれば話しなさいと言うのだ。直也は突然の事で何を言ったら良いのか何もわからずにいた時、体育館全体を見回していると由子が立ち上がった。まさかユウコがこの集会を開かせたのか?と思った時『後は直也の一言だけ』とユウコに言われた事を思い出していた。静まり返った体育館、直也は今自分が思っている事を言えばいいのかと思い思いのまま話を始めた。
そして最後の言葉は「いじめのような事をする人間は許さない、そんな人間は俺がぶっ倒す」
と言った時、後ろに立っていた親達の中から拍手が湧き生徒達からも盛大な拍手が湧いていた。この全学年集会後、些細な喧嘩はあったにせよ全ての登校拒否をしていた生徒達ではないが徐々に学校へ通学するようになり『いじめや校内暴力』は減少していく。ユウコの言っていた通りの事が起きていたのだ。直也が存在する意味をユウコは長きにわたり直也を見ていた事で知っていたのかもしれない。全学年集会が終わり、しばらく時が流れると直也はもう中学三年生だ。もう直也の通う中学校では、いじめや校内暴力の問題はほとんどなくなっていた。そして静かな学校になったもんだなあーと生徒の誰もが思っていた事だろう。もう苦しむ事もなくなった直也。この一年間だけは。
あとは今後の進路の事だけ両親や仲間達と相談し合いながら、者面談、模擬試験、進学への道を直也と仲間達は歩いていた。直也は地元の公立高校と春樹のいた街にある私立高校を受験をする。誰もが直也と同じ地元の公立高校へ通えると思っていたが直也は春樹のいた街へ地元から2時間かかる私立高校を選んだ。直也の父と春樹の父は兄弟である。直也にとって春樹の父は叔父であった。直也は、この3年間で失った命への思い出がある地元に残る事ができなかった。ユウコは自分の気持ちを直也に告白したが直也は受け入れる事はなかった。卒業前の事である。直也の竹馬の友と言える暴走族の特攻隊長の『=宇冶木大地(うじきだいち)=』とある約束をしていた。大地は、直也のボクシングトーナメントを壁に寄りかかり見ていたのだ。直也が試合中もうろうとした時、見つめていた『ヤツ』というのは『大地』の事であったのだ。
「お前は俺とは違う、お前は強い、俺の誇りだな」
「なに言ってんだ、俺なんかどうでもいいだろ」
「試合見てたよ、お前は強くて優しい、仲間が慕うのがわかるぜ、俺はお前とは狂い方が違うの感じたよ」
「大地よ、俺はもう、地元に残るつもりはないよ」
「そう言うと思ってたよ、苦しかったろ直也、でもただ約束してくれ」
「約束なんかするかよ、お前なんかと・・・」
「俺は、これから年少に入るが、直也の拳は凶器だ絶対に使うなよ」
「年少かー、大地も覚悟してたんだよな、特攻野郎!」
「ああ、お前と同じ、覚悟して生きてきて苦しんだかな」
「たまには会いに行くよ、大地の馬鹿顔見にな、学校は年少に、近くなるからさ」
「お前、春樹の所行くんか?」
「さあな、お前に話しても意味ないし年少入れば、大地は静かになれるよな」
「ああ、お前とは違う道だったけど、面白かったな」
「長い付き合いだし、お前との約束守ってみるか?」
「あのよ、これな久美子が、俺のところにも、持ってきたよ」
「久美子のドリームキャッチャーか、大地にも渡してたんだな、それが無かったら、きっと勝てなかったよ」
直也は大地の思いを受け入れ自分の道を歩くと約束し地元から2時間先の春樹の街へ向かう。
私立高校へは春樹の自宅から通う事になった。『運命』とは言い切れないが、直也は2度と会う事はないと思っていた、あの『=加藤真一(かとうしんいち)=』が同じ高校に入学していた。高校へ通う直也には中学と同様の再び襲いかかるもの『いじめと暴力』のフラッシュバックがあったが、真一や仲間達と共に直也は『悲しみや苦しみ』を克服し高校を卒業していく。久美子のお守りドリームキャッチャーに始まり、ドリームキャッチャーで終わった直也の青年期時代だった。そして・・・
従兄弟の春樹の代わりになる大島直也は2時間先の街の高校で心穏やかになるはずだった。しかし心穏やかになるどころか直也の運命というものなのか更なる災いの問題が直也を襲う事になる。この時にはユウコは地元の公立高校へ通う事になっていた。久美子の『お守り』は6年間、直也を守り続けていく、そして高校の3年間も直也は守られ続ける。その後、高校を卒業しユウコではなく別の彼女と婚約し成人式を向かえる前に多大な衝撃を受ける直也がいた。従兄弟のはずだったが現実であり直也と春樹との関わりの本当の真実を知る事になる。
「叔母さん、ボクとハルキって・・・約束って・・・」
「父さんや母さんはボクには弟がいるからって・・・」
父さんも母さんも何もかも知りながら叔父さんも叔母さんも何もかも知りながら。近くにある公園のベンチに座っていると直也は仲良くしていた公園の主に相談する。公園の主の叔父さんは運命って創られていたのかも知れないなと言い直也をなだめるようだった。
「運命なのか?」
これまでの過去を思い出しながら過去は過去かと自分の過去への思いを清算し直也は全てを受け止める事になる。
直也は婚約者に全てを話し成人式後、結婚式を挙げた。
「直也、私、全部聞いてたんだよ」
結婚式後、妻となった彼女は直也の気持ちを考えながら告白をした。
それからの生活は穏やかで口喧嘩はあるものの初めて幸せを直也は夫婦共に感じるようになれたようだ。
「直也、たまには実家に行ってもいいからね」と、叔父夫婦は直也に声をかけるようになる。
直也は養子になったが元々大島の苗字は変える事もなく、ただ妻の苗字は大島となると大島優子となる。



お読みくださりありがとうございました。
高校からの大島直也は新たなポリシーの元、生活を送ります。
(仮)タイトル「HARU」としていますが、タイトルは変わる場合があります。
今現在「HARU」は第4話まで描いていますが、
その後は再編集予定で内容を含め考え新しいタイトルになる場合があります。

