兎神伝
紅兎〜追想編〜
(29)隠砦
「ここが、私達、裸の兄弟姉妹の隠砦よ。」
愛は、参籠所の前に立つと、胸に抱く赤子に言った。
扉を開けると、そこは仕切無しに寝室と浴室に別れた、大部屋が広がっていた。
寝室には、都合十台の寝台が並べられ、うち四台は分娩台を象っており、四隅には手足を縛り付ける皮帯が備え付けられている。
広い温泉の湯船を囲む浴室には、普通の風呂椅子が二十程置かれた他、凹字形の風呂椅子が片隅に幾つか置かれ、浴槽の傍には、木製の寝台が置かれている。
ここは、稚兎(おさなうさぎ)と呼ばれる見習い兎神子(とみこ)達に、田打と呼ばれる穂供(そなえ)の仕込みを施す為の場所。
故に、通称、田打部屋とよばれている。
しかし、いつの頃からか、兎神子(とみこ)達と悪ガキ達が文字通り裸の付き合いをする遊び場と化し、更には隠砦と化していた。
そうしてしまったのは、政樹と竜也である。
二人が、太郎率いる領民(かなめのたみ)の悪ガキ達を抱き込んで神饌組を結成すると、その隠砦にしてしまったのだ。
神饌組とは、元々は、彼らに言わせれば義賊の組織であった。まあ、何てことはない。神饌所に納めてある供物を盗み出しては、下町に暮らす貧しい子供達に食わせてやると言うものであった。
しかし、この悪さが発覚すると、由香里が激怒した。かつて、年下の兎神子(とみこ)達に食わせる為、厨房に盗みに入った由香里だが、実は弱い者苛めと並んで、盗みが大嫌いだった。
由香里は、政樹と竜也を思い切りぶん殴った後、二人に棒っきれを手渡すと、自分の両手を差し出し、百回ずつ叩かせた。そして、由香里を母親のように慕う二人に、両手の皮が擦り切れ血塗れになる程叩かせた後、今度は出刃庖丁を握らせて、こう言った。
『次は、一回盗みに入る度に、姉ちゃんの指を一本づつ切って貰うからね。両手両足の指が無くなっても、まだ盗みをするなら、手首や腕を切り落として貰うよ。本当に、そうして貰うからね。良いわね。』
以来、二度と神饌組が、神饌泥棒をする事はなくなった。
その代わり、あらん限りの知恵を振り絞って、悪戯の限りを尽くすようになった。最も、彼らに言わせれば、これは悪戯ではない。天に変わって悪を懲らす、天誅なのだそうな。
その天誅の作戦を立てる場所として、参籠所が使われる事となった。勿論、その矛先は、全て私であった。
鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)の宮司(みやつかさ)に奉職して約五年…
此処で練りに練られた悪戯の作戦は数知れない。そうして、最後には、神饌組を名乗る悪ガキ共は、我が社(やしろ)の正義の味方三人の裁きを受ける事になった。鬼より怖い、由香里や亜美に袋叩きにされ、社(やしろ)の女王であり女神であった愛の、『そんな事するなら、もう遊ばない!』と言う一言に一蹴されて一件落着となったのである。
「隠砦か…本来、兎神子(とみこ)達に穂供(そなえ)を仕込む場所を、見事に悪さを企むとんでもない場所にしてくれたよな、神饌組どもに…
例祭中、あいつらに頭から朱穆をぶっかけられた時…子供とは、こんなにも邪悪なものなのかと思い知らされたよ。」
私が大きく溜息を吐くと…
「あの頃、爺じは悪の首魁だとか言って、正義の名の下にいろんな事をやられてたものね。私、太郎君達に、爺じが毎日虐められてるの見て、可哀想になっちゃった。
それで、最後には我慢しきれなくなって、太郎君の事、引っ叩いちゃった。」
愛は言いながら、十八番の片目瞬きをして見せた。
「おかげで、助かったよ。愛ちゃんの一発が効いて、太郎君、悪戯を辞めたばかりか、親社(おやしろ)様の敵は俺の敵だとか言って、仲間達に、固く悪戯を禁止してくれるようになったしね。
最も…
愛ちゃんに言いつけられて、ユカちゃんに百叩きの刑を食らった、マサ君とリュウ君の悪さは、まだまだ続いたのだが…」
私が言うと、愛はクスクスと笑い出した。
「でも、私だけの秘密の友達だった愛ちゃんが、みんなに知られる事にもなってしまった…」
「うん。まず、ユカ姉ちゃんとアケ姉ちゃんにね。
ユカ姉ちゃんには、マサ兄ちゃんとリュウ兄ちゃんの悪さを知らせてくれたご褒美だと言って、特別なご馳走を作って貰ったわ。」
「勿論、素麺!」
「そう!素麺!あの時は、ユカ姉ちゃん、あそこまで、何か特別な事がある度に素麺ばっかし作ると思ってなかったから、凄く美味しいなあって、感激したわ。」
「私は、あの頃既に、素麺見ただけで、こっちの顔が長くなりそうだったけどね。」
「まあ、酷い!私、今でも、ユカ姉ちゃんの素麺、大好きだわ。本当よ。」
愛は、そう言って口を尖らせ、頬を膨らませた。
「おいおい…あの時、ただでさえ、素麺こそこの世の最高の料理と信じ込むユカちゃんに、愛ちゃんがあらん限りの言葉で褒めそやすから、漸く、鍋物と言う新しい料理も作り始めてくれたと思っていたのに、またまた、連日素麺責めに合わされたんだぞ。」
