同級生
何度か深呼吸をして冷静さを戻したユウコは、僕に声をかけた。
「ねえ、覚えられた?」
「無理だべ、後でゆっくり見てくけ」
「そうだね、すぐには覚えられないもんね」
「入学式までの間に、見ておくべ」
「あのさあ、いつも思ってたんだけど、その方言、やめれば」
「向こうに行けば、やめるべ、きっと」
「本当に?…できるの?」
「たぶんな、でもどうだべ?」
ユウコの声かけに、適当に答える僕だった。話は卒業アルバムの事に戻るが僕には添え書きのページで気になる事があった、
「なあ、ユウコ、気になる事があるんだ」
ユウコは驚いた感じで、え?って感じで瞳を大きくしながら僕を見つめた。そう驚いたのは、僕が卒業アルバムを見て、気にしているという事だ。
以前の僕は、ユウコに今のような思いで、恋をしながら話す事はなかったし、僕自身、不思議な感じだった。きっとユウコも同じような感じだったんだろうと思う。それから地方の方言を使わなかったからかもしれない。
「何か気になるの?」とユウコは照れくさそうに聞いてきた。
まるで僕が恋の告白をすると思っていたかのようにだった。僕はユウコの顔を見ていて、そう思いユウコの瞳から目をそらした。
そして卒業アルバムの添え書きのページを見つめていた。
「ん、ここのさ、また会えるよ。S.Kって誰だっけ?」
この言葉をかけた時、ユウコの表情は、ガッカリしたような感じで、また深呼吸をしてから以前からの冷静な顔に戻っていた。
「な、な、な、なんだよ、直也の馬鹿」と小さな声で呟いた。
「え?何だよって、なんだ?」
この会話だけで、僕とユウコは互いに照れながら駅の天井を見上げた。しばらく天井を見上げたままの状態で静かな小さな箱のような駅の中でユウコの小さな声が耳に入ってきた。
「加藤真一君、シンちゃんだよ、覚えてないの?」
「良く解からないんだ、記憶が曖昧でさ」
「そうなんだ、私は良く覚えてるよ、直也のライバル」
「ライバルって?」
「直也とシンちゃんは、何かと競い合っていた仲だったよ」
「ん?」
「喧嘩するか、しないのか、マジ切れだったんだからね」
「マジ切れ?」
そういえば、僕はマジ切れしていた頃の記憶がよみがえった様な気がした。
何となく、脳の記憶の片隅にあったような。
「転勤族の加藤真一君、お父さんの転勤であっちこっち転校してた人」
「ああ、思い出したような気がするけど、写真はどれ?」
ユウコは、卒業アルバムの写真を見つめる僕の顔を見て笑っていた。
「ハハハ、直也、シンちゃんは1年生の時、数ヶ月で転勤したから、写真はないからね」
「じゃあ、わからねえじゃねえか、誰が書いたんだ?」
「私が、シンちゃんの代わりに書いたんだよ、シンちゃんに頼まれたから」
僕は、呆然としながら、そうだったんだと思ったが、顔が仮面の同級生の顔を想像していて言葉を失った瞬間だった。
「直也、いま、何考えてるの?」と、ユウコは僕の肩を人差し指で軽く叩きながら言った。
「ハッハハッハ、変な顔を想像して見てたの?直也は面白いね、どんな顔?」
「ああ、ちょこっと笑える、仮面ライダー」
「はあ、それは保育園の時の直也じゃない?」
「そうかもな、顔がわからない時は、いつも仮面ライダーだしな」
「じゃあさ、仲間以外のクラスメイトって、みんな仮面ライダーなの?」
「ああ、そうさ、みんな仮面ライダーだったかもな、でも仮面ライダーは1人じゃない」
僕はユウコに、馬鹿にされると思っていた、けど違った。
「ヒーロー好きは、変わらないのか・・・・・・」
ユウコは、きっとそう思っていたのかな。
「ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー」
僕が口ぐせにしていた言葉だったからな。
「あのさあ、本当にシンちゃんのこと覚えてないの?」
「覚えているような、覚えていないような、そんな感じだな」
「あ、そうなんだ、いずれ思い出すでしょ」
「ハハッハハッハハハッハ」
「ハハッハハッハハハッハ」
小さな声で僕とユウコは、2人で笑った。
それから、卒業アルバムの話から、別の話しに変わった。
「ユウコ、お前さ、カメレオンって知ってる?」
「もちろん知ってるよ。体の色を変えるんでしょ」
「そんなんだよ、ちょっと待ってて」
「ん、いいよ、でも何?」