セイネンキシリーズ
「蒼い時のドリームキャッチャー」「セイネンキレジェンド」「ポリシーレジェンド」

また「兄妹の秘密」「白いYシャツと青いTシャツ」などミステリー小説や恋愛小説があり再編し予定しています。
かなり時間がかかると思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

恋愛小説:「巡り会い」は完了しましたので
カテゴリーより読んで頂ければ幸いです。
https://blog.goo.ne.jp/rooroo1234/c/3403da48d22acd6ef24ad9240211c761



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特別版セイネンキゼロ11話

2017-07-01 17:50:33 | 特別版セイネンキゼロ


『直也は勝てる、こんなとこで負けちゃいけないのよ!』
ユウコの心の叫びと反対に、会長やコーチ達は直也に大声で叫んでいた。
「もう無理だ、直也!立つんじゃない!立つな直也」
ユウコは決して目的の為ならあきらめない直也を想像していた。
ユウコの叫びで、直也はレフリーのカウントダウンの声が消えた。
時間が止まったように、直也はユウコのドリームキャッチャーを見ながら、幼き頃の事を思い出していたのだ。
春樹と久美子、直也の3人で、小さな輝く蛍の群れを見ている。
3人は輝く蛍の灯火を見て、びっくりしながら笑顔で見ている。
蛍の群れの後に見ているものは、夜の海辺で見る月明かり、月は海に灯りをともし、その灯火は、3人の歩いて行く道のように一本の線だった。
灯された一本の線が消え去ると、そこには、海の中に蛍の灯火。
ホタルイカの大群は海の中で輝きを見せていた。
まるで夢の中にいるかのような直也だった。
その夢の中で、春樹と久美子を見つめた直也は、ユウコが手を伸ばし「ドリームキャッチャー」を直也に近づけると、直也は深いため息をつきながら、よろけながらも立ち上がった。
「ファイブ、シックス、エイト・・・」
直也は立ち上がりレフリーに腕を上げ、試合は続行と知らせる。
レフリーは、審義員達や直也のコーナーを見て、試合続行を伝えていた。
『なんだアイツ何で立ちやがるんだ!ハァーハァー』
直也が立ち上がると、相手の選手は息を荒くし首を振り虚ろな目つきで直也を見つめ、ゆっくりとリングの中央まで歩き、直也を待っていた。

「大島直也!大島直也が立ちました!」
このアナウンスを観客達や応援団のサポーター達は聞くと、これまでで最大の声援が起きたのだ。
椅子に座る観客達は誰一人いない、立ちながらの声援だった。
その声援によって、残り2分、直也はどう戦うのだろうか?
直也にとって、この最終ラウンド判定負けになってしまうのか?
直也は永遠の別れとなった、春樹と久美子の姿を見た時、そして、ユウコが見せてくれた「ドリームキャッチャー」によって、直也の気力は復活し本能のまま、ボクシングが進んでいく。
おそらく相手の選手は、そんな直也を見てノックアウトKO勝ちはあきらめ、判定勝ちを狙っていたのだろう。
直也は無心の中、そんな相手を見て軽いフットワークで軽いジャブを出している相手を見逃す事はなかった。
『俺は、大島直也だ、俺は、俺は絶対に勝つ!』
直也は限界を超えていたが、一瞬の瞬発力で相手の懐へ入った。
相手の選手は嫌がり、クリンチで時間を稼ごうとする。
前回の試合で学んだ、タイミングを武器として、何度も繰り返し、相手の懐へ何度も入り込む。
偶然なのかわからないが、直也の強いボディ一発が相手の動きを止めた。
残り1分をきったところで・・・。
直也のボディが炸裂した。
相手は逃げるが直也は逃がさない。
逃げる相手をどこまでも追い詰めていく。
「いける!イケ!直也!ボディ!ボディ!ボディ!」
直也のコーナーサイドからの声に合わせるかのように、コーチやヤスシの声に合わせ、直也のボディは相手の選手の全てを奪い、リング上に沈めていた。
観客席は静まり返り、リング上を見つめる。
直也はロープに寄りかかり目を閉じていた、そして、レフリーのカウントダウンが始まった時だった。
相手のコーナーサイドからタオルが投げられたのだ。
「大島!直也!大島!直也!大島!直也!・・・」
そして観客達は直也に向けて大きな声援一色になった。
『あの馬鹿、本当に勝ちやがった・・・』
『直也は、やっぱり約束を守ってくれたんだ・・・』
ヤスシとユウコは直也を信じて良かったと言葉にはせず胸の内で思っていた。
リング上では直也の右腕が上げられ、この日、直也はボクシングトーナメントのチャンピオンになったのだ。
コーチは直也の代わりにチャンピオンベルトと優勝トロフィーを受け取った。
直也はもうろうとしながら、コーナーの椅子に座り気を失い救急車で病院へ運ばれた。
直也が病院で目を覚ましたのは、運ばれた日から2日目、3日目には退院し、自宅へは戻らずジムの空き部屋で7日間の休息をとっていた。
直也が入院している間は、ユウコは学校を休み付き添っていた。
直也の両親も付き添いをするはずだったが、ユウコは直也の付き添いには自分がしますと言い、直也の両親はユウコに任せる事になる。
直也の両親もユウコの両親も2人の気持ちを知っていた。
ユウコは、子供同士は子供同士で乗り越えていくという考え方で、直也と同じ思いだった。
精密検査では脳への異常もなく、左腕は一週間ほどで治るだろうとの事だ。
病院から退院後はジムの空き部屋で試合の時のドクターが訪問治療する事になった。
直也がジムに泊まっている間、ユウコは学校へ通い授業が終わると直也に逢いに行っていた。
直也の回復力は早く、ジムに泊まり3日後には普段と変わりなく動いていた。
直也が休みをとっている間、学校では直也がボクシングの優勝者になった事が広まっていた。
動けるようになった直也はユウコの言う、あとは直也の言葉だけ・・・と言われた事を考えていた。
ユウコは担任の教師に、直也が戻ってきたら『全学年集会』を開くようお願いをしていた。
きっとユウコは全学年集会の場で、直也に何かを話させようとしていたのだろう。
何を話すかは直也しだい。
ユウコは、何を言うべきかなど、直也には何も話す事はなかった。
ユウコは、とことん直也を信じていたのだ。
全学年集会で何を話すのか、ユウコには予測するなどできなかった。
それからユウコは直也に全学年集会が開かれるのを話す事はなかった。
学校内、いや市町村内外でも『大島直也』の噂は拡がっていく。
学生達の両親達や教師達は、全学年集会で何が起こるのかは知る事はなかったが、学生達の見守りを強化しながら学生達に任せてみようと、教育委員会や教師達、PTAの両親達等は思っていたのだ。
ボクシングトーナメント優勝した直也がとった行動と存在感は、地域の多くの人達をも巻き込んでいく事になる。