「それと、アケ姉ちゃん…」
「こんな可愛い子、独り占めなんて、狡いでごじゃる。私にも貸すでごじゃる。」
私が、指先で鼻の下を擦りながら、朱理の口を真似て言うと、愛は大爆笑した。
「それで、私、早速、着せ替え人形にさせられたっけ…
次から次へと、お姫様みたいな着物を持ち出されて、驚いたの何の…
しかも、あれ、全部アケ姉ちゃんが縫った着物だって言うんですものね。
着付けも上手ければ、髪結いも上手くて…」
「自分は、いつも髪はボサボサ、着てるものは、スス汚れたつんつるてんの一張羅の着物だけだと言うのにね。
こっちが、幾ら新しい着物を買ってやろう、着せてやろうとしても…
『この着物は、社(やしろ)に来るとき、お母さんに着せて貰った着物でごじゃる。これが一番のお気に入りでごじゃる、他の着物は着ないでごじゃる』
とか、言ってね。」
私が、髪をボサボサに搔きむしり、着てるものをヨレヨレにして、鼻の下を指先で擦りながら、また、朱理の口真似をすると、愛は前にも増して笑いこけた。
「ユカ姉ちゃんの手料理を食べて、アケ姉ちゃんの着物を着て…
あとは、裸の付き合いをしたら、もう兄弟姉妹(きょうだい)だとか言って、連れてこられたのが、此処だったわ。」
愛は、浴室の方を見渡して、しみじみと言った。
「連れてきたのは、例によってタカ君だったね。」
「そう。あの時、もうだいぶお腹が大きくなっていた、サナ母さんをお風呂に連れて行くついでに、私の手を引っ張って、此処に連れてきてくれたわ。
マサ兄ちゃんと茜姉ちゃん、リュウ兄ちゃんとユキ姉ちゃん、太郎君率いる神饌組達は、もう先に来ていて…
一生懸命、私に一緒に入ろうと誘うタカ兄ちゃんを見て、クスクス笑ってたわ。そうしたら…」
「アッちゃんが、顔を真っ赤にして入ってきたんだろう?
『コラーーーッ!タカ兄ちゃん、また、町の女の子引っ張りこんで、何やってんだーーーーー!!!この悪魔!ケダモノーーーーッ!人で無しーーーっ!!!!』ってね。」
私は、今度は、目を釣り上げ、薪を振り回す格好をして、亜美のモノマネをして、また、愛を笑わせた。
「爺じって、本当、みんなのモノマネ上手ね。私も、知らないところで、真似されてるのかしら。」
「しているよ。こんな風にね。」
「もう!」
愛は、私がぎこちない片目瞬きをしながら、肩を窄めて笑って見せると、口を尖らせ、頬を膨らせた。
「でも、その後、愛ちゃんがとった行動が、今でも語り草になってるな。
大概…
人をからかうのが大好きなタカ君の奴、町の女の子が、真っ赤にして顔を伏せたり、後ろ向きに蹲ったりするのを見て面白がっては、アッちゃんに袋叩きにされていたもんだが…
何と愛ちゃん、見事な脱ぎっぷりで素っ裸になったかと思うと、みんなと一緒に風呂に飛び込んで、遊び回ったからね。
後で聞いて、私も呆気にとられたよ。」
「まあね…
あーしないと、申し訳なさそうに私の事を心配してくれた亜美姉ちゃん、死ぬ程、タカ兄ちゃんを叩きのめしそうだったからね。
でも…
あの後、タカ兄ちゃんなんか、助けてやらなきゃ良かったって思ったわ。」
「愛ちゃん、タカ君と太郎君には、とてつもなく冷たかったもんね。見ていて、気の毒になったよ。
二人の方は、愛ちゃんの見事な脱ぎっぷりに感服して、女王様か女神様のように崇めていたのにさ。」
「だって…
タカ兄ちゃんは、アケ姉ちゃんに意地悪ばっか言うし、太郎君は爺じを虐めてばかりいるんだもん。私、意地悪する男の人って、大嫌いなの。」
愛は、言いながら、プイッとそっぽを向いた。
「まあ、そう言うなって…あれが、あいつらなりの優しさだったり、正義感だったのだからさ…」
「そうね…
あの後、太郎君には随分と守って貰ったし…
タカ兄ちゃんは…」
言いかけ、愛は口を噤んだ。
『アケちゃん、意地悪ばっか言って、ごめんな。俺、アケちゃんが好きだ、大好きだ。初めて、社(やしろ)に来た時から好きだったんだ。いつか、嫁さんになって欲しかった。でも、アケちゃん、カズの奴にばっか目を向けてさ、すっげぇ、悔しかったんだ。
チビの奴には、内緒だぜ。あいつ、泣き虫だからよ、常世で泣かれたら、毎日大雨にならあ。』
最後に、朱理に告げた、貴之の悲しそうな笑顔を思い出したのだ。
この言葉を残して去り、貴之は二度と社(やしろ)に戻ってくる事はなかった。
「愛ちゃん…」
「ううん…タカ兄ちゃん、常世で、サナ母さんに会えたのかな?」
「ああ、会えているよきっと。もう、小うるさいアッちゃんも側にいないし、誰憚る事無くサナちゃんを抱けて…今頃、常世でたくさん子供を作ってるかも知れないよ。」
「うん。」
愛は潤んだ目を指先で拭いながら、満面の笑みを浮かべた。
「服の脱ぎっぷりに感服心酔したって言えば…
