「プチット・マドレーヌ」は越えたので許してほしい

読んだ本の感想を主に書きますが、日記のようでもある。

初詣と『美味しんぼ』

2025年01月01日 | 日記と読書
 新年あけましておめでとうございます。

 久しぶりに年明けすぐに、村の氏神へ初詣。また、僕の村は小さな村にもかかわらず、徒歩圏内に四つの寺があり、すべてで除夜の鐘が鳴るので、都合500以上の鐘が撞かれる。小学生の甥は、撞きに行っていたようだ。


 新年早々実家に、古本屋から『美味しんぼ』が102巻届いた。現在110巻が刊行されていて休載中なので、ほぼすべての既刊分が届いたことになる。僕は『美味しんぼ』を中学生の時から欠かさず読んでおり、高校の生物の時間のレポートは、『美味しんぼ』で環境問題を論じたことがある。確か「長良川河口堰問題」についての内容であった。ただ、70巻を超えたあたりから、単行本自体は買わなくなっていった。実家の倉庫にはその70巻余りが現在も眠っているはずだが、探し出すのが一苦労なので、この際もう一度単行本を一挙に買った。全102巻で15000円だったので、かなり良心的な値段である。正月休みは、『美味しんぼ』を熟読しようと思う。


 年明けの正月エピソードの『美味しんぼ』の最後には、「今年もよろしく 美味しんぼ――」というフレーズがよく書かれていて、印象に残っている。

八月に入り『失われた時を求めて』を少し読み進める

2024年08月02日 | 日記と読書
 八月に入り猛暑が続いている。ちょうど前回のブログを書いてから、色々予定が重なり今後も年末に向けて忙しく、なかなか落ち着いて文章を書いている時間が取れず、八月に突入してしまった。時間がない時ほど、時間の使い方がまずくなる典型である。

 読書としては、井上究一郎訳『失われた時を求めて』がやっと7巻に突入した。「ソドムとゴモラⅡ」を読み進めている。『失われた時を求めて』を読んでいると、やはり「近代」の「底」、それも「無-底」を観させられている気がして、その「無-底」がプルーストの場合、マルクスでいうところの「下部構造」となっているように読める。どうしようもなさと言おうか、アルベルチーヌとのやり取りを見ても、グダグダとどうでもいいことが延々と描かれており、このグズグズが「近代」を形作っているのだろう、というモチベーションで、僕はこの「物語」をどうにかこうにか読んでいるという状態を保っていると言えそうだ。そしてそのグズグズの中に、「ドレフュス事件」への登場人物たちの距離が見えるようにも書かれている。これが印象的だと思う。前に「泡沫候補」について書いたが、もしこの小説?に別名を付けるとしたら、「泡沫候補」なのかもしれない。最初「泡沫」と書こうとしたが、そういう「はかなさ」が言いたいのではなく、民主主義や資本主義、近代の「無-底」を書いている小説という意味では、その「底」に没落して「根拠」をなすテクストという意味で、『失われた時を求めて」はまさしく、最早取り戻せぬ、「失われた時」の時代としての「底」の時間性を、ある種の遂行的次元でテクストにした小説といえるのかもしれない。とにかく、このブログ自体のタイトルのきっかけともなったテクストなので、終わりまで読んでいくのだが、まだ今からかなりの「長篇」を読むくらいの分量が残っている。

 「パリ・オリンピック」が開催されているようだが、テレビをほとんど見なくなった関係上、オリンピックの競技もほぼ見ていない。どこかの待合室でテレビが流れているときなどに見かけるだけで、その時に一部の競技の結果を知る程度だ。そのような中でネット上ではオリンピックにおける「トランス女性」についての意見が、様々出されていた。特にSNS上の議論というのは、昨今は特に深まらないばかりか、自分たちにとって「適切」か「不適切」かの意見の応酬になって、「プロセス」として議論する過程がほとんど失われている。そこでいろいろ議論してもしょうがないと思いつつ、昔、若い人に「トランス女性」が、「女性競技」に出たら「不公平」だという議論を投げかけられたことがあるのを思い出した。

