内分泌代謝内科 備忘録

デング熱

デング熱についての総説
J lmmunol res 2016; 2016: 6803098
 
デング熱は熱帯地域に大流行している感染症であり、急速に世界の課題になりつつある。デング熱は 4つの血清型があるデングウイルスによって発症し、メスのネッタイシマカ (Aedes mosquitoes) によってヒト-ヒト間で媒介される。
 
デング熱は軽度の発熱から重症のデング出血熱 (dengue hemorrhagic fever) やデングショック症候群 (dengue shock syndrome) までと臨床像は多様である。
 
グローバル化、海外旅行の増加、非計画的な都市化によって感染率は増加し、デング熱の分布域が広がっている。
 
抗原性の異なるデングウイルスの血清型が 4つあるため、デング熱に対するワクチン開発は難しい。いずれも交差反応を来し得、感染によって産生された抗体は残り 3つの血清型に対しても作用する。
 
最近、サノフィパスツールのデングウイルスの弱毒生ワクチン (live attenuated vaccinne) の候補がブラジル、メキシコ、フィリピンで 9-45歳での使用について承認された。このワクチンの限定的な承認が公衆衛生に与える影響について研究が必要である。同時に、このワクチン候補の限定的な承認は幼児や抵抗力が弱い (naive) にも効果的なワクチンの開発への努力につながることが求められる。
 
この文脈からは、幼児や抵抗力のない人も恩恵に浴することができる、抗体産生を来さないワクチン候補の開発という戦略も探求されるべきだろう。
 
1. 導入
 
デング熱は 4種類の血清型があるデングウイルス (DENVs 1-4) によって引き起こされる感染症である。主にメスのネッタイシマカによってヒトに感染する蚊が媒介する感染症 (mosquito-borne disease) である。
 
デング熱は熱帯、亜熱帯地域に集中しており、世界人口の 1/3 近くが感染のリスクに曝されている。DENV に感染すると無症候のデング熱 (dengue fever: DF) から致死的なデング出血熱 (dengue hemorrhagic fever: DHF) およびデングショック症候群 (dengue shock syndrome: DSS) までと幅広い病態を呈する。
 
急速な都市化、海外旅行の増加、蚊の蔓延抑止の失敗、グローバル化によって、DENV は劇的な早さで世界中に拡がっている。
 
デング熱に対して承認された薬剤はないが、サノフィパスツールがメキシコ、ブラジル、フィリピン、エルサルバドルでワクチンの使用許可を得たことは新しい。
 
デング熱は最も蔓延している世界規模の再興感染症のひとつとなっている。過去 50年間でデング熱の罹患率は 30倍に増加している。現在は 128ヵ国でデング熱が地域的に流行 (endemic) している。流行国のほとんどは発展途上国であり、年間 39億7000万人が感染のリスクにある。最近のデング熱の分布モデルでは、年間 3億9000万人が感染し、そのうち 9600万人が顕性感染となる。
 
インド亜大陸はデング熱流行の中心 (epicenter) であり、感染者数は大幅に過小評価されている。そのため、当局がアウトブレイクに十分対処できるように血清学的な監視 (serosurveillance) 体制を整備することが喫緊の課題となっている。
 
デングウイルスはネッタイシマカ (Stegomyia) の亜属である Aedes (Ae) のメスによってヒト間で媒介される。Ae. aegypti は熱帯および亜熱帯で最も重要な媒介動物である。Ae. aldopictus, Ae. polynesiensis, Ae. Scutellaris complex, Ae. niveus などの種は第二の媒介動物としてはたらくことが知られている。ただし、Ae. niveus はヒト以外の動物に対する媒介動物 (sylvatic vector) であると考えられている。
 
ネッタイシマカの生活環はエサの量によるが、室温で 8-10日である。生活環は水生期 (幼虫、蛹) と陸生期 (卵、成虫) からなる。
 
現在、Ae. albopictus が重要な媒介動物となりつつある。同種は温帯など新しい環境に容易に適応し、Ae. aegypti がいない国に拡がることでデングウイルスが新しい土地に侵入する機会を作ってきた。しかし、今ところはヒトのデング感染症に与える影響は小さい。
 
