兎神伝
紅兎〜追想編〜
(19)恋敵
部屋に戻ると、先に出たはずの進次郎はまだ戻っていない。
きっと、和幸の介抱に託けて、まだ朱理の側を離れられずにいるのだろう。
進次郎が、朱理に思いを寄せている事を知る者は、誰もいない。一の子分を自認して憚らない、助蔵と角兵衛も知らない。一番の親友である、萬屋の錦之介も知らない。
知っているのは、太郎だけなのだ。
『シン兄貴、アケ姉貴に惚れてんのか?』
『ああ、惚れてござる。拙者の心は、アケちゃんへの思いでいっぱいでござる。』
『だったら、素直に言えば良いじゃねえか。俺達、兄貴の味方だぜ、応援するぜ。』
『いや、駄目だ。』
『何で。』
『あの子は、カズさんに一途だ。』
『知ってらあ。だから、なんだってんだよ。』
『カズさんに一途な、あの子に惚れてござる。カズさんに一途な、あの子を守りたい。支えてやりたい。』
『何だ、そりゃ?』
『愛するが故に見守る愛もある。そう言う愛もあるのでござるよ。』
『へーんなの…』
『だから…これは、拙者と太郎の秘密でござる。男と男の秘密、約束でござるよ。』
男と男の秘密…
男と男の約束…
あの憧れの進次郎と二人だけの秘密と約束…
胸がときめく一方で、同じ惚れた女に思い届かぬ者として、切なさを感じたりもする。
甘酸っぱい…
ほろ苦い…
どう、表現したら良いのだろう。
あの日…
町を歩いていると、河曽根下町貧民窟の子供が、河曽根上町の不良達に絡まれていた。絡んでいるのは、河曽根組神漏衆(かわそねぐみみもろしゅう)の子弟達であった。
宮司(みやつかさ)が代替わりし、本社(もとつやしろ)警護役も、河曽根組から河泉組に代わった。何より、組頭の鋭太郎が、前の宮司(みやつかさ)共々失踪して以来、以前のようは羽振りはない。
それでも、鱶見和邇雨家(ふかみわにさめのいえ)筆頭である河曽根鱶見家棟梁(かわそねふかみのいえのむねはり)にして、神漏(みもろ)衆総帥、である康弘連(やすひろのむらじ)の傘下である。
依然として威張り散らし、弱い者と見れば、とことん虐めぬく事に変わりはなかった。
『どうか、どうか、お許し下さい!俺は何をされてもかまいません!どんな事にも従います!妹は…妹だけは…』
『喧しい!このクソガキ!』
『河曽根様の御一門衆で、妹を手解きしてやろうってんだ、有り難く思え!』
『御前は、穂柱でもおっ勃たて、妹の悦ぶ姿でも見てろ!』
『やめて…やめて…お願い、やめて…』
『ほらほら、膝の力抜いて、もっと足を広げろよ、コラッ!』
『今から、うんと気持ち良くしてやるからなー。』
『ククククク…まだ、胸はぺったんこだな。神門(みと)に若草が生えるどころか、萌芽もしてねえ、ツルツルだな。』
『お兄ちゃん!お兄ちゃん!助けて…助けて…嫌っ!嫌っ!嫌っ!』
『うわーっ、小せえ!こりゃあ、小指も入りゃしねえぞー。』
『なーんだ、兄ちゃんになーんにも仕込んで貰ってねえのか?うちの妹なんか、ハイハイし始めた頃から兄上達と仕込んでやったから、この頃にはいっぱしに穂柱も通せたんだぜ。』
『よしよし、今から神門(みと)を大きく広げて、参道を開いてやるからな。』
『そーら、大きくなーれ、大きくなーれ…』
『やめて…やめて…痛い!痛い!キャーーーッ!!!』
この日も、兄妹で市場に買い物に訪れた下町の子供を取り囲み、寄ってたかって袋叩きにした兄の前で、幼い妹を丸裸に剥いて悪さをしていたのである。
すると…
『弱い者虐めはやめなさい!』
不意に、後ろから凛として声が響き、河曽根上町の不良どもの手を止めた。
