下記の記事は東洋経済オンラインからの借用(コピー)です。
8月23日、全国の自治体に先駆けて大阪市が、アストラゼネカ製新型コロナワクチンの集団接種をスタートした。同社ワクチンは今年5月の薬事承認と同時に国内生産されていたが、海外から血栓症等の副反応の報告を受け、国内での接種は保留状態となっていた。
しかし今月に入り、デルタ株が猛威を振るう一方で、ワクチンの供給不足はますます顕著に。そこで感染・重症化リスクと副反応リスクを天秤にかけたうえで、40歳以上への接種が解禁された。
だが、副反応リスクが大々的に報じられたワクチンだ。「コロナは怖いけれど、接種してよいものか戸惑う」という人も多い。冷静に見てどれほど“怖がる”べきなのだろうか。
接種後の「血栓症」とは?
アストラゼネカ製の新型コロナワクチンの副反応で、人々が最も懸念しているのが「血栓症」だろう。
血栓症とは、血中にできた血液の固まりが血管を塞ぎ、血液の流れを止めてしまうものだ。
一般には、加齢や運動不足などから脚の静脈に血栓が生じやすくなって起きる「深部静脈血栓症」や、その血の固まりが肺に流れて詰まった「肺血栓塞栓症」が多い。エコノミークラス症候群はその一つだ。
一方、アストラゼネカ接種後については、ごく珍しいタイプの血栓症も問題となっている。脳の静脈が詰まる「脳静脈血栓症」や、腹部の静脈に血栓を生じる「内臓静脈血栓症」だ。同時に血小板(血液中に含まれる止血成分)の減少も見られる。
脳静脈血栓症では、脳梗塞や脳出血を引き起こし、頭痛や嘔吐、けいれん、運動障害、意識障害等が表れる。内臓静脈血栓症では、激しい腹痛が長い時間続き、吐き気や嘔吐が止まらない。いずれも適切な診断と迅速な処置が必要だ。
ファイザーやモデルナの新型コロナワクチン(mRNAワクチン)では、接種後に血栓症のリスクが上がるとの報告はない。
アストラゼネカのワクチンは、「ウイルスベクターワクチン」といって、人体に無害な遺伝子組み換えウイルスを「運び屋」(ベクター)として使用する。新型コロナウイルスの目印タンパク質の設計図となる遺伝子を組み込んで、ヒトの細胞へと運ばせ、認識させるのだ。
目印タンパク質を細胞に認識させる点はmRNAワクチンと共通だが、その設計図をどうやって細胞に届けるかが異なる。そのために副反応にも多少の違いが生じるらしい。
とはいえ、実は局所反応や血栓症以外の全身反応については、mRNAワクチンとアストラゼネカで大差ない。アナフィラキシーも含めて、だ。むしろアストラゼネカは2回目接種のほうが、副反応は初回接種よりも少なく、軽いとされている。
血栓症の発症頻度は?