 その時のやり取りを約めて言うと、トランスジェンダーの存在論的問題を、そのような「不公平」感に還元することは間違っているし、そもそも「トランス」とは、そのようなルールを「なんでもあり」にするという「越境-トランス」の問題ではなく、また流行りの「ハック」のようものでも当然ありえず、その〈あなた〉の抱く仮定上の「不公平」感でトランスジェンダーに憎悪を向けるのは間違っているという話をした。僕自身は昔ここでも書いたように、「性」というのはジャック・デリダのいう「差延」のことだと思っているので、「性」自体が常に既に「トランス」な存在であるわけで、「男女」という二元論的性差さえも、「トランス」という遂行的次元を前提にしなければ成り立たないと思っている。二元論的「男女」も一方の「性」がもう一方の「性」に「トランス」できる可能性を排除したら、存在しなくなるのだ。そしてこのような一方の性からもう一方へという比喩的な表現は本来は正確ではなく、「性」それ自体がその中に必ず「移行」それ自体の可能性を憑依させていることが重要なのである。

 さて、その時はデリダのことまでは説明し切れなかったので、ある程度相手の話を引き受けて、少し「経済的」な問題で逆に質問をしてみた。仮に君のいう「不公平」感にある程度の説得力が宿るとして、例えばオリンピックの場合は、経済的に不利な地域、資本主義的に力が弱い国家からオリンピックに出てきている国の選手のことを、どう考えるのかを聞いた。

 メダルの個数を競争し、喜々としてネットに日本のマスコミまでもが記事を張り付けているわけだが、それを見ると恐らく特定の競技以外は、アフリカ大陸の諸国はメダル獲得という意味での成績は振るわないはずだ。メダルを多く獲得しているのは、ほとんど「列強」としての「先進国」であろう。このような「出来レース」としての「不公平」をどう考えるのか、という質問をしてみた。もしこれが「不公平」ならば、オリンピックの競技は、「国民=国家」別の区分ではなく、「所得」区分で競技をし、「所得」に応じてハンディキャップを設定することで、その結果を是正すべきではないか。とにかく「先進国」が「出来レース」的にメダルを取り、それを当然だと考えていること自体の「不公平」に、君も含めた多くの人が抗議しないのはなぜなのか、と。この「不公平」に抗議しずらいのは、経済的格差は「経済的競技」として公正にでき上がった秩序だからだという偏見から来ているのであろう。アフリカ大陸の諸国が「所得」の関係上、オリンピック競技で不利になるのは、自由主義経済的には資本主義経済という「公正な競技」の中ででき上がったものであり、「自然」なものだと考えられているからである。一方、「性」の「トランス」は「不自然」のものとして、「不公正」と見做されてしまう。しかし、ここに働く判断の恣意性こそ問題だろう、と。

 このような話をすると、議論の相手は一応納得をした。したものの、結局はどういう意味で納得したのかを本当の意味では確認できない。また、こういうまぜっかえしのような議論は根本的な議論にはなり得ない。やはりきちんと、資本主義批判から、フェミニズムの問題もオリンピックの問題も考えざるを得ないのだ。そしてその議論のプロセスで結論が出なかったとしても、話し合う必要がある。基本的人権を毀損する「不公正」を自然化しているそのシステムとしての資本主義を批判することなしに、オリンピックなど見ても無駄だろう。「国民=国家」別のメダル獲得数で何位になったと言い合っている状況では、「トランス」に対する差別も、「所得」による差別も自然化されてしまい、全く見えなくなってしまう。

 それにしても、SNSを見ていても近頃は自分たちに「適切」か「不適切」かという基準で、バッサリ何事も裁断している意見をよく見る。コンプライアンスを批判している人や、相当に知識がある人も、同じように自分にとって「適切」か「不適切」かという基準で事態を判断しているように見える。最早そこには、これまで積み重ねられてきた「表象批判」などなかったかのようである。その意味では、「不適切」を主題にしたドラマは、時代的だったのかもしれない。

