内分泌代謝内科 備忘録

重症低ナトリウム血症の補正と死亡率および橋中心髄鞘崩壊症の関係

重症低ナトリウム血症の補正速度と死亡率および橋中心髄鞘崩壊症との関係
NEJM Evid 2023. DOI: 10.1056/EVIDoa2300107

背景
臨床現場では、神経学的合併症を予防するために、重症低ナトリウム血症患者に対するナトリウム補正速度が制限されることが多い。補正速度が総死亡率および入院期間に及ぼす影響は不明である。


方法
多施設観察研究において、重症低ナトリウム血症(入院時の血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満)で入院した患者におけるナトリウム補正速度と死亡率、入院期間、および橋中心髄鞘崩壊症(central pontine myelinolysis: CPM)との関連を評価した。


結果
コホートには 3274 人の患者が含まれた。補正率は 6 mEq/L/24 時間未満が 38%、6-10 mEq/L/24 時間が 29%、10 mEq/L/24 時間以上が 33%であった。

6-10 mEq/L/24 時間と比較して、補正速度が 6 mEq/L/24 時間未満では、多変量調整および傾向スコア重み付け解析において院内死亡率が高かった。6-10 mEq/L/24 時間と比較して、補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超える場合は、多変量解析において院内死亡率が低く、入院期間が短いことと関連していた。

CPM を発症した患者は 7 人で、7 人中 5 人はナトリウム補正率が 8 mEq/L/24 時間以下であったにもかかわらず CPM を発症した。CPM を発症した患者 7 人のうち 6 人はアルコール使用障害、栄養不良、低カリウム血症、低リン酸血症を有していた。


結論
ナトリウム補正速度の厳しく制限されている場合は、死亡率の上昇および入院期間の延長と関連していた。ナトリウム補正速度が神経学的合併症に影響するかどうかについては、さらなる評価が必要である。


背景

低ナトリウム血症は、臨床現場で最も一般的な電解質障害である。さまざまな臨床現場において、低ナトリウム血症は全死因死亡率と関連しており、重症低ナトリウム血症(血清ナトリウム<120mEq/l)の患者の病院死亡率は、ナトリウム正常の患者の 2 倍である。

重症低ナトリウム血症の臨床症状は多岐にわたり、一般的には、術後状態、体液量減少(利尿薬の使用を含む)、および整形外科的損傷などが含まれる。重症低ナトリウム血症患者の中には、小児、閉経前の女性、治療開始前に低酸素または無酸素エピソードを経験した患者など、永続的な脳損傷を受けやすい人がいる。神経学的症状を伴う重症低ナトリウム血症では、脳損傷を予防するための積極的な治療が必要である。

1938 年、Helwig らは、最初に高張食塩水の急速注入を用いて病的な患者を治療し、完全に回復させた。オスのラットでは、24 時間で 16 mEq/L を超えるナトリウム補正速度、ヒトでは 24 時間で 12 mEq/L、48 時間で 16 mEq/lを超える速度が、浸透圧脱髄症候群(osmotic demyelination syndrome: ODS)や CPMの発症に関与している。

したがって、専門家は重度の低ナトリウム血症患者には急激な補正を避けることを推奨している。しかし、このような推奨を支持する確固とした前向き観察研究のデータはない。

2013 年の米国ガイドラインでは、高リスク患者(≦105 mEq/L、低カリウム血症、アルコール中毒、栄養不良、進行性肝疾患)には 8 mEq/L、慢性重症低ナトリウム血症(≦120mEq/L)の正常リスク患者には 10-12 mEq/L を上限とすることが推奨されている。高リスクの患者に対しては、目標24 時間補正速度 4-6 mEq/L も推奨されている。

2014 年の欧州ガイドラインは、中等度の症候性低ナトリウム血症患者では 24 時間補正速度の上限を 10 mEq/L に制限することを推奨している。しかし、CPM は、ガイドラインが推奨する補正が達成された場合でも、重度の低ナトリウム血症患者において報告されており、また、ナトリウム濃度が正常~軽度の患者においても報告されている。

神経学的転帰だけでなく、低ナトリウム血症の治療や補正速度は、死亡率や在院日数など他の転帰にも影響する可能性があり、ナトリウム補正速度が遅いほど患者の入院期間が長くなる。

