下記の記事はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です
「私が小4のとき、母は信者になった」
2017年、もうすぐクリスマスという頃、蜃気楼さんというアカウントのツイートに目が留まった。
蜃気楼さんのツイートには、小学生のときに母親がX社にハマり両親が離婚したこと、その後、母親の借金で生活が苦しくなったこと、X社のサプリを強制的に飲まされていたこと、それが原因で自殺未遂をしたことなどがつづられていた。
マルチ商法会員の子ども、いわゆるマルチ商法2世の声だった。幼稚園の頃に別れた僕の娘も小学生になっている。
マルチ商法では、子どもたちがどういう思いをしているか、子どもの視点から語られることはない。僕にとって蜃気楼さんの声を聞くことは、離れて暮らす娘の声を聞くことのような気がしていた。
年の瀬も押し迫っていたが、蜃気楼さんの声を聞かずにはいられない。僕は気がつくと蜃気楼さんにDMでインタビューのお願いをしていた。蜃気楼さんは「私の語彙ごい力でどこまで伝わるかわかりませんが協力させてください」と、こころよく了承してくれた。
「母が本気でマルチ商法X社にのめり込むようになったのは私が小学4年生のときでした。小4からの想い出はX社一色です。苦しいことばかりだったけど、誰かに話してもわかってくれなかった。誰も私に手を差し出してくれなかった。X社の話をすれば私が嫌われてしまうから、友達や身近な大人にも相談できず、自分ひとりで抱え込んでいました」
料理教室に行ったらトラウマが蘇ってしまった
現在は結婚し、お母さんと縁を切ったことで平穏な毎日を過ごせるようになった。だが、最近知りあって間もない友達に誘われた料理教室でX社の勧誘に遭い、当時の記憶が蘇ってしまった。それまで自分のなかに閉じ込めていた感情を蜃気楼さんはツイートしたのだ。
「料理教室で使われている製品、そして室内にあるものを見渡してみると、ひとつひとつに見覚えのあるX社のロゴがありました。その瞬間、すべてを悟り身構えました。料理教室に誘ってくれた友達は、すごく明るくて、めちゃくちゃいい子なんです。だから私の母のようになって将来をつぶしてほしくない。だけど止めることはできないこともわかっていました」
「止めることはできないことがわかっている」とは身をもって経験しないと出てくる言葉ではない。
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです
「母がX社をはじめたきっかけは、母の弟、つまりおじさんからの紹介です。母はX社にハマるとすぐに、いろんな製品を買いはじめ、あっという間に家はX社製品で溢れかえりました。みんなを幸せにすると言い出し、ありとあらゆる知人への勧誘がはじまりました。すると生活も一変しました。家庭が崩壊し、母子家庭となり、借金に苦しめられる毎日がはじまりました。それでも母はX社をやめることはありませんでした。そのことで私自身が病んでしまい自殺を図りました。だから、このX社のロゴにはトラウマがあったんです」
「昔のお母さんが大好きでした」
マルチ商法をはじめる前のお母さんは家族想いの優しい人で、食事は魚や野菜が中心で家族の栄養にとても気をつかっていた。昼間は工場でパートをして家族を支えてくれていた、そう話す蜃気楼さんに、僕もハマる前の元妻のことをそんなふうに誰かに話していたことを思い出した。
「お母さんは明るくて素直で、もしかしてとても綺麗な人だったんじゃないですか?」と尋ねると、「すごい! どうしてわかるんですか?」と驚かれた。「美人かどうかはわかりませんが、声が綺麗で、よく絵本を読んでくれました、昔のお母さんは大好きでした! すごく明るくて、人のことを無条件で信じる、行動的な人でしたよ!」と懐かしそうだった。