タカ君と太郎君だけではなかったね…」
私が、話題を変えるように言うと…
「そうなの?」
愛は、驚いたように目を剥いた。
「そうだよ。まず、神饌組どもが、崇拝するようになったんだよ。コイツは凄えってね。だから、次の日から、みんな、暫くの間、愛ちゃんを、姉御って呼ぶようになったろう?愛ちゃんが、『愛って呼んで!愛って呼んでくれなかったら、返事しない!』て言うまでさ。」
「でも、あれって…太郎君が、その…」
「勿論、君にほの字だったのもあるさ。でも、それ以上に…
実は、男の子でも、初めて人前で裸になるのは勇気がいるってのに、女の子の君が、見事な脱ぎっぷりで裸になったのを見て、みんな、崇拝の気持ちを抱くようになったんだよ。」
「そうなんだ…」
愛は、四年の月日を経て明かされる秘密に、まだ信じられぬと言う風に、目を丸くしていた。
「それだけじゃないぞ…
君が、みんなと素っ裸で風呂に入り始めて、一月もしないうちに、町の女の子達も、素っ裸になって、神饌組達と一緒風呂に入り、暴れ回るようになったろ?」
「うん。」
「それまで、町の女の子達が風呂に入る時は、男子絶対禁制だったんだよ。
男の子達が入る時は、白兎達も堂々と入っていたのにだよ。
そこは容赦ないユキちゃんや、自分の胸の大きさや幼児体形棚上げの茜ちゃん、誰それの穂柱は小さいだの、稲毛が薄いの少ないのと言って、男の誇りをボロ切れにしたりもしてた。だのに、町の女の子達が入る時は、タカ君やマサ君が、ちょっと覗いただけで、ユカちゃんやアッちゃんに半殺しの目に遭わされるから、こんなの不公平だと、不満の声が続出だったんだ。
でも、愛ちゃんが、素っ裸で新撰組達と楽しそうに遊びだしてから、町の女の子達も一緒に風呂に入り始めるようになった。いつしか、男の子達だけだった神饌組に、ここに来る女の子達全員が加わるようにもなって、みんな大の仲良しにもなったんだよ。
松田屋の長吉郎君とお美津ちゃんみたいな、連れ合いもたくさんできたしね。」
「そうだったんだ…」
愛は、まだ、信じられないと言う風に、しみじみと言った。
しかし、事実、そうであった。
愛が、見事な脱ぎっぷりで、男の子達に裸で混ざるまで…
浴室と寝室に仕切りはないが、町の悪ガキと女の子達の間には、大きな仕切りがあった。
厳密に言えば、女の子達の周りには大きな仕切りがあって、男の子達が近寄れなかったのだ。
なので、男の子達が隠砦にしてる時は、その秘密は、白兎を通して女の子達に筒抜けであったが、女の子達が隠砦にしてる時は、友達仲間であるはずの黒兎や悪ガキ達に対しても隠砦であった。その為、女の子達の秘密会議によって、黒兎達と悪ガキ達の悪戯の陰謀が、どれほど未然に鎮圧されたかわからない。
それが、愛が素っ裸で男の子達に混じる事で、女の子達も、素っ裸で男の子達と混じるようになり、ここは、町の男の子女の子関係なく、全ての子供達が共有する隠砦になったのである。
「隠砦…
楽しかったな、あの頃…」
愛は、自分が特に深く考えてした事でない事でそうなったと言う自覚は未だ薄いまま、懐かしむように言った。
男子禁制の、女の子だけの隠砦となる事がなくなってから、何故か、まず、男の子達が、悪さを企む場所にする事がなくなった。女の子達の目を盗んで悪さをしようと思うより、女の子達から尊敬される事をして、気を引きたくなったのだ。
女の子達も、男の子達の悪さを暴いてとっちめようと言う気もなくなった。
むしろ…
元々、みんな好きな男の子はいて、仲良しになりたいと思っていた。
そして…
そう言うのを見る目は、朱理と菜穂が人一倍長けていて、火をつけて煽り立てるのは、雪絵と茜が長けていた。
この隠砦で、沢山の恋が芽生え、たくさんの連れ合いが誕生した。その恋と連れ合いの誕生が花を添えて、沢山の楽しい計画が次々と生まれた。
何故か、愛は、その楽しい計画の中心にいつも立っていた。
朱理と菜穂が見抜き、雪絵と茜が火をつけ煽り立てた数々の恋を、執り持つのは、愛が長けていた。それも…何処かみんなを親目線で見てる、由香里、和幸、早苗を、上手に巻き込んで、素直になれない男女を、巧みにくっつけたのである。
恋を実らせる中心に立つ子は、自然と、遊びの中心にも立つ。
幼い男女にとって、恋の女神は、全知全能の神に匹敵する。
愛は、いつしか、みんなの女王となり、女神となっていた。
しかし、そんな自覚なのど、今も昔も何もない愛には、ただ、あの頃の思い出は、眩しく美しかった。
一日中、みんなと真っ黒になって遊んで、此処でみんなと身体を洗い合いながら、次の遊びの計画を立てて、次の日も真っ黒になって遊ぶ…
小半刻が永遠のように濃厚でもあれば、一日が一瞬のように短くもあり…
明日が眠るより早く訪れるかと思えば、一年後は永遠の未来のようにも感じて…
みんなとふざけあったり、笑いあったり、喧嘩したり…