『ゲバルトの杜』を観てきた

2024年06月17日 | 日記と読書
 映画『ゲバルトの杜』(代島治彦監督)を観てきた。以下雑駁な感想を無秩序に書いてみよう。

 川口大三郎の「鎮魂」という仄めかしが、出演者の口から数度出てくるのだが、仮に「鎮魂」がこの映画の何らかのテーマだとしたら、それは駄目だろうと思う。「鎮魂」はどれだけ慎重になろうとも、ノスタルジーを招き寄せるし、事件のご都合主義化を許してしまうからだ。「喪」はやはり失敗するものであり、その「失敗」こそ映画に現れなければならないはずだからである。しかし気になったのは、映画の中で川口が拉致され、激しいリンチでショック死するまでが、ある意味生々しく?上映されるのだが、それを見ていると、革マルの執拗なリンチに自然と素朴な「憎悪」が湧いてきてしまう。しかし、この僕の感じた「憎悪」こそが、「鎮魂」にも繋がっており、結局はこの事件をご都合主義化するのではないかと思った。この「憎悪」は逆説的に、リンチを理解可能なものとしてしまい、後に出演者たちが言う、「非暴力」の運動への正当化にも繋がっていく。

 原作?者でもある樋田毅は映画の中のインタビューで、当時は大学の中だけがセクト主義で無意味な暴力の応酬が繰り広げられ、大学の外は平和な日常があるのだから、大学内の運動もそれに準じて非暴力的であるべきだと、当時考えていたと話していた。大学内の運動の急進化と武装化が「一般学生」を離れさせたということになっているが、果たして大学の外が平和な日常だったのか。むしろ大学内の革マルと大学当局による生政治的共闘こそが、その後、管理コントロール社会のモデルとなっていたのであり、構造的には、大学の内も外も地続きだったはずである。川口のリンチへの〈鎮魂=憎悪〉と「非暴力」の運動という観念が、ここでこの生政治的支配の資本主義の構造を見えなくさせてしまっているように思う。樋田は、革マルが全国政権だったならば、機関銃でもバズーカでも持ち出して戦ったというが、革マルと大学の共闘的生政治は全国政権どころか、当時すでに資本主義的支配構造としてグローバルだったはずである。

 川口の一年後輩の吉岡由美子は、革マルが円の密集陣形になって、そこから竹竿を槍のように出して、外に向かって、恐らくウニやハリネズミのように外を威嚇してたことに「感動」しており、磁石で集まった人が「虫」のように、「万華鏡」のように見えたという。ファランクスの密集陣形のようなものだと思うが、ある意味では「戦争機械」のことでもあるだろう。吉岡はその革マルの統率力に「一般学生」は「かなわない」と思ったというが、この「戦争機械」の問題こそ、ドゥルーズ=ガタリと生政治の問題であり、革マルと大学当局の暴力と支配の問題であったと思う。この「戦争機械」の問題は掘り下げるべきだったのではないか。吉岡の抱いた「感動」の問題こそ、「鎮魂」では解釈できない「運動」の問題であろう。そういう意味では、今回の映画は、同じく早稲田の学館闘争を記録している、井土紀州監督の『LEFT ALONE』と比較すべきだとも思う。『レフト・アローン』には「非暴力」ではない、『Love マシーン』に乗って学生と踊りまくる絓秀実が映っていたはずである。そこには『Love マシーン』の「享楽」の端緒が映っていたように見える。樋田のいう「非暴力」でもない「鎮魂」でもない、運動の「享楽」の問題がある。「戦争機械」としての革マルの密集陣形とも違う「運動」の問題がそこにはあるのではないか。