ジムに泊まり込み最終日、ドクターは直也の状態を見て驚くばかりだった。
一般的に考えて直也の回復力はとても速かった。
左腕の痛みは軽減していたものの、顔面や腕、身体の腫れは全て消えていた。
ドクターは会長やコーチに、直也の怪我は問題ない、ただ左腕が痛むようなら病院で治療をするよう伝え帰っていった。
「直也、プロになって見ないか?」
「いいえ、俺は約束を果たしたし、高校決めなきゃ」
「ねえ、直也の約束って何?」
「さあね、俺だけの約束かなあ」
ドクターが帰った後、薄暗いジムのリングの上で、直也とユウコ、会長は話をしていた。
直也の約束は久美子と春樹の為、そしてユウコの為の約束。
直也はユウコに何も話す事はなかった。
このボクシングでの優勝体験は、直也の心を成長させた。
『心のもろさ』『心の強さ』このバランスを持たなければ、これからの直也が消えてしまう事を学んだのだ。
明日は直也の病みあけの登校日、午後から全学年集会がある日であった。
直也は以前よりも明るい表情で登校した。
よっ!と仲間達と声をかけあうが、直也がボクシングの優勝者になった事を口に出す仲間達はいなかった。
仲間達は「優勝者」になった事等関係なかった、ただ直也に戻って来て欲しいと願っていただけだった。
仲間達にとっての直也は、いつもと変わらない直也でしかなかった。
この日、午前中は自由時間で直也と仲間達は、いつものように笑いながら話が尽きる事がなかった。
直也は何も話す事無くただ笑いながら仲間達の話を聞いていた。
そして仲間達は、直也がいない間に仲間達だけで『いじめや暴力』に立ち向かっていた事を知った。
仲間達は、いじめや暴力と立ち向かう秘訣を見つけていたのだ。
直也は1人で全クラスをまわり様子をうかがっていた。
『登校拒否』をしていた生徒が、どういうわけか登校し笑っていた。
直也は教師達がきっと、関わりを持ちながら仲間達と何かをしたに違いと思いつつ昼食時間が過ぎると、全学年集会が体育館で行われた。
直也は不思議そうに思いながら体育館に仲間達と向かった。


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特別版セイネンキゼロ10話

2017-06-21 10:48:44 | 特別版セイネンキゼロ


相手は直也が、よろけた瞬間、ロープからのカウンターを狙ってきたが、直也は相手にクリンチで逃げ、クリンチ後だった。
『カーン!』
1ラウンドのゴングで、ギリギリの直也は助かった。
直也は自分のコーナーへ戻らず、何かを考えていたのか分からないが、もうろうとしていた。
相手選手のフックをまともに受けたせいか、自分のコーナーを一時、見失っていた。
「直也! こっちだー!」
コーナーサイドからのコーチの声で、息を荒くしながらコーナーへと戻る直也であった。
「直也、大丈夫か? 左腕が下がってるぞ」
「ああ、すみません・・・」
「左腕は、きついか?痛みはどうだ?」
「腕は下げてみたんです、何かを見つけないと勝てない」
「左腕は、大丈夫なんだな」
「はい、問題ないです、ただ相手のパンチ力は凄いです」
コーチと直也の会話を聞きながら、ヤスシは・・・。
「直也、お前何か、見つけたか?」
「何となくですけど、どうしたらいいのか判らないです」
「なら、当たりにいき、当たった瞬間後ろに下がる事ができるか?」
「え?当たりにいくんですか?」
直也はボディを受けた時の事を考えていた。
相手のパンチが顔面を打ってきた時も、ボディの時と同じように、当たりながら後ろに下がる事ができれば、相手のパンチ力を軽くできると直也は考えていた。
2ラウンド目、直也は実行に移す事を考える。
「フェイントで、隙を作り、当たりにいく、か・・・」
直也は深呼吸をした時だった。
「カーン!」
2ラウンド目のゴングが鳴った。
ゴングが鳴った時、直也はすぐに立ち上がろうとはしなかった。
1ラウンド最終の時の相手のパンチでよろけ、直也の体力は落ち、気力はあっても身体が思うように動かなかった。
直也が立ち上がらない・・・
観客達はざわめきだした時、直也は焦るかのように立ち上がり、リングの中央に向かう。
体力だけでなく、直也の足にも何かしらの影響があったのだ。
この2ラウンド、直也のフットワークは、限界に達していたのか。
相手の選手は直也の動きを見ながら、おそらくノックアウト、KO勝ちを狙っている。
相手も1ラウンドでノックアウト勝ちを狙いパンチの数は多く、体力も落ちていたが、軽いフットワークは1ラウンドと同じように素速いものだった。
直也は相手からの軽いジャブに圧され、ピンチの状態が続く。
「大島!直也!大島!直也!大島!直也!・・・」