ならば気になるのは、アストラゼネカでの血栓症の発症頻度だ。まずは同社のお膝元、英国政府の発表(8月19日付)を確認しておこう。
英国では2021年8月11日までに、アストラゼネカ初回接種が約2480万回、2回目接種も約2390万回行われた。
そうした中で、医薬品・医療製品規制庁(MHRA)には、接種後の血小板減少を伴う血栓症が412例(18~93歳)報告された。うち147例は、脳静脈血栓症だった。全体の過半数にあたる210件が女性で、発症者のうち73人(18%)が亡くなった。
血栓症の9割は1回目接種後に発生しており、100万接種あたり14.9例の計算だ。
だが、年齢で2つに分けてみると、若年層で倍増する。50歳以上では100万接種あたり11.0例なのに対し、18~49歳では100万人あたり20.2例だった。
なお、2回目接種後の発生率は、全体で100万回あたり1.8例と大きく減少。しかも、若年層のほうが半分の頻度となった。50歳以上では100万接種あたり1.8例、18~49歳では100万接種あたり0.9例だった。
接種後の血栓症は他の欧州諸国やアジアからも報告されている。
欧州医薬品庁(EMA)によれば、EUおよびEEA(欧州経済領域)全体では6月20日までに約5140万回アストラゼネカの接種が行われ、6月27日までに479例の血小板減少症を伴う血栓症が報告された。100万接種に9.3例の割合だ。そのうち100人(21%)が亡くなっている。
台湾は、日本で生産されたアストラゼネカワクチンの無償供与が話題になった。同国の報道では、7月27日までに538万回分(うち日本からが334万回分)入手したうちの410万回超が接種された。
台湾の中央流行疫情指揮センター(CECC)によると、7月21日の時点でアストラゼネカ接種後の血小板減少を伴う血栓症が13例(22~80歳、接種後4~27日)報告された。100万接種あたり4.2例に相当するという。
ただ実のところ、こうした血栓症の副反応について、私はまったく意外とは感じていない。ワクチンは、いわばウイルスが侵入したときの予行演習を体に仕向けるものだ。感染した場合と同じような反応を体が示すのは、想定の範囲内というべきである。
無症状でも「血栓症リスク」はある
実際、新型コロナの合併症あるいは後遺症としての血栓症は、海外ではごく早くから多数報告されていた。
シンガポールの研究では、無症状あるいは軽症者でさえ、回復後も数十日~数カ月間、血栓症リスクの高い状態が続くことが示されている。
新型コロナにかかり、その数カ月後に脳梗塞と診断された18人は、全員が男性、17人が無症状で1人は軽症(下痢のみ)だった。年齢は35~50歳と、一般に脳梗塞を発症しやすい年齢よりだいぶ若かった。
調査対象者と同じ年齢、性別、民族のグループでは、通常の脳梗塞リスクは10万人当たり38.2例だが、この研究に基づく感染者の脳梗塞リスクは推定で10万人あたり82.6例(2.16倍)となっている。
また、感染から脳梗塞までの期間は、0日から最長で130日(中央値54.5日)だった。新型コロナにかかっている間のみならず、治ってからも長ければ4カ月程度、脳梗塞リスクの高い状態が続くことになる。
国内でも、厚労省研究班と日本血栓止血学会、日本動脈硬化学会の合同チームが昨年、新型コロナの入院患者6202人について、血栓症の割合等を調査し公表している。
それによると、血栓症を発症したのは108例(1.86%)。人工呼吸器やECMOを装着した重症例に限ると、その13.2%にも上った。また、6割以上が症状悪化時に血栓症を発症していた一方、4人に1人は回復期に発症していた。
新型コロナにかかった場合に血栓症が起きうるなら、ワクチン接種でも可能性はある。大事なのは、その頻度の違いではないのか。
単純計算で比較してみると、新型コロナ感染者が血栓症を発症する割合(1.86%)は、英国のアストラゼネカ接種者の血栓症リスクの12.9倍、台湾のアストラゼネカ接種者の血栓症リスクの44.3倍だ。
かかった場合の血栓症リスクに比べたら、接種後の血栓症リスクは“怖がる”ほどのものだろうか。
しかも新型コロナにかかってしまえば、ウイルスが体内に広がり、肺炎やもっと別の合併症も次々と続きかねない。ワクチンならば、全身がウイルスに蝕まれていくことは絶対にない。この大きな違いを、どうか頭に置いておいていただきたい。
アジアで年齢制限のない事情
こうしたことを踏まえ、すでにアストラゼネカワクチンを導入している欧米諸国では、血栓症が問題となった後も年齢制限を設けて接種を継続しているところが多い。
