1月19日(火)
日本人のブログには、個人的な日記風のものが多い。外国人は私的な事ではなく視野の広い見解を述べたものが多いという事だ。
おや?それじゃあ、日本人は狭い意見しか、もっていないと言うの?
そんな筈は無い!要するに、どちらも国民性なんだよ。
私自身が自分を巡る文章しか綴らないから、つい、言い訳になるのかな?
それでも良いわ。
書きたい事を書けば良い。他人に迷惑をかけないのなら、自分の思いをしっかり書こう。
しかし、最近の私は、実に消極的で、読む人がいたら情けなくなるようなものが多くなった。
日々の生活を見ると、確かに前向きの暮らし方では無い。
今日こそは、昔の自分にかえろう桜子よ!と言い聞かせる。
それでも、階段を手すりにつかまりながら降り始める頃から、既に消極的な生活が始まりそうだ。
今朝も、最近、食べたいと思っていたポテトサラダでも作って元気を出そうと考えた。
早速、炊事を始める。じゃがいも、にんじん、セロリ、きゅうりと刻んでいるうちに、玉ねぎが無いのに気づく。
なんとまあ!玉ねぎなんて、何時も必需品として置いてある筈なのに。
とうとう、玉ねぎの存在まで確認するのを忘れていたとは……
買いに行くのも面倒だから、玉ねぎは省略した。
こうした僅かな事に気が抜けてしまっている自分に呆れる。
全てがそうなのかなぁ!
もう少し、いや、随分と気をつけて生活をしていたのに、最近は、ガタガタと崩れ始めている。
一昨日、白い角封筒がポストに入っていた。
かつて、何年前になるだろう?随分以前の事で数えるのも面倒なほどムカシの事。
F先生という女性の先輩がいた。この人のイメージは忘れないが、彼女と親しく触れ合った事が一度も無かった。
手紙の文面によれば、彼女と繋がりのある人物に手紙を送ったという。
昨年、亡くなった彼女を偲ぶ会を予定しているので、参加して欲しいという趣旨である。
私はF先生の事を思い出そうとした。
しかし、申し訳ないが、彼女は遠い存在であったとしてしか思い出せない。
それに、現在の自分の体調を考えれば、出席は無理と判断している。
しかし、このように、彼女の事を何時までも忘れずに、多くの人を集めるために努力をしている人がいるとはすごいと思った。
姉に話すと「あなたには、そんなに人を集めて偲ぶなどしてくれる人はいないから気にしなくてもいいのじゃない?」と言われた。
な~るほど、そうですね~。
私は、そんな風に慕われる人間じゃないんだもの。
第一、いなくなったら、だれもやらないでね。
私は、あっさりしたいと思う。
でも、世の中には、何時までも忘れずに故人を偲ぼうとする人たちがいるのだな?
こうして多くの人に偲ばれるって、すごい事だなぁ!と思った。
明日にでも、丁重に欠席の返事を出そうと考えている。
これも、自分本位でしか書けない私の意見である。
~~~~~~~~~
<仁川の寒風を思い出す>
洗濯物を取り入れた。風が寒い。
ふと見ると、東の空に上弦の月らしきものがくっきりと見えた。
昨日、久しぶりに書いた仁川の冬の寒さを感じるような、からりとした寒風だ。
日本人のブログには、個人的な日記風のものが多い。外国人は私的な事ではなく視野の広い見解を述べたものが多いという事だ。
おや?それじゃあ、日本人は狭い意見しか、もっていないと言うの?
そんな筈は無い!要するに、どちらも国民性なんだよ。
私自身が自分を巡る文章しか綴らないから、つい、言い訳になるのかな?
それでも良いわ。
書きたい事を書けば良い。他人に迷惑をかけないのなら、自分の思いをしっかり書こう。
しかし、最近の私は、実に消極的で、読む人がいたら情けなくなるようなものが多くなった。
日々の生活を見ると、確かに前向きの暮らし方では無い。
今日こそは、昔の自分にかえろう桜子よ!と言い聞かせる。
それでも、階段を手すりにつかまりながら降り始める頃から、既に消極的な生活が始まりそうだ。
今朝も、最近、食べたいと思っていたポテトサラダでも作って元気を出そうと考えた。
早速、炊事を始める。じゃがいも、にんじん、セロリ、きゅうりと刻んでいるうちに、玉ねぎが無いのに気づく。
なんとまあ!玉ねぎなんて、何時も必需品として置いてある筈なのに。
とうとう、玉ねぎの存在まで確認するのを忘れていたとは……
買いに行くのも面倒だから、玉ねぎは省略した。
こうした僅かな事に気が抜けてしまっている自分に呆れる。
全てがそうなのかなぁ!
もう少し、いや、随分と気をつけて生活をしていたのに、最近は、ガタガタと崩れ始めている。
一昨日、白い角封筒がポストに入っていた。
かつて、何年前になるだろう?随分以前の事で数えるのも面倒なほどムカシの事。
F先生という女性の先輩がいた。この人のイメージは忘れないが、彼女と親しく触れ合った事が一度も無かった。
手紙の文面によれば、彼女と繋がりのある人物に手紙を送ったという。
昨年、亡くなった彼女を偲ぶ会を予定しているので、参加して欲しいという趣旨である。
私はF先生の事を思い出そうとした。
しかし、申し訳ないが、彼女は遠い存在であったとしてしか思い出せない。
それに、現在の自分の体調を考えれば、出席は無理と判断している。
しかし、このように、彼女の事を何時までも忘れずに、多くの人を集めるために努力をしている人がいるとはすごいと思った。
姉に話すと「あなたには、そんなに人を集めて偲ぶなどしてくれる人はいないから気にしなくてもいいのじゃない?」と言われた。
な~るほど、そうですね~。
私は、そんな風に慕われる人間じゃないんだもの。
第一、いなくなったら、だれもやらないでね。
私は、あっさりしたいと思う。
でも、世の中には、何時までも忘れずに故人を偲ぼうとする人たちがいるのだな?
こうして多くの人に偲ばれるって、すごい事だなぁ!と思った。
明日にでも、丁重に欠席の返事を出そうと考えている。
これも、自分本位でしか書けない私の意見である。
~~~~~~~~~
<仁川の寒風を思い出す>
洗濯物を取り入れた。風が寒い。
ふと見ると、東の空に上弦の月らしきものがくっきりと見えた。
昨日、久しぶりに書いた仁川の冬の寒さを感じるような、からりとした寒風だ。