 あと気になったのは、池上彰や鴻上尚史の語りが、少し「昔」を誇らしげに話していたことだ。そして学生役の俳優たちへの接し方が、かなり啓蒙的だったことだろう。俺たちが昔経験したことは、お前たちが考えている以上のことだ、というメッセージが暗に伝わって来て、これも何かを見えなくさせていると感じた。また、学生役の俳優が池上に、学生運動が現代に残している痕跡は何かと質問した時、教室の机と椅子が固定された、とバリケード防止のための措置を「軽口」というか、俳優の質問をはぐらかしをしたというべきだろうが、その池上の答えの瞬間、例えばテレビのバラエティ番組でスタッフが笑うことがあるが、あれと同じような年配の男性の声で、嘲笑とも賑やかしともいえるような笑いが一瞬入るのだが、嫌な気分になった。恐らくは、学生運動の痕跡などその程度のものだ、という意味での笑いだったのだろうが、そのような過小評価でよいのだろうか。先ほどの『レフト・アローン』との比較でいえば、西部邁が自分がトロツキストの党派にいるにもかかわらず、大学祭に来た学生の親から、トロツキーとはどういう人なのか聞かれた時、「悪魔のようなやつらしい」と応えて、友人からお前はトロツキストだぞ、とたしなめられたという話があったが、運動ってそういう「啓蒙」とは程遠い、勘違いの中で始まるものではないのだろうか。

 そういえば、映画の中で川口はリンチされている間、革マルから早稲田祭に反対しているだろうという非難をされていたが、それを見ると、前の記事でも書いた友人が、早稲田祭が中止になった時、革マルと大学当局の「共闘」で板挟みになっていたことが、思い起こされた。

 新左翼各派のヘルメットが染められている手ぬぐいを買った。つまりこういうことなのだ。

『文学的絶対』を読了した

2024年05月13日 | 日記と読書
 『文学的絶対』(法政大学出版局)を読了した。そして本書を読む中で、ベンヤミンの『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』(ちくま学芸文庫)のロマン主義分析がいかに後世のロマン主義研究に影響力があり、またベンヤミンがその核心を分析していたのかもよくわかった。ナンシーの「無為の共同体」における「無為」がロマン主義に由来するものであるのも見当が付いた気がする。確か、ナンシーはラクー=ラバルトと一緒に『ナチ神話』(松籟社)を出していたと思うが、この分析もロマン主義分析と関わるものだと思う。また、ロマン主義者がdichtenの作用を「創作する」や「文学的な制作」だけではなく、「でっちあげる」という意味でも使っているが、このポイエーシスの作用は「文学的絶対」の作用でもあるが、前にも書いたように、これはフィクション論としてのファイヒンガーの『かのように(als ob)の哲学』とも重なるものだといえる。ファイヒンガーは「歴史」と「神話」を区別しようとするが、その区別を脱構築してしまうals ob の dichten の働きに注目していた。「歴史」は実証的であり、「神話」は創作的であるという、通俗的な区分はあるものの、「歴史」にも「神話」にも dichten としての「でっちあげ」の力は働いており、「歴史」と「神話」は als ob の地点で不分明となる。「歴史」を実証的に constative なレベルで認識するのではなく、「神話」に働いているような dichten の作用が、「歴史」をも performative に形作っている。この performative な力こそが、 dichten という「創作」でありながら「でっちあげ」でもあり、しかし、schaffen でもあり erfinden でもあるような「発明」の地平を開いている。ファイヒンガーはこの「発明」の力を als ob と呼んでいた。ファイヒンガーはこれをカントとニーチェの関係から分析していたはずで、このファイヒンガーの発想は、ロマン主義の「文学的絶対」の力を継承して形作ったフィクションの理論だったのだということが、改めて確認することができた。ロマン主義が「神話」を求めていたのはここに、 dichten としての「絶対」の力があったからだろう。

