約1週間前の話ですが、フランス人女性がパキスタンから飛行機に乗りパリに着きましたが、機内で寝過ごしパキスタンに逆戻りしました。パキスタン航空は「目的地で降りるのは乗客の責務」と主張しているとのこと、日本なら航空会社が平謝りしそうな話ですね。
義経北行伝説 第9幕(青森県八戸市 おがみ神社)
「私的義経北行伝説」、青森県八戸市に伝わる伝説によって八戸市内の史跡をご覧いただいていますが、八戸版の原点とされるのが「おがみ神社」に所蔵されていた「類家稲荷大明神縁起」です。
八戸版によると義経の正室は義経北行に同行し、1205(元久2)年に亡くなりましたが、彼女が葬られたとされるのがこのおがみ神社で、愛用した手鏡も神社で保管されているそうです。
(冬晴れのおがみ神社 -八戸市内丸 2011/12/30-)
ところで、八戸の夏の風物詩である「八戸三社祭」を2008(平成20)年に観に行きました。その時はまったく気にしませんでしたが、今回当時の画像を振り返ってみたら義経を題材にした装飾がいくつかありました。八戸に義経伝説が根付いているからなのでしょうか?
(義経、三鷹を立つ(左)と義経千本櫻(右))
義経北行伝説の史跡等を辿ってきましたが、辿るうちに伝説が史実に感じてきてしまいました。パンフレットに沿って総ての史跡を順番に辿ってみたい・・・叶いませぬがそう思いながら「私的義経北行伝説」を終え、史実の旅に戻ることにします。
2011/08/26の一品・・・1058)盛岡夏夕2010 旧釜石街道
2010/08/26の一品・・・お休みでした
2009/08/26の一品・・・お休みでした
2008/08/26の一品・・・お休みでした
2007/08/26の一品・・・012)あずさ2号
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義経北行伝説 第9幕(青森県八戸市 おがみ神社)
「私的義経北行伝説」、青森県八戸市に伝わる伝説によって八戸市内の史跡をご覧いただいていますが、八戸版の原点とされるのが「おがみ神社」に所蔵されていた「類家稲荷大明神縁起」です。
八戸版によると義経の正室は義経北行に同行し、1205(元久2)年に亡くなりましたが、彼女が葬られたとされるのがこのおがみ神社で、愛用した手鏡も神社で保管されているそうです。
(冬晴れのおがみ神社 -八戸市内丸 2011/12/30-)
ところで、八戸の夏の風物詩である「八戸三社祭」を2008(平成20)年に観に行きました。その時はまったく気にしませんでしたが、今回当時の画像を振り返ってみたら義経を題材にした装飾がいくつかありました。八戸に義経伝説が根付いているからなのでしょうか?
(義経、三鷹を立つ(左)と義経千本櫻(右))
義経北行伝説の史跡等を辿ってきましたが、辿るうちに伝説が史実に感じてきてしまいました。パンフレットに沿って総ての史跡を順番に辿ってみたい・・・叶いませぬがそう思いながら「私的義経北行伝説」を終え、史実の旅に戻ることにします。
2011/08/26の一品・・・1058)盛岡夏夕2010 旧釜石街道
2010/08/26の一品・・・お休みでした
2009/08/26の一品・・・お休みでした
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