2003 年、血清ナトリウム値が 115 mEq/L 未満の患者 168 人を対象とした研究では、補正速度が遅いほど死亡率が高くなることが分かった。本研究では、重度の低ナトリウム血症(120 mEq/L未満)患者における補正率と臨床転帰との関係を調べた。


方法

1993 年 1 月 1 日から 2018 年 12 月 31 日の間に、参加施設であるマサチューセッツ総合病院およびブリガム・アンド・ウィメンズ病院に重症低ナトリウム血症を呈した患者を対象とした後ろ向きコホート研究を実施した。

入院記録時刻の前 24 時間または後 24 時間に指標血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満であった 18 歳以上の患者を対象とした。

入院時または入院 24 時間後にナトリウム値の経過観察がなかった場合、指標となる血液サンプルが溶血していた場合、またはグルコース値が 300 mg/dL を超えた場合は除外した。

指標ナトリウム値後 24 時間の補正速度(mEq/L/24 時間)は Na24 - Na0 として計算した。ここで Na0 は入院時の血清ナトリウム値、Na24 は 24 時間後の血清ナトリウム値である。Na24 は 24 時間時点に最も近いナトリウム値から推定した。

コホートは、補正速度によって以下の 3 群に分けた。

·6 mEq/L/24 時間未満
·6-10 mEq/L/24 時間
·10 mEq/L/24 時間以上

·6-10 mEq/L/24 時間の群を基準群とした。

対象とした転帰は、死亡率(院内死亡率および 30 日後死亡率)、入院期間、および重症低ナトリウム血症による入院から 90 日以内の CPM の発生率である。

CPM データの収集には、ODS または CPM の国際疾病分類 (International Classification Diseases: ICD) 第 9 および第 10 改訂版の診断コードを使用する方法と、各入院から 90 日以内のすべての磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging: MRI)報告書(適応、所見、結果、印象、および重要情報の引継ぎを含む)の本文を、"浸透圧"、"脱髄"、"脳橋"、"脊髄解離"、"浮腫"、"補正"、および "低ナトリウム血症 "という検索語を用いて自然言語処理する方法の 2 つを用いた。CPM の全患者の臨床像と経過を手作業で検討した。


結果

コホートには、入院後 24 時間以内に血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満であった 3274 例の患者が含まれていた(図1)。

図 1: 対象の選択
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#f1

対象患者のうち、補正速度は 6 mEq/L/24 時間未満が 1255 例(38%)、6-10 mEq/L/24 時間が 952 例(29%)、10 mEq/L/24 時間以上が 1067 例(33%)であった。

ベースラインの特徴を表 1 に示す。平均年齢は 66 ± 16 歳、57%が女性、81%が白人であった。入院時の血清ナトリウムの平均値は 116 ± 4 mEq/L で、最初の 24 時間のナトリウムチェックの平均回数は 8 ± 4 回であった。最初の 24 時間に高張食塩水が投与された患者は 12%であった。慢性閉塞性肺疾患(36%)、悪性腫瘍(37%)、うっ血性心不全(32%)が最も一般的な併存疾患であった。

表 1: 対象のベースライン
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t1

全病院内死亡率は 9%、30 日死亡率は 14%であった。補正速度が <6 mEq/L/24 時間未満と >10 mEq/L/24 時間の場合の院内死亡率と 30 日死亡率は、それぞれ 13% v.s. 5%、21% v.s. 8%であった。表 2 に未調整および調整後解析の結果を示す。

表 2: 病院内死亡率と各パラメータとの関連
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t2

多変量モデル 2 において、10 mEq/L/24 時間を超える補正は、6-10 mEq/L/24 時間の補正と比較して、病院内死亡(オッズ比 [odds ratio: OR]: 0.64, 95%信頼区間 [confidence interval: CI]、0.44-0.93)および 30 日死亡(OR: 0.69, 95%CI: 0.50-0.96)の低いオッズと関連していた(図2)。

図2: ナトリウム補正速度と死亡率との関係: フォレストプロット
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#f2

傾向スコアによる重み付け解析(表2)では、補正速度 6-10 mEq/L/24 時間の場合と比較して、補正速度 <6 mEq/L/24 時間未は病院内死亡率(OR: 1.54, 95%CI: 1.14-2.08)および 30 日死亡率(OR: 1.91, 95%CI: 1.47-2.47)の上昇と関連していた。ナトリウム補正速度 >10 mEq/L/24 時間と病院内死亡率(OR: 0.76, 95%CI: 0.53-1.11)および 30 日死亡率(OR: 0.80, 95%CI: 0.58-1.11)との間には、補正速度 6-10 mEq/L/24 時間と比較して関連はなかった。