 そしてこの『文学的絶対』を読む中で、日本近代文学における絓秀実のロマン主義分析(批判)も、この本が翻訳される前に、かなり似た議論をしていたということも確認できた。絓は『日本近代文学の〈誕生〉』(太田出版)の中で、近代文学を「俗語」と「雑」という概念で分析するが、これはロマン主義の「断片性」とその「散文性」に相当する。絓は日本近代文学における「現前性」という「透明性」が、逆説的に「雑」によってなされるとするが、これこそがロマン主義の「イロニー」が存在して初めて成立する構造であり、この中心には dichten としての構想力の問題があるわけだ。もちろん絓は本書が翻訳されなくとも、ヘーゲルやデリダ、ベンヤミンの著作などを通してこの結論を導き出していたと思うのだが、この本が翻訳されたことで、その同時代性を確認することができてよかった。そういう意味で日本の文芸批評も、ナンシーやラクー=ラバルトたちと同じような時期に「文学的絶対」と対峙していたわけである。特にこれは1930年代の「日本浪曼派」の分析などにも有効だろう。

 ともかくも『文学的絶対』を読むうちに、分析の対象となっているロマン主義のテクストを読んでみたいと強く思わせられた。古本屋で買ったが、長い間読み止しになっているノヴァーリスの『花粉』とかもきちんと読もうか、と思う。またこれはまだ何の確証もない考えではあるが、「批評(性)」とはこの「断片」と「雑」それ自体のことだとするならば、今ちまちま読んでいる『失われた時を求めて』のテクストというのはものすごい「雑」であり、社交界なんて「雑」そのものであり、その意味で、プルーストはまさしく「批評」を書いたのだな、と思うようになった。ロマン主義をきちんと考えるきっかけとなった大著であった。

『文学的絶対』を読みながら「大東亜戦争」についても考える

2024年04月08日 | 日記と読書
 『文学的絶対 ドイツ・ロマン主義の文学理論』(柿並良佑+大久保歩+加藤健司訳、法政大学出版局)を読み進めているが、600ページ強ある全体の、読んだのは三分の一ほどである。現在は「『アテネーウム』断章」を読んでいるが、ラクー=ラバルトとナンシーの論文だけではなく、シュレーゲルやノバーリスなど、他のロマン派の「断章」や「断片」までも訳されているのは大変いい。なぜなら、この後にナンシーらの分析があるのかもしれないが、「断章」形式というのは、ロマン派の文学理論にとってどういう意味があるのかを考えるのは、重要だと思うからだ。確かベンヤミンが『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』(ちくま学芸文庫)の中で、「断片」を「絶対的」に包摂する神秘的体系の提示がロマン主義の根本にはあると言っていたと思う。しかもそれは「断片」同士の〈反射〉における認識が、そのような「絶対的」に包摂する神秘的な体系を作る、と主張していたと、僕なりに解釈している。例えば、「ある存在〔本質〕が他の存在〔本質〕によって認識されることは、認識されるもの(das Erkenntwerdende)の自己認識、認識する者(der Erkennende)の自己認識、および、認識する者がその認識対象である存在〔本質〕によって認識されることと、同時に起こる(zusammenfallen〔一致する、同じものである〕)」というのは、その神秘的体系の様態の一つだろう。そういう「断片」同士の〈反射=思弁〉を「絶対的」に包摂する仕方を、イロニーという形で提示したのがロマン主義だとしたら、色々な「断片」や「断章」が翻訳されて掲載されたことは良いこだろう。注記を見ると、日本語以外で翻訳されているバージョンは、「断片」「断章」が省略されているのもあるようで、省略されなくてよかった。このようなロマン主義の断片性は重要だと思う。

 このロマン主義的手法は、日本文学でも1930年代の「日本浪曼派」や「モダニズム」の文学とも関わるだろう。特に「転向」以前の、共産党が壊滅する前は、このロマン主義的な「絶対」は「党」の「絶対」的な唯物弁証法の対抗理論となっていたわけで、特に30年代はマルクス主義との関係抜きにロマン主義は語れないだろう。マルクス自身も、ロマン主義のハイネと友人だったわけで、この「絶対」は、経済的絶対の体系と何らかの形でかかわっていると言わざるを得ない。そこにはヘーゲルやシェリングの問題も関わっていると思う。ヘーゲル左派とロマン主義の関係も調べてみると面白そうだ。ともかく、まだ三分の一なので。