英国も例外ではなく、政府は40歳以上を推奨対象とした。日本はこれに倣ったかたちだ。
欧州疾病予防管理センター(ECDC)のまとめ(6月14日時点)によれば、欧州中10カ国では薬事承認どおり対象を18歳以上としている。他方、18カ国では接種を中高年に限り、デンマークなど5カ国ではアストラゼネカの接種をそもそも行っていないか、停止している。
制限年齢を詳しく見ると、線引きとして最も多いのは60歳以上で、ドイツなど8カ国。次いで50歳以上が4カ国、55歳以上3カ国と続く。最も高年齢の設定(厳しい制限)はポーランドの69歳以上で、最も低年齢(緩い制限)はギリシャの30歳以上だ。
もちろん単に年齢で分けるだけでなく、血栓リスクや血小板既往者を除くほか、2回目接種はmRNAワクチンで行うことを定めた国もある。
アジアでは、台湾を含むほとんどの国はアストラゼネカに関して特段の制限は設けていない。韓国のみ推奨年齢を50歳以上としているが、8月17日からは30歳以上の希望者にも残余ワクチンの接種が解禁された(ワウコリア)。
アジア各国でも台湾と同様、血管症リスクが相対的に低いのかどうかは不明だ。むしろmRNAワクチンが十分ではないために、多少の血栓症リスクは問題にしていられないのだろう。若年層であっても、感染のデメリットと比べればアストラゼネカワクチン接種を採る、ということだ。
「かかるよりマシ」――ワクチンで万が一起きるかもしれない何かを心配するより、ワクチンを打たずに新型コロナにかかってしまったときのことを心配して備える。そのほうが明らかに合理的で賢明なことは、おわかりいただけると思う。
再び欧州のアストラゼネカ接種方針に目を向けると、ポイントは、2回目接種をmRNAワクチンとしている国が少なくない点だ。
1回目と2回目のワクチンを別の種類にすることは、添付文書に記載されていない「適応外使用」にあたる。だが、7月22日付で発表されたECDCの報告書も、これまでのエビデンスからは、混合接種は安全かつ適切な免疫反応が期待されるとしている。
ドイツの研究では、ファイザー2回接種のほうが、アストラゼネカ2回接種よりも抗体の付き方はよかった。ただ、アストラゼネカ接種後にmRNAワクチンの接種を行う混合接種であれば、アストラゼネカ2回接種よりも強固な抗体産生が得られ、T細胞性免疫も引き出されたという。
治験では、アストラゼネカ2回接種のワクチン有効率(発症予防効果)は81.3%とされている。混合接種の有効率データは出ていないが、抗体価等で見る限りこれを上回る予防効果も見込める、というわけだ。
また、混合接種では2回目後の副反応(軽~中程度)の頻度は上がるものの、ECDCは十分に許容範囲としている。たしかに発熱、寒気、倦怠感、頭痛、関節痛、筋肉痛といった症状はアストラゼネカ2回接種より多く見られたが、ほとんどが2日以内で収まっている。
「だったら自分も1回目はアストラゼネカでいい、でも2回目はmRNAワクチンを打ちたい」という人もいるだろう。私も混合接種には賛成だ。
8月29日には、ワクチン接種を担当する河野規制改革担当大臣が、政府内でも検討中であることを明らかにした。
混合接種を阻んでいる「2つの壁」
現状では、国内で混合接種を行うには「2つの壁」がある。
1つ目は先のとおり、異なる種類のワクチンを打つことは、厚労省の承認審査を受けておらず適応外使用となることだ。
適応外使用そのものは、法律で禁じられているわけではない。しかし、ガイドラインへの記載など医療現場で広く知られた使用法でない場合、万が一にも健康被害等があれば、責任は医師と医療機関が全面的に負うことになる。
2つ目は、新型コロナワクチンの接種は、医療機関等が自治体からの委託を受けて実施していることだ。現状で混合接種を強行すれば、健康被害がなくとも委託契約は解除となるだろう。あえて実施しようという医師や医療機関が出てくるとは思えない。
今こそ政府の牽引が求められている。すなわち国の責任において混合接種を推奨し、適切な補償を約束するべきだろう。海外でも、アストラゼネカとmRNAワクチンの混合接種は、各国政府の推奨の下に実施されている。
デルタ株が猛威を振るう中、mRNAワクチンの供給は追い付いていない。それでも選びうるワクチンの中で、国民の健康を守るためにまだやれることがある。アストラゼネカ接種を、国民が納得して積極的に受け入れられる体制づくりが重要だ。
久住 英二 : ナビタスクリニック内科医師
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます