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特別版セイネンキゼロ7話

2017-05-31 10:32:45 | 特別版セイネンキゼロ


直也はボクシングトーナメント試合で言葉では表せない何か見つけていた。次は3回戦目、しかし直也には緊張感は殆どなくなり分析力と集中力で深呼吸を繰り返しながら息を荒くしていた。直也の頭の中にあるのは、もう優勝しか考える事はなかった。それが直也の緊張の元になるが、しかし、この緊張感はマイナス思考ではなくプラス思考が体に働きながら直也を変えていく。由子は直也が久美子や春樹や真一との別れから怒りと悲しみを抱き囚われた思いから逃れたいと思っている事も知っている。由子は、そっと直也の傍に寄り添い水とタオルを渡した。そんな由子の顔を見て直也は頭をかきながら笑う。由子も直也と同じように笑うと、まるで恋人同士のようだった。直也の通うジムの会長やコーチ、他に通う訓練生達は、きっと周囲から見えば2人を見ていた人達は彼氏と彼女と恋人同士と思っていたに違いない。
近くで見ていた観客の中で由子に声をかけてくる人達がいたが、
「話しかけないでください!」と由子は何故か涙目で言葉を返した。
「お前、そんな事言うな」と由子は直也に言われる。
「ごめんなさい、でもね、直也の為に言ったの」と由子は答えた。
「どうして?」と直也は静かな声で聞いた。
「優勝するんでしょ、邪魔な事は、私が許さない」
由子は直也の本当の思いを感じていたのかもしれない。直也は保育園入園してから幼き頃からの友として由子の思いや気持ちは知っていた。
「まるで、お前は久美子みたいだな」と直也は由子を見ず下向き加減で小さな声で呟く。
「えっ?今なんて言った?」と由子は直也に聞いた。
「なんでもないよ、お前は馬鹿だ、昔から大馬鹿だよ」と直也は自分の裏顔の気持ちで答える。
「馬鹿でけっこう、直也の為になるなら、どんな事でもするから」と直也に言う由子は強気だった。
2人の関係は由子の片思いかもしれないが直也の心は由子の思いに揺れ動いていた。直也自身の心が動くとは思う事はなかった直也は言葉では言い表せない思いからリング上のボクシングに目を向ける。
3回戦目となると更に強い優勝をした事のある選手との戦いだった。
「強いなーそれでも俺は勝つしかないんだよな由子!」直也は由子に声をかける。
「絶対に勝ってよね、直也がどんな人間なのか思い知らせてよね」
由子は、まるで自分がボクシングをしている気持ちで直也に答えていた。いよいよ直也の3回戦目準決勝が始まろうとしていた。直也は軽く体を動かしリング上の勝者を見つめている。まだ勝者が決まっていないというのに直也は勝者を決めていた。
「前回優勝者はアイツだ、この3回戦、絶対に勝つ!」
直也は前回優勝者が勝つと言葉にはせず自分に渇をいれてプラス思考になる新たな思いを胸の内で叫んでいた。3回戦目の前回優勝者は3ラウンドまで行われ判定によって勝者になった。
「アイツはかなり体力を消耗しているはずだ」
いよいよ直也の3回戦目だ。この試合を勝ち抜けば、あとは前回優勝者との戦いになる。直也は前回優勝者との戦いばかりを考えるようになっていた。優勝は目の前だ、直也には心の高鳴りによって再び緊張感がうまれていたが、その半面には賢い冷静さがあった。直也は過去の事は成長していく過程の過去として考えられ緊張感と冷静さのバランスを整えていたのだろう。
「さてと、どうするか?アイツには隙がなさすぎる、どうする俺」直也の頭をよぎる。緊張感の中で直也は3回戦目で戦うに当たり最善の策というものは無くなっていた。ただ前回優勝者は体力の消耗が激しく椅子に座る姿を見て、直也は、この3回戦は体力を消耗させないようにと自身で考えていた。その姿をコーチは気づいていたのか?わからないが。
「直也、やれるだけやればいいからな、きっとお前なら勝てるよ、この3回戦もな」
このコーチの一行の言葉で、ふと直也から不思議と緊張感が消える。それは直也が素の状態で素直になり目的や動機を持つ事が出来たからかもしれない。会長から言われた言葉で重要なのは1試合ずつ全身全霊で向かい合い試合に勝って行く事だった。直也は会長から常に言われていた言葉をトーナメント試合で忘れていた。自分自身の状態がどういうものであるのか緊張感と冷静さのバランスが取れている事に気づくと1回だけ深い深呼吸をする。直也は体育館の天井を見てスパーリング中のヤスシのアッパー1本で気を失った事を思い出していた。
前回優勝者の3回戦目リング上では前回優勝者の手が上げられた時、3回戦目の相手の姿を見つめていると相手も直也を見つめていた。3回戦目の相手は、まるで闘争心というか何かオーラというものを直也は感じていた。直也にはない何かを持っているかのような選手だった。3回戦目の相手選手は身長差はほとんどなくパンチ力のある選手だった。リング下に試合を終えた選手と交代で、直也は静かに観客達を見回しながらリングに上がっていく。「直也!直也!直也!」「大島!直也!大島!直也!」直也の声援が多くなっている由子の大声援の声も聞こえないくらいになる。リングコーナーではプロテスト前のヤスシとコーチは直也に声をかける事はない。会長は腕を組み、ただ直也の顔を見つめているだけだった。直也にアドバイスをするトレーナー役は、この時は誰もいない直也自身に任せる事にした。由子の大声援の声も聞こえないくらいになると由子は今度はタオルを振り回し始める。
そして「カーン!」3回戦目1ラウンドのゴングが鳴った。
相手選手のフットワークの速さは直也とほぼ同じ今までの選手の眼つきとは違った。直也は、とにかく勝つ事、自分を信じて相手の動きにあわせていくが直也のフットワークよりも速くなっていく。
「なんだ!コイツ、コイツ強いぞ、それに素速い」
直也は相手の選手から距離を測りながら心の中で思っていた。
「どうするか、どうする、俺、大島直也!」
直也は、そう焦る事はなく冷静さを保ちながら身体を揺さぶっていく。直也は相手の隙を伺いながら相手よりも先にジャブ!が入った!これならいけると直也は、身体で感じるものがあった。見た目ばかりを見ていた直也は軽いジャブが入る事に相手の懐へ入るとジャブ!そしてすぐに後ろに下がる。この繰り返しが1ラウンド続けら、相手は嫌な顔を見せたが直也はこのラウンドで鋭い集中力で体力を消耗していた。チャンスがきた!と思った時だった。
「カーン!」3回戦目、1ラウンドの終了のゴングが鳴った。
チャンスを逃してしまった直也は息を荒くしていた。手ごたえを感じた直也はコーナーの椅子に座ると相手を見ながら笑っているが体力の消耗に気づく事はなかった。「勝てる」とそればかり直也は考えていた。会長やコーチが教えていない事を、この試合で直也は自分自身で学んでいた。同じジムに通う訓練生達は直也の戦いに首を振りながら信じられないと思っていた事だろう。これが直也の持つ強さでもあり弱さでもあったのだ。見た目は強く感じるが落胆した時、直也のもろい刃の様な心は立ち直る事に時間がかかる。人間はある程度に強さと弱さを持っているが直也の場合は完璧さを求める為に、ある程度では済ます事ができないのだ。やり遂げる為には、どんな事を考え、どういう行動を起こせばいいのか。直也は自然と身についている産まれつきの素質の1つだった。
しかし会長とコーチだけは、その素質は強いものでもあり直也自身を壊してしまう事もある素質でもある事に気づいていた。プライドを持つ事は良いが、そのプライドの使い方によっては人を傷つけ自分をも傷つけてしまう事もある。直也にはプライドだけではなく他の何かが必要だった。直也が持つプライドをコントロールできるのだろうか?直也優先に動いているが、この3回戦は厳しい戦いになると会長やコーチは思っていた。直也に声をかけようか迷う会長やコーチだった。しかしプロテスト前のヤスシはリングサイドで直也に耳打ちしていた。何を伝えているのか、それは直也とヤスシにしかわからない。何を伝えたのか、それは2ラウンドの結果に出てくる。
「直也!思い通りにやってこい!」
「はい、先輩!」
ジムでは敬遠の中であったヤスシは直也の何かに気づいたようで直也と顔を合わせ笑っていた。
「カーン!」
2ラウンド目のゴングが鳴ると直也がとった行動はヤスシに言われた通り相手にパンチを出来る限り打たせるという行動だった。あえて隙を見せガードを深くガードによってパンチ力を見ると同時に相手のボクサーとしての癖を見つけていく。まさかここまでとは最善の策だった。中学生では恐怖を感じるところだが直也は相手のパンチをグローブと腕でガードをする中で相手を見つめながら笑っていた。
「来い!来い!来い!来い!来い!」直也の心の中での声があった。