「でも、X社は大嫌いでした。だからX社が大好きな母のことも大嫌いになってしまいました。もともと、父と母が仲良くしていた記憶があまりないんです。母がX社にハマってからは、あからさまに父へ厳しい態度を取るようになりました。特に怒りっぽくなったのはX社をはじめて間もない頃。X社にハマるほど、父への態度がキツくなっていく母が怖くて、私はずっと父と一緒にいました。父も家に居場所がなかったんだと思います。私と父はふたりでいろんなところに出かけました。映画館とか、喫茶店とか。それが母の目には、『父親の味方をする娘』と映り、気に食わなかったのか、徐々に私への風当たりも強くなっていきました」
マインドコントロールされ、グループリーダーの名前を連呼
お母さんは父親と仲の良い蜃気楼さんへ嫉妬したのかもしれない。娘を我が物にし夫を疎外するケースは、マルチ商法にハマる主婦の話を聞くなかで、よく出くわす。そして小学4年生の蜃気楼さんでもすぐにわかるぐらい、お母さんの様子はおかしくなっていく。洗剤を手はじめとして、空気清浄機、浄水器、鍋、調理器具、食品関係、サプリメント……、家のなかにX社製品が増えていった。
「なんかお母さんヤバい!」
「頻繁に『X社』と連呼するので、『なんかお母さんヤバい!』と恐怖を覚えるようになりました。急に機嫌が良くなったり悪くなったりを繰り返して、その変化についていけなくなりました。X社の話をしているときはすごく楽しそうだけど余裕がないと、私は子どもながらに感じていました」
蜃気楼さんは強制的にX社の集まりに連れ回され、そこでお母さんがX社のグループリーダーに「マインドコントロール」されている印象を受けていた。お母さんは、40代の女性で夫婦そろってX社に取り組んでいるグループリーダーを崇拝し、家でも「○○さんがっ! ○○さんがっ!」と壊れたロボットのように口にしていたという。そのグループリーダーに「普通の人は時間と引き換えにお金を手に入れるけど、X社は売りまくれば権利収入でお金が手に入るから、会員増やすのがんばってね!」と言われたり、「明日ハワイ行こう! と思ったときに行ける人生にしましょう!」と言われ、恍惚こうこつとしていたお母さんの表情を昨日のことのように覚えているという。
小学校の担任の先生にまで勧誘を…
「それから母は、手あたりしだいにX社の勧誘をするようになりました。友人知人はもちろん、私の同級生のお母さん、さらには小学校の担任の先生まで勧誘していたんです。母の友達や、母の母(おばあちゃん)が『やめたほうがいいよ』と説得していましたが、母は聞く耳を持ちませんでした。父も何度も母に説得していたんです。そのたびに母はヒステリーを起こして。父は疲れ果て、つらそうにしていました」
お父さんとお母さんが離婚したのは蜃気楼さんが小学生5年生のとき、お母さんがX社をはじめてから1年ぐらいした頃だった。
「最後に父と行った映画は『ハリー・ポッターと秘密の部屋』でした。その帰りの車で『お母さんとお父さんどっちか選ばなきゃいけなくなったら、どうする?』と聞かれたんです。私が『お父さんは?』と聞き返すと、父は黙り込みました。そのまま父も私も無言で家に帰りました。その翌日、父と母は離婚しました」
母にされた恐怖の出来事
離婚することで蜃気楼さんは「これでお母さんと離れられる!」と希望を持った。だが、お母さんと離れお父さんと暮らすという蜃気楼さんの希望はかなわず、お母さんのもとに残ることになる。離婚したことでタガが外れてしまったのか、お母さんは、ますますX社にのめり込んでいき、蜃気楼さんにもX社の良さを伝えようと必死になった。「すぐに思い出せるだけでも……」と、お母さんの必死ぶりを物語るエピソードを話してくれた。
1 強制的に飲まされるサプリメント
嫌がっているのに「あなたのために」と言われて無理やり飲まされていた。こんな味のしないサプリメントよりも、今まで作ってくれたご飯のほうが私は好きだった。母はX社にハマってからはX社の鍋でご飯を炊いていた。でも私はX社の鍋で炊いたご飯よりも、いつでもあったかい炊飯器で炊いたご飯がよかった。
2 夜なのにX社製品デモパーティに引きずりまわす
行きたくなかった。参加してる大人は何かに取り憑かれたみたいに、みんな目が怖かった。本当は仲良くないのに、うわべだけの気持ち悪い仲良しごっこをしているということが、小学生ながらにわかり恐怖でいっぱいだった。
3 X社信者にしてこようとする
