視野の広さの効用は、なにもボール競技に限ったことではない。剣術においても半眼により、全体を見る、周辺視野の必要性は、確か宮本武蔵の五輪書においても強調されていたと思う。バスケットでは、「LOOK UP !」ということが、よく言われていた。今はどんな言い方をしているか知らない。ボールを保持すると、しばしば、自分の手元や相手ディフェンスの足元を見てしまい、結果勢い視線が下に向きがちになる。すると、コート全体が見えなくなる。狭い視野に閉ざされて、味方や他の敵のディフェンスの状況が目に入らず、攻撃の好機を逃してしまうことも多い。そこで、「LOOK UP !」の必要が生じる。視線を上げると視野が広くなる。ちょっとしたことだが、効き目は大きい。「LOOK UP !」により視野が広がるばかりでなく、自然に体が起き、攻撃の態勢も生まれ、「攻め気」が出てくる。ゴールも視野に入り、シュートへの意欲がディフェンスにも伝わる。ディフェンスにとって一番イヤなのはシュートである。次にドリブルで抜かれること。そしてパス。ゴールに向かう攻め気を「LOOK UP !」によってアピールすることは、攻撃の威力を増すための基本的な原動力になる。
山下章先輩のことを思い出していたら、ふと「LOOK UP !」ということが思い出された。山下先輩にそう注意された記憶はあまりないが、山下先輩が範を示したのプレイスタイルの中に、ボールを保持すると、常にすぐ、両手で頭の上から後ろにかけて、ボールを掲げていたように思い出される。「LOOK UP !」だ。そして、その位置から、個性的なシュートを放つこともあった。頭上でのボールのセットではなく、やや後頭部に近い場所でのセットである。ボールを保持したら、すぐにボールを頭上に上げれば、自然に「LOOK UP !」が生まれ、シュート態勢も整うことになる。
そしてこの「LOOK UP !」は、バスケットを超えた示唆に富んだ警句にもなり得ることに気が付く。明治のラグビーの「前へ」と同様に、眉を上げることは、日常においても重要だ。
その若すぎる別れが惜しまれてならない。しかし、「LOOK UP !」、山下章先輩の声が聞こえる。
2024-4-26 25期 中川 越