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特別版セイネンキゼロ6話

2017-05-25 14:56:06 | 特別版セイネンキゼロ


1回戦目と同じようにフードをかぶり試合会場に入ると、直也には最初に感じていたものとは違う感じがした。2回戦目から選手8名で控室に戻る事はない。1回戦目は『極度の緊張感』がある事から控室で休憩をしたが2回戦目からはリング下で自分の順番がくるまでリング上を見つめる事になる。極度の緊張は思春期頃の選手であれば知らず知らずに誰もが持つものだった。ボクシングトーナメント試合のルールでは『極度の緊張』に配慮したルールになっていた。2回戦目から試合が終わったとしても、次の試合までリング下で椅子に座りリング上を見つめる事になる。控え室にいては、思春期頃では控え室にいれば『不安感』『恐怖感』『緊張感』が増す可能性がある為リング上の試合を見る事で減少されると思われていた。
選手達の『安心感』を与える思考や意識を変える事が考慮されていた。『強い、強いな』『次の相手になるのは誰だ』と選手達は考え次の試合の事を考え集中する。2回戦目となると、それぞれが自分の体力を考え1回戦目とは違うと思っていた直也や他の選手達は次の相手の選手を見つめていた。
「あの野郎、笑ってやがる・・・くそっ!・・・」
直也は前回3位の次の相手を見ながら思っていた。次の相手の笑う姿によって再び緊張だけでなく闘争心に火がついた様に心の中で動き始まった直也の心である。
「相手の作戦に惑わされるな、いいな、今は心理戦だ」と会長やコーチは直也に声をかける。
「え?なんで?・・・」と直也が不思議な笑みを浮かべると「ヤスシ」はリング上を見ながら笑っていた。
「この待ち時間は心理戦だ、アイツラを気にしすぎるな」と会長やコーチは直也に声をかけ緊張をほぐそうとしていた。
しかし、この時のヤスシの笑う姿を見る直也には、すでに「覚悟」という気持ちが抱かれていた。
2回戦目からは誰もが緊張がほぐれる、しかし互いに戦うもの同士は相手のファイティングタイプを気にする。直也にとっては初めてのボクシングトーナメント試合、自分1人で戦う事はできなかった。コーチの声かけで「心理戦か」と気づき直也の緊張感は消えていった。
「これがボクシングか、相手を思い心理的な作戦もあるのか?ならその心理戦に勝ってやる」
会長やコーチの声かけは緊張をほぐすだけでなく直也に初めて本当のボクシングを教えていた。ジムでの練習では教えられない事を試合の中で教えていくのだ。1回戦目は、八組目、2回戦目は、四組目・・・。
前回1位の選手は一組目という事は直也が勝ち進めば最終的に前回優勝者との戦いになる。由子は直也の隣に座り直也の横顔を見つめている。コーチは直也の肩や首をマッサージしリング下にいる由子の一席を開けて隣には同じジムに通うプロテスト前のヤスシが座っていたがヤスシは椅子から立ち上がり、リング上の試合を見ながら直也に近づき声をかけた。
「直也、次の試合から俺もリングサイドにつくからな」
「トレーナーの会長とコーチだけじゃないの?」と緊張感の全くない直也の姿をヤスシやユウコや会長やコーチは笑っていた。
「お前が面白くなったよ、お前と一緒に戦いたくてな」とヤスシは直也に言った。
「え?なんで・・・」と、また直也を見て笑みを見せている。
「3カ月ぐらいで、お前はプロテスト受けてるみたいだ」とヤスシは言った。
ジムのリングでスパーリングの時、たった一発のアッパーで倒された『ヤスシ』からの言葉は直也を勇気づけた。
「俺が面白いって?なんだよ!」と直也は思うがヤスシの気遣いに感謝してたのだろう。
言葉にはしないが直也は胸の内で思った。
試合会場の観客達や応援団のサポーター達、次の相手の選手だけでなく他の選手も皆、プロテスト前のヤスシの事を知っていた。
「まさか、プレッシャーが?消えた?」と直也は思えた。
会長はリング上だけでなく周囲の観客や応援団のサポーター達や選手達の動きの流れを見ていた。そして直也が選手達にプレッシャーをかけるとすればプロテスト前の知られたヤスシをリングサイドに置く事こそ最善の作戦であったのだ。プロテスト前のヤスシは高校一年生、中学時代トーナメント3回の優勝した選手だった。誰もが知るヤスシの存在は会長に自分がリングサイドにつく事を交渉していたのだ。何故かと言えば心理戦にも勝つ為である。それだけではない、ヤスシは直也の天才的なものがどういうもの、知りたかったのだ。直也にとっても強いヤスシがリングサイドにつく事で不安感が取り除かれていく。そろそろ四組目の試合だ。
