直也と前回優勝者の相手が会場へ入ると観客席から拍手が湧いた。直也は周囲の観客達を見つめると何故かファイトが沸いて来た。左腕の痛みは観客達の声援と拍手によって少しは和らぎ消え去っていく。
「なんなんだ、これってなんなんだ」
直也は声援によって不安もプレッシャーも軽くなるという事は初めてだった。思春期の直也は何故なのか気付く事も知らなかった。思いもよらぬ感情に捉われていた感情が消えていく事が信じられない。試合開始まで5分で椅子に座り何度も深呼吸をする直也だった。その直也の肩や首をマッサージするコーチがいた。優子は強く強くドリームキャッチャーを握りしめ直也の勝利を祈っていた。
「久美ちゃん直也に力を与えてね」と優子は祈っていた。
直也は軽く体を動かしながらリングの上の椅子に座った。プロテスト前の康志は直也の耳元で同じ事を囁く。
「引き際のタイミングで相手のパンチ力を弱くしろ」
直也は康志の声に頷きながら時計を見るとあと1分後に直也の口の中にマウスピースがはめられた。
そして、あと15秒後「両者、リングの中央に」
審判からの言葉によりリング中央に歩き出す2人の選手。直也と相手の選手は見つめ合い首を縦に振り挨拶を交わす。
4回戦目「カーン!」ゴングが鳴った。
ゴングと共に両者ともに軽いフットワークで距離を測りはじめた。そして直也の左腕を気にしながら相手の選手はジャプを打ち始める。そのジャブは軽いもので相手の選手は何かしらの策を講じていると直也は思い相手の策略にのってみようとする。右利き同士の対戦だが直也は左利きサウスポーでコーナーからは動け動き回れの指示があり直也は指示を無視し相手に向かっていく。右利きだと思わせる康志に言われたように直也の心理戦が始まった。
「直也は馬鹿か、それとも変人か?」
それもそのはずハンディのある直也はフットワークで相手を追い詰めている。追い詰められる相手は嫌な顔も見せず左ジャブで距離を計る。
「来いよ!来い、来いよ!」と優勝経験のある相手は余裕で直也に声を掛ける。
1ラウンド2分を過ぎた時に相手の右ボデーを直也は左腕で受けた。相手の右ボディーの連打があっても直也は左腕でカバーをする。
「やばいか、まずいぞ!、直也ー!離れろ!」とコーナーサイドでは叫びボディの軽い瞬間に直也は左腕で受けながら左右に動いていた。
「軽い軽いぞ、パンチが軽い、このタイミングか」
直也は一瞬の瞬発力で相手のパンチ力を弱める事を知った。相手の選手は1ラウンドでダウンを奪おうと考えていたがダウンを奪う事が出来ない事で相手選手の胸の内に直也は何かを植え付けていた。
「次は顔面か?それとも、ボディか?」
直也は左腕に軽いパンチを受けて続けていたが左腕を下げ次のパンチはどんなものかを試す。直也が左腕を下げると相手は右フックを直也の頬に打って来た。まともに受けてしまった直也は、よろけるがロープに助けられダウンと観られる事はなかった。一瞬の隙で相手の右フックの強さを感じる直也であった。
「まともに受けるのは、まずいな」
直也はロープに助けられた時で相手のパンチ力の強さを知った。
「どうする?どうする?俺」
「カーン!」1ラウンドの鐘が鳴る。
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