X社のお口スプレーをキーホルダーにして、持たせられていた。要は子どもに歩く宣伝をさせていた。X社の看板を小学校に持って行かせられていた。怖すぎる。
母の勧誘のせいで友達からも避けられるように…
4 私の友達のお母さんが餌食になる
友達のお母さんに「お茶飲みにきてー。お話ししましょ!」と声をかけまくっていた。もちろんX社の勧誘目的だった。これで私の人間関係は崩壊した。仲の良かった友達に「○○ちゃんあそぼー!」と言っても「ごめん。××ちゃんとはお母さんが遊ぶなって……」と避けられるようになった。つらかった。
5 病院に連れて行ってもらえない
本当に苦しすぎて、涙と嘔吐が止まらなくて、母に助けてほしいのに、「X社のサプリメントを飲めば大丈夫だからゆっくり寝ててね!」と、母は言い残してX社のパーティに出かけて行った。体調が悪化した私は、なんとか祖父母に電話して助けてもらったが、祖父母の家が遠かったら危なかったかもしれない。
6 体質に合わないのに使わせ続ける
X社のシャンプーが体に合わなくて、すごいフケまみれになった。「お願いだからシャンプー違うの使わせて!」と言っても「X社の商品は良いものだからそのうち慣れる」と言われて我慢して使い続けさせられた。結果、私は今でもハゲだ。
一番きつかったのは、X社で知りあったおじさんとのデート
7 知らないおじさんとデート
これが一番きつかったかもしれない。X社で知りあったおじさんと母が頻繁に会うようになり、なぜか私はそのデートに連れて行かれて、見たくないものを見せられた。今思い出しても吐き気がする。
8 家庭崩壊離婚
知らないX社おじさんと母がデートしてるのが気持ち悪すぎて、そのことを父に報告したらもう離婚ということになった。はぁ……ようやくこれで母のわがままに振り回されることがなくなるって思ったら、なぜか母に引き取られた。私の心は死んだ。
9 うまくいかないと八つ当たりされる
私は母のサンドバッグだった。母が勧誘に失敗したり、目標を達成できなかったり、X社のことでうまくいかないことがあると、汚い言葉を浴びせてきたり、物を投げてきたり、殴ったりしてきた。私には友達も頼れる人もほとんどいなかった。新しい友達を作っても、ぜんぶ母がぶち壊すことがわかっていた。私は絶望していた。
地獄の日々から引きずり出してくれた人
今、蜃気楼さんは25歳になった。
お母さんのいる実家には結婚してから一度も帰っていない。いまだにX社会員であるお母さんと、うまくコミュニケーションを取る自信がないからだ。「それ以前に、勧誘をされるかもしれない恐怖があるんですけどね」と言う。
「いろいろありましたが、今こうやって温かい部屋で冷静に過去を振り返る余裕があるのも、すべて旦那のおかげです」
ズュータン『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社)
蜃気楼さんには小学生の頃から好きだった人がいた。それが今の旦那さんだ。マルチ商法の地獄の日々から引きずり出してくれたのも旦那さんだった。
今は幸せと言う蜃気楼さんに、どういうところが? と尋ねると、作ったご飯を「おいしい」と喜んでくれたり、洗濯物や掃除に「ありがとう」と言ってくれるということだと言った。
「旦那と出会い、私は無償で人を思いやり行動するという本当の愛を知ることができました。母と一緒に暮らしていたときには感じることのできなかったことです。母だけではなく、マルチ商法の会員には絶対にできないことです。だからマルチ商法の会員の安っぽい言葉に惑わされないでほしい。『あなたのために』とか。『出会いに感謝』とか。彼らに人を思いやる心、感謝、優しさ、そういうものは一切ない。だから、彼らは人を平気で利用する。人を利用することに罪悪感もないから、残酷なことができる。それが我が子であっても」
「お子さんはいますか?」と聞くと、「まだいません。何年か先には子どもを産んで、母親になっているかもしれない」と言った。そして「母のようになりたくない。自分が小さいときにされて嫌だったことは絶対に子どもにしたくない」と力を込めた。
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