「直也、気を付けてね、馬鹿な事考えないようにね」
由子が直也に声をかけると直也は笑顔でうなずいてリング上へ向かう。
「ん、何だよ。馬鹿な事って」と直也は思いつつ、ふとユウコの言葉で迷い無き暴力?と思い出した事である。由子は直也の事を全て知っている存在でもあり表現力にとんだ能力もあった。リングの上に立つ直也は何かを祈るかのように深呼吸をしている。直也は孤独に戦っているのでなく共に戦ってくれているセコンドがいる事に気づいていく。プロテスト前のヤスシは直也に言葉をかけずに直也の姿を見つめるだけで、これも心理戦の1つだった。戦う相手は直也サイドの行動を気にしている。会話もなく、あいづちだけで、あうんの呼吸で何かを伝えているとなれば相手の不安材料の1つにもなるかもしれないのだ。リングサイドのセコンドについた会長とコーチとヤスシに直也は首を縦に振り笑顔を見せるだけであった。
「え?直也が笑った?どうして・・・」
由子は直也は誰にも心を開く事がなかったのに?と胸の内で思っていた。一時的なものだが、この日から直也の成長が始まったのだ。そしてゴングが「カーン!」と鐘が鳴ると直也の眼つきは瞬時に変わった。眼(ガンツケ)を飛ばす眼ではなく冷静な覚めた目つきでリングの中央に向かう。ジム関係者によって「勝利」への策は作られ、あとは直也がどう動いていくか、どう試合を進めていくかであった。さすがに2年目の選手は軽く速いスピードのフットワークで直也の動きを崩そうとするが直也は何かにとりつかれたように相手の動きに冷静についていく。相手の選手は自分のフットワークについてこられる事にイライラしているようだった。直也のフットワークは相手の選手には楽について行けるようだった。直也は何かに気づいたようで距離を測り始める。相手の選手は、よほど直也にイライラしていたのだろう。先に左ジャブを打ってきたのは相手の方だった。「いける、いけるぞ!」と直也の中で何かが動き始めていた。直也のフットワークは相手を上回り瞬時に相手のパンチに腕とグローブで反応する。
直也は軽く手を伸ばすだけで自分の体力を考えていたに違いない。
「カーン!」1ラウンド終了のゴングが鳴る。
リングのコーナーの椅子に座り直也は相手になる選手を見ながら笑っていた。
「直也!いけるか?」
「当り前のこと、聞かないで下さいよ」
「ん・・・そうか?」
リングサイドからの声に直也が答えると会長とコーチやヤスシからは、もう何も声をかける事はなかった。
「カーン!」
2ラウンド目のゴングが鳴ると直也は一気に走り出し身長差があるというのに自分にあえて不利な姿勢をとった。強引に選手相手の懐に入り腰を低くし突如「ボディ、ボディ、ボディ」の連打、直也のボディの連打に不意を突かれた相手は苦しかったのか顔色を変えガードが下がったところで「ジャブ、ジャブ」の連打。相手がガードを上げたところで再び「ボディ、ボディ、ボディ」の3連打。相手の選手は膝をつきダウン、そしてカウントが始まると直也は両手を挙げコーナーへ戻る。
「もう終わったよ、ふー」セコンドの会長やコーチにではなく直也は由子を見ながら言った。その後に深い深呼吸をして会長とコーチとヤスシにも同じ言葉で声をかけた。この2回戦目は、2ラウンド目、約1分で終わった。
この2回戦で観客の応援の声の中には由子が「大島!直也!大島!直也!」と叫ぶと「大島!直也!大島!直也!」と由子の叫びに合わせる観客席だ。直也への声援が増えてきていた。直也は観客達や応援団のサポーター達に直也自身の有能さを認めさせた時である。直也はリングのコーナーの椅子に座った相手へ握手を求め直也の表情には余裕すらみえるようだった。リングから降りた直也が見つめる先にいるのは前回優勝した選手の姿があった。
「直也、お前、優勝を狙ってるんか?」と会長は直也の速い変化に、しどろもどろしながら声をかけた。
「俺は勝つ為にリングに立ってるんでしょ、会長」と直也は会長の声かけに答える。
ボクシングを始めて、まだ3カ月の直也のボクサーとしての成長は直也の心の成長となるよう会長は願っていた。直也が何故ボクシングジムに通う事になったのかを良く知っていたからだ。
「なら絶対に勝て、直也、優勝は目の前だからな」
「はい・・・」
直也の素直な一言に会長やコーチは驚きを隠せず無言、ヤスシと由子は驚く事無く直也を見つめ微笑むだけだった。


