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7月19日に新型コロナウイルス感染症の治療薬として特例承認された、抗体カクテル療法(カシリビマブおよびイムデビマブ。製品名はロナプリーブ)。一向に出口が見えない新型コロナ感染拡大に一石を投じる治療として注目が集まっている。
まずは、この抗体カクテル療法を受けた人の声を紹介したい。
「点滴した翌日は熱が高いままでしたが、夕方には体が少しラクになり、翌日には熱が完全に下がっていました。処方してもらった解熱薬も2日目からは飲まなくても大丈夫でした。劇的によくなったという印象です」
「どこで感染したか心当たりがまったくない」
こう話すのは、都内在住の男性会社員の渡辺武さん(仮名、48歳)だ。8月中旬に新型コロナへの感染が確認された。渡辺さんはほぼ毎日テレワークで、8月に出社したのは2回だけ。その2回目の出社の4日後に熱が出た。日ごろから政府が勧める感染対策を守って近所ぐらいしか出歩かず、外食も家族とのみ。
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「出社したときも広いフロアに3人ぐらいしかいなくて、黙々と作業をしていました。昼食も1人でとったので、どこで感染したか心当たりがまったくないです」
だから、熱が上がったときも「夏風邪だろう」と思っていたという。だが、熱は37度から38度の間を繰り返しながら、4日経っても平熱に戻らない。「これはもう普通じゃないなと思った」と振り返る。
発症から4日後。高血圧の持病があった渡辺さんは、かかりつけのクリニックが発熱外来を設けていたことから、そこでPCR検査を受ける。翌日にクリニックからの電話で「陽性」と告げられた。その後は保健所から連絡があり、症状についていくつか質問された後、「自宅療養で」といわれたという。
「本当に入院できないんだ、と思いました。持病もあるし、重症化したらとんでもない状況になるんじゃないかと、不安が非常に強かったです」
保健所から抗体カクテル療法の打診を受けたのは、陽性判定を受けた翌々日の昼前。その頃の渡辺さんは、解熱剤を使うと一時的に熱は下がるものの、薬がきれるとすぐに39度近くまで上がるほど病状は悪かった。咳や息苦しさはなかったが、頭痛や関節痛、筋肉痛がひどかったという。
「そんなときに電話がかかってきて、『渡辺さんは重症化するリスクが高い。病院のベッドが空いて抗体カクテル療法が受けられる状況にありますが、どうしますか?』といわれました。もちろん、受けたいと即答しました」(渡辺さん)
保健所の手配で民間の救急車に乗り、昼過ぎには大学病院に到着した。そのまま新型コロナの専用病棟へ連れられていき、事前の検査をいくつか受けた後、入院ベッドへ。横になった状態で採血のときに用いた注射針に抗体カクテル療法の点滴をつなぎ、投与が始まったという。
治療時間は正味1時間。終了すると15分ほどの経過観察があり、宿泊することなく、夕方には防護服に身を包んだ運転手のタクシーで帰宅した。
「医師からは、事前に稀にアナフィラキシーという副作用があると説明を受けていて、何かあったときのために、24時間対応できる連絡先を教えてもらいました」(渡辺さん)
その後の経過は冒頭で紹介したとおりだ。熱が下がった2日後にはテレワークで仕事を再開できるまでに回復し、保健所からも自宅待機終了との連絡を受けた。今のところ後遺症もない。渡辺さんは言う。
「医療を受けられるか、運で決まるなんておかしい」
「すぐに抗体カクテル療法を受けられた私はラッキーでした。しかし、そもそも医療を受けられるかどうかが運で決まるなんて、おかしいと思います。この治療を1人でも多くの人が受けられる状況に早くなってほしい」
これまで新型コロナの治療薬として承認されたレムデシビルやデキサメタゾン、バリシチニブ(いずれも一般名)は、基本的には既存の薬の転用であって、新型コロナに対して開発されたものではない。これらに対し、抗体カクテル療法は〝新型コロナのために開発された治療薬〟だ。免疫学者で大阪大学名誉教授の宮坂昌之さんは、「デルタ株による重症化を減らし、医療崩壊を防ぐゲームチェンジャーとなる」と話す。
抗体カクテル療法は、「カシリビマブ」と「イムデビマブ」という2種類の抗体を混ぜた薬を、静脈内に点滴で投与する治療法だ。日本国内で承認されたのは、中外製薬・ロシュが販売するロナプリーブだが、このほかに現在、イーライリリーやアストラゼネカも同様の治療薬を開発、臨床試験を行っている。
ウイルスは細胞に感染しなければ生きていけない。このメカニズムを利用したのが抗体カクテル療法だ。薬に含まれる2種類の抗体が新型コロナウイルスに結合することで、細胞への感染を阻害する。これにより結果的にウイルスを退治することができる。
