サテュロスの祭典

神話から着想を得た創作小説を掲載します。

兎神伝〜紅兎二部〜(20)

2022-02-02 00:20:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(20)恋敵(2)

「なーに、しょぼくれて、ごじゃりますかー!」
不意に、立てた両膝に顔を埋めて泣く太郎に、素っ頓狂な声が呼びかけた。
太郎が、涙を拭いもせず顔を上げると…
「ジャジャーン!朱理ちゃんで、ごじゃりまーす!」
大きく万歳の格好をする朱理が、そこに立っていた。
「アケ姉貴!」
太郎が、面食らって瞬きすると…
「これこれ、アケ姉貴ではごじゃらんじゃろう。朱理先生でごじゃろう。」
朱理は、人差し指を振り立てながら、説教じみた物言いで言った。
「失礼しました、朱理先生…」
太郎が、立ち上がって、丁寧にお辞儀して言うと。
「宜しい!」
朱理は、思い切り腕を組んで、何度も大きく頷いた。
「でも、先生…どうして、ここに?」
「それはじゃな…」
朱理は、鼻の下を指先で擦りながら、ニッと笑うと…
「今夜は、進次郎様と、添い寝するので、ごじゃりまーす。」
後から入って来た、進次郎の腕にかぶりついて、クスクスと笑いだした。
太郎は、忽ち、部屋で大はしゃぎした。
憧れの進次郎と一緒に寝られるだけなく、朱理まで部屋に来てくれたからだ。
「ささ、アケ姉貴…ごめん、朱理先生、布団が引けたよ。休んで、休んで。」
「休んでじゃないでごじゃろう。休んで下さいでごじゃろう。」
「いっけねー!お休み下さい、先生。」
「まーったく、相変わらず礼儀がなってごじゃらんのう。」
朱理も、久し振りのチビ弟子に、得意になって胸を張って見せた。
側では、とことんやり込められてる太郎を見て、進次郎が先程から笑いこけている。
太郎と朱理の師弟関係が誕生したのは、愛が社(やしろ)に遊びに来始めて、だいぶ経ってからの事…
私にとって、ちょっとした秘密の友達だった愛が、社(やしろ)の兎神子(とみこ)達に見つかり、更には、兎神子(とみこ)達の親友の、社領(やしろのかなめ)の不良・悪ガキどもに見つかった頃であった。
当時…
私は、正義の名の下に展開される、太郎率いる悪ガキ達の格好の悪戯の餌食にされていた。
わざわざ、遠い氏神社(うじがみやしろ)の村々の農家からくすねて来た肥溜めの糞尿を埋め込んだ落とし穴に落とされるなんて、日常茶飯事であった。
その日も、大事な祭禮中、祝詞をあげようとした私の上に、朱の墨汁を鶴瓶いっぱい浴びせると言う悪戯をして、勝鬨をあげていた。
すると…
『貴方が太郎君ね!』
丁度、私の祭禮を見に来ていた愛が、太郎の前に飛び出すなり、いきなり激しく頬を引っ叩いたのである。
『聞いてるわよ!いつもいつも、親社(おやしろ)様の事を虐めて!許さないんだから!』
『おまえは…?』
突然の思いもかけぬ出来事に、豆鉄砲食らったような顔をして見つめる太郎に…
『フン!』
と、そっぽ向く愛は…
『親社(おやしろ)様、行きましょ!マサ兄ちゃんとリュウ兄ちゃんに、着物洗わせましょ!あの二人が、またやらせたに決まってるんですから!それと、ユカ姉ちゃんに言いつけて、しっかり怒って貰わないとね!』
頭から湯気出して怒りながら、私の手を引っ張って、その場を連れ出して行った。
いつまでも叩かれた頬を抑えて立ち尽くし、愛の去った方を見つめ続ける太郎は、その瞬間から、一目惚れしてしまったのである。
それから、太郎は毎日のように、愛が訪れるのに合わせて、やってくるようになった。
しかし…
『親社(おやしろ)様を虐めるような子、嫌いよ!あんたなんかと遊んでやんないんだから!』
そう言って、何だかんだと声をかけてくる太郎にそっぽ向いて、口もきこうとしなかった。
そんな太郎に…
『可愛い子じゃろう。』
ニィッと笑って、声をかけてきたのが、朱理であった。
『友達になりたいでごじゃるか?』
太郎が、答える代わりに、口を尖らせ俯いて、小石を蹴ると…
『力になってあげても、良いでごじゃるよ。』
朱理は、また、ニィッと笑って言った。
『本当か!本当に、あの子と友達にしてくれるのか?』
太郎は、忽ち、顔を輝かせた。
『まーっかせるで、ごじゃるよ。何たって、私はあの子の親友でごじゃるからね。』
『ありがとう!アケ姉貴!』
『その代わり、私の言う事、何でも聞くでごじゃるよ。それから、その姉貴は良くないでごじゃる。今日から、私の事は、先生と呼ぶでごじゃるよ。』
『はい!朱理先生!』
以来、太郎は、朱理にすっかり頭が上がらなくなったのである。
太郎は、頭を掻きながら、宝物の羽織を脱いで、朱理に広げて見せた。
「俺、今でも大事に着てるんだぜ…いや、着ております。」
背中に、丸で囲われた誠の文字を刺繍された、藤紫の羽織…
それは、進次郎に憧れている太郎の為に、朱理が縫ってやったものであった。
「それにしては、汚くてなってごじゃるのう。ちゃんと洗濯をしてごじゃるか?皺を毎日伸ばしてごじゃるか?」
「勿論だよ…勿論です、先生。シン兄貴!兄貴もだよな!」
進次郎は、急に話を振られ、少し目を丸くしたが、すぐにいつもの澄まし顔になり…
「拙者も、大事にしてござるよ。」
太郎とお揃いの羽織を脱いで、朱理に見せた。
こちらは、実に手入れが行き届き、新品同然であった。
ただ…
一箇所、刀で斬られて繕った跡が残るのは、彼のせいではなく、以前、襲撃されて立ち回った時の名残である。
この羽織を縫ったのも、切られた所を繕ったのも、朱理であった。
「進次郎様、今でも大事にしてくれたのでごじゃりますね。」
それまで、得意顔に胸張って威張っていた朱理は、急にしおらしく俯いて、頬を赤くした。
「そう言うアケちゃんこそ、未だに拙者の物言いを真似てござるな。」
進次郎が、鼻の下を掌で擦りながら言うと、朱理は指先で鼻の下を擦りながら、照れ笑いした。
「それにしても、アケ姉貴…じゃなくて、朱理先生もシン兄貴に惚れていたとは気づかなかったぜ。」
太郎は言うと、隅に自分の布団を持って行き…
「ささ、兄貴、今夜は存分にやってくんな。俺、ちゃんと後ろ向いて、見ねえようにすっからよ。」
言葉通り、後ろ向いて横になった。


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