二度と、あの時には戻れないのに…目を瞑れば、手の届きそうなところに、思い出が浮かぶ…
「思い出って、何て綺麗で、優しくて…」
愛は、目を瞑り、あの日々を思い浮かべながらそこまで呟くと、不意に口を閉ざした。
「どうしたの?」
愛は、何も答えず、グッと唇を噛み締めていた。
「愛ちゃん?」
「ううん…何でもない。」
愛は、漸く何かを吹っ切るように首を振り立てると、何処か寂しそうな笑みを浮かべた。
「ただ、思い出って、残酷だなって思ってさ。」
「残酷?」
「目を瞑れば、手が届きそうな所にあって、足を踏み入れれば、また、あの時に戻れる気がする。
でも、あの時は、もう二度と帰ってはこないわ。
私は、もう戻れないもの…
あの時と、変わりすぎてしまったもの…」
そう、呟く愛の脳裏には、楽しかった時を一瞬で終わらせてしまった時の光景が、蘇ってきた。
『さあ、お前達、よーっく見てるんだぞ!』
皮剥の儀式を終え半月程経った頃…
河曽根上町の男達は、愛を大道に引っ張り出し、愛の友達である自分の子供達にむかって呼ばわるや…
『おらっ、そこに座んな!』
男の一人が、愛を乱暴に小突いて、その場に座らせた。
『どうだ、おまえといつも遊んでる子達が、いっぱい来てるだろう?』
別の男がそう言うと、愛に辺りを見回すよう促した。
そこには、愛を引き連れて来た男達の息子や娘達である、いつも遊んでいた友達が、母親に手を引かれて集まっていた。
『みんなに見えるよう、脚を大きく広げるんだ。』
『ほら!さっさとやらんか!』
愛は、男達に言われるままに、脚を大きく広げると、剥き出しにされた神門(みと)のワレメを、いつも一緒に遊んでいた友達に晒した。
『さあ、指先で神門(みと)を開いて見せな。』
『そうそう…それから、もう片方の手の指先で、そこを弄るんだよ。』
『よしよし、その調子だ。もっと指を、参道に入れて!もっと掻き回して!』
『どうだ?気持ち良いか?気持ち良いんだろう?』
『あん?聞こえねえぞ!気持ち良いなら気持ち良いって、もっとデカイ声で言いな!ほら、おまえの友達にも聞こえるようによ、もっとデカイ声で言えよ!ほら、みんなの方を向いて!』
男達は、愛に参道を弄らせながら口々に言うと、今度は…
『おい、おまえ達、もっと近づいて見てみろ。』
『どうだ?毎日、男達に可愛がられてる参道の中は、こんな風になってるんだぞ。』
『イヤらしい色してんだろう。びしょびしょに濡らしてよ。』
『ヒダなんか、まだ、こんなに小せぇ癖に、ヒクヒクさせてるぜ。男達に、早く入れてくれ、早く入れてくれってよ。』
周囲に集まる、愛の友達である子供達に向かって、口々に言いながら、ゲラゲラ笑い飛ばした。
そして…
『どうだ、愛。友達の見てる前でするのは最高だろう。』
『いつぞやは、河曽根組の若様達が、随分と世話になったからな。今日は、たっぷり礼をしねえとな。』
『さあて…まだ、まだ、そんなんじゃあ、物足りねえよな。』
『今から、最高に気持ち良くしてやるからな。』
男達は、唐突に愛を羽交い締めにし、これ以上拡がらない程、脚を広げさせると、愛の参道に指を突っ込んで掻き回し始めた。
『キャーーーーーーーーーーッ!!!!』
愛は、思わず凄まじい悲鳴をあげた。
『イッ!イッ!イッ!キャーーーーー!!!』
男達は、容赦なく、交代で愛の参道に指先や、様々な器具を突っ込み、掻き回し続けた。
『アァァーッ!』
愛は、激しく首を振り立て、身を捩り、腰を浮かせて、耳をつんざくような悲鳴をあげ続けた。
周囲に集まる子供達は、いつも遊びの中心にいて、女王様か女神様のように思っていた友達の悲痛な声に耳を塞ぎ、泣きながら目を背けた。
『真由っ!何、そっぽ向いてるの!ちゃんと見るのよ!』
周囲に集まる女のうち、特に愛と仲の良かった綾の母親は、耳を抑えて蹲って泣く娘の手を耳から引き剥がすと、無理やり、愛の方に目を向けさせた。
『イヤッ!イヤッ!イヤッ!キャーーーーー!!!』
愛は、更に激しく首を振り立てながら、悲痛な絶叫をあげ続けていた。
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかった。
『そろそろ、出来上がってきたな。』
男の一人は、ニンマリ笑って言うと、愛の参道から指を引き抜き、褌を脱ぎ出した。
そして、裂けよとばかりに拡げられた股間にのし掛かると…
『ギャーーーーー!!!!』
愛は、また、凄まじい絶叫をあげた。
それを合図に、他の男達も褌を降ろすと、愛のまだ膨らまぬ胸にむしゃぶりつき、男達の穂柱を、両手に一本ずつ握らせ、尻の裏参道と口腔に乱暴に捩じ込んだ。
男達の妻である女達は、この光景を取り囲んで見物しながら…
『ほら、ほら、父ちゃんしっかりおやり!』
『その程度でへばる父ちゃんじゃないだろう!』