2. デングウイルス
ウイルスゲノムは ~11 kb のポジティブセンス RNA からなる。この RNA は 3つの構造タンパクと 7つの非構造タンパクを含む 1つのポリタンパクに翻訳される。3つの構造タンパクとは、カプシド (capsid: C)、プレメンブレン (pre-membrane: prM)、エンベロープ (envelope: E) であり、7つの非構造タンパクとは NS1, NS2A, NS2B, NS3, NS4A, NS4B, NS5 である。
 
E タンパクは DENV 粒子の主要な表面抗原である。E タンパクに対する抗体は DENV への免疫を与える。DENV の 4つの血清型における E タンパクの相同性は 60-70%であり、67番目のアスパラギン酸 (デング熱に特有) と 153番目のアスパラギン酸が糖化されている。これらのアスパラギン酸残基は受容体への結合とウイルスの細胞内への侵入に重要なはたらきをしていることが分かっている。
 
E タンパクは EDI, EDII, EDIII からなり、それぞれ抗原性が異なる。EDIII に対する抗体は血清型に対して特異的な中和抗体だが、EDI/EDII, prM に対する抗体は中和抗体ではなかったり、交差反応を起こしたりする。
 
DENV は再感染の際に、中和抗体ではない交差反応を起こす抗体を利用し、Fc 受容体を介して宿主細胞内へ侵入すると信じられている。その結果、感染が促進される現象を抗体依存性免疫増強 (antibody dependent enhancement: ADE) と呼ぶ。
 
強力な中和抗体は多くの非中和抗体による ADE を防ぐと推測される。強力な中和抗体産制を誘導するワクチン候補は ADE を起こさずに免疫を付与する理想的なワクチンになる可能性がある。このようなワクチンを開発するにはおそらく従来の戦略 (default strategy) ではなく、ワクチン候補のデザインによって達成されるだろう。
 
3. 細胞上の受容体とウイルス粒子の相互作用
 
現在のフラビウイルスの細胞内への侵入のモデルでは、二つの機能的に異なる分子群を用いていると考えられている。ひとつはウイルスを細胞表面に結合させる接着分子であり、もうひとつはウイルス粒子のエンドサイトーシスを促進する主要受容体 (primary receptors) である (リンク参照)。
 
蚊によって皮膚にデングウイルスが侵入すると、ウイルスは単球や樹状細胞、ランゲルハンス細胞などの単球内で増殖する。感染細胞はウイルスをリンパ節まで運び、増殖させる。その結果、ウイルス血症となり、肝臓や肺、脾臓など全身に感染が拡がる。
 
4. デング熱
デングウイルス感染症は軽症の DF から、命に関わる DHF や DHF 患者で血漿が漏出することで起こる DSS までと幅広い病態がある。これら 3つの病態は連続しており、重症化していく過程で現れるものだと思われる。
 
DF は自然に軽快する熱性疾患であり、通常 5-7日間続く。時に急性期に消耗性となる。DF の臨床所見は年齢によって異なる。幼児や小児では非特異的な斑丘疹をともなう熱性疾患を呈する。年長の小児や成人では軽度の発熱か、高熱 (通常は二峰性)、強い頭痛、眼の奥の痛み (retroorbital pain)、筋痛、関節痛、嘔気、嘔吐、点状出血 (petechiae) をともなう重症な病態を呈する。全ての年齢層で、白血球低下および血小板低下を認める。DF は出血 (歯肉出血 (gingival bleeding), 鼻出血 (epistaxis), 消化管出血、血尿、月経過多 (menorrhagia) ) をともなうことがある。
 
DHF は DF の症候に血小板低下、出血、血漿漏出をともなうものと特徴づけられている。ターニケットテスト陽性は DHF を示唆するが、感度も特異度も低いので、現在有用性が議論されている。
 