『何だ、おまえ。』
『誰かと思えば、山田屋兎神家(やまだやとがみのいえ)の愛じゃねえか。兎の子が、河曽根家御一門衆に楯突いてんじゃねえぞ、こら。』
『今な、俺達達が、このお嬢ちゃんに大人の手解きしてやろうとしてんだよ。』
『そそ、おまえだって、お家でお父さんにして貰ってるんだろう?あの気持ち良い奴だよ。』
『それとも何か?家でして貰ってるだけじゃ足りなくて、俺達にもしてほしいってか?』
不良の一人が言い、皆が一斉に笑った刹那、愛は思い切り、その不良の頬を引っ叩いた。
『痛ぇ!何しやがる!』
不良が、頬を抑えて声を上げると…
『兎神子(とみこ)を舐めんじゃないよ!兎神子(とみこ)は、神の子を宿して、皇国(すめらぎのくに)の血を残す神聖な神子(みこ)よ!あんた達下劣な不良共に馬鹿にされる言われはないわ!』
愛は、顔を紅潮させて激昂し、袖を捲り上げて怒鳴り返した。
『なーにが、神聖な神子(みこ)だおら!』
不良の一人がいきり立って喚くなり、愛を突き飛ばした。
『玉串払えば、卑しい物乞いにまで足を開く売女の分際で、和邇雨一族の御曹司様に手をあげやがって!』
『おう!このお方をどなたと心得やがる!おめえが手を挙げたのはな、河曽根家(かわそねのいえ)筆頭、康弘連(やすひろのむらじ)様の第四子様…苨四郎(でいしろう)様にあらせられるぞ!』
更に、別の不良が愛の腹部を思い切り蹴り上げると…
『あの、河曽根組元組頭の鋭太郎(えいたろう)様、現組頭様の美唯二郎(びいじろう)様、副頭の椎三郎(しいさぶろう)様の弟君。こちらの弟君であらせられる、飯五郎(いいごろう)様共々、来年には小頭に就任なされる!おめえなんか、言葉を交わすのもおこがましいお方だおら!
売女の分際で、ナマ言ってんじゃねえぞ、オラッ!』
また別の不良が、呻き声を上げて蹲る愛を、思い切り踏みつけた。
『まてまて、こいつは赤兎になるご身分のお嬢ちゃんだ。売女ですらねえぞ。始終裸でほっつき歩き、求められれば、誰にでも、その場で股開く便所兎だぜ。』
と、不意に一人の不良が思い出したように言うと…
『そう言えば、そうだったな。』
愛に頬を打たれた苨四郎はニンマリ笑い、愛の着物の帯に手をかけた。
『何するの!嫌っ!やめて!』
もがく愛の手足を不良達が一斉に押さえつけ、苨四郎は愛の着物を無理やり脱がせようとした。
『やめて!やめて!』
愛は、さっきまでの威勢の良さとは裏腹に、泣き叫び出した。
『なーにが辞めてだよ!家に帰れば、玄関先で素っ裸にならねえと、中に入れてもらえねえんだろ。』
『この前だって、庭先で裸で立たされてるのを、見かけたぜ。通りすがりの連中に、求められるままに、股ぐら開いて、指先で神門(みと)を押し広げてよ。参道の奥まで丸見えだったぜ。』
『どうせ、あと一年もすりゃ、皮剥されて、家でも外でも、裸でいる事になるんだからよ。今から見せてくれたって、構わねえよな。』
苨四郎は言いながら、愛の着物を脱がせると言うよりは、引き千切り出した。
周囲では、もがく愛を押さえつけながら、飯五郎と不良共が舌舐めずりをしている。
『やめて!お願い、やめて!嫌っ!嫌っ!』
愛は、一層、大声で泣き出した。
その時…
『いい加減にしねえか、不良ども!』
凛とした声に不良達が振り向くと、太郎率いる神饌組の悪ガキ達が立っていた。
『何だ、誰かと思えば、河本町産土宮司(かわもとまちのうぶすなつみやつかさ)のバカ息子と、愉快な仲間達じゃねえか。』
『どうした、お前もコイツの裸、見てえのか?見せてやるから、そこで待ってろ。』