観客の声援が直也の応援に変わっていくが、直也の動きは完全に相手のペースによって崩され、相手のパンチは、思い通りに直也の顔面をとらえていた。
「やばい!やばい!やばいぞ!」
「直也!離れろ!直也!離れろ!直也!離れろ!」
リングサイドからの声は、もう直也の耳に入る事なく、直也の左腕は、下がりつつあり、ガードは右腕しかない。
「よーし!行けー!行けー!行けー!」
相手サイドからの声だけが聞こえてくる。
直也はいつまで耐えられるのか?このまま続けられるのか?
「もう無理だ、直也、あきらめろ!・・・」
会長はコーチの肩をたたき、コーチはタオルを握る。
「もう無理だ、立っているだけで、もう直也には無理だ」
ヤスシも首を振り、もう直也には無理だと言っているようだった。
しかし、コーチがタオルを投げようとした時、ユウコはコーチの持つタオルを奪い握り手離す事はなかった。
「なんだお前もう終わりだ!無理だ、直也は限界なんだ」
「直也は何かしようとしてるんだと思う」
「あれを見てみろ!もう無理だ!直也を殺す気か!」
「もう直也は死んでるわ、きっと戻って来るから」
「女のお前に何がわかる?」
「女の私だから、わかるのよ!」
ユウコはコーチからも会長からも、ヤスシからも全てのタオルを強引にとりあげるのだ。
「タオル投げるなら、私が投げるから」
ユウコは直也がどんな思いでリングの上で、打たれ続けているのかを理解していた。
3つのタオルを抱え、ドリームキャッチャーを握りしめ、直也を信じて待っていた。
「お前は、直也を殺す気か!?」
「叔父さん、直也は絶対に倒れないよ、しっかり見て」
打たれ続ける直也、相手選手は思い通りにジャブにフックとボディを打ってくる。
それでも倒れない直也、ノックアウトを狙う相手選手だった。
直也は痛みに耐えながら、リング上に倒れるわけにはいかなかった。
相手の思うがままに、打たれ続ける直也。
しかし、直也は相手選手のパンチ力を最小限にして打たれ続け倒れるような様子ではなかった。
会長やコーチは焦りながらも直也の様子を冷静に見始めた。
「あいつ、まさか・・・最後まで戦うつもりか?」
「でも、会長、直也の眼は相手を見てますよ」
ヤスシはユウコが見ている目線で直也を見つめ、相手のパンチ力が弱いと感じとっていた。

直也は喧嘩をしていた時の事や仲間達への思い、そして、直也の中にある怒りや憎しみの感情を打たれ続けている中で思い出していたのだ。
『打てよ、打てよ、打てよ、打てよ、打てー!』
直也は心の中で打たれる痛みよりも、大切なものを失った苦痛の方が何よりも痛みを感じていたのだ。
そして、直也自ら相手のパンチに頭突きのように、直也は気づかないうちに、打たれ強い自分を相手にも周囲の観客にも、レフリーや「ジャッジ」審判員にも印象付けていたのだ。
直也は何時しか、何も考える事なく、野性的な本能だけで戦っていた。
『もっと打てよ、もっと打てよ、もっと打てよ・・・』
このまま時間が流れ、判定まで持ち込んでも勝利はない。
この2ラウンドは、直也にとってこれまでより苦しい戦いだった。
それでも、よろけながらでも打たれ続ける直也だった。
相手の選手は必死にノックアウトに焦り始め、パンチが当たっているはずが、どんなにパンチを打っても、直也は立ち続けてる事に、どんどん焦り始め、直也への恐怖心を持つようになっていく。
「ダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!ダッシュだー!」
相手のコーナーサイドからの声が、冷静さを取り戻し始めた直也には良く聞こえるようになる。
『もっと打て、もっと打て、もっと打て!・・・』
直也の心は研ぎ澄まされていく、もろい刃が鋼鉄の刃になる。
「直也!離れろ!直也!離れろ!直也!離れろ!」
直也のコーナーのコーチ達の声も聞こえるようになると、直也は何かに獲りつかれたように打たれる事に笑みを見せる。
『来いよ!殺してみろよ!来い!来い!来い!』
直也は自分が見えなくなっていく、もうボクシングではないと誰もが思っていたかもしれない。
この2ラウンドは直也を無心にし、直也の持つ素質が育ち始めていた。
「もう無理だって!大島直也を!やめさせろ!」
誰がどんなに叫んでいても、叫び声は直也の耳に入る事はなくなった。
『俺なんか生きていても仕方がないよなクーコ、春樹』
直也の中にある思いが、久美子の命、春樹の命を蘇らせようとしていた。
そんな時だった。
「カーン!」
2ラウンド目の終了のゴングが鳴った。
直也は、よろけながらでも笑みを浮かべながら、何かに獲りつかれたように、真っ直ぐ自分のコーナーの椅子へ足を向ける。
「直也!聞こえるか!」
「へへへ、はい、次です次ですよ、俺が勝つのはね」
2ラウンド終了後、直也は狂ってしまったのだろうか?
会長やコーチは直也の脳へのダメージを考えていたが、ヤスシは直也の前に立ち、直也の瞳を見つめる。
「お前、まだやるつもりか?マジで勝つもりか?」
「俺は勝つ、必ず俺は勝つ、俺は必ず・・・勝つ!」
ヤスシは直也の頬を軽く叩き、声をかけていた。
そして、ヤスシが直也を見る限り、直也の眼つきは死んではいない、むしろ輝いているかのように見えていた。
「直也、思い通りに戦え、戦って優勝を勝ちとれ!」
ヤスシとユウコだけは、直也を信じてみようと思っていた。
そして、直也の本当の姿を見たような気がしていた。
『直也なら、どんな事をしても勝てる、優勝は目の前』
由子は久美子の渡された、ドリームキャッチャーをさらに強く握りしめる。
「カーン!」
ラスト最終の3ラウンド始まりの鐘が鳴った。
疲れきっているのは直也だけではない、相手の選手も同じだ。
ラストチャンスへ向けて、両者リングの中央に走る。
その時、リングの中央で起きた出来事は誰もが予期せぬ事だった。
息を荒くしガードの下がった直也の顔面を、相手の選手は、右ストレートを放ち、直也はまともにパンチを受けてしまう。
「ダウン!ダウン!ダウン!ダウン!ダウン!」
直也の力は抜け、ロープの前で膝をつき、全ての終わりのように、リングの上に倒れ込んでしまう。
カウントダウンの声だけが直也に聞こえてくる。
観客達や関係者等は総立ちとなり、直也の経過を見守っている。
「直也! 見てよ、こっち向いてみてよ!」
ユウコの必死な声は直也の眼を開けさせ、ユウコが直也に、見せていたのは、久美子が仲間達に残したドリームキャッチャーである。
久美子が生前に仲間達に残したお守りでもあった。