血漿の漏出が DHF の重症度を決めており、血漿漏出の有無が DF と DHF の二つの病態を分けるポイントである。疾患の重症度と臨床症状から DHF は I~IV の 4つのステージに分けられる (IV が最も重症)。
 
一部の患者は発熱時に、四肢、腋窩、顔面、軟口蓋 (soft palate) に小さな点状出血を認める。最重症となるのはふつう解熱し始める時期であり、急速に体温が下がり、しばしば血漿漏出、血液濃縮、血小板減少を含む循環不全をともなう。
 
重症例では血漿量が極度に低下し、DSS が起こり、適切に治療されなければ命に関わる。DSS では、脈圧が小さくなり (<20 mmHg)、頻脈となる。皮膚は冷たく、湿り (clammy)、落ち着きがなくなる。
 
ショックになると急速輸液 (volume replacement therapy) で速やかに改善するか、12-24時間で死亡する。
 
5. 初感染と再感染
 
DENV の 4つの血清型のいずれかに初めて感染した場合を初感染と言う。初感染は症候性の場合も無症候の場合もある。
 
初感染では、IgM は感染後 3-5 日で上昇し、IgG は 6-10 日で上昇する。IgM の上昇は一過性で、感染から 2-3ヶ月で消退するのに対し、IgG は終生残る。そのため、DENV に感染すると、同じ血清型のウイルスに対しては生涯に渡る免疫が付与される。しかし、残りの血清型に対する免疫は付与されない。
 
過去に感染したことがない DENV の血清型に感染することで起こる再感染ではふつう古典的な DF を呈するが、2-3%で DHF となり、さらに DSS に進行して死亡することもある。
 
初感染時とは異なる血清型の DENV に感染すると、抗体とウイルスが免疫複合体を形成し、Fc 受容体を介した単球へのウイルス感染を促進する。その結果、ウイルス増殖が活発になり、重症化する。この現象は ADE として知られている。
 
ADE において主要なはたらきをするのは、交差反応を来し、中和作用の弱い fusion loop や prM に対する抗体であり、低濃度では感染を促進する。
 
ADE は重症化をもたらすことが知られているが、重症化するケースがすべて再感染ということではないし、再感染のすべてが DHF/DSS に進行するわけでもない。
 
液性免疫だけでなく、交差反応性のメモリー T 細胞もまた、獲得免疫の生理と自己免疫の病理の両方に関与しているらしい。
 
6. 診断と治療
 
デング感染症は通常、ウイルスゲノム RNA、抗原、特異抗体によって確定診断される。NS1 抗原検査は DENV の NS1 蛋白を検出する。NS1 蛋白は DENV が感染した細胞から放出され、感染初期に血流に現れる。
 
現在は NS1 と IgM, IgG の 3つを同時に測定できるキットが手に入る。ELISA による血清学的検査は実施が容易で、費用対効果に優れる。
 
現在までのところ、DENV に対する抗ウイルス薬で使用できるものはない。治療は基本的に対症療法である。合併症をともなわない DF の治療は、安静、経口水補充、解熱鎮痛薬としてアセトアミノフェン服用である。
 
発熱後 3日から症状が改善するまでは血液検査で患者の状態を監視する。四肢の冷感、脈が弱い、尿量低下、粘膜出血、腹痛は重症化の兆候である。ヘマトクリット上昇 (Ht>20%)、血小板低下 (> (<?) 100,000 /mm2) は DHF を示唆する。以上の所見を認める場合は速やかに入院する必要がある。
 
DHF の治療は、血漿漏出中も有効循環血漿量を維持するために輸液することである。ヘマトクリットと血小板、心拍数、血圧、体温、尿量、輸液投与量、その他のショックの徴候は注意深く観察する。ふつう、輸液開始後 12-24 時間後には回復する。
 
DSS の治療は膠質液 (colloid) による輸液と合併症の監視である。出血をともなった場合は輸血を行う場合もある。
 
デングウイルスの細胞内侵入のモデル
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4971387/figure/fig4/
 
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4971387/
  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「感染症」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2022年
人気記事