苨四郎が、今まさに愛の肌襦袢と裾除けを引き剥がそうとした時…
太郎が摑みかかるより早く、横から飛び出した子分の一人が、苨四郎の尻を蹴り上げた。
『痛ぇ!てめぇ、何しやがる!』
苨四郎が振り向くと…
『待てっ!チョウ!おまえは出てくるな!』
太郎は慌てて止めようとしたが…
『止めてくれるな、兄貴!女を虐めるような奴は、どうにも我慢ならねえ!』
子分は、太郎の制止を振り払い、袖を捲り上げて進み出て行った。
『俺は、河本産土中町五番街で蕎麦屋を営む、松田屋の倅、長吉郎ってんだ!俺が出てきたからには、覚悟しやがれ!』
『いや、だから、お前は下がってろって…』
尚も止めようとする太郎の前で、長吉郎の啖呵は続く。
『俺の名前は引導代わりだ!迷わず地獄に落ちやがれ!』
次の刹那…
長吉郎が不良達に摑みかかって行くと、凄まじい殴打蹴踏の音が炸裂し…
忽ちぼろ雑巾のようになった長吉郎が、その場に転がった。
『だから、やめろと言ったのに…』
辺りから、不良達の爆笑が渦巻く中、太郎は思わず頭を抱えた。
『さあて、次は誰が料理されてえかな?』
『詫びを入れるんなら、今のうちだぜ。』
『素直にフンドシ脱いで詫びるならよ、もうすぐ便所兎になるコイツに、出した穂柱を舐めさせてやるぜ。』
『そうしろ、そうしろ。その方が、ブン殴られるより、気持ち良いぞ。』
不良達は、口々に言うと、また、爆笑し始めた。
『じゃかあしい!誰が、河曽根組のアホ息子どもに詫びなんかいれっかよ!やっちまえ!』
太郎が怒鳴り声を張り上げると…
『オーッ!』
神饌組の悪ガキ達は一斉に声を上げて、不良達に掴みかかって行った。
『このクソガキどもが!』
『後で、吠え面かくなよ!』
『便所兎と一緒に、裸にひん剥いてやるぜ!』
不良達も、声を張り上げるなり、悪ガキ達を迎え撃った。
鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)の悪ガキ達の間では、喧嘩をすれば向かう所敵なしで知られた神饌組であった。
しかし、全員十二歳以下の悪ガキ達に対し、相手は全員十三歳以上の不良達である。その上、神漏衆(みもろしゅう)の子と言えば、一様に武芸の稽古をつけられている。
生半可で勝てる相手ではなかった。
悪ガキ達は皆、顔中青あざ、身体中擦り傷や赤あざをつくり、着物は泥だらけのボロ切れ状態になった。
それでも、勝った…
皆、何処の檻から抜け出した猿かと思われる程、目の周りに大きな青あざを作り、鼻血を啜りながらも、見事に不良達を撃退した。
『へん!口程にもねえ野郎達だったぜ!』
太郎は、ペッと血混じりの唾を吐き出すと…
『おいっ!チョウ!いつまで寝てるんだ!さっさと起きろ!』
真っ先に袋叩きにされた松田屋の長吉郎を、軽く蹴って叩き起こした。
『ったく…弱ぇくせして、一番先に粋がるから…』
と…
『太郎君…』
肌襦袢と裾除け姿の愛が、よろよろと立ち上がると、鼻を鳴らして、しゃくりあげていた。
『愛ちゃん!』
太郎が駆け寄ると、愛は、太郎の胸に飛び込むや、いつもの勝気さが嘘のように、声を上げて泣き出した。
「愛ちゃん…」
太郎は、布団の上に座り込み、両手を見つめて、笑みを浮かべた。
あの日、この胸に抱いた時、頭を撫でてやった時の、愛の感触と…
『太郎君、ありがとう。』
ひとしきり泣いた後、顔を上げて、ニッコリ笑う愛の涙を、指先で拭ってやった時の感触を思い出したのだ。
あの日…