『もっと腰振って!腰振って!いつも、あたしの腰を抜かさせる父ちゃん、何処行った!』
口々に囃し立てながら…
『さあ、綾、よく見ておくんだよ!あれが、愛って淫乱娘の正体だよ。』
『うわーっ、嫌らしい。まだガキんちょの癖に、一度にあんなにされて、よがっちゃってさあ。』
『ほらほら、また、あんなに腰を浮かせちゃって…声なんかだしちゃって…』
『もう、穴と言う穴も、両手も白穂まみれじゃないか。こっちまで臭ってくる。臭いわー、あー臭い臭い!』
『あんな娘が、うちの娘に気安く話したり触ってだなんて、鳥肌立つわ。』
『良いかい!あいつは、便所と同じなんだからね。あいつの身体は、頭の上から足の先まで、汚らしい便所なんだよ。もう、親しく口なんか聞くんじゃないよ。』
『そうだよ。あいつに接する時は、便所として接するんだよ。』
自分の子供達に向かって、忌々しいもの言いで、訥々と話して聞かせたのである。
愛は、いつ果てるとも知れぬ、引き裂かれるような激痛と、口腔内に生臭いものが流し込まれる最中…
何かが、音を立てて崩れ堕ちてゆくのを感じた。
上町領民(かみつまちかなめのたみ)の親達が、子供達が社(やしろ)の兎神子(とみこ)達や自分と遊ぶのを、露骨に嫌っているのは、今に始まった事でなかった。
子供達に近づくと、汚い虫でも寄り付くように、追っ払われるのは、年中であった。
毎朝、父親に素っ裸で庭先に出された愛に、やれ脚を広げて見せろ、参道を指で広げろ、弄って見せろと、囃子たてる男達に、汚い手で娘に触るなと同じ口で怒鳴り飛ばされ、突き飛ばされ殴りつけられもした。
しかし…
『愛ちゃん、ごめんね。』
『痛かった?』
突き飛ばされた愛が立ち上がり、尻に着いた土を払いのけてると、親達が去ったのを見計らって出てくる上町の子供達に…
『大丈夫、平気よ。』
笑顔で答える愛も…
『愛ちゃん、遊ぼう。』
やはり、笑顔と一緒に手を差し出す上町の子供達も…
『やあ!みんな、良く来たね。待っていたよ!』
愛と町の子供達を出迎える兎神子(とみこ)達も、意に介する者はいなかった。
いや…
むしろ、上町領民(かみつまちかなめのたみ)の大人達に露骨に嫌がられ、禁じられる程、皆で遊ぶ楽しさが倍増したのだ。
何かただ一緒に遊ぶだけで、物凄い冒険をしたような気持ちになれて、楽しかったのである。
「でも、全部壊れちゃった…」
愛は、また、寂しそうに笑って見せながら言った。
「壊れた?」
「うん。壊れちゃった。
赤兎になって、いつも一緒に遊んでいた友達の見てる前で、毎日、あんな事をされ続けて…
全部、壊れちゃった…何もかもが壊れちゃった…
二度と、あの日に戻れない…
だのに、目を瞑れば、みんなで楽しかった時の思い出が、今だに何も変わる事なく浮かんでくる…」
「それは、愛ちゃんが何も変わらなかったからだよ。」
「変わらなかった?」
首を傾げて、ジッと見つめる愛に、私は大きく頷いて見せた。
「愛ちゃんは、何があっても、皆に対する気持ち、変わらなかったろう?」
愛は、答える代わりに、また、ジッと浴室の方を見つめた。
『ア…アウッ!』
事が終わり、男達が去った後、愛は何度も立ち上がろうとしては、呻き声をあげて崩折れた。
股間を抑える手には、生臭いものと一緒に、血がべっとり着いている。
身体(からだ)に走る引き裂くような激痛と、口腔内に広がる悪臭とに、死ぬような思いであった。
いや…
一層、死んでしまった方が楽になれる気もした。
すると…
『太郎君!』
何処からとなくやってきた太郎が、愛に背中を差し出した。
『乗れよ。』
『あの…でも、私…汚いから…』
『汚くねえ。乗れ。』
愛は、有無を言わさぬ太郎に促されるまま、その背におぶられた。
見れば、太郎も顔中、身体(からだ)中、痣と擦り傷だらけであった。
愛を弄ぼうとする男達に掴みかかり、袋叩きにされたのだ。
そこへ、以前、太郎率いる神饌組に叩きのされた、河曽根組の子弟達…春秋組の不良どもが姿を現した。
彼らは、既に大人達に叩き伏せられ、伸びている太郎を更に散々に踏蹴した後、これ見よがしに、太郎の前で愛を弄んで溜飲を下げて行った。
『太郎君、ごめんね。私の為に…』
『私の為に何だってんだ?おめえ何か関係ねえ。俺は、あのクソ親父達にムカつくから喧嘩して負けた。それだけだ。』
『でも…あの…私、臭いでしょう?嫌だったら、もう、降ろして良いよ。』
『臭くねえ。それより、俺の背中で寝て良いぞ。ちゃんと連れて帰ってやっから。』
太郎が、相変わらずのぶっきら棒で言った時…
『何だ、おめえ達。』
睨みつける太郎の前に、男達に弄ばれる愛を遠巻きにしていた子供達が、俯いて集まっていた。
『今更、何しに来やがったんだ?』
子供達は、答える代わりに、目にいっぱい涙を溜めていた。
『おい!黙っていちゃー、わからねえよ!目の前で、ダチが酷ぇ目にあってるってのに、おめえら、側で何してた?