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特別版セイネンキゼロ5話

2017-05-20 10:39:00 | 特別版セイネンキゼロ


『一試合3ラウンド、試合は4回戦・・・4回戦で優勝』と囁きながら直也は自らのプレッシャーに立ち向かっていた。いや、プレッシャー以外にもあったのではないだろうか?直也の純粋な心の中にある『思い』というよりも『世の中への怒り』か『刹那に切ない願い』を抱いていたのかもしれない。しかし『世の中への怒り』が強く抱く直也は『刹那に切ない願い』は心の中に閉じ込め封印していたのかもしれない。試合会場ではサポーター達や観客達の声は大きく響いていた。
『ジャブ、ジャブ、イケーイケー、今だー・・・』
『ジャブだ、ジャブだ、ジャブだ、イケーイケー、今だー・・・あ~』
リング上の試合を見る事もなく応援団サポーター達の声は直也の耳に届く声はなくなっていった。試合は進んでいく中、直也の心の中に映し出されていたものは中学に入ってから幼き頃の過去の出来事だった。直也にとって初出場のプレッシャーだけでなく『怒り』の感情に打ち勝つには過去を思い出す事以外にはなかったのだろう。そして『悲しみ』『苦しみ』『刹那に切ない願い』の感情も含め自分の『心の荒波』と向き合っていたのだ。試合前に出かけた場所では・・・。
直也が遮断機ない踏み切りの前に立ちドリームキャッチャーを握る姿を見ていた『あのヤツ』がいた。直也は、まるで幻覚を見ているかのようだったが一時の幻であった。『直兄ちゃんを守ってね』と『ヤツ』には、久美子の言葉が忘れる事はなかったのだろう。そして『ヤツ』は試合会場の公民館の体育館の壁に寄りかかりボクシングの試合をずっと見つめていた。唯一、一般の観客で直也を見て静かに声を出す事もなく応援していた1人だった。一組目終了、二組目終了、三組目終了、四組目終了・・・優勝候補者の2人は確実に勝ち進んでいた。そして八組目の紹介が始まり直也はフードコートを脱ぎジム関係者に見送られコーチが上がりやすくロープ間を広げ直也はリングに上がった。直也がリングに上がると一瞬周囲は静まり返り、しばらくすると相手選手の名前だけが飛び交った。大島直也の噂は市町村では知られていたが顔や姿を知る者は少なかった。
由子は他の応援団に負けまいと『直也!直也!直也!』と大声を出していた。
会長やコーチやジムの訓練生達も『大島!大島直也!直也!』と大声を出していた。
その大声は徐々に広がり応援団サポーター達の声援は徐々に静かになり小さな声で呟き声があった。
『えっ?大島直也って・・・』
『あの噂の直也って・・・』
『あれが大島直也のか?マジかよ!』
『本当なの?冗談でしょ、想像してたのと全く違うよ』
由子達が大きな声で叫んでいた事で応援団サポーター達や観客達は直也を見つめながら、口を開け驚いた様子だった。市町村の住人では『噂』になっている直也がリング上に立っている事が不思議だったに違いない。水泳大会で優勝に導き不良とは呼ばれていないが喧嘩っ速くも仲間達から慕われる存在というのが直也の噂だった。
それどころかリング上に立つ直也の身長の高さや筋肉のつき方は他の選手とは違う。顔は中学生、体つきは中学生には見えなかったのだろう。
直也は紹介されるとリング下の周囲を見回していた。まるで『俺が、大島直也だ!』と言わんばかりに笑う事なく冷静な目つきで応援団サポーター達や観客達を黙らせていた。試合開始のゴングまでリング下にいる由子を見つめる直也。由子も直也を見つめていると直也は優しい目つきで由子に何かを伝えているかのようだった。由子は『タオルは投げるな、必ず優勝する』と、そんな事を言われたような気がしていた。
『直也は絶対に勝つよね!』と由子は笑顔を見せながら心の中で直也に声をかける。直也は由子の心の声を聴いたかのように由子だけに笑顔を見せた。直也が笑顔を見せた時『カーン!』とゴングが鳴った。