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特別版セイネンキゼロ9話

2017-06-09 18:49:19 | 特別版セイネンキゼロ


優勝決定戦には『ジャッジ』審判員達と協議会委員達の結果、充分ではないが30分の休憩時間を延長した。
これまでにはない試合が行われ、直也を『ドクター』に診てもらう事だった。
『審判員達』と『ドクター』は、このまま直也が試合を続けられるかどうか、気にかけていたのだ。
直也達は控室に行き『ドクター』の診察を受ける事になる。
『君は、なぜ、あそこまで・・・こんなになるまで』と『ドクター』は直也に話しかけた。
『先生、俺は勝たなきゃならないんです』と、直也は答える。
『なぜ無理をするんだ?君の思いを教えてもらえないか?』と『ドクター』は直也の真意を聞いた。
『ただ勝つ為だけに、ボクシングはしてないんです』と、直也は『ドクター』に告げる。
直也は、それ以上の話はする事はなかった。
直也は、『ドクター』と話をしながら診察を受ける。
『ドクター』が言うには、3ラウンドは無理だと、棄権するよう会長に話した。
しかし、会長は・・・。
『ドクター、私は直也の心の問題と考え、試合に出場させたんですよ」と、『会長』は直也の真意を伝える。
『しかし、もしもの事があったら、だれが責任を・・・』と、『ドクター』に言った。
『私が責任をとり、ボクシングジムを閉鎖します』と、『会長』は迷わずに答える。
『会長!』と『コーチ』は会長を呼び振り向かせ、『ドクター』との会話を中断させた。
コーチは、時間を考えての事だった。
『なあ、直也、お前の気持ちは充分感じたぞ、まだやれるのか?」と、『ヤスシ』は直也に聞いていた。
『んー・・・はい、できます』と、直也は少し考えながら答える。

『ドクター』は、しばらく考え直也の左腕に鎮痛剤の痛み止めの注射をしてテーピングを巻いたが『ドクター』からは条件が付けられた。
もしも、左腕が下がり『ガード』もできない状況になった時、タオルを投げるよう、『ドクター』は指示を出したのだ。
鎮痛剤の注射によって痛みは無くなるが、相手は左腕を狙ってくる事で、痛み止めの効果は薄まるとの事だった。
その指示に会長達は従うという事で、試合続行が認められた。
直也は筋肉質の身体だが、誰が見ても、左腕の赤い腫れは見てわかる。
相手の選手は、必ず直也の左腕を見ながら戦うだろう。
優勝決定戦では、どんなに策をこうじても、左腕が動かなくなれば勝利はない。
『俺は、必ず勝ちます、どんな事をしても勝ちたい!』と直也は会長に伝える。
『なぜ、そこまでして勝つ事に拘る?』と、会長直也に問いかける。
『この試合の勝利は、俺自身の勝利なんです』と、直也は答える。
『自分自身に勝ちたいという意味か?』と、会長は直也の眼をみつめ頷きながら言った。
『ドクター』と『会長達』の会話を聞いていた由子は、タオルを投げようとした時、タオルを奪う事を考えていた。
『優勝』を約束した直也と由子だった。
直也の為にも絶対にタオルを投げさせるわけにはいかなかった。
直也の心深くにおいていた友の死と転勤での別れによって、抱いてはならないものがあった。
怒りと憎しみ、憎しみが憎悪となる事が直也は自分の心を分析してたようで少し畏怖していた。
思春期の直也は、自分の心と向き合う事が怖かったのだ。
囚われた感情から、逃れたい、逃れたいといつも思っていた。
仲間がいても直也の抱いた思いは、仲間達には判らない。
ただ漠然と感じるだけの仲間達、それだけに直也は『孤独』だった。
ボクシングを学ぶようになり、直也は知った事があった。
『ヤスシ』との『スパーリング』で『アッパー』一発で倒され、意識を失った時の涙が、直也のありのままの心だった。
涙を流す事で負けを認めると、直也の抱き持つ感情を大きくしてしまう。
しかし直也は、決して負ける事を心の中で認めるわけにはいかなかった。
そして、直也は強い自分を由子に見せたかったのだ。
由子が直也に対する思いは伝わっていたものの、友との別れと久美子の死が由子への思いを打ち消してしまう。
由子は直也の本当の心の内を誰よりも知っていた。
直也と由子の関係は、幼なじみであり由子の片思いである。
由子は久美子に渡された、大切なアクセサリーを直也がリング上で戦っている時『ドリームキャッチャー』を強く握りしめていた。
直也はリング上で戦い、由子はリング下で自分の片思いの気持ちと戦っていたのだ。
由子の直也への思いは、12年もの間、変わってはいなかった。