綾、おめえは、上町のクソガキ達に苛められてるところを、愛ちゃんにいつも助けて貰ってたよな!春秋組のロクデナシ達に言い寄られ、取り巻きのクソガキ達に、手足を押さえつけられて、着物脱がされそうになった時も、愛ちゃんに助けて貰ってたよな!
愛ちゃんがいなかったら、今頃、おめえが、毎日素っ裸にひん剥かれて、春秋組のロクデナシ達に、町中引き摺り回されてたんだよな!
秋!美玖!おめえ達も、そうだったよな!
金八!新八!仙八!寛八!
おまえ達も、上町でいっつも虐められて、使いっ走りさせられて…
新八!おめえなんか、一日、愛ちゃんと出会うのが遅かったら、妹の瑞稀を差し出すところだったんだよな!男の癖になさけねえ!
だのに、その愛ちゃんが、あんな目に遭わされてるってのに、ただ見ていたおめえ達、今更、どのツラ下げて来たのかって、聞いてんだよ、オラッ!』
子供達は、やはり何も答えず、ただただ、咽び泣きだした。
『邪魔だ、どけ…退けって言ってんのが、聞こえねーのかよ!てめえら何か、もう、神饌組でもなけりゃ、仲間でも友達でもねえ!失せろ!』
太郎が怒鳴り飛ばすと、子供達は、とうとう堪えきれず、その場に崩折れて泣き出した。
すると…
『失せろよ、コラッ!』
尚も皆を怒鳴り付け、蹴飛ばそうとする太郎に…
『やめて!』
愛は、太郎の背中に齧り付き…
『お願いだから、やめて!みんなを責めないで…責めないでよ…お願いだから…お願いだから…』
ワッと声をあげて泣き出した。
『愛ちゃん、ごめん!ごめんね!』
『愛ちゃん、ごめんなさい!ごめんなさい!』
『愛ちゃん、すまねー!』
『愛ちゃん、ごめんよー!』
それまで、何一つ言葉を発せないでいた子供達も、漸く一斉に謝ると、太郎におぶられた愛の周りに集まり、声をあげて泣き出した。
『みんな、謝らないで。私、大丈夫だから、気にしてないから。
それより、私、こんなに汚れちゃった。臭くなっちゃった。側にいて、いやじゃない?』
愛が言うと、皆、泣きながら、一斉に首を振った。
『これからも、一緒に遊んでくれる?』
愛が、更に言うと、皆、大きく頷いた。
『それじゃあ、今から、一緒に遊ぼう。』
愛は、もう一度、皆を見渡すと、十八番の片目瞬きをして、ニッコリ笑って見せた。
「君が何も変わらなかったら、みんなも何も変わらなかった…
違うか?」
私が言うと、愛は、また目を瞑り今度は、学舎(まなじのいえ)での事を思い出した。
赤兎を学舎(まなびのいえ)に通わせるのは、赤兎に勉強させる為ではない。
一つには、通学を口実に、裸で街中を歩かせ、行き交う男達の玩具にする為であり…
もう一つには、学舎(まなびのいえ)で、子供達に穂供(そなえ)を教える為の学品(まなびのしな)にする為である。
そもそも…
神領(かむのかなめ)において、学舎(まなびのいえ)とは、勉学を教える為の場所ではなかった。
勿論、読み書きも教えるが、神領(かむのかなめ)であまり学問は重要視されてはいない。
重要視されているのは、神領(かむのかなめ)に伝わる神民道(ジミントウ)の信仰であり、神民道(じみんとう)の神職(みしき)を世襲して勤める和邇雨一族への、忠誠・服従・献身である。
神領(かむのかなめ)において、租税や年貢と言う概念はない。
領民(かなめのたみ)が、自発的に収める、玉串料や初穂料が、神領(かむのかなめ)の財源となっていた。
学舎(まなびのいえ)で、主に教える事は、神領(かむのかなめ)で信仰されている神民道(じみんとう)の伝承・祈祷・教義であり、何にも増して、玉串料と初穂料を競って納める事の美徳であった。
そして、神民道(じみんとう)への信仰と和邇雨一族への忠誠・服従・献身と並んで重要視されている事は、兎神子(とみこ)に穂供をして孕ませる事と、自身の家庭で沢山子を作り血を残す事であった。
赤兎は、その穂供(そなえ)を実地で教える教材であった。
そもそも…
兎神子(とみこ)はの兎幣は、和邇雨一族が、この国を裏で操る道具である仔兎神を産ませる為であったが…
赤兎を囲うのは、仔兎神(ことみ)を産ませる為ではなかった。
一応、玉串も制限も無しに行われる赤兎への穂供(そなえ)も、仔兎神(ことみ)を産ませる事を前提とされていた。しかし、幼過ぎる少女への無制限な穂供(そなえ)で、子供が出来る事はあまりない。むしろ、御祭神がボロボロになって、子供を産めなくなる事が殆どであった。
赤兎を囲う目的は、神領(かむのかなめ)の子供達に、幼いうちから種付に関心を抱かせる事、長じて、兎神子の穂供(そなえ)に挙って参加するよう仕向ける為であった。