1回戦目、直也は動かず、相手の姿をじっと見つめたまま、パンチを出そうとはしなかった。
『直也!行けー動け!動け!動け!何してる!』と、リングサイドからの声があった。
『ジャブ、ジャブ、ジャブだ!・・・』と言っても直也は相手を見つめ何を考えているのか誰も分からない。
『直也!行けー動けー!動けー!』
会長やコーチは、そのまま動かなければ、身長差があるとはいえ、直也の懐へ入られたら相手の思うつぼになると思っていた。
観客達も大声で応援するのではなく、ざわめきだした、何が起きようとしてるのか誰もわからない。
しかし、相手はパンチを出そうとするが、直也にリーチの差で軽いフットワークでパンチは当たらない。
1ラウンド2分が過ぎた頃、相手は直也の懐へ入り、ボディーを狙ってくる。
しかし、直也へのボディーは、直也の必死の策であった。
相手のボディーを直也は後ろに身を引き、ダメージ最小限に抑えていた。
懐へ入れば、相手はボディーを狙うしかない、これが緊張の中、直也の出した答えだった。
その後すぐに直也は、軽い右フックから左の『ジャブ、ジャブ、ジャブ』の連打から右ストレート。
相手の選手は、リングの中央あたりからロープまで飛ばされ、ダウン!ダウン、そしてカウントナイン。
前回3位の選手は、よろけながらも立ち上がろうとするが、立ち上がる事はできなかった。
試合を見る誰もが自分の目を疑ったであろう。
『マジかよ!』『信じられない』と応援団達サポーター達や観客達の殆どの人が思った事だろう。
直也は冷静に相手がどう動くのかを冷静に見極めていた。
直也はプレッシャーを乗り越えていたのだ。
冷静な直也は、『ヤスシ』とのスパーリングで心理的な作戦をも考えていたのだ。

『え?マジで!1ラウンドで?・・・KOだなんて』
ボクシングを始めて、たった3カ月の直也は、1ラウンド2分30秒で、前回3位の選手からノックアウトKO勝ちをした。
ジムの会長やコーチ、共にジムに通う訓練生達は、直也の運動能力を知った時だった。
サポーターと観客達は、無言で静まり返り、直也はリングから静かに降りて行く。
リングを降りると、由子の前に立ち『勝ったよ』と息切れしながら小さな声で囁き、30分の休憩で控室へ戻っていく。
次は2回戦目、優勝候補者、前回2位の選手である。
控室に戻る時、一瞬だが集中力に欠け疲れかけた直也は『あのヤツ』を見かけたような気がした。
『ヤツ』の姿は幻か?私服でいる『アイツ』じゃないはず・・・。
(幼なじみであり竹馬の友と言ってもいいだろう)
この幻は、幼なじみとの過去を思い出すと直也に何故か『勇気』や『安心感』を与えていた。
『ジャブ、ジャブ、ボディー、ボディー・・・』
試合を振り返りながら控室に戻ると、直也はため息をつき呟き、椅子に座ると由子だけに『怖かったよ』と直也は本音で声をかけた。
控室で休む直也は、由子が今までに見てきた直也ではなくなっていた。
会長やコーチ、ジム関係者は直也に声をかける事はなかった。
直也は『自分というものを見つけ始めたのではないだろうか?』
コーチは会長に話しかけると、会長は直也の前に座り、両手で直也の頬に触れ声をかけた。

『自分を見つけ始めたのなら、自分を信じてみる事も大切な事だ、勝つも負けるも直也!お前しだいだ』

会長は直也に静かな声で言葉をかけると、直也は会長の眼を見つめ笑みを浮かべていた。
自分を信じる事、そう直也が探し求めていたもの、『怒り』や『憎しみ』に囚われていた直也の心の中にある、ぽっかり空いた隙間を埋めていく。
1回戦を勝ち抜いたものは8人の選手、控室は一号室だけになると、フードをかぶりながら直也は控室にいる他の7人の様子を見つめ、相手の体調や自分の体調の状況を冷静に伺い始めていた。
相手を見る直也は、この時『優勝』という言葉が、はっきりとした『本当の決意』となり、直也の心の中に芽生えていた。
1回戦を勝ち抜き、中途半端な決意であった事を直也は気づいていく。
この気づきが直也を変える。
試合を振り返る直也、誰よりも大きな声を出して応援してくれるのは、由子だけである事を知った。
しかし、リングサイドで『ジャブ、ジャブ、ジャブ・・・』とセコンドの会長やコーチの言葉があった事を思い出す。
『俺は一人じゃない、孤独でもない、応援してくれる人はいるんだ』
応援をしてくれる人が1人でもいるのなら、その期待に応えたいと直也は思えるようになる。
『次の相手は、アイツか・・・』と、直也は静かに呟く。
次の試合相手の動きやその周囲にいるセコンド達や応援団サポーター達を見ながら、自ら勝つ為の策を練るようになる。
会長やコーチは、全てを直也に託していた為、何も言わずマッサージを施すだけであった。
1回戦と同じように、しかし1回戦の時は畏怖しながらの策で余裕がなかった。
控室の中、相手の動きを見つめる中で、策を練る事で直也には余裕ができていた。
『そろそろ行くか、直也』と、コーチが直也に声をかけると『はい』と、直也は素直な言葉で余裕のある返事をして控室から試合会場のリングへ向かった。
『どうしたんだろう、直也が違って見えるのはなぜ?』と、直也の後ろについて歩いている時、由子は思った。
試合会場内に入ると観客の熱気に包まれたが、直也は冷静でプレッシャーを感じる事はなかった。
いよいよ2回戦目、次の相手は前回3位の選手、対戦は四組目である。
身長差12センチ、直也よりも背が低く、フットワークに優れている選手で、直也と同じファイティングタイプの選手である。
直也は、いかに次の対戦を勝ち抜くかを考えていた。