いつか、愛の笑顔も温もりも、全て自分の手に入るような気がしていた。愛の何もかもが、自分一人だけのものになる、そんな気がしてならなかった。
しかし…
現実は違っていた。あれから一年経たぬうちに、愛は皆の前で着物を剥がされ、男達の玩具にされた。
来る日も来る日も、全裸で町中を歩かされ、太郎の目の前で、行き交う男達に寄ってたかって玩具にされ続けた。
そう…
あの日、愛を守る為に、大喧嘩して勝利を勝ち取った相手の不良達も、これ見よがしに、太郎の前で愛を玩具にした。
『おーい、太郎。おまえにも良いモノ見せてやらあ。』
苨四郎は愛を羽交い締めにして抱えあげると、太郎の前で大股開きさせた。
『ほら、見ろよ。』
側で、弟の飯五郎が指先で愛の神門(みと)を広げて見せるとニンマリ笑った。
『良い色してるだろう。此処にな、こうやって指を入れんだぞ。』
『アァァァァーーーーッ!!!』
愛は、飯五郎の指を参道に捻り込まれると、首を逸らせ、腰を浮かせて叫び声を上げた。
『てめえ!』
思わず太郎が殴りかかって行くと…
『穂供(そなえ)の邪魔するな!』
側で弟達のする事をニヤけて見ていた、河曽根組副組頭椎三郎が、鞘入りの湾曲刀で思い切り殴りつけた。
思わず呻きをあげてくず折れる太郎を…
『赤兎の穂供(そなえ)は、領民(かなめのたみ)全員に与えられた権利!やりたくば、順番を待つが良い!』
今度は、河曽根組組頭の美唯二郎が思い切り蹴り上げた。
太郎が腹部を押さえて蹲ると…
『いつぞやは、弟達を可愛がってくれてありがとうよ。』
副頭の椎三郎は怒鳴りつけながら、太郎の頬を蹴飛ばし…
『今日は、たっぷり礼をしてやるぜ!』
血を吐いて吹き飛ばされる太郎に、あの時、神饌組に叩きのめされた不良達である神漏兵(みもろのつわもの)達が一斉に群がり蹴飛ばし踏みつけた。
『太郎君!』
愛は、太郎の方に手を伸ばし、苨四郎の腕の中で激しく踠き出した。
『暴れんじゃねえ!おめえの相手は、俺達だ!』
飯五郎は、どやしつけながら、愛の頬を激しく打つ。
『お願い!太郎君を許して!太郎君を…太郎君を…』
『それは、おまえの心がけ次第だな…』
美唯二郎は、神漏兵(みもろのうわもの)達が押さえつける血塗れの太郎から着物を剥ぎ取ると、股間の穂柱に湾曲刀の切っ先を向けて…
『皮剥の時は、紅兎の分際で随分と喚いてくれたな。父上も私も椎三郎も、穂供(そなえ)に随分と手間をかけさせられた。』
言いながら、切っ先を突きつける太郎の穂柱を見て、舌舐めずりをしていた。
彼もまた、兄の鋭太郎同様、男色の趣味を持っている。
『お願い!何でもします!どんな事にも従います!だから、太郎君を…太郎君を…』
愛が泣きながら哀願すると…
『愛ちゃん!おいらにかまうな!おいら、どうなっても良い!おいら…』
『喧しい!』
椎三郎が、暴れもがく太郎の頬を思い切り蹴飛ばし、腹を踏みつけた。
そして…
『一言も発するな。』
美唯二郎は、太郎のまだ毛も生えず皮も剥けてない穂柱を、湾曲刀の切っ先で小突きながら、また舌舐めずりをした。
『一言でも発したら、コイツを切り取ってやる。』
『や…やるなら、さっさとやりやがれ!』
太郎は、額に冷や汗かきながらも、美唯二郎を睨み据えた。
『だから…一言も発するなと言っておろう!』
美唯二郎は相変わらず舌舐めずりさて言いながら、太郎の腹を思い切り踏みつけた。
太郎は、血混じりの嘔吐物を吐き出した。
『愛も、今日は一言も発するなよ。弟達にされてる間、皮剥の時みたいに一言でも声を発したら…わかってるな。』
美唯二郎はそう言って、また、太郎の穂柱に湾曲刀の切っ先を突きつけると…