『時間だ、そろそろ行くぞ、直也』と、ヤスシは直也の声をかける
『絶対に勝つって、約束してよね、直也』と、由子は直也と見つめあいながら言った。
『え?由子・・・』と、直也は頷くだけだった。
由子の思いは、直也を思うだけでなく、勝利への導きでもあった。
由子は直也に目的の為なら『鬼』になってもいいとも思っていた。
由子の思いを受け入れる事のできない直也にとって、この試合だけは由子の思う希望通り『優勝』しかないと思う直也だった。
控室を出て廊下を歩きながら、直也は自分に何ができるか、と考えていた。
『これまでの3回戦で、何を学んできたのか?・・・』
直也には、試合で学んだ事を生かせる事ができれば、必ず勝てる自身があったが、それは後々の直也に襲いかかるものでもあった。
直也は1回戦目からをさかのぼって考えていた。
それは、パンチを繰り出す時のバランスとパンチ後の引き際である。
このタイミングを逃すと、相手の策略にはまる。
決勝戦の相手は、前回プロ並みの選手、そして優勝を勝ちとった相手だ。
直也と相手の選手の身長差や腕のリーチ幅に大差はなく、試合を見る限り『パンチ力』は俺以上だ。
直也は引き際のタイミングだけで、頭の中で考えながら勝負を挑む事を考えていた。
『あのフットワーク、どう引いたらいいのか・・・』
直也が引き際の事を考えていると『ヤスシ』は、直也に何かを察知したのだろう。
『直也、引き際の時、パンチを受けながら弾く事ができるか?』と、ヤスシは直也に聞いた。
『先輩、どういうことですか?』と、直也は問いかける
『相手のパンチを受けている事が相手にとって不安材料にもなるんだ』と、ヤスシは自分が体験した事を直也に伝える。
『不安材料って?何』と、直也には良く解からなかった。
『そうだ、相手はパンチが当たってると思い始めるはず、しかし相手はパンチ力に自信を持っているんだ、それを逆手にとれば勝てるかもしれない』
直也は『ヤスシ』の言葉を信じてみようと思った。
しかし、どうしたらそんな事ができるのか?直也はボクシングを始めて、まだ約4カ月の素人と一緒だ。
『試合の中で、学ぶしかないか?・・・』
直也は、不安と若干のプレッシャーの中、試合会場へと向かった。
直也と前回優勝者の相手が会場へ入ると、観客席から声援と拍手が湧いた。
直也は周囲の観客達を見つめると、なぜか『ファイト』が沸いてきた。
左腕の痛みは、鎮静剤の注射と観客達の声援と拍手によって消え去っていく。
『なんなんだ、これってなんなんだ・・・』
直也は声援によって不安もプレッシャーも消え去る事は初めて体験する事だった。
思春期の直也は、それが何故なのか気づく事も何もわからなかった。
思いもよらぬ感情に囚われていた感情が全て消えていく事が信じられなかった。
試合開始まで、あと5分、椅子に座り何度も深呼吸をする直也。
その直也の肩や首をマッサージする『コーチ』だった。
由子は、強く強く、ドリームキャッチャーを握りしめ、直也の勝利を祈る。
『久美ちゃん、直也に力を与えてね』と祈る由子だった。
直也は軽く体を動かしながら、リングの上の椅子に座った。
そして『ヤスシ』は直也の耳元で同じ事を囁く。
『引き際のタイミング、相手のパンチ力を弱くしろ・・・』と、何度もヤスシは繰り返す事で頭に残る事を過去の自分の体験で知っていた。
直也は、『ヤスシ』の声にうなずきながら、時計を見るとあと1分後、直也の口の中に『マウスピース』がはめられた。
そして、あと15秒後。
『両者、リングの中央に・・・』
『レフリー』からの言葉により、リング中央に歩き出す2人の選手。
直也と相手の選手は、見つめ合い首を縦に振り挨拶を交わす。
4回戦目、決勝戦の始まりだ。
『カーン!』
最終戦、決勝戦の『ゴング』が鳴った。

『ゴング』と同時に、両者ともに軽いフットワークで距離を測りはじめた。
そして、直也の左腕を気にしながら、相手の選手はジャプを打ち始める。
そのジャブは軽いもので、相手の選手は何かしらの策を講じていると、直也は思い、その策略にのってみようとする。
右利き同士の対戦だ、直也のリングコーナー下のトレーナーからは、言葉ではなく手で合図する動けの指示がでた。
直也は、その指示を無視し相手に向かっていく。
『直也って?変わり者か?リスクがありすぎるのに・・・』   
試合会場にいる観客席で誰もが思った事だろう。
それもそのはず『ハンディ』のある直也はフットワークで相手を追い詰めているが、追い詰められる相手は嫌な顔も見せず、左ジャブで距離を測り続ける。
『来いよ!来い、来い!』
優勝経験のある相手は、余裕で直也に腕を振りながら小さな声をかける。
1ラウンド2分を過ぎた時、相手の右ボディ、直也は痛めた左腕で受ける。
相手選手の右ボディの連打、直也は左腕でカバーを続ける。
コーナーサイドでは、
『やばいか、まずいぞ、直也!離れろ!右に動け右だ右だ』
この相手の選手のボディの瞬間、直也は左腕で受けながら右に動いた。
『軽い、軽いぞ、パンチが軽い、このタイミングか?』
直也は一瞬の瞬発力で、相手のパンチ力を弱める事を知った。
相手の選手は、この1ラウンドで『ダウンを』を奪おうと考えていたようだった。
しかし『ダウン』を奪う事ができない事で相手の選手の胸の内に直也は何かを植え付けていた。
『次は、顔面か?それとも、ジャブ、フック、ボディか?まさかアッパーか・・・』
直也の頭の中では試合の事しか考える事が出来なくなっていく。
しかし直也は左腕に軽いパンチを受けて続けていたが、あえて左腕を下げ、次のパンチはどんなものかを試す。
直也が左腕を下げると、相手は右フックを直也の頬に打ってきた。
まともに受けてしまった直也は、よろけるが『ロープ』に助けられ『ダウン』と見られる事はなかった。
一瞬の隙で、相手の右フックの強さを感じる直也であった。
『まともに受けるのは、まずいな、やば・・・』
直也は、ロープに助けられた時、相手のパンチ力の強さを知った。
『どうする? どうする? 俺・・・』