『僕は独りじゃないんだ!ヨッシャー』と、直也は静かに心の中で気合を入れた。


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特別版セイネンキゼロ4話

2017-05-15 11:40:48 | 特別版セイネンキゼロ


クロールの選手でも追いつく事ができないスピード、それも背泳ぎで。この3種目の選手がいなければ、市町村の水泳大会に参加する事はできなかった。しかし、この直也が背泳ぎの選手になった事で、通う小学校は市町村の大会に参加する事ができるようになる。それだけではない、直也の存在は他の選手へも影響を及ぼした。『ライバル意識』という観点で他の選手もスピードを上げていく。
市町村小学生水泳大会で初出場で優勝を果たすのだ。この時をもって直也の存在が教師達の中で見直される事になったばかりでなく、特別学級の生徒へのいじめもなくなり、直也は喧嘩をする事がなくなったのだ。直也の素質を知ったのは、まず春樹と久美子、次に由子、真一、仲間達、教師達の順だろう。直也の周りには常に仲間達がいた。中学へ入学すると他の小学校からの生徒も仲間に入る。直也は慕われる存在として見られるようになり中学に入ってから大切なものを失う事が多くあったが、それに耐える力を持っていた。この頃の中学では先輩達からの『暴力』や『カツアゲ』等、様々な問題があり荒れに荒れた時代の中、直也の存在は先輩達から仲間達を守る事、他のクラスの同級生をも守ろうとしていた。直也の素質とは何か、それは中学を卒業した時に、周囲の人達は知る事になる。
『直也とは何者か』と・・・
ボクシングジムの会長やコーチは直也の過去を理解し知る事によって直也の持った悲痛や苦痛、怒りや憎しみを知り直也の『心の更生』を考える。共にボクシング試合で『優勝』から『心の更生』というものに賭けてみようとしたのだ。直也はボクシングを始めて日は浅い、しかし試合までの間、約3か月間でどれだけの成長をするのだろうか?
直也は必死に生きていた時期でもあった。11月下旬、中学生市町村ボクシングトーナメントまで、あと1週間。直也は孤独となり心にある『悲痛と苦痛』と『いじめと暴力』に対して戦いを挑んでいく事になる。9月下旬には、ボクシング試合の日時と場所と条件が決められていた。市町村からは中学生16名の出場が決まり条件を満たせなければ出場停止となる。その条件とは体重は55キロから60キロ以下、身長には条件はなかった。
直也には、この『身長には条件がない』事が有利と思われたのだが直也の身長は1メートル70センチ、体重は69キロ。やせ形であったが、さらに体重を9キロから10キロ減量しなければならなかった。10月に入ると減量とトレーニングのスケジュールプランが新たに作られていた。減量とトレーニングのスケジュールプランは厳しいものだったが、直也にとっては有りがたい事だった。
『必死になれる、何もかもが忘れられる・・・』
直也は心の中にある剣を隠し必死に無心の中でプランをこなしていく。ジムへ通う他の訓練生達は直也を見ながらも近寄る事も声をかけようとはしなかった。由子も同じく直也の姿を見ながらベンチに座っているだけだった。汗を流しながらの減量、リングへ直也が上がれば由子はリング下で直也を見つめる。直也はジムの隅で減量の為、汗をかきながら微かな声で何かを口ずさむようになっていた。
『1試合3ラウンド、試合は4回戦・・・4回戦で優勝・・・』
狂い始めたかのように見えた直也は、優勝すると心の中の決意が、自然と口に出ていたのだ。『頑張って直也!』由子は優勝と口ずさむ直也に微かな声をかけていた。11月上旬、スケジュールプラン通りに進み体重五十九キロまで減量した。毎日毎日、早朝マラソン、学校、ジムでのトレーニングが続く。直也は、いつもTシャツを着ていたが減量が終わるとTシャツを脱ぎリングの上での本格的にヤスシとのスパーリング。そして他の年上の訓練生達とのスパーリングが、毎日ヤスシと訓練生の1人の2人と3ラウンドずつ行われた。試合が終わるまではジムでの生活、就寝は21時、リング上に布団を敷き眠る。朝5時に起きて10キロマラソン、少し休むと学校へ通う。試合まであと3日となった時、会長はモノクロのポスターを直也に見せた。優勝候補とされる選手は大きく載せられ直也は4センチ角の小さな枠に映っていた。
コピーで作られたポスターに、直也が写っているとは誰も思えないようだった。
『直也!お前はちっちゃいなー』
ジムの会長は笑いながら直也をからかうように見えるが直也の心の中の『闘争心』に火をつけようと声をかけていた。試合に必要なのは『怒り』ではなく『無心の闘争心』だけで良かったのだ。試合まであと3日、直也の眼の色は、これまでの直也の眼ではなくなった。もの静かな瞳に『怒り』というものは感じられなくなっていた。会長は『闘争心』を持たせる為に声をかけていたが、この時の直也には闘争心を抱く事はなかった。もの静かで冷静さの見える直也は、いつ闘争心を抱く事ができるのだろうか?
ボクシングトーナメントのポスターは公民館に貼られていた。偶然か?それとも必然か?そのポスターを見て直也に気づいた『ヤツ』がいた。直也にとっては『竹馬の友』だった。
ポスターを見ながら、久美子の作った『ドリームキャッチャー』を握りしめ『直兄ちゃんを、守ってあげてね・・・』
『ヤツ』は、久美子のお守りを握りしめ、久美子がヤツの家に行き渡された時の事を思い出していたようだ。そして3日後、中学生市町村対抗ボクシングトーナメント当日となる。日時場所は、11月月22日、時間は9時30分から11時30分の2時間、場所は○○市体育館、控室は公民館2階にある一号室と二号室。トーナメントは、出場者16名、控室には8名ずつ。計量時間は、8時30分からとなり16名の出場が決まった。
直也は計量が終わるとすぐに控室へ戻る事はなかった。
『少し走ってくるから』
直也に余裕があったのか、それともプレッシャーがあったのかは誰にもわからない。会長やコーチ、由子は声をかける事なく直也の言葉にうなずくだけだった。直也以外の選手は控室で軽く運動を始めると同室者は凄い熱気に包まれているように感じていた由子だった。走ってくると言って出て行った直也は、遮断機のない踏み切りを見つめ、久美子を思い出し『ドリームキャッチャー』を握リしめる。直也は、自分の決意というものを久美子に伝えに行っていたのだ。由子は控室で直也の事を思うと、踏み切りに行っているのを感じていた。控室で暇な由子は1人でリングのある体育館に足を向け体育館に入ると応援団らしき観客の熱気で包まれていたが、そこには直也の応援団はいなかった。ジムに通うプロテスト前のヤスシを含め、訓練生6人は控室で直也が返ってくるのを待っている。直也がフードをかぶり控室に戻ってくると、同室の選手達は不思議そうに直也を見ている。フードをかぶったままの直也は椅子に座ると、コーチが直也の肩や首へのマッサージをする。
『勝とう等と思うな、自分を信じて前へ進めいいからな』
会長は直也の耳元で囁きかけるが、直也はフードをかぶったまま、身動きする事もなく床を向き、決して顔を見せようとはしなかった。
『そろそろ時間だ、直也、信じるものだけを見つければいい』
直也は控室で同室者には、決して顔を見せる事がなかった。こんな直也に同室者達は、どう思っていたのだろうか?
いよいよ、トーナメント会場へ16名の選手達が向かう。会場へ入ると盛大な拍手が湧いていた。直也以外は、中学一年生の時には皆、リング上に立っていた選手だった。
『頑張ってー頑張れー・・・』
特に盛大な拍手で迎えられたのは、中学一年生の時、1位と2位の選手、そう優勝候補者だった。
選手16名はリングに上がり紹介されるが、直也はフードをかぶったまま自分のアピールをする事はなかった。
紹介された後は静かにリングから降りボクシングトーナメントが始まった。直也の1回戦は8番目、リング下にいて椅子に座っていたが、まだフードをかぶったままで床を見つめているだけで他の選手の試合を見る事はなかった。直也には戦う相手は誰でも良かった、戦う相手は自分自身だと思っていた。試合前までのヤスシとの激しいスパーリングの中で、自分の『心』と向き合う必要性に気づいていた。
応援団達サポーターの声は直也にプレッシャーをかけていたが微かな声で直也は・・・。