言わば、闘犬における、噛ませ犬のようなものである。
『さあ、よく見ろ。これが、女の中身だ。』
愛は、学舎(まなびのいえ)に着くなり、長方形に並べられた机の上に脚を広げた格好で寝かされると、学間(まなびのま)の子供達に見えるよう、神門(みと)のワレメを指先で開かされた。
『この包皮をめくって出てくるのが神核(みかく)、この外側のヒダが大神門(おおみと)、内側の小神門(こみと)だ…』
教導師(みちのし)は、大袈裟に声を上げて解説しながら、その部位を一々乱暴に摘み上げた。
『ウゥッ!』
愛が、首を振り立てて呻き声をあげると…
『どうした?感じるのか?』
教導師(みちのし)は、ニンマリ笑いながら、包皮を捲り上げ、一番敏感な所を更に乱暴に抓りあげた。
しかし…
この時、教導師(みちのし)は、今までと何か勝手が違う様子に戸惑いを覚えた。
『イギィー!』
愛が、苦痛に顔を歪め、身を捩って呻き出すと、今までの子供達であれば、興味津々に目を輝かせるところであった。中には、今すぐにでも手を出したい、弄り回したいと、身を乗り出して、舌舐めずりをしてる者までいた。
だが…
今回は、皆、教導師(みちのし)のしている事を見て、怒ったように押し黙り、俯いているのである。
『でもって、本当なら、ここに膜があって、これを参道膜と言うのがあるのだが…』
教導師(みちのし)は、尚も乱暴に最も敏感な所を抓りあげ、指先で中を掻き回しながら言うと、激しく腰を上下させて苦痛に耐える愛の顔を見上げて、またニンマリ笑った。
本来であるなら、ここは一番のウケ狙いのところなのだ。
『愛には、膜がないぞ!そうだ、あるわけがない!何たって、愛は、もう、此処に…』
教導師(みちのし)は、そろそろ、含み笑いの一つも聞こえ、やりたくてたまらない子供の誰かが、勝手に挙手して何か言い出す事を期待していたのだが…
誰も反応せず、むしろ、それまで怒ったような顔をして俯いていた子供達は、一斉に憎悪に満ちた眼差しを、教導師(みちのし)に向けていた。
『おい…お前達、どうした?何だ、その目は?』
すると、不意に、教導師(みちのし)の子である金八が、いきなり椅子の上に立ち上がるなり…
『へーん!こーのバカチンがー!』
一声あげたかと思うと、いきなり褌脱いで、穂柱をブルンブル振って見せた。
『おいら、こんなアホくさい学(まなび)何ぞやらなくたって、こんなのとっくに知ってるぜ!
何たって、毎晩、おいらの頭の上で、バカチンな声張り上げて、父ちゃんが母ちゃんとやってんのを、嫌って程見せつけられてるからなー!』
忽ち、それまで張り詰めていた、学間(まなびのま)に、爆笑の渦が巻き起こった。
『おい!金八!何言い出すんだ!』
教導師(みちのし)が慌てて制止するのも構わず、金八は続けた。
『みんな、知ってっか?うちの父ちゃんはよう、毎晩、こんな格好して、大股おっぴろげた母ちゃんの上に乗っかってな、こんな風に、バーカチンな声張り上げて、腰振り踊りをやらかすのよ。』
金八が言いながら、毎晩、目の前で繰り広げられている、両親の房事を、身振り手振りで真似始めると、学間(まなびのま)は更に大爆笑に包まれた。
『えーい!やめだ、やめだ!こんな、くだらねー学(まなび)、受けてられっか!』
不意に、誰かが言い出すと…
『俺もやーめた!』
『私もやめた!』
『私も!』
『俺も!』
学間(まなびのま)の子供達は、次々に、学品(まなびのしな)を放り出し…
『愛ちゃん、行こう。こっちで、みんなと遊ぼう。』
女の子の一人、綾が愛の手を引っ張って行った。
『おいっ!お前達!』
教導師(みちのし)は、教鞭を音を立てて思い切り振ると、顔を真っ赤に激昂して声を上げた。
『この学(まなび)、何の学(まなび)かわかってるんだろうな!』
『知らねえや、こーの、バーカチンがー!』
金八は、プイッとそっぽを向いて、吐き捨てるように答えた。
『うちでも、散々、親父とお袋に見せられて、辟易してるんだ!此処に来てまで、こんな学(まなび)、知りたくもねえや!』
別の男の子、新八が続く。
『良いか!これは、神領(かむのかなめ)で最も神聖な神事、穂供(そなえ)の学(まなび)何だぞ!これを拒むと言う事はだな、爺祖大神を拒む事でもあるんだぞ!』
『だから、何でぇ!』
益々激昂する教導師(みちのし)に、学間(まなびのま)の男子達はひるまなかった。
『良いか!この学(まなび)を拒む奴がどうなるか、思い知らせ…』
教導師(みちのし)が、言い終わるのも待たず…
『こうなるんだろ!』
と、此処で漸く前に進み出て来た太郎は、一気に着物を脱ぎ捨てると、生まれたままの姿になった。