現段階での有効性をみると、ロナプリーブでは入院していない感染者に実施した第Ⅲ相の臨床試験で、入院または死亡のリスクを7割ほど減少させることが明らかになっている。また、デルタ株だけでなく、複数の変異株に効果があることもすでに確認済みだ。
アストラゼネカも8月24日、同社のウエブサイトで第Ⅲ相の臨床結果を公表し、抗体カクテルが新型コロナの発症リスクを77%抑制できたことを報告した。こちらも当然ながら、デルタ株にも効果を示すことがわかっている。
「アストラゼネカは抗体にある仕組みを施して、体内に薬の成分を残す期間(半減期)を長くすることに成功しています。またロナプリーブよりも少ない抗体量で高い効果が得られているようなので、今後の臨床試験の結果に注目したい」
宮坂さんはこのように話す一方で、効果が十分に発揮されない可能性のある投与法を国が始めていることに危惧を抱く。
細胞への感染が少ない早期に使うべき薬
「細胞への感染を防ぐという抗体薬の仕組みを考えると、ウイルスが細胞に感染する前の投与が最も望ましい。少なくとも細胞への感染が少ない早期に使うべきで、できれば、PCRで陽性が確認されたタイミングで投与したい。理想は、感染から1週間以内の投与。一般的に新型コロナでは潜伏期間が2~3日あるため、症状が出てPCRで陽性が確認されたら、少なくとも4~5日以内には投与したほうがいいでしょう」
現段階では入院患者に限って投与を認めているが、入院やホテルなどでの療養がままならない今、入院を待っていれば好機を逸してしまう。
こうしたことから、宮坂さんは8月24日、免疫学者の平野俊夫さん(大阪大学名誉教授、前総長)と連名で、抗体カクテル療法の初期使用を求める緊急提言を政府に送っている。これを受けてなのかはわからないが、8月25日夜、菅義偉首相は記者会見で、〝入院中、あるいは宿泊施設での療養中の投与〟を原則としていた治療方針を、〝外来でも投与を認める〟という方針に変えることを明らかにした。
「本当は外来だけでなく、自宅療養中の投与も認めてほしい」という宮坂さん。そのためにも、現在は点滴(静脈注射)で行われている投与法を、皮下注射も可能にすることを検討したほうがいいと指摘する。
「今は10mgの薬液を生理食塩水で薄めて点滴で入れていますが、アメリカでは10mgの薬液を2.5mgずつに4分割し、4カ所に皮下注射をする臨床試験が進んでいます。この方法でも点滴と同じ有効性が出ていました。皮下注射であれば看護師さんでも投与することが可能ですし、点滴スペースもいらない。治療の機会をもっと増やすことができます」
この抗体カクテル療法を普及させるにあたっては、課題も多い。
その1つが、供給量の問題だ。菅首相は記者会見で「必要な数量はしっかりと確保できている」と話したが、宮坂さんによると、実際は現段階では7万人分しか用意がない。今後20万人まで供給される見込みだというが、それでも今の感染者の増加を踏まえると十分な量ではない。
そのため、上記の緊急提言では、当面は50歳以上と、重症化リスク因子(肥満、高血圧、糖尿病、慢性肺疾患、喫煙など)を持つ人を治療の対象とした。
「供給量が増えれば、40代以上に引き下げてほしい」
もともと感染して治った人の免疫細胞から作られている
もう1つ。多くの人が不安に思うのが、副作用だろう。それほど効くのであればきっと副作用も強いのではと考えるのも無理はない。これについてはどうか。
「副作用については、抗体カクテル療法で使われている抗体は、もともと新型コロナに感染して治った人の免疫細胞から作られたもの、つまり自然の産物を利用しています。臨床試験でも安全性は確認されています」
そもそも抗体を使った治療は、がんや自己免疫疾患のリウマチなどでもずいぶん前から行われている。副作用が大きな問題になっていれば、こうした薬自体も使えなくなっているはずだが、現在も有効な治療法として、抗体薬が投与されているがん患者、リウマチ患者は多い。
「薬なので副作用は多かれ少なかれあります。しかし、それが重篤なことにつながるようなことはあまり考えられません」
宮坂さんが考える抗体カクテル療法の最大の強みは、「アップデートが可能」という点だ。なかに入れる抗体の種類を変えれば、いくらでも新規の変異株に対応することができ、すでに多種類の抗体が準備されている。これはこれまでの薬ではできなかったことだ。
「まさに、変異が激しい新型コロナに対応する、新しいタイプの薬といえるでしょう。もちろん、抗体カクテル療法は車でいうところの片輪でしかない。もう片輪はやはりワクチンです。両方の車輪が充実してこそ、新型コロナに立ち向かえるのだと思います」
鈴木 理香子 : フリーライター
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