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特別版セイネンキゼロ3話

2017-05-12 16:14:45 | 特別版セイネンキゼロ


直也がボクシングを始める前は仲間達と共に『いじめ』には『いじめ』で『暴力』には『暴力』で立ち向かっていた。しかしそんな日々があったが何も解決する事がなく、むしろ悪化の糸をたどっていたように思えた。過去の『いじめ』で自殺には至らなかったが『登校拒否』や『引きこもり』をする生徒が増えていた。教師達と生徒の両親は連携をしながら対応していたが効果は薄いものであった。いじめをされている生徒は、いじめにあっている事を決して家族や教師、友達の誰かに話す事はしないからである。それだけでなく、いじめを見ても告発する生徒はいない。
自分も『いじめ』られる対象になりたくはないのだ。
このままでは『自殺』する生徒が出る可能性があると生徒の中では誰もが思っていた。しかし何も解決策がないままであった。ある時、直也は幼なじみの『=臼井和志(ウスイカズシ)=』と血まみれの喧嘩をした時があった。この事がきっかけとなり、『いじめ』や『暴力』には別の戦い方があるのだろうかと直也は考えていた。由子の言葉から直也は自ら抱く『怒りや憎しみ』そして『いじめや暴力』この2つの難題を解いていく為にボクシングを学び本当の強さを見つけ出そうと動き出していた。由子から勇気を与えられた直也の心の隙間は『目的(達成動機)』を心に抱くというもので埋まっていくのである。直也はボクシングジムへ通うようになると学校では仲間達と一緒にいるが以前の様な直也ではなく何かを秘めたような、もの静かなものだった。授業が終わると直也と由子は、すぐにジムに向かう。
直也のいない放課後は仲間達にとって寂しいものだったが『直也は必ず戻ってくる』と信じて直也とは違う道を歩き『いじめや暴力』に立ち向かっていた。由子の言葉によって直也の心の隙間が『目的』というもので埋められた日から3か月後アマチュアの試合があり直也はその試合に出場する事になった。スパーリングを観ていた会長とコーチは直也の持つ素質を見抜いていたのだ。そして直也と由子の間には無言の約束があった。それは『優勝』という2つの文字であった。優勝する事で何かが変わると直也と由子の2人だけは信じていた。
直也が『優勝』する為には『目的』に向かい揺るがない気持ちと、直也がどれだけ冷静に試合に臨む事ができるか?であった。この2人の思いは直也がボクシングジムでの練習を重ねていくうちに会長やコーチ、訓練生達、そしてプロテスト前の『ヤスシ』にも伝わっていく。本来『ヤスシ』はセコンドにつく事はないが、直也の練習をする姿を見て、直也の思いは『ヤスシ』の心を動かしていた。しかし試合に向けてサンドバックを叩く直也に問題があった。直也は『苦しみ』と『怒り』という感情がコントロールできなかった。サンドバックを叩く姿は冷静さを失くした直也は、まるで『野獣』のようで『追い詰められた虎』のようだと思われる、そんな日々が1週間続いていた。そして錆びていた金具が外れ横たわるサンドバックに馬乗りになり涙を流しながら拳で殴りつけていたのだ。会長とコーチは話し合いをしたが、直也の心の更生に解決策は見つからなかった。そんな時ヤスシは毎日3ラウンドのスパーリングをしたいと申し出た。会長とコーチはプロテスト前のヤスシに怪我をさせたくなった。しばらく悩んだ末、どうしてもと言うヤスシの申し出を毎日1ラウンドのスパーリングという事で承諾した。
ヤスシには怒りに囚われた直也の気持ちが痛いほど理解していたのだ。ヤスシは過去の自分を直也の姿と重ね合わせていた。『行き場のない、もろ刃の心』は、直也なら気づけると信じてヤスシは直也に気づかせたかったのだ。2週目から毎日ヤスシと直也のスパーリングは始まった。由子は毎日ジムのベンチに座り直也を見守っていた。そして直也を思う由子の瞳には涙を見せる時があった。スパーリングが始まって2週間、直也は徐々に冷静な表情になりスパーリングをするようになる。
直也の最初の1週間は、久美子と春樹との永遠の別れや和志の家庭内暴力、虐待、学校での『いじめ』や『暴力』などを考える事によって、直也の心の中で迷走し『怒り』『悲しみ』そして苦しんでいたのだ。直也は仲間達から見れば強さというものを持っていたに違いないが、心の奥に潜む感情に囚われ弱い心であった。ヤスシは直也とスパーリングをする事で眼を閉ざさず相手を見る事を気づかせていた。心を閉ざしてしまっていた直也の心を開かせようとスパーリングをしていたのだ。たった1ラウンドだがヤスシはプロテストのリングで戦う力を出し切り直也とスパーリングをしていた。そして直也は冷静さを取り戻す事ができた。