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特別版セイネンキゼロ8話

2017-06-03 10:05:16 | 特別版セイネンキゼロ


直也の胸の中で囁きながら、この2ラウンドは相手の『パンチ力』、ボクサーとしての『癖』を知る事と『体力』を奪う策略だった。
『ヤスシ』は『プロ』としての策略を、直也に話していたのだ。
中学生で初心者ができる策略ではなかったが、初心者でも直也なら出来ると『ヤスシ』は認め始めていた。
『直也!直也!直也!・・・』
『ジャブ、ジャブ、ボディ、ボディ、ボディだー』
『応援団のサポーター達』以外の応援する観客達は、打たれ続ける直也の応援を始めていた。
これも『ヤスシ』の『策略』の1つだった。
この声援を聞けば、相手の選手は焦る事もあり『ノックアウト』を狙いにくる。
しかし、そう簡単に策略にはまる選手ではなかった。
ずっと、打たれ続ける姿を見れば、何かがあると考えるだろう。
しかし、目的の為なら直也は冷静に打たれ続けた。
相手がパンチを出さなければ、隙を突きながら、軽いパンチを相手に当てる事の繰り返しだった。
相手の選手は、冷静にパンチを出す直也に、まんまと徐々に策略にはまっていく。
しかし、この策略は、直也にとっても『大きなリスク』があったのだ。
直也の体力は保持されるが、身体のどこかを痛める可能性があった。
中学生の直也には、そんな事はどうでも良かったのだ、ただ・・・。
『勝ちたい、優勝したい・・・』
直也は、この思いだけで『観客達』や『応援団のサポーター達』に、直也は打たれ強いタイプと見せる事こそ『最善の策』だった。
なぜか?それは、前回優勝者に勝ち『優勝ベルト』と『トロフィー』を由子に渡したい思いが強くあった。
直也が、この2ラウンドで何を求めていたのかと言えば、最終の4回戦、決勝戦での優勝であったのだ。
この思いが『闘争心』に変わり、直也に力を与えていたが、この思いは、直也の奥深くの心にある『怒り』を想い起してしまうとは直也自身は気づく事はなかった。
『直也!直也!直也!・・・』
『久美子』のような『由子の声援』が、直也を石に変え、いや岩となり、サンドバックのように殴られ続けていたのだ。
2ラウンド2分を過ぎると、直也の姿勢に変化が起きた。
初心者の直也にとって、リスクが大きかった。
耐えられると思っていたが、直也の姿勢は、『ガード』やや下に下がりぎみになり、『腕』と『グローブ』で『ガード』も下がりつつ甘くなっていった。
『まずいか!』
リンサイドにいる『コーチ』は、次の試合の決勝戦は無くなると思い始める。
『コーチ』は『会長』の顔を見ながら、『会長』も頷いていた。
2ラウンドは、もう数十秒で終わる為、直也の様子を静かに見守っていた。。
3ラウンドで、もし直也の姿勢が崩れる事あれば『コーチ』に『タオル』を投げる指示を『会長』は出していた。
あと十秒、九秒、八秒、七秒、六秒、五秒、四秒、三秒、二秒、一秒・・・。
『十、九、八、七、六、五・・・・・』と、『観客達』や『応援団のサポーター達』が『タイムカウント』を口ずさむ。
『観客達』や『応援団のサポーター達』は興奮した応援のあまり叫び始めたのだろう。
直也が、立っていられるかどうか?と、そして・・・
『カーン!』
2ラウンド終了のゴングが鳴った。

2ラウンドの『ゴング』が鳴り、直也はリングコーナーの椅子へ戻ろうとするが、直也の足運びと歩く『平衡感覚』に変化が見られた。
直也の身体は左に傾き、やや疲れた感じでリングの床を見ながらリングコーナーの椅子に座った。
『どうした、直也?』と『コーチ』が直也に声をかけをすると『会長』や『訓練生達』と『由子』は黙って見つめていた。
『え?なにが?』と、直也は何事もなかったように振舞っていた。
『お前まさか、左腕を見せてみろ』と『コーチ』が直也に声をかける。
『はい』と直也は答える。
『直也お前、左腕を痛めたな』と『コーチ』が再び直也に声をかける。
相手のパンチを打たれ続けた事で、腕は赤くなり、左腕はしびれ、直也は息を荒くしていた。
相手の選手は、直也と同じ右利き、それだけに左腕にパンチが集中していた。
ノックアウト、KO勝ちを相手の選手は狙っていたのは間違いない。
『勝利』の為の左腕を痛めた直也に『コーチ』は、次の3ラウンドで動きが止まれば『タオル』を投げると直也に告げていた。
しかし、直也は・・・。
『コーチ、タオルを投げるのは次の試合にしてください』と、直也はコーチに伝える。
『お前の身体の事、考えるのがトレーナーの仕事だぞ!』と、コーチは少し大きめの声で直也に声をかける。
『わかってますよ、でも俺は勝ちたいんです』と、直也は『コーチ』の眼を見ながら答える。
『このままだと、次のラウンドはもたないぞ、いいのか?』と、コーチは直也に問いかける。
『俺は、必ず勝ちます、大丈夫です』と、直也が言うと『コーチ』は黙ったままになった。
『コーチ』と直也の会話を聞いていた『ヤスシ』は直也の持つ『潜在的能力』を考えていた。
『潜在的能力』とは、ボクシングジムで『ヤスシ』とスパーリングをしている時、直也は痛みに耐え抜き倒れる事はなく、あえて『ヤスシ』は初心者の直也に『アッパーカット』で倒していた。
『ヤスシ』は『会長』から直也が『倒れるまで続けろ』と告げられていたのだ。
しかし直也は『意地』なのか、決して『クリンチ』する事や倒れそうになっても倒れようとはしなかった。
『痛み』に対して直也は『一時の間』に『痛み』を感じるような体ではなくなっていたというべきか。
それは、毎日の『減量』や『スパーリング』の『トレーニング』が徐々に厳しくなっていく『スケジュールプラン』が直也の筋肉質の体の変化に関わっていたのかもしれない。
『ヤスシ』と『ユウコ』は、直也の姿を見つめながら考えていた。
『まさか、会長とコーチは直也の潜在能力を知ってプランを作ったのか?』
由子の隣で『ヤスシ』は小さな声で呟やき、『コーチ』と直也との会話を聞いていた。
『直也、右腕はどうだ?』と、今度は『会長』が直也に声をかける。
『右腕は、全く問題ないです』と、直也は『会長』に言った。
『なら、相手は体力をかなり消耗してる、見てみろアイツを』と、会長は直也に相手を見るよう誘導する。
『苦しそうな感じですね』と、下向き加減の直也は相手選手の方を見ながら言った。
『そんな時は、左ストレートをフェイントして、ボディだけを狙え、いいか、ボディのみだぞ』と『会長』は『トレーナー』としてアドバイスをした。
『コーチ』の頭の中には『トレーナー』の1人として『タオル』を投げる姿が浮かんでいたようだった。
『コーチ』とは正反対に『会長』と『ヤスシ』は直也の気持ちを優先させた。
『コーチ、トレーナーとして3対1だ、これからは直也の思うようにして様子を見ようか』と『コーチ』に話す。
プロテスト前の『ヤスシ』は『勝利』と言うものを考えるのは当たり前の事だと思っていた。
『あの・・・会長、何で3対1なんですか?』と、直也は首を振りながら会長に聞いた。
『お前はアホか、ユーコの姿を良く見ろ、ユーコもトレーナーの1人だろ』と、『会長』は直也に言った。
直也の気持ちを良く理解していた由子は直也の傍に行き、眼を薄赤くして汗を流し笑う。
『直也なら勝てるよ、絶対に勝てるから』と、由子は汗を拭きながら直也に言った。
由子の言葉は、直也の心に強く響くものがあった。
会長やコーチは1分の間、3人の間での会話を聞いていて直也なら勝てるか?そんな思いを持つようになる。
『直也、勝ちたいのなら、ヤスシの言う通り、ボディだ』と、『会長』は直也にサポートする言葉をかける
『もう、勝ちに行くしかないぞ、判定では相手が有利だ』と『ヤスシ』もサポートする言葉をかける。
『そうですね、相手もその事を充分理解してるはずですから』と『コーチ』も考え方を変えサポートする言葉をかけた。
『わかりました、やってみます』と直也は声かけで何かが変わったようだった。
『よーし、いって来い!』と、『ヤスシ』が言った後だった。
いよいよ3ラウンドのゴングが鳴る。
『カーン!』

