与一から出て来た生き物の記録

奇妙な生き物。早朝の自宅ガレージ奥の「与一」の中から、様々な働きをする者たちが生まれています。その有様と効能の記録です。

和解マン「稲のうた」ー後編ー

2009-06-11 04:17:23 | 「生き物」たちの物語

「稲のうた」



ー中編ー


 


「バッテンじるし」は



少年「そら」の



自慢のマークだ



町のあちこちに 赤いスプレーで



赤い「ばってん」を



付けてまわるのが 



「そら」はだいすきなのだ



「そら」の愛車のスクーターは



見るからに盗難車だったが



ナンバープレートの数字を



大きな赤い「ばってん」で



消してあるので よりいっそう



盗難車である事が



わかりやすかった



私達は皆 そんな「そら」を



おおいに愛していた



 



「そら」と私達は 



「和解マン」の捜査がはじまった時に



出会った 



「そら」は私達と話す事ができる



不思議な子供だ



「和解マン」について「そら」は



まるで無関心だったが



私達の事を大切に



思ってくれている



「そら」の家族について



私達は まるでしらない



しかし どこかで深く



通じている



その点では実にごきげんであり



最高級の関係である



 



「斎元」の進退はいよいよ窮まった。明日には多くの従業員が朝から終結し、水田の解体作業となる。「斎元」はいったいどんな顔でその作業に臨めばよいのか?「失敗した人」「上手くいかなかった残念な人」としての姿をさらしながら、泥をくみ出せばよいのか?


自宅に帰ってからも「斎元」は、胸の奥の一番繊細で壊れやすい所から焼けただれるような「恥」の感覚で、耐え切れない時間を耐えていた。それは、もう一つの悩みであった「そら」の事が、悩みでなくなる程の勢いで、「斎元」の全てを焼き尽くす「恥」の炎のようだ。


「そら」についての悩みは、悩みではなく喜びのようにさえ感じる。「斎元」は「そら」へのアブノーマルな感情を「恥」じていたが、二人でいる時の事を思い出すと、今は心癒されるのだ。


二人の出会いは「斎元」の水田の作業が始まったころ、「優しさ倉庫」裏手の壁面に、「じゃがりこ」をかじりながら大きな赤い「バッテン」を付けてまわっていた「そら」に、「やめなさい」と注意した時からだ。その時「そら」は、「斎元」に「じゃがりこ」をなげつけ、スクーターに飛び乗って逃走した。農園の取り組みから減少していた不良少年の生き残りか・・その程度の気持ちだった。


しかし次の日も「そら」はやってきた。泥まみれで水田の作業に励む「斎元」に、「てつだうよ」と唐突に言い出し、二人での作業が唐突に始まった。不良少年の最後の生き残りが、あまりうまくいってなかった水田の取り組みで、ついに更正へと導く事ができたと、社内広報や地域の新聞で紹介されるのを思い浮かべての作業。


「そら」は「斎元」によく質問した。


「なんで、こうなってんの?」「これは、なんていうもの?」「これ、どうやるの?」


「斎元」は懇切丁寧に解説し、ときには「そら」の手を取って作業の仕方を教えた。


そんな時「斎元」は、熟れた梨を切った時にひろがる香りの様な、子供の体臭をこころよく感じていた。


「そら」は一つの作業を納得するとうれしそうに「ほんまやな!」と笑顔になった。


「斎元」が自身の気持ちに気づいたのはその時だ。


「抱きしめたい」


 


そうした日々を想い起こすほどに癒される反面、明日の水田の解体作業の痛ましい光景が、「斎元」の中でリアルになっていく。いくら何を思い起こしても、明日は必ず来てしまう。「斎元」には部屋のくたびれた風景までもがふるえて見えた。


こんな時こそ「和解マン」だ。


「斎元」は携帯を手に取り、「和解マン」に電話した。


数回のコールのあと、携帯の液晶に次の表示。


「データ通信中」


そのあと「斎元」の携帯はかたまった。


電源を落とす事さえできない。


携帯の基盤の中か、あるいは回線のどこかで


何かが起こっていた。


「斎元」は泣き寝入りするしかない。


 


 


 


 


 


 


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