 さて、話は変わりツイッターを見ていると、自衛隊、第32普通科連隊の公式アカウントが「大東亜戦争」と表記していたそうで、それは「不適切」だという意見があった。自衛隊の公式アカウントがつぶやいているのだとしたら、それは「不適切」だろう。「大東亜戦争」と呼称する「立場」の人がいたり政治信条の人がいるのは、それは「不適切」ではない。というか適切とか不適切とかいうのではなく、一つの立場表明である。その戦争に対する史観として、「大東亜戦争」と呼ぶ一貫性を持つ人がいることはあり得る。しかし、公式のアカウントが「大東亜戦争」を呼称する場合、そこには「天皇(制)」の問題が関わってくることを覚悟してやっているのかどうかである。同アカウントは背景画像に「近衛兵」という言葉まで使っている。それは「天皇の軍隊」を呼称しているという認識でよいのか。もしそうだとして、三島由紀夫が生きていたら、第32普通科連隊が「天皇の軍隊」になったのだとして喜ぶだろうか。しかし、それは全くの逆である。革命の力能としての「文化概念としての天皇」に立脚して、天皇制戦後民主主義を根本から批判した三島にとって、現状の「ネトウヨ」的な「大東亜戦争」と「天皇制」を賛美した軍隊など、「反動」以外の何物でもない。それともそうではなく、第32普通科連隊は、三島のいう「文化概念としての天皇」を戴いてまでも「東亜」に革命をもたらす革命軍、即ち反乱軍になる覚悟を以って「大東亜戦争」と言っているのだろうか。そのつもりなら一貫性はあるかもしれない。しかし、もしそのような革命軍になるつもりがないならば、「大東亜戦争」というのは、「不適切」である。何故ならば「大東亜」というイデオロギーは「天皇(制)」と不可分だからだ。三島はその意味で「反乱軍」を作りたかったわけだろう。政治制度としての「天皇制」ではなく、革命の根拠となる「天皇」の軍隊を作るために市谷にも立てこもったし、「226事件」にも惹かれたはずである。第32普通科連隊が、反乱軍や革命軍になるつもりもなく、単に俗情に迎合するため、安易な愛国心に便乗するためだけに「大東亜戦争」と言っているとするならば、そこには一貫性はないし、史観を全く欠いた「不適切」なつぶやきだといえる。それは「大東亜」という史観を維持しようとする右派に対する侮辱にもなるだろう。ただ、君主制も軍隊も認めてしまっている共産党がいる中で、自衛隊がこのようなつぶやきをするのは、「左・右」がむしろ一致して天皇制戦後民主主義を護持している現れなのではないか、とすら思った。それは国民の大多数が、天皇制下の軍隊(自衛隊)を無意識に認めているという意味で、今回の自衛隊のアカウントは、天皇制戦後民主主義を認めている国民の無意識を代弁したともいえる。実際、国民の大多数は無意識に「大東亜戦争」という呼称を拒否していないのではないか。これは「大東亜戦争」を批判している国民の無意識も例外ではない。

 とはいうものの、一般的な意味において、今の自衛隊が三島のいうような「文化概念としての天皇」を軍隊の原動力と考えているはずもなく、天皇制戦後民主主義を守っていくだけなのだったら、「大東亜戦争」などいう意味はない。しかも「公式アカウント」が「大東亜戦争」という憲法や天皇制の根幹に関わり、かつ東アジアへの侵略戦争を含む名称を、なんの史観や考慮や調査や検証もなく、安易に、しかも国民の俗情にべったりと寄り添うだけに発言しているのだとしたら、組織としての見識を疑う。それは組織上の欠陥ですらあると思う。軍事戦略上、統制が取れていないという意味で非常に危険な組織ともいえよう。ふつうの意味で「公式アカウント」なのだから「常識」を守れよ、と思う。

 そして、ロマン主義の断片を包摂する絶対的で神秘的体系と「大東亜」はどのような関係にあるのか、という問いは1930年代の問題であろう。