ちょっとだけ、僕とユウコの会話が離れた時だった。
「あのさ、これなんだけど」
「ん?それ知ってるよ、誰でも読んでる絵本でしょ」
「誰でもって、俺は知らなかった」
「そうだろうね、直也は図鑑とか辞書とかしか観てなかったでしょ」
「ん?何で知ってるの?」
「誰からきいてたんだよ、自宅でいつも直也の周りには図鑑と辞書ばっかりってね」
「誰?」
「さあね、教えてあげない」
深く考える事が出来なかった僕は教えてくれねえのか、まあいいやって思った。
「きっと、直也の周りの仲間君達は、図書館で読んでたと思うよ」
「図書館?」
「直也は、まっすぐな人だけど、仲間のみんなは違うんだよ」
「何で?」
「だって、何で直也は、いつも成績優秀なの?」
「ん?」
「周りにいるはみんなは、直也とは違う、はっきり言って落ちこぼれでも直也と同じ馬鹿、真っ直ぐな直也と仲間でいる為にはカメレオンになるしかなかったんじゃない?」
「あいつらも、それなりに点数取ってたと思うけど」
「そうね60点以上は何とかね、でも直也は違うでしょ?」
僕は、点数の事なんて考えることもなかった事に気づいた時だった。
真っ直ぐで自由な僕と一緒にいる為には、あちこちから情報を取れる仲間でなければならならなかった事。ユウコは僕に話してくれた。僕は、いつも一緒にいて何でも話せればいいとしか考えてなかった。
でもユウコの話で仲間がいるという事は深いものがあるのだと思った。また話しは変わった。
「この絵本を見てる子供に、不良なの?って聞かれたんだけど」
「怒鳴ったりしたの?」
「いいや、怒鳴る気にはなれなかった」
「何で?」
「良く解からないし、子供の母親が不良じゃないからって言われたから」
「なるほどね、まるで直也みたいね」
「何で?」
「直也は、お母さんの言われる事には逆らえなかったでしょ」
「まあな」
「直也は、きっと成長したんだよ、短気のナオヤは消えたみたいね」
そういえば地元から離れられると思うと抱えた重荷が軽くなったような気がした僕だった。僕は自分というものが、はっきりと見えていなかったと思う。ただ、ある事からいつも逃げて、それでも何かと戦っていたのかもしれない。同級生達を守りたいという思いだけで、ただ真っ直ぐに生きて自分を本当に考えられなかったのかもしれない。これからは、ユウコの話で自分を大切にしようと思えた。
「ありがとうな、ユウコ、好きだ・・・」
「えっ?今、何ていったの?ねえ、もう一度聞かせて」
「いや・・・、何でも、何でもないよ」
「・・・、・・・、・・・」
「いつかきっと、シンちゃんと出会う事、あると思うよ」
ユウコが言った言葉の意味は、この時の僕は、良く解からなかった。そして仲間達よりも僕は小さな世界にいたのだと思った。中学を卒業すると実家のある公立高校ではなく、地元を離れ私立高校に行く事になる。受験した高校は地元の公立高校と私立高校ともに合格したが地元から電車では約1時間かかる私立高校である。そして直也は叔父の家から私立高校に通うことになっていた。
ユウコとの会話が途中で終わり電車が駅に止まった。
「電車が来たから、ユウコ、さようなら」
「直也、何で、さようならなの」
「もう地元にはいられない、思い出が多くてさ」
「また会う事はできないの?良い思い出もあるのに」
「良い思い出って、何?」
「覚えてないの?ボクシングで優勝したでしょ」
「覚えてるよ、でも何も変わってない」
「優勝した事で大島直也の姿は広がって暴力や恐喝やいじめが減ったでしょ」
「減ったのは分かるけど、なくなる事はないだろ」
「大島直也は有名になれた事は良かったと思う、暴力では何も変わらないって事は気づかせたと思う」
「気づいているのかどうかは僕には分からない」
ユウコは言葉を失ったが、離れた場所でいつか直也は気づいてくれると信じる事にした。
「直也、仲間達はきっと会いたがっていると思うよ」
「今は分からない何も、じゃあな、ユウコ元気でいろよ、仲間にも宜しく」
直也は改札口を通り電車に乗った。直也の後姿を見つめるだで声を掛ける事が出来ないユウコだった。そして僕は電車の中の出入口で立ちながら過去を振り返っていく。2時間先の駅に着くまで過去の自分の夢や仲間達との関係や様々な出来事を窓を先の光景を見ながら嫌な事も良かった日々を振り返る。