両者ともに勢い良く走り、リングの中央で両者のグローブとグローブが軽く当たり戦いは始まった。
両者ともに必死に戦いが始まり、負け劣らずパンチを出し合う。
ジャブ、ジャブ、ジャブ、フック、ボディー!
ジャブ、ジャブ、ジャブ、フック、ボディー!
ジャブ、ジャブ、ジャブ、フック、ボディー!
繰り返されるパンチの連打、10秒が過ぎた頃、直也の右ボディが偶然か必然かわからないが炸裂する。
相手の選手は、一瞬、嫌な顔をし後ろに下がり、足を動かし直也から離れるようになった。
『直也のボディが確実に効いたぞ!よし!』と『ヤスシ』が言った。
『直也!ボディ・ボディ・ボディ!』と、早口の『ヤスシ』の大きな声に合わせて『ボディ』の連打になる。
直也のリングサイド下からリングを叩く音と大きな声が聞こえる。
『応援団のサポーター達』や『観客達』は全く関係なく、皆立ち上がり、リング上の2人の選手を見つめていた。
この試合では誰もが直也と相手の選手を応援し始め、体育館の中一面が一体になったようだ。
しかし声援は一瞬だけ消え去り、しばらくすると、大きな声援が始まった。
直也は相手を追い詰めていく、どこまでも・・・。
『チャンス到来か?・・・』と、直也の脳裏に、この言葉がよぎった。
『いける、いける、いける!・・・』
直也が近づくと、相手はすぐに『クリンチ』をするようになった。
『ヤスシ』の思惑通りになり、そして、相手の『クリンチ』が多くなっていく。
直也は『クリンチ』をする相手を冷静に良く見ていた。
相手の選手の『クリンチ』の瞬間を、直也は見逃す事はなかった。
徐々に『クリンチ』をしてくる間隔があいてきた時だった。
直也は相手を追い詰めていく。
『足なら、大丈夫か』と、直也は思い描いていた。
リスクを負った直也だったが軽いフットワークで、どこまでも・・・。
このクリンチはムエタイではクリンチ状態から、頭、首を制して肘打ちや膝蹴りを放つ技術であるが、ボクシングでは相手に抱きつき動きを止める行為である。
相手が『クリンチ』する瞬間、直也のボディが炸裂する。
相手の選手は『ボディ』を打たれても『クリンチ』で逃れようとする。
直也はクリンチされる時、相手の息づかいを聞き、3ラウンド、2分が経過した後、直也は相手に対しクリンチをさせず、ボディボディボディ!の連打。
『ボディボディボディ!ボディボディボディ!』
リングサイドからも、ボディ・ボディ・ボディ!の声ばかりが聞こえる。
ボディボディボディ!の声援で、直也は右アッパーのように、必死に『ボディ』を狙い打つ。
直也のボディが炸裂すると相手の選手は、無防備状態になり、ボディ・ボディ・ボディの連打によって相手の選手はリング床に膝をついた。
『ダウン・ダウン・ダウン・ダウン・ダウンだ!』
直也はダウンを奪い、カウントダウンだ。
『ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス・・・』
相手の選手は首を振り、『マウスピース』を吐き出し、相手のリングコーナーからはタオルが投げられた。

この3回戦、3ラウンド、激戦の末、直也の腕が上げられた。
直也の3回戦目の『勝利』、手が上げられた時、直也の瞳には涙が浮かぶようだった。
リングサイドに戻ろうと向かう直也は、もうろうとしながら歩き何があったのか殆ど覚えてはいない状態。
『やばいかな俺、限界かな・・・』と、もうろうとして弱気になる直也だった。
こんな思いにかられながらリング下に降りる。
3回戦から4回戦目までの、休憩は10分だけのはずだった。
しかし、レフリーやリングしたの『ジャッチ』審判員達は、何かを話し合い、主催者側と協議を行っていた。
直也がリング下の椅子に座った時だった。
直也の前には少し離れて『ドクター』と『会長』『コーチ』『ヤスシ』が小さな声で話し合いをしている。
試合会場は静かになり『何?何?どうしたの?』とリングを見ながらの声があった。
そして・・・しばらくして・・・。
『=4回戦について、優勝決定戦は30分後に行います=4回戦について、優勝決定戦は30分後に行います=』
体育館のボクシング試合会場の中で2回の放送が流れた。
『どういうことだ?』と、誰もが思っただろう。


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