『やれ!』
冷酷な笑みを満面に浮かべて、愛を押さえつける弟達に顎をしゃくりあげた。
苨四郎と飯五郎も、ニンマリと笑って頷き返す。
『さあて…今日は、いつぞやの分も、たっぷり可愛いがってやるからな…』
言いながら、苨四郎は愛を地面に寝かせて手を押さえ、飯五郎は愛の脚を大きく広げて袴と褌を脱ぎ出した。
『やめろ!やめてくれ!愛ちゃん!愛ちゃーん!!!』
押さえつける神漏兵(みもろのつわもの)達の腕の中、捥がき暴れる太郎の前で…
『ほら、声出して見ろ、声をよー!』
『皮剥の時、兄貴達にやられて泣き喚いてたみたいに、声出して見ろよ、ホレホレ…』
『太郎を男に…でなくて、女にしてやれや…』
苨四郎と飯五郎率いる不良達は、代わる代わる愛の参道に穂柱を捻りこみながら、愛の頬を叩き、蹴飛ばし、鞘入りの湾曲刀で打ち据えた。
『どうしたんだ?ほら、声を出して見ろよ、声をよ!いつぞやは、俺達に啖呵切った威勢良さはどこ行った?うん?』
また一人、愛の頬を踏みつけながら言えば…
『おうおう、お股をこんなに汚して可哀想に…ちょっと洗ってやろうかね…』
別の不良は、既に血と白穂塗れになった愛の参道に、竹筒に入れた塩水を流し込みながら、粗塩をたっぷりすくい上げた指で掻き回し始めた。
愛は擦過傷だらけの肉壁と会陰の裂傷部に、塩水と粗塩を擦り込まれる激痛に、腰を浮かし、顔を仰け反らせたが、一言も発さなかった。
何をされても、どんな暴行を受けても、爪先を突っ張らせ、拳を握りしめ、歯を食いしばって耐え続けた。
『良いか、赤兎は、便所なんだよ、便所。そこを、よーっく心得ておけよ。』
誰かがそう言うなり、不良達は散々愛の中を抉った穂柱を愛に向け、一斉に放尿してゲラゲラ笑い出した。
太郎を抑え、踏みつける河曽根組神漏兵(かわそねぐみみもろのつわもの)達も、笑いだした。
その時…
『私の兎神子は便所などではないぞ!』
何処からともなく声がするや…
『赤兎への穂供(そなえ)、いついかなる時でも、領民(かなめのたみ)全てに与えられた権利。されど、乱暴狼藉まで働く権利など、誰にも認められておらん!私も認めてない!』
声の主がそう叫ぶや、瞬く間に、愛に向かって放尿していた不良達は、鞘入りの太刀・胴狸で打ち据えられた。
『こんな真似して…ただで済むとお思いか…』
湾曲刀を抜くより早く、胴狸の切っ先を突きつけられると、美唯二郎は兄に負けず劣らぬ美しい顔を憎悪に歪ませて言った。
『父上に…父上に、この事を伝えまするぞ…後で、後悔…』
『言いたい事はそれだけか…』
『ウグッ…』
美唯二郎は、切っ先を更に首筋に突きつけられ、一筋の血が流れ落ちると、押し黙った。
『これは、太郎君の分!』
声の主が次の声を上げた瞬間、美唯二郎の左頬が切られ、真っ赤な鮮血を滴らせた。
『ウゥゥッ!』
美唯二郎は、傷の痛みより、自慢の顔を切られた事に呻きをあげ、頬を押さえて蹲った。
『これは、愛ちゃんの分だ!』
更に声が上がるや、今度は椎三郎が眉間を切りつけられ、顔中鮮血塗れとなった。
『二度と、社(やしろ)に顔を出すな!うちの兎神子(とみこ)達に近づくな!次に社(やしろ)に…うちの兎神子(とみこ)達の前に姿を現したら、おまえ達を切る!去ね!』
神漏兵(みもろのつわもの)達は、未だ頬を抑えて蹲る美唯二郎を抱え、打ちのめされた不良達は、脱いだ袴と褌も身につけず蹌踉めきながら、そそくさと逃げ去って行った。
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