傾向スコアマッチング法
https://best-biostatistics.com/summary/propensity-score.html

病院内死亡の主な原因は癌(33%)で、感染症(25%)、心血管系疾患(14%)、肝疾患(10%)と続いた。脳浮腫は、マラソン後に重度の低ナトリウム血症を呈し、画像診断で経脳室ヘルニアが発見された1人の患者の死に直接寄与した。

入院を終えて退院した患者のうち、ナトリウム補正速度が 6 mEq/L/24 時間未満の患者の在院日数中央値は 6 日(四分位範囲: 4-11日)、6-10 mEq/L/24 時間の患者の在院日数中央値は 6 日(四分位範囲: 3-10 日)、10 mEq/L/24 時間以上の患者の在院日数中央値は 5 日(四分位範囲: 3-9日)であった。

年齢、人種、性別、指標となるナトリウム、Charlson Comorbidity Index で調整した多変量モデルでは、10 mEq/L/24 時間以上の補正群では、6-10 mEq/l/24時間補正群と比較して平均在院日数が 2.2 日(95%CI: 1.0-3.3 日)短かった。

入院後 90 日以内の 537 例(コホートの 16%)の 723 件の MRI 検査を同定した。そのうち 216 件に ODS または CPM のキーワードが含まれており、手作業でレビューした。国際疾病分類の診断コードを用いた検索では、追加の患者は同定されなかった。7 人の患者が CPM であることが判明し(年齢範囲: 32-60歳, 86%が男性)、症例率は 0.2%であった(表3)。

表3: CPM を来した患者の特徴
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t3

入院時の血清ナトリウム値は、105 mEq/L 以下が 1 人、106-110 mEq/L が 3 人、110 mEq/L 以上が 3 人であった。CPM の頻度は、入院時ナトリウム値が 105 mEq/L 以下の患者で 1.3%、106-110 mEq/L の患者で 1.2%、111-115 mEq/L の患者で0%、116 mEq/L を超える患者で 0.1%であった。補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超えた患者は 2 人であったが、補正速度は 6-10 mEq/L/24 時間の患者が 4 人、6 mEq/L/24 時間未満の患者が 1 人であった。

アルコール使用障害は 4 人、肝硬変は 2 人、栄養不良は 4 人、低カリウム血症は 5 人、低リン血症は 3 人にみられた。その他の詳細は表 3 に示す。1 人を除くすべての患者は、その後数ヵ月間に神経障害を残すことなく回復した。入院後 12 ヵ月以内に死亡した患者はいなかった。


議論

本研究は、重症低ナトリウム血症(120 mEq/L 未満)の患者において、入院初期 24 時間のナトリウム補正速度が 6 mEq/L 未満であることは、補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超える場合と比較して、院内死亡率および 30 日死亡率の増加、入院期間の延長と関連することを示唆している。

肝硬変と心不全は 6 mEq/L/24 時間未満の補正群に多く、精神疾患は 10 mEq/L/24 時間以上の補正群に多かった。多変量調整モデルでは、6 mEq/L/24 時間未満の補正は、うっ血性心不全患者および癌患者の死亡率の上昇と関連していた。

ODS は、実験および臨床研究において、急速なナトリウム補正と関連する重篤な合併症である。ODS や CPM のような神経学的合併症に対する懸念から、重症低ナトリウム血症患者のナトリウム補正速度を制限するよう指導勧告がなされている。研本究は、MacMillan らの最近の研究と同様に、ナトリウム補正速度を 8 mEq/L/24 時間以下に制限したにもかかわらず、CPM が発症する可能性があることを報告している。

アルコール使用や重度の栄養失調などのエネルギー欠乏状態では、グリコーゲンが枯渇したグリア細胞は、ナトリウム補正時の細胞脱水に対する防御の主要機構である Na+-K+-ATPase 活性を維持するのに十分な予備を持たないため、特に浸透圧ストレスやアポトーシスを起こしやすいという仮説がある。今回の研究では、CPM患者 7 人中 6 人にアルコール使用障害、栄養不良、低カリウム血症、低リン酸血症がみられ、これらの危険因子を持たない患者は 1 人だけであった。

https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107
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