直也に冷静さが戻るとボクシングジムでは会長やコーチによって試合に臨む直也のトレーニングプランが立てられ調整に入っていた。あと2カ月以内に直也というボクサーを創りあげなければならない為、過酷なトレーニングプランとなっていた。しかし直也は過酷なトレーニングプランを愚痴一つ言わず静かに毎日こなしていく。これが直也の持つ一つの素質だった。目的の為ならどんな事でもやり遂げるのが直也だった。プランが立てられてからの直也は自宅に戻らずジムに泊まり込みトレーニングをしながら学校へ通う。トレーニングが始まってから2週目に入ると直也は会長やコーチに承諾を得る事なく全ての項目のプランを2倍に書き換えトレーニングを始めていた。ヤスシとのスパーリングだけは3ラウンドと3倍とした。学校では仲間達と一緒にいたが直也は静かなもので会話をする事はない。それでも仲間達は直也の周りで笑っていた。学校での直也の変化によって学校内でも変化が起きていた。以前よりも騒がしさはなく静かな学校になっていた。直也は久美子が作ったドリームキャッチャーを毎日握りしめていた。ドリームキャッチャーを握りしめる直也の姿を見つめる由子は直也の久美子への深い思いを感じていた。直也の仲間達のカバンにはドリームキャッチャーが縛り付けられている。由子は直也と仲間達を結びつけている事を強く感じていた。由子にもドリームキャッチャーは渡されていたが常にポケットの中にあった。過酷なトレーニングを更に過酷にした直也は息を荒くしながらも『優勝』の為にトレーニングを続ける毎日であった。由子は直也の衣類をとりに直也の自宅へ行き、ジムでの様子を両親へ話していた。まるで由子は付き人、いや、直也のマネージャーと言ったところだろうか。しかしジムに通う訓練生の学生達から見えば『まるで恋人だ』と感じていたのかもしれない。直也と由子を見る瞳に映し出されるものは変化し訓練生の学生達は2人を見守るようになっていた。
ヤスシとスパーリングをする直也は、ほぼ毎日試合をしている感じであった。直也とヤスシの2人は目と目を合わせながら互いにパンチを打ち込んでいくがヤスシの速さに直也はついて行けるようになっていた。試合まであと2週間、アマチュアボクシングの試合が近づいてくる直也は最終調整に入っていた。なぜ?ボクシングジムの会長やコーチは直也を中学生市町村のトーナメント試合に出場させようと考えたのか?
人はそれぞれ何かしらの徳分や得意分野、素質というものを産まれつき持っている。しかし、それは気づき生きている場合と気づかずに生きている場合がある。素質とは・・・人それぞれにある天命的なものである。直也が持つ素質というものは、まれにみる天命的な素質だったが、ただ漠然と感じるだけだった。会長やコーチは、直也の幼き過去からの生き方や過ごし方を由子や教師達から聞いていた。直也の保育園時期は、とてもやんちゃな子供でもあり繊細さを備えた時期で直也には好きな女の子がいたが卒園前に彼女は親の転勤と共に去って行った。
直也達の2人は両思い、初恋と失恋、別れがどんなに辛いものかを知った時期でもある。直也は皆に好かれた存在、小学校へ入学すると直也の友達の中には、特別学級というクラスへ入るものもいた。特別学級へ入った友を馬鹿にする生徒達、直也とは別の幼稚園や保育園から入学した子供達は『馬鹿なやつら』として差別をし、いじめを始める。直也にとっては、を馬鹿にされる事で、嘩を始める直也だった。
直也にとっては信頼ある友だけに・・・。どうしても直也は『許せなかった』のだ。小学校の教師達は『暴力』として直也の行為を見ていた。このような行為は約2年間続き3年生になると教師達は直也を部活へ入れる事にした。
体操部と水泳部へ直也を入部させ様子を見るが直也の行為は止まる事はない。何度も何度も親への連絡が途絶える事はなかった。直也は教師達に呼ばれ注意はされるが直也は何も話す事も答える事もなかった。直也の素質が見られ始めたのは水泳部の選手になった頃からだ。水泳は『クロール』『平泳ぎ』『背泳ぎ』の三種目。入部したての頃はクロールの選手で、これがまた学年上の選手でも追いつく事はできなかった。本来なら直也はクロールの選手として大会に出場するところだっただろう。しかし水泳部では背泳ぎができる選手がいなかった。
背泳ぎに手を上げたのが直也だった『不安』などはなく『何でもやってやる』という感じだった。


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