『太郎…おまえ…』
出鼻を挫かれた教導師(みちのし)が、怒りに全身を震わせると…
『俺達、みんな、裸の付き合いの兄弟だ!』
続けて、太郎の子分である長吉郎が、脱ぎっぷり良く素っ裸になった。
『私も、愛ちゃんとは、裸の姉妹よ!』
愛が取り持って、今や、長吉郎とは公認の恋人同士となり、十歳にして、いつか嫁になるのだと誓いを立てた美津が、全裸になって、長吉郎にかじりついた。
そうなると、後が早い。
『俺も神饌組だ!』
『私も神饌組の仲間よ!』
『俺も兄弟だ!』
『私も姉妹よ!』
次々と皆裸になり、気づけば、学間(まなびのま)の中で着物を着てるのは、教導師(みちのし)だけとなった。
『悪いな、先生よ。ここで、裸の兄弟姉妹(きょうだい)、神饌組じゃねえのは、先生だけだぜ。俺達の仲間でも味方でもねえ先生何て要らねえや、こっから出てってくんな。』
『貴様…』
教導師(みちのし)が、益々いきりたち、教鞭を振り上げて、太郎を打ちのめそうとした時…
『悪いが君、此処の学徒(まなびのともがら)に手を出すのは辞めてくれたまえ。』
いつから此処に来て見ていたのか、不意に純一郎が入ってくるなり、教導師(みちのし)を制止した。
『これは、親社代(おやしろだい)様…』
『さあ、出てってくれたまえ。』
純一郎は、呆気にとられる教導師(みちのし)に、顎をしゃくって言った。
『あの…出て行くって…』
『君は、本日たった今をもって、教導師(みちのし)を罷免だ。今日からは、萬屋小吉の息子、錦之助が教導師(みちのし)を務める事になった。』
純一郎が言い終わるよりも早く。
『よおっ!』
進次郎の親友である、呉服屋を営む萬屋小吉の息子、錦之助が中に入って来た。
『あー!錦兄貴!』
『錦兄貴じゃねえか!』
『錦兄ちゃん!』
『錦兄ちゃんだー!』
忽ち、学間(まなびのま)内は、歓声で溢れかえった。
『おいおい、錦兄貴に錦兄ちゃんはねえだろう?今日から、おめえらの先公だぜ。』
今度は学間(まなびのま)が爆笑の渦に包まれた。
『それよりよ、これで、おいらも兄弟姉妹(きょうだい)に加えてくれんだろうな。』
錦之助は言いながら、これまた脱ぎっぷり良く素っ裸になり、両腕から背中一面に施された、羽ばたく雲雀の刺青を剥き出しにして見せた。
『勿論だよ、錦兄貴!』
太郎が声を上げると…
『だから、先生だ!このバカ!』
錦之助が、思い切り太郎にゲンコツをくれて、また、爆笑が巻き起こった。
『さあ、みんな!素っ裸になったついでだ!このまま、川に泳ぎに行くぞ!』
錦之助が、声を張り上げて言うと…
『オーッ!』
『ガッテンでー!』
『そうこなくっちゃー!』
学間(まなびのま)の子供達は、皆拍手喝采して喜び、突然決まった信任の教導師(みちのし)の後に続いたのである。
「錦之助君の突然の教導師(みちのし)奉職…それも、この隠砦で練りに練られた陰謀だったな。」
私が言うと、愛はまた、初めて知った真実に目をまん丸くして見せた。
「そうだったの!」
「うん。君にも内緒で、太郎君達、神饌組が企てた陰謀だったんだよ。ここで、ジュンの奴も素っ裸にひん剥いて巻き込んでな。」
言いながら、私は、兎神子(とみこ)達だけでなく、神饌組の子供達全員の前で、一緒に裸にさせられた時の、純一郎の顔を思い出して吹き出した。勿論、情け容赦ない雪絵と、自分の胸の大きさや幼児体形棚上げの茜が、穂柱が萎んでるの情けないのと言って、純一郎の男の誇りをボロ雑巾にしていたのは言うまでもない。
「愛ちゃん、神饌組も隠砦も、何も変わりはしなかったのだよ。
ただ…
みんなで、遊び騒ぐ為の神饌組は、君を守る為の神饌組に、みんなで遊ぶ計画を練る隠砦は、君を守る作戦を立てる為の隠砦に変わったんだ。
どうしてか、わかるか?」
愛は、尚も驚きを隠せない顔をしながら、大きく首を振った。
「あの日…太郎君に背負われた君が、取り巻く神饌組の子供達に対して、何一つ変わらなかったからだよ。
君が変わらなかったから、みんなも変わらなかった。この隠砦だって、変わらなかったんだ。」
「爺じ…」
「思い出は、一つも残酷じゃないさ。あの日の思い出は、手の届かないところになど行ってはいない。今も、ここにあるんだよ。
あの時と何一つ変わらない。
思い出は、今でも、この隠砦に、ちゃんとあって、手を伸ばせば、今だって手が届くし、触れるんだよ。」
言いながら、私は愛の肩に手を乗せ、かつて愛達が全裸で大暴れした浴室を、ゆっくりと見渡した。
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